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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
65/92

暁の牙

展示会当日。

シュテシアの守備隊は、街の東西南北にある門の内外と

会場となるサンシュテス広場に配置されていた。

展示会が行われるからといって十隊が派遣されるわけもなく、

ガーラントのような大都市と違ってシュテシア守備隊の規模は

さほど大きくないので、それが精一杯だった。

そこで、隊長クゼスが頼りにするのがレッドハンドである。

一騎当千たる猛者が七人に、今回はなぜか数人

おまけがついて来ているそうだが、リーダーのジェサリアが

「あいつらの分のギャラはいらんから」というのだから

シュテシア側としては困ることはない。

彼らには暁の牙がどの方角に現れても駆けつけられるように

広場の前に待機してもらい、敵が襲って来たら

すぐさま向かってもらうことになっている。

正直、レッドハンドに支払う報酬は高額である。

スポンサーが援助してくれるという申し出がなければ、

彼らを招くという発想すら持たなかった。

しかし、国内で雇える戦力としては間違いなく最強だ。

さすがというべきかいずれも不敵な面構えで、

周囲に覇気のようなものを感じさせつつ待機場所で堂々と並び立っている。

若干不安を覚えるのが、おまけとしてついて来ている数人の中に

顔を引きつらせてガチガチに緊張している者がいることである。

まだ少年のようだし、見習いだか弟子だか知らないが

なぜあんな弱っちそうなのを連れて来てしまったのか。

「…やれるよ~…

 ジャカ、お前はやれる。

 やればできる子…

 いける!

 いけるよー!」

「うるせえぇぇ!

