友とあの子は
「―――――ということで、ウィルスター軍としては
貴方を最大限に評価をしています。
特命大臣のハーディス様はその証として、
まずは一億アルムと王都の邸宅、使用人、馬、魔力を秘めた武具を贈り、
さらにご家族の生活も生涯保障するとおっしゃっています。
入隊の際には十隊の中のどこに入るかの選択も特別にできるようにします。
他に何かご希望があれば、承りますよ」
「いえ、この上ない評価をいただき感謝致します。
ウィルスター軍には剣士として、武人として尊敬する方々が
数多おられますので、入隊の暁にはぜひ教えを乞いたいです」
「この場で決めていただけますか?」
「申し訳ありません、
まだお話を伺っていない方もいらっしゃいますので…」
「これは失礼、前のめりになってしまいました。
大人の対応ですね」
展示会前日、ハーディスの根回しで
強引にズィフィードとの接触に成功したシェズは、
若き俊英の返事に肩をすくめながら笑顔を浮かべた。
まだ十八歳、待遇を重視する者なら十分に納得する条件を
提示したはずであるが、即決には至らなかった。
面倒なタイプだな、と思った。
「(自分なりのやりがいとか誇りとか
大事にしちゃいたい方なのかなァ、この子は…
そんなの後からどうにでもなるし決めちゃってほしいなぁ、今…)」
ハーディスに命じられてやってはいるが、
シェズはこんな仕事は別にやりたくない。
ぱっ!とやって、さっ!と帰りたいのが本音である。
だが、今年の若者はそうはいかないようだ。
そうとなったら切り換えて、この山の上の街の滞在を
ゆっくり楽しむことにしよう。
展示会の後、二、三日くらいは宿泊して、
王都に戻ってもしハーディスに
「もしや君、観光してきたのではないかね?」と尋ねられたら
ごまかそう。
そう考えながら、シェズは姿勢を崩してズィフィードと
今までより気楽に話し始めた。
「ボクとしては、アスフィアナさんと二人そろって来てほしいんですよ。
大臣もお望みなんですけどね。
貴方としてはいかがですか?
アスフィアナさんの評価というか。
同じ軍にいたら頼もしい人材になってくれそうですかね」
問われて、ズィフィードは答えをまとめようとするように
ゆっくりうなずいてから口を開いた。
「アスフィアナさんとは立ち合ったことはありませんが、
剣の勝負では自分が勝ると思っています。
ただ、彼女の太刀筋には非常に繊細さというか、
閃きのようなものを感じます。
力や体格が同じだったら、また違った印象を持つことになったでしょう。
魔導については自分が及ぶところではありません。
剣魔どちらも優れた素晴らしい戦士は多くいらっしゃると思いますが、
アスフィアナさんの強みは、剣と魔導両方の素質を
稀に見るほどに高い水準で備えていることです。
まだ経験もほとんどなく開花していない状態でしょうが、
いずれ彼女が完成した時には国を代表する英傑になれると思います」
「絶賛ですね。
これはますますアスフィアナさんにも
お越しいただかなくてはいけませんねぇ。
あなたとアスフィアナさん、お二人が両輪となって国の未来を担い、
あの時の展示会でお二人が軍に入ってくれて良かったと
国民の皆さんが語り合う日が来るとボクは確信していますよ。
それでは、お互いに明日を楽しみにすることにしましょう」
次はアスフィアナの所だ。
彼女は、先日インタビューで誘いがあればケーキ屋でもいいなどと
発言している。
無論、どうしてもケーキ屋になるんだと言われれば仕方ないが、
あれほどの剣魔の才能があるのだからそれを活かせる職場の方が
世のためにも彼女自身のためにもいいはずだ。
今日の内に話をつけられればいいのだが。
昨晩に続いて今晩も、ジャカは訓練のために広場横の林を訪れた。
アスフィアナはいない。
明日の準備で忙しいのだろう。
「よし、今日もまずは明りの魔法を…」
「ジャカ君」
「をォォォォ!」
突如背後から聞こえた声に驚き、
前に弾け飛ぶように動いたジャカはそこにあった木に頭をぶつけた。
痛みをこらえながら、ジャカは猛烈な勢いで後ろを振り返り
剣に手をかけた。
「何をするんだ曲者ォォォ!
この僕の額にこれほどまでのダメージを!
さては僕を、僕を雑魚だと思っているな!
侮るなかれッ、こう見えても僕は剣と魔法、
さらには魔導剣の修行をも積み…
まだ修行中ではあるけれども、
それなりに成長しているに違いないんだぞ!」
「あたしだよ、ジャカ君。
ロズウェル」
「ですよねぇぇぇ!
わかってました、声で!
