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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
56/92

青春はチャレンジ

王城グランドスター内を行くハーディスに歩み寄る巨大な人影。

優にニメートルを超える筋肉隆々の色黒の体躯に禿頭とくとう

口髭、鋭い眼光と、見る者に十分すぎるほどの威圧感を与える

風貌の持ち主である。

その巨漢が、風貌に見合った低く重々しい声をかけた。

「ハーディス殿」

「これは、カーン隊長」

両手を広げて軽く会釈したハーディスは、

周囲に誰もいないことを確認し頭を下げた姿勢のまま

巨漢の迫力ある顔を覗き込むようにして口元に笑みを浮かべた。

「いけませんな、カーン殿。

 貴殿のような英傑からすれば、私の如き男は唾棄すべき軽輩者として

 蛇蝎と同様に嫌うはず。

 それを、ハーディス殿などと」

「貴公の特命大臣の地位は陛下がお与えになった。

 オレが敬意を払ったのは陛下だ。

 気にするな」

ハーディスの顔を見るためにうつむくでもなく、目だけをやって巨漢は答えた。

第六部隊の隊長、ギエン・カーンである。

十隊の頭の中では最年長の四十一歳。

血の気の多い隊員をまとめ上げる統率力と圧倒的な武力によって、

鬼将と呼ばれる豪傑であった。

彼に向かって口元を歪めるような笑みを浮かべるハーディスは、

周囲に見ている者がいれば命知らずにも思えたかもしれないが、

カーンに気にした様子はなかった。

「フフフ…

 協力関係となったとはいえ、

 元部下のウォルケンを死に追いやった私に対しては隔意が拭えませんか」

「ないものは拭えん。

 規律を乱すとしてシュネールに送ったが、

 奴自身に遺恨はない。

 かといって思い入れもないが、ウォルケンの件に限らず

 全てを消そうとする貴公のやり方には容喙すべきかと考える時もある」

「剣呑ですよ、カーン殿。

 我らが目指すのはウィルスターが大陸、さらには全世界の中心となる世…

 この茨の道を進むのは容易ならざる事業。

 情けが命取りとなることもあります」

朗々と語るハーディスに、カーンは鼻を鳴らして浅くうなずいた。

協力することにはなったが、手を取り合ってというわけではない。

互いに都合がいい、その一点だけだ。

「ならば何も言うまい。

 我らには思考の隔たりが確かにある…

 だが、貴公の言う新たな時代の力、

 必ずオレに優先的に回してもらうぞ」

「無論です。

 一部隊隊長殿が不在の今こそ好機…

 計画を推進しましょう。

 そのためにも、近々現地へ出向いて参ります」

「動くなら用心しろ。

 貴公は恨みも買っていよう」

それについてはハーディスも自覚している。

にっこりと笑って答えた。

「ご心配には及びません。

 軍でも指折りの剣豪をお借りするつもりです」

「ほう、剣豪をな…

 二部隊の刀虎オーキス・グラムか、

 九部隊の神童セレンティア・エリンあたりか?」

「副隊長を貸してほしいなどと言えば顰蹙を買うでしょう。

 ですから二部隊の、狼の方です」

「ミューラーか…

 ザオウは承知しているんだろうな」

「ええ。

 六部隊のフィション殿もお借りできればさらに心強いのですが」

「副隊長を貸せとは言えぬと貴公の口から聞いたばかりだ。

 それに生憎だが、奴にはやってもらうことがある。

 進捗状況を尋ねようと声をかけたが、

 さらに進めるつもりなら結構なことだ。

 ただ、慎重にな」

「わかっています。

 必要な折にはぜひご助力をお願いします」

「その折を迎えず終わらせるつもりで粉骨してもらいたい」

「肝に銘じましょう」

一礼し、ハーディスはその場を去った。

一筋縄ではいかない相手だが、カーンを引き入れられたのは僥倖だった。

ハーディスの計画を進める上で、大きな力となることだろう。





ガーラントの街を歩いていたレゼルクとクラトー、ガラテアは

巡察中の第三部隊の中にエランカとフラックスの姿を見つけ、

彼らからなら話を聞けると考えて声をかけた。

すると、

「やあ、レゼルク君にクラトー殿。

 まだこの街に滞在していたんだな」

無論足を止めることはなかったが、エランカは愛想よく応じてくれた。

他の隊員たちは、怪訝そうな顔をしている。

最後尾に下がったエランカに歩調を合わせつつ、

この場は手短に済ませようと思った。

「ああ、そちらは忙しそうだな。

 仕事終わりにでも、少し話をしたいんだが」

「いいとも。

 ここなら、そうだな、一つ目の角の所にイムネマって店がある。

 そこに六時半頃でどうだい」

「わかった。

 感謝する」

「感謝されるほどのことかな。

 じゃあ、また後で」

