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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
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魔導剣

柄を握る手から、汗が滴り落ちているのではないかと思った。

ジャカの目の前には、剣を構えた暁の牙の戦士がいる。

その男が、ロッジで何度も撃ち合ってもらったレッドハンドの面々より

力量において遥かに劣ることは間違いない。

それでも、緊張と恐怖は今の方が大きい。

理由はわかりきっている。

対している相手が、自分を殺そうとしているからだ。

実際に、彼に殺されるかもしれないからだ。

そして、ジャカはルルメクを手にしていない。

己の力で、目前の相手を退けなければならないのである。

生き残ることができたならば、もしかすると相手が死ぬ。

命を取らずに勝つことができれば、

ある意味それは美しい勝利かもしれないが、

そんな気構えで戦いに臨んでジャカが勝てるのは

地を這う小さな昆虫くらいのものであろう。

頭の中は、真っ白になりかかっていた。

手にしている物を放り捨てて、逃げ出したい衝動にかられる。

だが、そうしたところでどうなるというのか。

この先も追手から逃れ、身を守るための旅は続く。

それができるだけの力が必要で、ここで逃げれば

強さを得るための機会を一つ失う。

戦うことをやめるなら、降参して敵の手に落ちる結果となる。

大切な人々の命が奪われる結果をもたらした者が、

投降したからといって手厚く迎えてくれるはずはない。

どうにか手の震えを抑え、ジャカは印と詠唱とで

素早く魔法を完成させた。

かすかな風が彼の持つ剣を渦巻いて流れ、

やがて形を変え鋭利な刃となって刀身を覆った。

淡く緑色に輝くその魔導の刃を目にした傭兵は、

意外さと驚きをもって認識を変えた。

いかにも未熟そうな少年剣士を相手に楽な勝負と決め込んでいたが、

たとえ腕が未熟であったとしても、

魔導剣の使い手であるのならば用心せねばならぬ。

ただの刃であればかすり傷で済む手傷が、

魔法により生み出された刃だったために致命傷になるということは

魔導剣士との戦いにおいては聞く話である。

少年剣士がつくり出した刃が持つのは、見たところ風の力。

おそらく、浅い一撃でもえぐるように傷を大きく広げてくるだろう。

「…いけるよ…

 やれる、僕はやれるよ…」

傭兵は、眉をひそめた。

少年剣士は、何やらぶつぶつとつぶやいている。

「…大丈夫…

 自分を、訓練を信じるんだ…

 勝てる、勝てるぞ…

 というかむしろもう勝ってる…

 そう、僕は勝ったんだ…

 勝った!

 やったぞ!

 勝ったぁぁぁぁ!」

そして、急に眼を見開いてそんなことを口走り始めた。

はっきり言って、気持ち悪い。

恐慌をきたし、幻覚でも見ているのかと思った。

彼には悪いが、これは仕事でありここは戦場である。

一気にけりをつけさせてもらおうと、傭兵は斬りかかった。

その時、渦巻く風が目の前に迫り、

それに触れた瞬間傭兵は宙に弾き飛ばされ、

きりもみ状に落下して地面に叩きつけられて気絶した。

「うわぁぁぁ!

 来るな、来るな、来るなッ!

 やめろぉぉぉ!

 おみまいするぞ!

 恐るべき一撃をおみまいしてもいいのかぁぁぁ!」

「おい、ジャカ!

 今一人倒したぞ、誰も来てねえから落ち着け、

 めんどくせえな!」

「え?」

近くで戦っていたキーンの怒鳴り声で我に返ったジャカの手には、

小さな竜巻のような風をまとった剣があった。

敵が斬りかかってくると同時に反応したジャカが振るった魔導剣は、

ジャカの昂りに呼応したかのように鋭利な刃からうねる気流に姿を変え、

相手を切り裂くのではなく吹っ飛ばしたようである。

動き出しは敵傭兵の方が先だったのだが、

ジャカの踏み込みと斬撃が速かったため

相手に攻撃させることなく倒すことができたようだ。

「…や、やったのか…

 僕が、自分の力で…

 やれた…!」

記憶も実感もないが、現実についさっきまで対していた傭兵は

地に伏している。

偶然の結果だが、息もあるようだ。

そのことについての安堵と共に、ジャカの中に湧いてきたものがある。

自信だった。

「…僕も…

 やれる…!」

己でもぎ取った勝利以上に自信をもたらすものはない。

その上、ジャカには毎日地道に素振りを続け、レッドハンドに鍛えられ、

魔法をも教わってきた礎がある。

先程、敵を上回る速度で反応し撃ち込むことができたのも、

訓練の成果に違いないのだ。

「よおし…!」

周りが、見え始めた。

今この瞬間は、自分に向かって来る敵はいない。

落ち着いて、魔法の詠唱と印を行った。

駆けて来る敵の姿が視界に入る。

彼に向けて、ジャカは天に向けた左手の人差し指を振り下ろした。

小さな雷が発生し、従うように落ちた。

敵は驚きつつも、何とか回避する。

その間に、ジャカは走っていた。

体勢を崩しながらも、敵は迎え撃とうとする。

すると、ジャカは再び恐怖に支配された。

「やっ…

 やめろ、やめろぉぉぉ!

