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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
55/92

達成

「馬鹿野郎ォォォ!!」

「ぶふぉぶッ!」

デュエルに稽古をつけてもらっていたジャカは、

どうにか斬撃を防げたと思っていたら拳で殴られた。

地面に倒れ込み、頬を押さえながらデュエルに

恨みがましい顔を向ける。

何をするんだと問いただすべく意気込んだが、

拳を振るった方も怒りの表情だったのでやや怯んだ。

「たまたま防御に成功したからって感極まって止まるんじゃねえ」

「…ご指摘はごもっともなんですけども、

 殴ることはないんじゃないでしょうか…」

「不必要な時に動きを止めたら危ないから殴ったの。

 言っとくが敵を斬った後も突っ立ってちゃダメだからな。

 噴き出した相手の血が目に入ったら次は自分が斬られるぞ」

「す、すぐに離れればいいんですか?」

「その辺のコツはアンジェに聞くのがいい。

 あいつは相手の腕を落としたりするために

 戦いの中であえて左手の力を使わないこともあるが、

 そういう時でも返り血を浴びたことがないからな」

「…まさに剣の鬼…」

背筋がぞくりとする話を聞いてつぶやきながら、

ジャカは当のアンジェの方に視線をやった。

彼女は打倒ジェスパーに向けてジェサリアと徹底的にやり合って

特訓している。

特訓とはいえ実戦さながらの撃ち合いで、

すさまじいまでの迫力があった。

キーンは同じ槍の遣い手のセファー、オータはストール、

ロズウェルはランカーナに指導されることが多くなっている。

ジャカはデュエルとリメロウに付き合ってもらうことが多く、

彼の場合はようやく見つけた『自分の剣』を精練、洗練させる必要があるので

手の空いたレッドハンドのメンバーにとにかく相手をしてもらうよう

頼み込んでいた。

その結果、日が暮れる頃には連日ボロボロになっていた。

治癒魔法を受けて回復しても、なかなか立ち上がれなかったほどである。

最終的には大の字になって寝転ぶ姿がお決まりだった。

「…アンジェさんは僕より年下なのに達人ですけど…

 いつ頃からすごくなったんですか?」

今日の訓練が終わり、夕暮れの下で皆が片付けや談笑をしている中、

ぐったりとして寝転んでいたジャカは近くにやって来たジェサリアに尋ねた。

その声を耳にして、ジェサリアはジャカの傍らにしゃがんで微笑した。

「俺もよくわからねえよ。

 あいつとは三歳の時、年齢は覚えていたが他の記憶がない状態で出会った。

 髪も肌も真っ白で、まるで天使だと思った。

 だから、アンジェと名付けた。

 こんな父親の所に来ちまったからな、

 あいつは剣を玩具代わりにして育ったんだ。

 俺もリメロウも、剣でしか遊んでやれなかった。

 後から加わってきた連中もな」

「…遊んで…」

涼やかで、心地の良い風が吹いた。

ジャカは、茜色に染まる空を見上げる。

頬を、大地で揺れる草がくすぐる感触がした。

青臭い匂いが、なぜか大陸の南東に位置する町での記憶を呼び起こした。

「…ウォルケンさん、楽しそうだったな…」

自分やヴァッセを相手に剣を振るうのが、

実に楽しそうだった。

だから、あの頃は怖くなかったのだろう。

剣の稽古ではあったが、ウォルケンやグレイ、ゼップ、そしてヴァッセと、

皆で遊んでいたのだ。

しかし、今は違う。

生きるか死ぬかだ。

怖いに決まっている。

その怖さに負けず、怖さをもたらすものを打ち消すための術を、

ジャカは体得しようとしているのだ。

「ジェサリアさんは…

 なぜ戦うんです?」

「一度は抱く問いだよな。

 俺は、これしかできない人間だ。

 物心ついた時にはそういう状況にいたし、これで生きてきた。