笑いながら軽く手を挙げ、エランカはやや距離が開いた同僚たちを

小走りで追いかけていった。

約束の時間までには、まだ一時間ほどある。

レゼルクたちは路地裏で時間をつぶし、刻限が迫ってきたところで

指定された店に入った。

そこは食堂や酒場という風ではなく、喫茶店だった。

各席はパーテーションで区切られ、全体的に落ち着いた雰囲気である。

六時半から五分ほど過ぎた頃、

エランカといかにも付き合わされた様子のフラックスが姿を現した。

二人とも、私服である。

制服では、二人でも危険は大きいのだろう。

レゼルクは彼らに色々と尋ね今後の方針を立てようと考えたが、

それに役立ちそうな情報を冒頭から得ることができた。

「そういえば、昨日は感激した。

 セレンティア・エリンに会ったんだぜ」

軽食を注文したエランカが、そう切り出したのだった。

その名は、当然知っている。

「あの、九部隊のか?」

「何と!

 神童と名高い、かの異才がガーラントにいるのか。

 ぜひ対面したいものだ、この私も」

「噂に聞いて、前々から気に入らなかった野郎だ。

 この街なら、道でばったり顔を合わせりゃ一戦交えてもかまわねえよな」

クラトーの感想に続いて飛び出したガラテアの物騒な発言に、

彼の方を一瞥してレゼルクは話を続けた。

「九部隊が来ているのか」

「うん。

 昨晩、宿舎に入って来た」

「隊長と副隊長がそうだからなのか、

 同宿となるとなかなか賑やかな隊だったな…」

「…」

エランカとフラックスの言葉を聞きながら、レゼルクは思い出す。

第九部隊の隊長は、エシエン・ドロウという人物である。

豪放磊落で情に厚い好漢らしく、マステマは「ドロウはムカつく」と言っていた。

マステマがあえて言及するほどに好意的でないのなら、

ドロウが好人物であるという評判も信用できる気がする。

ドロウの方がマステマのことをどう思っているのかは不明だが。

「三部隊に代わってここにとどまるわけではないのか?」

「いや、そうじゃないよ。

 俺たちにそんな吉報は届いていないね。

 彼らも仕事は仕事のようだが」

「…しばらくでいいから、私たちを使ってもらえないかな…」

「九部隊でか?」

目を丸くして、クラトーが問うた。

しかしすぐに、合点がいったというようにテーブルを軽く叩いた。

「なるほど、誰もが目を見張る活躍をして編入してもらおうというのだな、

 この私たちを!」

「そこまでは考えていないが、もし帯同させてもらえれば

 いずれ安全にガーラントから離れられると思うのだが」

「そういえば、君たちはマステマ隊長に放り出されたんだったな…」

フラックスがそう言うと、エランカは心底気の毒そうな表情をした。

隊員が隊長に置き去りにされたり見捨てられたりするなどということが

現実にあるんだなと、彼からすれば信じがたい出来事である。

「俺たちの隊だったら良かったのにな。

 ジェスパー隊長なら絶対にそんなことはない!

 それに強くて部下想いで尊敬できる」

「ではあろうが、事実としてヴァントレイ卿は我々の上司ではないから

 その談義は虚しくなるばかりだ。

 話を戻そう…

 感覚的なことでしかないが、三部隊がそうであるように

 九部隊も私たちにとっては危険はないように思える。

 どうだ、ガラテア」

ふんぞり返って椅子の背にもたれかかって水を飲んでいたガラテアは、

視線を向けられ空になったコップを揺らして見せた。

「平気じゃねえか。

 隊で言うなら危ないのはお前らの隊だけだろ、今のところ。

 隊っていうか、マステマだがよ」

他にもハーディス(と思われる)からの刺客も警戒しなければならないが、

十隊で言うなら最も狙ってきそうなのはマステマだ。

それ以外の隊は何とも言えないものの、

第九部隊は隊長の人物からしても比較的安全であると読んだ。

「確かに、そのとおりだ。

 では、一縷の望みにかけて行ってみよう。

 かまわないか、クラトー殿」

「無論だとも。

 いつの時も、人は挑戦を忘れてはいけない。

 ためらうことなかれ、青春はチャレンジだ!

 失敗もあるかもしれないが、成功もまた挑戦の先にしかない。

 挑もうではないか!

 この私と共に」

「こいつ毎回こうなの?

 めんどくさくないか?

 オレはめんどくさい」

ガラテアの意見に、レゼルクは答えなかった。

確かにクラトーは面倒なところのある男だが、

慣れれば発言の大部分を聞き流しつつ言わんとしている内容を

理解することができるようになるはずである。

彼と行動を共にするなら、その技術は必須と言える。

ガラテアがいつまで一緒に行くかわからないが、

喧嘩は困るので早急に会得してもらいたいと思った。

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