 どけっ、どいてくれ!

 僕に攻撃するなぁぁぁぁぁ!!

 おみまいするぞ!

 この世のものとは思えぬ一撃をおみまいするぞぉぉぉ!」

絶叫と共に鋭い一撃が敵を襲い、

またも渦巻く風が吹き飛ばした。

「はぁ…はぁ…

 あ、あれ?

 また倒せたのか…!?」

「そのようですよ」

「ア、アイスさん…

 僕は…」

いつの間にか、すぐ後ろにアイスレアがいた。

改めて付近を見回してみると、彼女とキーン以外にも

オータが、ロズウェルが、ジルドラがそれぞれに戦っていた。

レッドハンドは相変わらず暁の牙を圧倒しているし、

ベルゼナッハは飛ぶように軽やかに駆けながら

華麗な剣技と精霊術とで傭兵を寄せつけない。

皆がいるから、ジャカはじっくりと個々の敵のみと戦うことができていたのだ。

そう考えていた彼の元に、三人の傭兵が向かって来ようとしている。

慌てふためくジャカだったが、疾風のように現れた何者かが

その三人を鮮やかに斬り伏せた。

大きな背を持つ何者か、ゆっくりと振り返った彼の顔を見て、

ジャカは驚きの声を上げた。

「…ええっ!?

 どうしてここに!?

 あなたは今、広場にいるはずじゃ…

 ズィフィードさん!?」

「自分をご存知ですか?

 それでしたらインタビューでの言葉を

 お聞きになったことがあるかもしれませんが、

 自分は己の力を誰かのために役立てたいのです。

 ならば、自分が今いるべきは広場ではなくこの場所でしょう」

ウィルスター中から誘いを受ける俊英は、

そう言って爽やかに笑みを浮かべた。

同性ながら少し胸がときめいてしまった気がするジャカの視線を受けながら

颯爽と戦場を駆け始めたのは、まぎれもなく

展示会に出ているはずのガルソウル・ズィフィードであった。





「うわぁぁぁ…本当に戦ってる…!

 本物の戦いって、あんなにすごいの…!?」

街に武装した集団が迫っているという情報を聞きつけ、

止める展示会関係者を振り払って駆けつけようとしたズィフィードに

続いてやって来たアスフィアナは、

西門を固めるシュテシア守備隊の後ろからちらちらと様子を覗き見た。

その視線の先で派手に暴れ回る戦士たちの姿に、圧倒されてしまった。

「いや、あれは赤手の連中ですよ。

 あんな暴れ方するのあいつらくらいですから。

 あれを基準に考えたらダメですよ」

目当ての二人が行くので仕方なくついて来たシェズは、

腕を組み山の中腹で繰り広げられている戦闘を見下ろして言った。

暁の牙が現れたことも意外だったが、

シュテシアがレッドハンドを雇っていたことも思わぬことだった。

彼は、実際に赤手の戦いを目にするのは初めてである。

一人一人が十隊の隊長に近い実力を持っているのではないかと思った。

「敵に回さないよう、ハーディス様が苦慮なさるわけだな…」

レッドハンドは、招聘しようとしても乗ってこない。

いくら金を積んでも気に入らない仕事は引き受けない。

小人数にも拘わらず恐るべき戦力でありながら、

手懐ける方法がないのが厄介なところだ。

ハーディスも、レッドハンドとは関係を悪化させたくない様子であった。

そのためには多少は接触しておくべきと考え、

手を回して軍からの依頼という形でレッドハンドと契約し、

数人の赤手が仕事に当たっていると聞く。

「…よ~し、わたしも…

 えいっ!えいっ!」

「…(何やってんだ、この子…)」

シェズの見ている前で、アスフィアナは兵らの陰から

魔法を放っている。

攻撃魔法ではなく、援護魔法のようだ。

低い山だが、ここから戦っている者たちまでは数十メートルの距離がある。

魔法の中では射程の短い部類に入る援護魔法を

あそこまで届かせているとしたら

それは彼女の才能の片鱗と言えるかもしれないが、

戦場で躍動し次々と敵を倒していくズィフィードの

堂々たる雄姿を見てしまうと何とも言えぬ。

「…(ま~、才能自体は疑いようがないし将来性も含めてアリだが、

 現時点では断然ズィフィード君だな…

 あの腕、度胸、今すぐに副隊長の補佐役辺りなら

 任せてもいいくらいじゃないかな)」

シェズも注目するズィフィードは、キーンやオータも思わず感心するほどの

戦いぶりで暁の牙の傭兵を退けていった。

その剣さばきは豪快で力強く、速い。

特に、両手で剣を右肩に担ぐような構えから大上段に振り下ろし、

その後すかさず右手一本でどこまでも伸びて来るかに思えるほどの

突きを繰り出す連続技が鮮やかかつ強力である。

「…あいつは強いぜ…!

