虎と狼
第二部隊所属の“剣狼”ゼゼーリン・ミューラーと
同隊の副隊長“刀虎”オーキス・グラムとは
同年の二十四歳であり良き友、良きライバルであった。
ミューラーは飄々として、隊内での立場などには無頓着で
己の剣の腕を磨くことを第一とする武人という風であるが、
グラムには人並みの野心もあるし剣でもミューラーを超えてやると
普段から本人に何度も言っている。
そうした性質の違いから、グラムの方が副隊長となっていた。
「行くのか、ミューラー!
戻って来たら即勝負だ、わかっているな」
「勝負はかまわないが、旅の汗を流すまでの猶予くらいは
欲しいものだ」
大股で近づき声をかけてきたグラムに、
ミューラーは笑みを漏らしつつ答えた。
こちらの疲労を考慮に入れず即勝負しろというのは、
いかにもこの友人らしい。
さほど差はないが、彼との戦績は自分が優勢である。
それが気に入らないのだろう。
一刻も早く、五分には持ち込みたいのだ。
「長風呂じゃなきゃかまわんぜ。
前にも言ったが、特命大臣のお供とはつくづく同情するよ。
あの方の護衛をするよりは、石像を背負って
ベルクルナ辺りまで行く方が旅としちゃまともな道中になりそうだ」
「大臣殿がそれほど気に入らないか?」
「少なくとも好きじゃあない。
お前は?」
「好き嫌いで考えたことはないな。
大臣だというだけだ」
「同情というのは撤回する。
楽しい旅をな」
何とも言えぬ表情を浮かべたグラムは、
右手で追い払うような仕草を見せる。
だが、刻限までには少々余裕があった。
ミューラーは、この友人で消化しようと思った。
「今回の件を認めたくらいだ、我が隊長は大臣殿との距離が
他の隊長より近いように思う」
「二部隊隊長といえば、筆頭隊長殿が不在の今は軍団長だからな。
多少は政治もやらなきゃいかんのかもよ」
「そうであるなら、私は隊長に同情する。
任務は任務で、果たすことに文句はないが」
「もしや、例の展示会の二人が欲しいんじゃなかろうな。
勧誘は特命大臣の得意とするところだ、
そのための人身御供がお前とか?
ズィフィードが来るなら俺としては歓迎だ、
遠くない内に虎と狼に続く異名が必要になるかもしれんぜ。
獅子か鷲あたりがいいと思うんだが、どうだ」
「竜などがいいのではないか。
壮烈な豪傑にふさわしい」
「それは駄目だ。
同格どころか虎や狼より上に感じる」
「若い世代が我々を超えていくのなら、それはいいことだ」
「俺は若いのにもお前にも超えられるつもりはないぞ。
さっさと行け!
今日は非番だし俺は鍛錬にゆく」
くるりと背を向けて、グラムは足早に去った。
あの様子ならば、帰って来るまでにはまた腕を上げていることだろう。
微笑で見送って、ミューラーは集合場所へと向かった。
最近のマステマは、機嫌が悪かった。
生来起伏の激しい男だが、ガーラントから戻って以降は
王都の守備に就くことが多く、退屈していたのである。
そんな彼の前に、ウィルスター国最高魔導士のアシュレイが現れた。
肩書きからすると意外なことに彼は魔導一辺倒ではないそうだが、
物腰は穏やかで気品のある顔立ちをしており、
一見すると貴族の美青年のようだ。
「ご壮健のようですね、マステマ隊長」
「おう、最高魔導士殿か…
久し振りじゃねェの…」
にこやかに言うアシュレイに対し、マステマはおどけた調子で両手を広げ
踊るように身体を一回転させた。
左耳で存在感を放つ銀のピアスが一瞬、日の光を受けて煌めく。
その輝きに劣らずぎらぎらと光る両の瞳が、
アシュレイを舐め回すような動きをした。
「そうだな、調子は悪かァない…
今日はちょいと嫌なことがあったんだが、
今この瞬間よりはずいぶんとマシな出来事だったぜ。
この国で一番偉そうな魔導使いに会うよりはな…」
「フフフ、手厳しいどころではありませんね。
申し訳ないことに心当たりがないのですが、
私がお嫌いですか」
「うん」
答えを聞きながらも、アシュレイは微塵も気にしていない。
そもそも、目の前の男には好意的に接する相手などいるのだろうか。
いたとしても、その好意がいつまで続くかわかったものではない。
マステマは、口の両端が裂けたような錯覚をさせる
妖しげな笑みを浮かべた。
「まァでも、一応挨拶しとくかな…
『薄暗くて辛気臭いねぐらに帰って、ご本でも読んでな』
最高魔導士殿」
「その腰の剣の切れ味を我が身で確かめることになる前に、
そうしましょうか。
お別れの前にひとつ。
特命大臣殿がお出掛けにあたって
いくつかの隊から護衛役を借りたようですが、
第七部隊からは?」
「王都の守備以上にくだらねェ仕事をやらせるくらいなら、
そこいらの林に生えてる木の数でも数えさせた方がマシだな」
「なるほど、わかりました。
それでは、失礼」
一礼して身を翻すアシュレイの背中を見ながら、
マステマは今度は子供のようににんまりと笑った。
そして、大股で第七部隊の詰所へと足を向ける。
着くなり、乱暴に扉を開けた。
「ディーロ、いるかァ!」
「はい、隊長!」
慌てて立ち上がり直立不動になる隊員たちの中で、
怒鳴り声に反応して返事をする者があった。
あまり目つきの良くない若者だが口を開くと八重歯が覗き、
何とも憎めない風貌である。
彼が、第七部隊の副隊長シャール・ディーロだ。
「御用でしょうか!」
「ちょいと出て来る。
後頼んだぞ…」
「はァァァァ!?
しかし、王都の守備は…」
「構いやしねェ、俺らの他にも隊はいるんだからよ…
そいつらに働かせとけ、お前らは適当にやってろ。
王都が炎上するような愉快な祭が起きればすっ飛んで来てやる」
「…もし、他隊の隊長から指摘されたら…」
「俺からの伝言を伝えろ。
『うるせェ、バーカ』ってな」
「俺の身がやばくないですか!?」
「帰ったら助けてやるよ。
死んでなきゃな」
「…ちなみに、いつお帰りに…」
「知るかよ、クソガキ…
途中どっかで三日三晩飲むかもしれねェし、
帰るのがイヤになるかもしれねェだろうが」
「いやいやいや!
それはいかがなものかと!」
「何かあったらちゃ~んとお手紙出すからね、ボクちゃん…
じゃ、行って来るぜ」
再び乱暴な扱いで閉められた扉は壊れて外れ、倒れた。
その直前に、ディーロはもう一度マステマを引き止めようとして
言葉を飲み込んでいた。
そうしなければ、彼は死体となって転がっていただろう。
上司は視界を遮るカーテンを払いのけるように
ほぼ無意識の内に自分を斬り、あるいは一撃で殴り殺し、
肉塊と化した自分に見向きもせず
やはり扉を破壊し出て行ったに違いない。
そうなる寸前のぎりぎりの境界を、
ディーロは見極められるようになっていた。
彼は安堵と困惑のため息を漏らしつつ、
留守番と扉の修理を行う覚悟をした。