すぐ気づきましたよ、僕の名前を呼んだ時の、
小さいヤのところあたりで!」
ジャカのセリフが終わる頃に、ロズウェルが魔導の明りを発生させて
ジャカとの間に浮かべた。
彼女と暗い林に二人きりであることに緊張して、
ジャカは聞こえていたはずの虫の音も耳に入らなくなった。
闇の中、光の球に照らされるロズウェルのレモン色の髪は、
少し青みがかっているようにも見える。
彼女とどこか、異世界にでも来た気分だった。
黙っていると、いつまでもこの時間に浸ってしまいそうだ。
思うように回らない舌で、何とか話をしようと試みる。
「…あ、あの…
何でここに…」
「宿屋さんの人にお茶をもらいに行こうと思って部屋を出たら、
君の姿を見かけてこっそりついて来た」
さすがは好奇心旺盛なロズウェルである。
しかしこっそりついて来なくても、
声をかけてくれればよさそうなものだが。
「ジャカ君は、何でここに?」
「え、え~と…
大袈裟に言えば秘密特訓…のようなものでしょうか…」
「へええ!
偉いね、ジャカ君!」
「そうでもないですよぉぉぉ!
皆さんが休んでいる間に己に試練を課しているだけですからぁぁぁ!」
身体をくねくねとさせるジャカ。
憧れの相手に褒められているのだから、それは嬉しい。
これだけで、この特訓をしていて良かったと思える。
昨日はアスフィアナとの思わぬ出会いもあったし、
よくぞ夜中の特訓を決意したと自分を讃えてやりたい。
「でもびっくりしたなァァァ、
ロズウェルさんがここに来るなんて!
秘密だったんですけど!
あくまで秘密だったんですけどぉぉぉ!」
「前から思ってたんだけど、同い年だし呼び捨てでいいよ、
敬語もいらないし」
「…あ、そ、そうですか?
じゃあ…」
「秘密特訓だったら、邪魔しちゃ悪いよね!
あたしは宿に戻ろうかな」
「そっ…
そうぅぅぅ?
邪魔…ではないけどね、僕は全然問題ないけどね」
「あ、でもせっかくだからちょっときいてもいい?
前から興味があったんだけど!」
「どどどどどうぞ!
何でもきいてくれていいよ、趣味から理想の女性像まで…」
「ジャカ君はレゼルクと幼馴染みなんだよね。
二人は、どんな風に過ごしていたのかなって」
「…な、なるほど…
小さい頃の話だね」
肩透かしを食った気分だが、そもそもロズウェルが先に出会ったのは
レゼルクの方である。
彼女にとっては、同僚の幼馴染みに偶然出会ったという出来事だったのだ。
両者のことを考える時に、レゼルクが基準になるとしても
当然と言えば当然だ。
何を話そうか、幼き日のことを思い浮かべながら
ジャカはゆっくりと語り始めた。
「…レゼルクと一緒にいたのは五歳までなんだけど、
僕にとって一番大切な二人の友達の内の一人なんだ。
彼は、一緒にいてすごく心地いい相手だった。
小さい頃の僕は今よりももっと人の目を気にする子供だったけど、
レゼルクといる時は安心して普段の僕自身でいられたんだ。
優柔不断な僕と違って、彼は無駄に迷わない。
物事にこだわらない風でいて、いつも自分なりの答えを持っている、
今から思えばそういう子だったかな…
友達だけど、憧れだったんだよ。
かっこよかったんだ」
穏やかな表情で語るジャカに、ロズウェルもやわらかな笑顔を見せた。
今は違う道を進んでいるが、二人の少年の間に確かな絆を見たのだった。
「あまり長い間一緒にいたわけではないけど、
本当に仲良しだったんだね」
「僕はそう思っているんだけど、どうかな…
ガーラントで会ったレゼルクは、何か…
大きな目的があって、それしか見ていないように思えた。
飄々としていた彼が、ついにすべきことを見つけて
邁進しているような…
そう、自分なりの答えに向かって」
「…」
ジャカの微笑が、自嘲的なものに変わった。
そこに、ロズウェルは現在の彼とレゼルクの間にある距離を感じた気がする。
「そんな彼の目には、たった五歳までしか会っていなかった
僕なんかもう映っていないんじゃないかな」
「それは違うよ」
ロズウェルは即座に、そしてやや強い調子で
ジャカの言葉を否定した。
「再会するまでの間、レゼルクはずっと君を心配していたの。
何度も手紙を送ったし、ルフィカに行った時には
君やご家族に何があったのか、必死に調べ回ったんだよ。
ガーラントの戦いの時に言っていたけど、
彼が連行することで君たちにより大きな危険が降りかかるのを
避けようとしたというのは本心だったと思う」
「…」
確かに、レゼルクはそのようなことを言っていた。
それに、敵魔導士の攻撃を避けさせてくれたこともあった。
彼の中で、自分は友でなくなったわけではない。
ならば、今後彼とわかり合い、手を取り合うこともできるのだろうか。
彼の目的を知り、自分が協力する日も訪れるのだろうか。
ロズウェルは、ただ憧れの人というだけではないようである。
時間も、距離も、心も遠く離れてしまったように思える
友と再び歩み寄り、共に過ごすことができるようになるための
助けになってくれるかもしれない存在なのだった。
「…ちなみに、君は?
レゼルクとはどんな感じだったの?」
「あたし?
う~んと、もう一人の仲間のクラトーさんと話している時に
よく注意されたり呆れられたりしてた。
あと、うるさいって度々怒られた」
「…そ…そうですか…」
ロズウェルの話だけではレゼルク側の感情はわからないが、
どうもいい雰囲気だったりはしなかったようなので、
とりあえずジャカはほっとした。