 争奪戦になるわけだ!」

戦いの中で互いの距離が近づいた時に、キーンがズィフィードに目をやりながら

オータに声をかけた。

敵の剣を払って胴を薙ぎ、オータは大きく息を吐きつつうなずいた。

「戦闘で見るとまるで違う!

 どういう修行を積んできたのか知らないが、

 恐ろしく実戦向きの剣だ」

「改めて、スカウトできないもんかね!

 奴が天使様と並び立ったら、少数のオレらには相当頼もしいぞ」

「金で動く奴じゃないっていうなら、頼み込んでみるか?

 軍を向こうに回すかもしれないなんて刺激的だろ…ってさ」

「…オレなら、やっぱ来ないな!」

苦笑いを浮かべながらキーンが言った時、

疾風の如く駆けアンジェはベルゼナッハの元にやって来た。

「無事か?」

「…引っ張り込んでおいてよく言うわ…

 人間の皆様は動作がゆったりした方々が多いから、

 彼らには私を傷つけることはできない。

 ところで、気づいている?」

「ああ…

 援護魔法が来ているな、耐久力や抵抗力を向上させるもののようだ。

 術者はアイスではない」

「アスフィアナよ。

 門の所に来ているわ」

ベルゼナッハは、坂の上の西門を一瞥した。

件の人物の姿は見えない。

物陰に隠れながら魔法を放っているのだろう。

「あそこからか…

 狙い、距離、共に大したものだ。

 いい魔導士になれる」

「いい剣士にもなれると思うわよ」

「どちらにもなってもらいたいな。

 倒しがいがある」

「…剣への探求心を得たというか、

 剣術馬鹿になったんじゃないでしょうね、アンジェ」

「馬鹿と言う者が馬鹿だ。

 うんこと言う者がうんこだ」

「…やっぱり根に持ってる…」

二人がそんな会話をしている時、

伯仲した戦いを展開するランカーナとフレイムを

飛来した馬車が襲った。

瞬時に互いに距離を取って回避し両者が頭を巡らせると、

ジェサリアがやって来ていた。

にやにやと笑いながら剣の背で右肩をとんとんと叩いている。

彼が無造作に剣を馬車に突き刺し、力任せに投げつけたのだった。

放り出される傭兵たちと地面に叩きつけられ無残に破壊された馬車から

鋭く視線を切り換え、ランカーナは怒鳴る。

「あたしにも当たるところでしょうがッ、

 クソオヤジ!!」

「ワッハッハッハ、

 リーダー様に無礼な口をきくからだ!

 この前。

 俺が仕事の話を持ってきた時」

「根に持ってんじゃないよ!」

「お前は十分楽しんだだろ、交代だ。

 今度は俺が相手だ、来いよ、フレイム…

 遊んでやる」

「…貴様が優れた遣い手であることは承知しているが、

 遊ぶとは愚弄してくれる」

ぎろりと睨みつけ、フレイムは唸るように言った。

その反応を受け、ジェサリアは左の眉を上げてから

くっ、と笑った。

「言葉が悪かったか?

 お前が強いのは、俺も承知してんだよ。

 俺たちは自分なりに使命か理由を持って全力で戦い、

 勝つか果てるか、それだけだ。

 その中で強い奴と充実した勝負ができれば、戦士冥利に尽きるのよ。

 気に入らねえなら、言い方を変える。

 遊んでもらうぜ、フレイム」

そう答えたジェサリアは、首を左に傾ける。

直前まで顔面があった所を、恐るべき速度で氷の剣が伸びて来て通過した。

透き通る美しい刃を拳で砕き、ジェアリアはにやりと笑んだ。

「俺ら、気が合いそうだな?

 どっちが勝っても、生き残った方は笑顔で相手を見送るとしようぜ。

 ジェサリアさんとの約束だ!」

「気が合うとは思えんな。

 約束もできん。

 俺は屍を振り返らない主義だ」

ジェサリアの剣と、フレイムの冷気をまとった剣とが激しく衝突する。

大陸屈指の豪傑同士の戦いは、即座に猛烈な撃ち合いとなった。

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