 心の中で念じてろ、声に出すな!」

「…すみません…」

自分に暗示をかけていたジャカは、デュエルに怒られて黙った。

前向きになった方がいいと皆が言うから

そうしようと心がけているのに、

そのために行っているジャカのこの方法は

すこぶる評判が悪い。

口の悪い者たち(デュエルやランカーナ)はうるさいとか不気味だとか、

ひどい言い草をする。

そのくせ、じゃあどうしたらいいんだと尋ねたら

「知るか、自分で考えろ」などとにべもない。

腹が立ったので、ジャカはあえて彼らが嫌がるこの方法を

捨てずにいこうと考えたのだが、

怒られると今のように思わず謝ってしまうのだった。

「彼、大丈夫?」

ジャカに視線を送りながらアンジェに声をかけたベルゼナッハが

軽く持ち上げた左手の甲に、小鳥が降りた。

その絵に描いたような妖精っぷりに、

眺めていたジルドラは新たな商売をいくつか思いついたが、

多方から怒声が飛んで来そうなので口にしなかった。

彼のこともそうだが、やや気難しいところのあるベルゼナッハは

おそらくアンジェ以外のレッドハンドのメンバーについても

いい印象を持ってはいないだろう。

酒が入った者がいたこともあってか、最初に顔を合わせた際に

初めて目にするエクティナーの姿に

全員が興味津々なのを隠そうともせず、長時間盛り上がったからだ。

基本的に気が良い連中なので忘れがちだが、

傭兵団と同じく彼らも荒くれ者である。

生来、デリカシーに欠けた者が多い。

「顔色も良くないようだけれど」

そう言って小鳥を空に舞わせてやったベルゼナッハは、

オータが昨日調達した大きめのキャスケットをかぶっている。

中に耳を入れて隠すためだった。

本人は嫌がったが、二重の耳が目を引きすぎるため

アンジェが何としても隠せと言うのでしぶしぶ聞き入れた。

それならそちらの純白の髪も目立つから一緒にかぶれという話になったものの、

彼女は『帽子は嫌いだから絶対に嫌だ』と断固拒否した。

耳がすっぽり入ってしまうので周囲の音が聞きづらくないのかと

ロズウェルが尋ねベルゼナッハが答えたところによると、

もともとの聴力が抜群なためか

物音や人の声の聞こえ方には影響はないそうである。

「ジャカは自分の力だけで戦うのは初めてに等しい。

 大丈夫とは断言できない」

「オレたちもフォローするつもりではあるけど、

 あいつのおニュースタイルの戦い方はフォローしにくいんだよな…

 動きも読めないし…」

アンジェの続いて、キーンがぼやくように言った。

どこまでが無意識でどこまでが本人の意思なのかわからないが、

ジャカが『自分の剣』として完成させようとしているやり方は、

他から見ると怖がるあまりに暴れているようにしか見えない。

あれとどう連携すればいいのか。

「ずっとお守りするわけにもいかんだろ。

 突出しすぎないようにだけ気を配ってやればいいのさ。

 戦場に立つ以上あいつも一人の戦士だ、

 お前は他人より自分が生き残ることを最優先しな」

セファーが静かな声で答えた。

見事な落ち着きぶりである。

同じ槍使いとして、キーンにとっては

見習うべきところの多い存在だった。

「暁の牙は来る、来ない、どちらだと思いますか?」

アイスレアが、近くにいたランカーナに尋ねた。

こうして来襲に備えてはいるものの、

現れると決まったわけではない。

シュテシア守備隊が

『暁の牙がズィフィードとアスフィアナを狙って来るらしい』

という情報を掴んだだけで、

当の傭兵団が声明を出しているわけでもない。

アイスレアからすると来ないに越したことはないのだが、

「来てくれなきゃ困るよ。

 来なくても報酬はもらえるけど、

 ウチらの方はやる気まんまんで来てるんだからね。

 はっきり言って、早くやりてェェェ!っていう気分なの」

ランカーナは右足の爪先で地面をとんとんと叩きながら、

そう答えた。

血の気の多いレッドハンドにあって、実は彼女が最も好戦的に思える。

普段は気さくなのだが、戦闘に入ると最も人が変わるのも

ランカーナであるらしい。

「そろそろ、展示会が始まるね」

広場の入口付近にある時計台に目をやって、ロズウェルが言った。

現在の時刻は、午後十二時五十七分。

展示会は、午後一時から始まる。

広場に集まっている人の数もますます増えてきた。

その中心で、ズィフィードと共にあのアスフィアナも注目を浴びているのだろう。

ジャカは、彼女がいるかもしれない方向を見た。

「(あまり軍で働くって雰囲気の人じゃなかったけど、

 剣も魔法もすごい才能があるっていうし、

 やっぱり軍に入るのかなあ…)」

人波の中の、中年女性が首に巻くスカーフが揺れるのを何となく眺めていた彼は、

「来たようだな」

低く鋭いストールの声で向き直った。

守備隊の兵が一人、こちらに駆けて来る。

混乱を避けるためか大声で何事か言うことはないが、

必死の形相が何が起きたのかを物語っている。

近くまで来た彼は、息を切らしながら「暁の牙が現れました」と告げた。

それを受けて、レッドハンドの面々は

「いよっしゃぁぁぁ行くぜぇぇぇぇ!」

「面倒だが、やるとするか…」

盛り上がったり普段どおりだったりしたが、

ジャカたちには緊張が走った。

「どこだ?」

ジェサリアが、兵に問うた。

「西です、シュテス山に猛烈な勢いで向かって来る馬車団が見えます!

 現在までのところは、他の門からは確認されていません」

「一点突破か、そうこなくちゃだ。

 みんな問題はないな?

 出るぞ」

「問題あるとしたら向こうなんだよ向こう!

 どんだけ待たせてくれてんだ、ブッ飛ばしてやる!

 さっさと行こうぜ!」

「そこのアンタ、ウチらの邪魔したら守備隊もつぶすって言っておきなよ!

 レッツゴー!」

「面倒なことは、早々に終わらせよう…」

デュエル、ランカーナ、リメロウが次々と動き出す。

残るレッドハンドのメンバーと、ベルゼナッハも続いた。

「…俺たち、彼らと戦場に行って本当に大丈夫なのかね…

 実力もそうだが、戦いに対する感覚が大分違うぜ…」

「後方にいればもしかすると私たちが何もしない内に終わるのではありませんか?

 そうなれば、戦わずして報酬がもらえるということも!?」

「…報酬はともかく、ここまで来て一緒に行かないって道はねえだろ…

 戦闘後のレッドハンドの反応を想像したら恐ろしいぞ」

オータとジルドラ、キーンが口々に言った。

気持ちはわかるが、もはや戦闘に加わらないという選択肢はない。

手を叩いて、ロズウェルが大声を発する。

「街の中に傭兵団を入れるわけにはいかないよ!

 皆さんのためにも、がんばっていこう!」

この辺は、さすがウィルスター軍の十隊に所属していた騎士である。

彼女の言葉に鼓舞されて、ジャカも改めて覚悟を決めた。

「そ、そ、そうですね、行きましょう、皆さん!

 戦場に出るにしてもここに残るとしても怖いことに変わりはないんですから、

 お世話になったレッドハンドの皆さんに張り倒されるよりは

 一緒に戦った方がいい…ような気がします!」

何にせよ、やるしかないのだ。

皆はジャカに同意して、レッドハンドの後を追い西門へと向かった。





守りを固める守備隊の列と西門を抜けて、レッドハンドとジャカたちは

山麓へと続く下り坂に出た。

草が風になびく緑の斜面にうねった道が続いており、

門の近辺には百人ほどの兵が身構えている。

やがて山の麓の方から、百を超えるであろう数の馬車が激走して来るのが見えた。

多くの馬の蹄が地を蹴る音、車輪が外れるのではないかと思わせるほどに

激しく回転する音が響き、馬車が一斉に駆け登って来る様は非常に迫力があった。

幌の中から身を乗り出す傭兵たちの姿も確認できる。

乗っている人数を考えれば西門にいる兵よりも遥かに多く

守備隊は焦ったが、レッドハンドは少しも動じない。

腕を組んで馬車団を見下ろし、

ジェサリアは青空に轟く大音響で怒鳴った。

「ノコノコ出て来やがったか、フレイム!

