憑依系剣士
剣の方ではいくらかの手応えを得たジャカは、
魔導の勉強の取っ掛かりとして
アイスレアが持っていた教本に目を通してみた。
通してみた後すぐに頼んで、実際に彼女に手ほどきを受けた。
これが、意外に面白い。
難しそう、との印象を持っていたのだが
教本のページをめくる度にさらに次のページが気になって、
アイスレアの方から休憩を提案されるまで
質問をし続けた。
ジルドラの「魔導の道を進んではどうか」という軽口も
受け入れられそうなくらいの心持ちだった。
日中はレッドハンドの面々に剣を鍛えられ、
夜はアイスレアから援護魔法、ロズウェルから攻撃魔法と魔導剣、
ジルドラから治癒魔法の基本を習う日々を送り、
連日疲れ果てながらも充実していた。
治癒魔法についてはロズウェルも共に学んでいる。
人生で、これほどまでに全力で、
そして夢中で物事に打ち込んだことはなかった。
何かに熱中することと己の成長を実感することが嬉しい。
アイスレアも、
「ジャカさんには意外と…いえ、失礼。魔導の才能があるようですね」
と言ってくれた。
そして、もう一つ充実している理由があった。
「そうそう、ほら、できた!
それが風の魔導剣。
君は、風の属性の魔導剣が一番得意みたいだね」
ロズウェルである。
彼女の煌めく大きな瞳とやや幼く見える笑顔、
そして無駄に遠くまで届く大声さえも、
ジャカにとっては太陽のようであった。
心の中で憧れ続けた彼女がいることで、
ジャカはさらに発奮できた。
そのせいか、魔導の分野の中で彼の成長が最も早かったのが
ロズウェルも得意としている魔導剣だった。
「…すごい…
僕の剣に…風が…!」
感嘆の声を漏らしながら見上げる手にした剣の刀身を、
微弱ながらも鋭い気流が覆っていた。
自らの魔力で、自らの手で完成させた小さな風の刃に、
ジャカは目を輝かせて見入った。
力のない、何もできない人間だと思っていた自分が、
魔導を使うことができたのである。
この風の刃をきっかけに、他の分野の魔法も修得できそうな気がする。
それができたのも、ロズウェルの存在は大きかった。
改めて、実感した。
彼女は、自分にとって特別なのだと。
だが、今以上に近づけなくてもいい。
憧れとは、触れられないものなのだ。
そう思っていたが、その日の夜に同室のキーンに言われた。
「お前さあ、いつになったら言うわけ?」
「何の話ですか?」
「ロズウェルに『オレと付き合えよ』って」
「ブフォーッッ!!」
机で魔導の復習をしていたジャカは、勢いよく空気を噴き出しながら
思わず持っていたペンを放り投げて後ろを振り返った。
そこには、ベッドの上で両手を枕に寝転んでいるキーンの姿があった。
彼は、ジャカの反応を不思議そうに眺めている。
ちょっと腹が立った。
「何だ?」
「何だ、じゃないですよッ!
