宣言
ジルドラの鉄杖が、向かい来る傭兵を打ち据えた。
白兵戦は自分の役割ではないので、
戦闘の際には援護と称しなるべく後方にいようと心掛けていたはずの彼は、
相手を昏倒させ雄叫びのような声を発した。
戦いの中、直接相手を倒した興奮も手伝って思わず出たものだった。
それから、にんまりと妖しい笑みを浮かべる。
「かったるくて仕方ありませんでしたが、
レッドハンドの皆さんにやらされた訓練の成果が出ました!
思いがけず私は、接近戦を苦にしないマルチな神官に進化したようです。
今後の私のギャラが跳ね上がることは間違いありません!」
採れる手段を増やしたということでは、ロズウェルも同じだった。
彼女は炎の魔導剣で敵を退けつつ、
ジャカと共に習った治癒魔法で仲間の傷を治療する。
まださほど効果は高くないが、それでもあるとないとでは雲泥の差であるし
皆の心理にも影響を与えた。
技量的に未熟な者も数に入れれば
ジャカ、アイスレア、ジルドラ、ロズウェル、ベルゼナッハと
五人もの治癒魔法の使い手がいるというのは心強いことであった。
「軽傷の人はあたしに任せて!
すぐに治すからね!」
「ロズウェル、治癒魔法を使えることをあまり喧伝するな。
狙われるぞ」
危惧したオータが近寄って言うと、
ロズウェルは気にした風でもなく答えた。
「声を抑えて近くの味方にだけ言ったでしょ!」
「十分でかい声だったよ!
だから、離れた所にいた俺がわざわざ来たんだ!」
「そうだった?
気をつける!」
素直な性格の娘ではあるが、声の大きさはおそらく直らないだろう。
気配り屋のオータは次にジャカの方を窺ったが、
彼は続けざまに敵が襲って来て恐怖を感じすぎたためか、
顔が引きつって様子がおかしくなっている。
「くっ、来るな!
やめろ、やめてくれッ!
おみまいするぞ!
冷酷無比な一撃をおみまいしてもいいのか!
来るな来るな、来るなって言ってんだろうがコラァァァ!!」
「なぜかガラが悪くなっている…」
怯えながら風の魔導剣で敵を吹っ飛ばしているジャカの近くには
ズィフィードがいて、暁の牙を全く寄せ付けていないので
あちらは心配いらないようだった。
一方、キーンは『せっかちの早足』でベルゼナッハの助勢に駆けつけた。
「ずいぶんと足が速いのね」
まるで楽団の指揮者のように華麗に細身の剣を操る妖精の少女は、
感心した様子で言った。
縦横無尽に槍を振るい、息を切らしながらもキーンはにやりとする。
「オレは気が短いんでね、人と同じ速度じゃ走ってらんないのさ。
それが、ウィルスター一の伊達男ブリッツ・キーン!」
「どういう意味?」
「え?
…そう改めてきかれると小っ恥ずかしいんでやめてくれる?」
「だったら最初から言わなければいいわ」
「…人間っていうのはな、特にオレみたいな風流人は
意味なんかなくても情感あふれる言い方をすることがあるもんなの!」
その訴えを、すでに風の如く走り去ったベルゼナッハは聞いていない。
鬱憤を晴らすかのように、キーンは一層荒々しく槍をぶん回した。
「すごいな…!」
付近の敵をひとまず退けたジャカは、
数メートル離れた場所でまた二人の傭兵を斬り伏せたズィフィードの姿を
肩を弾ませながら目で追った。
同年とは思えないほど堂々として、また見事な剣さばきであった。
天稟に恵まれたことでは共通しているアンジェと比べれば
速さや天才性においては及ばないだろうが、
並の剣士でないことは一目瞭然というほどの輝きを放っていた。
「確かに、彼なら…
軍に入れば、いつかはあのジェスパーさんのように
隊長と呼ばれる日が来るのかもしれない…!」
それは、ただの“天才”ではたどり着けない領域である。
国内、いや、大陸屈指の豪傑となってようやく見えてくる場所だ。
自分には百回生まれ変わっても縁がなさそうだが、
ズィフィードは違う。
ジャカのような未熟者にも、そう思わせるのだ。
無論、この達人にも。
「実際にこの目で見て、ますます欲しくなった…!
ズィフィードよ、暁の牙に来い!
軍のように縛られることもなく、己の腕が全て!
戦い、勝てばいくらでも稼げる。
その剣ひとつで、望む物全てを手にできるのだ!」
ジェサリアとの激闘を繰り広げていたフレイムだが、
力量では明らかにジェサリアが上回っている。
この場は勝利を得るのは難しいが、当初の目的を果たそうと
フレイムは大声で呼びかけた。
だが、ズィフィードが首を縦に振ることはなかった。
「貴方も素晴らしい技量の持ち主、
お誘いは光栄ですが自分は傭兵にはなりません」
「では、軍に入るというのか?