 俺たちとやり合うのがどういうことかわかっているんだろうな。

 暁の牙、つぶれるぜ?」

それに応えるように、先頭の馬車を引く馬の背に

大柄な男が飛び乗ってやはり腕を組み、低く太い、だがよく通る声で

朗々と答え始めた。

「お前らがいるとはな、赤手…

 俺たちの稼業は、戦力が増えれば即稼ぎも増える。

 名の通った奴、いい戦力ならばなおさらな…

 ズィフィードとアスフィアナ、何としてももらい受ける。

 邪魔をするなら蹴散らすまで…

 よく聞け、行く手を塞ぐならず者ども。

 俺はルオグラン・フレイム…

 人々の期待を背負い、暁の牙、ここに参上した」

「ならず者はお互い様だろうが!

 誰がお前らに期待するんだよ、馬鹿かお前は現実を見ろ暴漢!

 嘘をつくな嘘を!

 始めるぞ、つぶせェェェ!!」

「参上ついでに吹っ飛びなっ!!」

ジェサリアの号令を聞いた途端、

活き活きとした様子でランカーナが金砕棒を振り上げ、

勢いよく振り下ろすと衝撃波が生じて坂を走り抜け

二台の馬車が粉々になった。

乗っていた傭兵の内、飛び降りて脱出できた者は

転げ回ったのち立ち上がって坂を登り始める、

それを一瞥して、フレイムは馬上に立ったまま右手で剣を抜き放った。

「破砕のランカーナ…

 この距離で野放しにすれば一方的にやられるか」

そして素早く魔導剣を完成させ、刀身に冷気をまとわせる。

凍てついた剣の切っ先を腰の左側に運ぶように振りかぶり、

一気に振り抜くと鋭利な氷の刃が高速で伸びてランカーナを襲った。

ランカーナは荒っぽく金砕棒を振り上げてそれを砕き、

にやりと笑った。

「やってくれんじゃないの、傭兵王…

 あたしを狙うとはさ…

 そのお誘い、乗ったぁっ!」

刹那の間に幾度も伸びて来る氷の刃を砕きつつ、

ランカーナはフレイム目がけて坂を駆け下り始めた。

その時、先に動いていたセファーが槍を坂に突き立てた反動で前方に高々と跳び、

接近する馬車の屋根に槍を叩きつけて真っ二つにした。

「ダンスパーティーじゃないんだ、

 優雅に馬車で乗りつけんな阿呆!

 何で俺がお外に連れ出してさしあげなきゃならんのだ、

 自分で降りろグータラども!」

「…何でか機嫌悪いな、サブリーダー…

 ランカーナも早速暴れてるし、オレみたいな奥ゆかしい人間は

 あのペースにはついていけないぜ。

 けど、一度くらいはああいうのを相手取ってみるのも面白いかもな」

言いながらデュエルは迅速な動きで迫り来る馬車の車内に滑り込み、

乗っていた十人を全滅させた。

一方、ストールは一対の小太刀を巧みに操って馬車を斬り刻み、

地面に放り出された者たちを反撃の暇を与えず倒していく。

リメロウはぎりぎりまで引きつけて

接触する直前に脇にかわすと同時に柄に手をかけて抜き打ちを仕掛け、

通過した馬車は勢いのままに走りながら中の連中ごと両断されていった。

その頃、アンジェは雷の如く戦場を駆け、すでに三十人近くを

戦闘不能に陥らせていた。

「マジで化け物ばっかじゃねえかよ、レッドハンドってのは…!」

初めて目にする彼らの実戦での姿に、キーンは戦慄を覚えた。

暁の牙も百戦錬磨の猛者ぞろいのはずで、戦力でいっても

レッドハンドがいなければ分散された守備隊だけで退けられたかというと

難しいほどだったが、相手にならない。

ただ一人、ランカーナと互角に渡り合っているフレイムを除いては。

「ウィルスター軍ですら一目置くわけだな…

 並の兵では、何百人いても太刀打ちするのは難しい」

つぶやいたオータは、門の方がざわめいたのを耳にした。

振り返って見上げると、大柄な男の姿が目に入った。

見覚えのあるシルエットであった。

「あれは、もしや…?」





「…すごい…

 圧巻の戦いぶりだ…

 ただ強いというより、彼らは…

 活力に、生命力にあふれている…!」

眼下で繰り広げられている戦闘を見下ろし、ズィフィードは

全身が震えるのを感じていた。

恐ろしいのではない。

純粋に戦士として、剣士として心惹かれるのだ。

強く、速く、奔放に駆け回る赤手たちに。

特に目がいってしまうのは、純白の天女の如き剣士。

「…何という速さ、鋭さ、美しさ…

 まるで、天上の舞踊を目の当たりにしているかのようだ」

容姿のみならず、まとう空気、挙動の一つ一つまでが華麗で、優雅で、美しい。

殺意が渦巻く戦場に、あれほどの美が存在するとは。

不思議であり、不条理であり、大いなる驚きと喜びがあった。

「その上、街が脅威に晒されているのだ…

 飛び込まないわけにはいかない」

周囲の制止の声を振りきり、ズィフィードは駆けた。

街を守るため。

敵を打ち払うため。

赤手たちを、戦いの中で脳裏に焼き付けるために。

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