僕がそんなチャラチャラした感じで軽~く告白する輩だと
思ってるんですか!」
「チャラついた言い方だったかなあ」
「そっ、そもそも、何で僕がロズウェルさんにそんなことを…」
「もしかしてお前、気づかれてないと思ってんの?」
「はああ!?」
「みんなわかってるだろ、お前にとって幸か不幸か、
ロズウェル本人だけが全く気づいてないみたいだが」
「ウソォォォ!!」
「ウソってのが前半部分か後半部分か知らねえけど、
みんなわかってるって方は本当だぜ。
ここにいる間がチャンスじゃねえか。
さっさと決めちまえよ」
「…」
憮然として、むっつりとジャカは黙り込んだ。
色々とショックは大きい。
しかし、なぜだかわからないが皆に知られているなら仕方ない。
ジャカは、正直な気持ちを述べた。
「…別にいいんですよ。
僕みたいな男が好かれるわけないじゃないですか。
弱いし優柔不断だしかっこよくないし。
最初から叶うはずのないことなんですよ」
「…基本に忠実なネガティブさだな…
前向きになれよ、ジャカ。
戦闘でもそうだけどな、やっぱり前向きさは必要だぞ。
叶うはずがない、そりゃそうだ。
お前がそう思ってたら」
「だって…
好きになってもらうって、すごいことじゃないですか。
僕には、想像できません」
「お前はまず、自分を好きにならなきゃいかんな。
今のお前はさ、オレから見てもそんなに弱くないと思うぜ。
優柔不断ではあるけどさ。
最近のお前はがんばってる。
自信を持て!」
「…」
キーンがそう言ってくれるのは、嬉しかった。
それに、自分のことを想って真剣に話してくれていることも。
だから、ジャカはさらなる本心を伝えることにした。
「ありがとうございます、キーンさん。
僕自身も、今の僕のことは実は自分が思うほど
ダメじゃないのかもって感じられるようになってきました。
だから、今はこのままでいいんです。
僕は、もっともっと大きくなりたい。
この手で皆さんを、そしてロズウェルさんを守れるくらい。
それが、第一なんです」
晴れやかな表情で語るジャカ。
そこに、先程までの己を否定する感情は見られなかった。
少し大人びたようにも映る、こんな顔をジャカはこれまで
しなかったと思う。
間違いなく、彼は成長の途上にあるのだろう。
それを知って、キーンは微笑してうなずいた。
「わかったよ。
そうだな、今のお前は魔導も楽しそうにやってるし。
好きって気持ちは道しるべになる、人でも物でもな。
それ目指して進んで行けばいつかどこかにたどり着く…
まあ、片想いってのも悪かないさ。
昔、偉い人が言ってたんだ。
恋は胸に秘めてる時が最高なんだって」
「…誰なんですか、その人…
大体、本当かなぁ…
だってキーンさん秘めてなかったもん」
「オレはせっかちだからいいの。
そのおかげで、オレとサンヤは最高の恋ができたんだぜ」
そう言って、キーンは目を閉じた。
彼は、もう自分を責めることはやめた。
サンヤが望んでいないとわかるからだ。
彼女が望むのは、二人の恋が短くも本物だったと確信し続けることだと。
キーンの様子に、ジャカも微笑んだ。
どうやら、まだ見ぬ恋というのは素晴らしいものらしい。
それを知る日が、いつか自分にも訪れるのだろうか。
その日のアンジェの訓練は、ジャカたちが固唾を呑んで見守るほどであった。
ジェサリアとセファー、リメロウを同時に相手にし、
何時間にも渡って戦い続けた。
こういった荒行はしばらく前から行っていたが、
今日は異様に空気が張り詰めている。
同じレッドハンドであるストール、ランカーナ、デュエルも、
真剣な表情で見入った。
「…自分と同等かそれ以上の力量を持つ三人をいっぺんにというのは、
あまりにも厳しいですね…」
珍しく小声で言うロズウェルに、ランカーナは浅くうなずいた。
実際にアンジェはいくつもの傷を負っており、
アイスレアやジルドラの治癒魔法を何度も受けていた。
「もちろん、レッドハンドの大将と槍の名手、居合の達人が相手だからね。
ただ、アンジェは伸び盛りの年代だし
多分才能ではウチの中でも一番。
何か掴みかけてる、ようにあたしにも見える。
だから、リーダーたちもあえて止めない。
本人が納得するまでね…
けど、さすがにそろそろ危ないのも確かだね」
魔法で治したからといって、いつまでも戦い続けられるわけではない。
まして、十六歳の少女である。
誰の目にも、限界をとうに超えていることは明白だった。
が、
「…見ろ!」
「…きたか…!?」
ストールとデュエルが、ほぼ同時に声を上げた。
アンジェの様子に、変化が生じたのである。
黄金の瞳は輝きを増して流星の如く光芒を描き、
基本的に背筋を伸ばしたまま構えることの多かった彼女が、
姿勢を低くして前のめりになった。
だらりと垂らした左手の剣は、切っ先が地面に触れそうになっている。
明らかに、これまでのアンジェとは異なっていた。
「…何だか、雰囲気が変わったというか…
何かが憑依しちゃったみたいですね…!」
喉の渇きを感じつつ、ジャカは言った。
その表現に、オータは同意する。
「…憑依したのかもしれないぞ…
あるいは、アイス殿が言っていた神を降ろす奥義かもしれない。
剣の神をな…!」
そんな突拍子もない言い方をしてしまうほど、
アンジェのまとう空気は平時とは違うものになっている。
計り知れない神変を見せているアンジェを前に、
ジェサリアは自分が確かめねばならぬと考えた。
「セファー、リメロウ、下がれ!