そして、堅苦しい檻のような場所で上を目指すと…」
「いいえ、
…自分は、軍人にもなりません」
その答えに、フレイムのみならずジャカたちも思わず視線を向けた。
ズィフィードは、てっきりとんでもない待遇で軍に入るものだと
思っていたからである。
瞬間、戦闘が止まったような時が数秒流れる中で
皆が注目するズィフィードは決意に満ちた表情を見せた。
「自分は、天女の如く戦場を舞う麗しき白の剣士の技を近くで拝見し、
学び取っていきたいと思います!」
「…白の剣士…とは」
やや呆気にとられたフレイムの目が、雷のように迅速に駆ける
アンジェに向けられた。
ズィフィードが言っているのは彼女のことであろう。
誰が見ても、この場で麗しき白の剣士となったらそうとしか考えられない。
同じ結論に至って、ジェサリアは笑った。
「振られたな、フレイム!
そりゃあ、誘われるなら大男より天女の方がいいってのは
道理だぜ。
もっとも、あいつの言う天女が誘うとしたら
剣の勝負くらいのもんだが」
ズィフィードの宣言を聞いて、真っ先に歓声を上げたのはキーンである。
彼は拳を握りしめ、近くにいた傭兵を殴った勢いのままに振り上げた。
「よっしゃあああ!
聞いたかよみんな、頼もしい新入りが来てくれるそうだぜ!」
「いや、ちょっと待てよ、キーン殿!
あいつが言っているのは俺たちの所のことか!?
それともレッドハンドのことなのか!?」
オータが言ったが、キーンは揺るがない。
「レッドハンドは新規募集なんかしてねえんだよ!
大体あんな化け物ぞろいのトコに十八の若人がいきなり入れるか、
猛獣の群れに子犬を放り込んでも食われるだけだろ!」
「わたくしたちの状況が、猛獣の中の子犬よりましだと
思ってくださったらいいのですけれどね」
氷の魔法を操りながら、アイスレアが言った。
ロッジでは彼女も近接戦闘の訓練をきっちり受けていた一人だが、
今のところその成果を披露する機会は訪れていない。
「ズィフィードさんが…
僕たちの所に来てくれるのか…!?」
ジャカの鼓動が、高鳴った。
無論、頼もしいという想いもある。
だがそれ以上に、同い年の少年が加わってくれるかもしれない期待があった。
自分にはキーンをはじめとする仲間がいてくれるが、
レゼルクやヴァッセとの別れを経験してきたジャカにとって
同じ十八歳の少年と親しくなれるかもしれないということは
特別なことだった。
「…でも…
それは、彼を巻き込むだけなんじゃないだろうか…!」
果たして、彼のためになるのか。
ヴァッセのような結末をたどることになったりはしないか。
ジャカは、それを恐れた。
「君が巻き込むわけじゃないよ。
ズィフィード君が、自分で決めることなんだから」
隣に並んで、ロズウェルが言った。
はっ、となって、ジャカは彼女を見た。
「この戦いが終わったら事情を話して、それでも彼が決めたなら…
巻き込むのでも、巻き込まれたのでもない。
それが、彼が選んだ道なんだよ」
「…ズィフィードさんの意志…か…!」
以前ジャカが己の青の力で聞いた、
この世を去った大切な人の声も言っていた。
彼は彼の意志で精一杯生きたと。
それなのに、ジャカが自分が原因で命を落としたのかもしれないなどと
考えるのは思い上がりだと。
もしズィフィードが協力してくれるなら、
喜んで迎え入れればいいのだ。
そして、皆で困難を乗り越え、未来を変えればいい。
不幸な出来事が続き、暗雲が垂れ込めているようにしか思えなかった
これからの人生と世界を。
ジャカは誰にともなく大きくうなずいて、
風の刃をまとう剣を握り直し笑みを浮かべた。
「ねえ、ロズウェル…
ズィフィードさんは、アンジェさんの綺麗さにやられたのかな?」
「彼はそういうタイプには見えないかな、ジャカ君と違って。
やられたとしたら、言っているとおり技にじゃない?
アンジェの剣に惚れたんでしょ、きっと」
「はは、そうか、確かに…
ん?
聞き逃さなかったぞ!
僕と違ってって言った!
そんな風に言われること僕やってないでしょ、
キーンさんじゃあるまいし!
人違いだよ絶対!」
ズィフィードの意志の固さを知ったことと、
レッドハンドに圧倒されアスフィアナとの接触も難しいと
判断したフレイムの命令により、ほどなく暁の牙は退却した。
初めて自分の力で戦ったジャカは、
戦闘中は気が張り詰めていたからか気づかなかったが精根尽き果て、
敵の退散を知ると全身の力が抜けて座り込んだ。
キーンに肩を借りなければ歩けないほどに疲弊しきっていたのである。