俺が試す」
頭の言葉に従い、セファーとリメロウは距離を取ろうとした。
次の瞬間、アンジェの姿が揺らめき、
それとほぼ同時にセファーの槍とリメロウの剣が弾かれ宙に舞った。
その時には、アンジェはジェサリアの右手側に回り込んでいた。
まさしく神速である。
即座に対処しようとすると彼女の姿はそこになく、
左手側にいた。
「我が娘ながら怪物!」
極限まで追い詰められ、
ただでさえ溢れんばかりの剣才を示していたアンジェの
眠れる力がさらに目覚めたのか。
込み上げる笑みを抑えきれず漏らしつつ、
ジェサリアは恐ろしく冴えた下段からの斬撃を防ごうとした。
しかし、目を見開いた。
確かに向けられたはずのアンジェの剣が、そこにはなかったのである。
「ヤバイ!」
思わず、セファーが叫んだ。
アンジェの神がかった速さがジェサリアを斬るかと思わせたが、
当のジェサリアは胴を薙がれる寸前に左手で腰の鞘を引き上げて
何とか防いでいた。
そこでアンジェも動きを止め、見ていた者たちは
一斉に脱力して大きく息を吐きだした。
ちょうどその時、飛ばされたセファーとリメロウの得物が
着地する音がした。
「ふうっ!
流石の俺もひやりとしたぜ」
剣を納めながら、ジェサリアは笑顔で言った。
愛娘が剣士としてまた一つ、大きく飛躍したことを確信して。
「すごかったぞ、アンジェ!
お前の剣は、まさに消えたようだった」
「…まだ…遠い」
「ん?」
「…剣の道は…広大無辺だ。
どこまでも長く、果てしなく広がっている」
自らの剣に視線を落とすアンジェ。
大いなる成長をした彼女だが、まだ第一歩に過ぎなかったようだ。
この娘は、自分たちも見たことがない高みに登っていくのかもしれない。
微笑してアンジェから離れたジェサリアに、セファーが歩み寄った。
「ギリギリだったな、大将」
「ギリギリじゃなかったら刃引きした剣でも
真っ二つだったよ、馬鹿野郎」
アンジェに背を向け、いくらか距離を取ってから
ジェサリアは左の脇腹を押さえて顔を歪めた。
「痛って!
痛ってえ!
折れてるかもしれねえこれ!
ヒビは絶対いってる!
結構ダメージでかい」
「直前に鞘で防いだのにか?」
「そう見えただろ。
俺もそう思った。
だが、一瞬早く届いてたんだよ。
後から鞘で防いで何とか致命傷を免れたんだ。
アンジェの剣は消えたように見えるくらい速かったが、
俺たちが感じた速度よりさらに一歩速いってことだ」
「そりゃ恐ろしいが、レッドハンドとしては頼もしい限りだ。
あんたも、とうとう本気出さなきゃ娘とやり合えない時が来たかな」
「どうかな。
だが、そうなってもらわなくちゃいかん。
あいつは、レッドハンドのみならずミラストラの至宝とも言うべき
剣士になれる存在だ」
ジャカ、アンジェ、そして他の者も著しい成長を見せている。
若者たちの目覚ましい進歩を日々目の当たりして、
ジェサリアは自分自身も一層己を磨かなければと省みた。
セファーたちも、指導するばかりでなく鍛錬に励んでいる。
力を貸してやろうとここへ導いたジャカたちが
レッドハンドの力を伸ばす結果ともなっていた。
この出会いに感謝しなければならないと、
星が瞬き始めた天を見上げながらジェサリアは思った。