 同胞を守る手段でもあるし、俺たちの剣を必要としてくれる人々もいる」

腰の剣を叩いて見せ、ジェサリアは答えた。

自分なりの答えをしっかりと出した者の態度と思えた。

己はどうだろうかと、ジャカは自らに問いかける。

それは最近では毎日のことだったが、いつも答えは同じだった。

「…僕は…

 僕も、生きるためということになるんでしょうけど…

 ジェサリアさんが言っていた、斬る覚悟ができていない気がするんです。

 もう、ルルメクが斬ったんだという逃げ道はない。

 でも、人を斬るというのは…

 本当に、いいんだろうかと…

 戦うと決意したはずなのに揺らいでいる僕が、生きるためとはいえ…」

「闇雲に斬ったら、そりゃあ悪い。

 どうお題目を並べても同じと言う者もいるが、

 俺はやはり違うと思う。

 斬りたいから斬るんじゃない。

 私利私欲のためでもない。

 なすべきこと、守るべきものがあってこそ、

 俺たちは初めて剣を取り、斬る。

 自分も死ぬ覚悟を決めて、同じく剣を取って向かって来る者、斬るべき者を、

 必要とあらばだ。

 もちろん、重圧はある。

 なくちゃいけねえ、命の取り合いをするんだから。

 その重圧が恐ろしいなら、耐えられないなら、

 最初から剣を取るべきじゃない」

「相手が同じように戦いに臨む人なら…

 向こうも覚悟をしているはずということですか」

「そうだな。

 お互い様だし。

 こっちだっていつやられるかわからねえんだから」

「…駄目ですね、僕は…

 ルルメクに散々戦わせて、今更こんなことで悩んで…」

「いや、いいよ、お前。

 お前はまともな人間なんだ。

 戦い続けながらまともな人間であり続けるのは簡単じゃない。

 剣の重さ、人を斬る重さを忘れない方がいいに決まってる。

 それを抱えたまま強くなれ、ジャカ。

 そして、どこまでも生き残っていけよ」

ジェサリアの言葉は、優しかった。

ジャカは、両手で地面の土を握りしめる。

ジェサリアだけではない。

家族、ヴァッセやウォルケン、グレイ、ゼップ、

多くの人が守ってくれた、想いを託してくれた命。

生き抜いていかなくてはならない。

怖さに負けず、人を斬る重さにも屈せずに。





「…ご…ごひゃ…ごひゃき…ごひゃ…く…」

土煙を上げて、ジャカは丸太刀を放り出しながら大地に倒れた。

ようやく、目標の素振り五百回を終えることができたのだ。

汗と泥まみれでうつ伏せになっている彼の元に、

仲間たちが駆け寄っていく。

「ついにやったな、ジャカ!

 五百回達成だ!」

「時間がかかってもあきらめなかったね!

 すごいすごい」

「ここまでズタボロになりながらもやり遂げるとは、お見事です!

 尊敬の念も込めて、耳寄りなお話をひとつ。

 祝賀期間の今なら治癒魔法を半額料金で!

 いかがですか、半額ですよ」

キーンやロズウェル、ジルドラが次々とジャカに声をかけるのを眺めながら、

アンジェはジェサリアにきいた。

「ルルメクに頼らずに戦うだけの力はついた…

 と言っていいか」

「力はついた。

 それを出せれば並の相手なら問題ないくらいにはな。

 妖剣に頼りっぱなしではあっても戦場に立っていたことが

 全く身になっていないわけではなかったようだ、

 身体が覚えていたのか太刀筋は悪くない。

 恐怖を起爆剤にして攻める際の斬撃も、なかなか速く鋭い。

 後は場数だ」

「仕事に同行させるという話だったが…」

「その仕事がまだ来ていない」

「…」

「選んでるから。

 あいつらを行かせられる仕事を選んでるからだから」

一方、ジルドラの料金という発言を耳にしてランカーナが

思い出したようにそういえば、と言った。

「同行するにあたってアンジェを雇うって話になったらしいけど、

 今は合計でいくらくらいになってるの?

 高いでしょ~、あの子」

「…いや…合計は…

 いくらとか、具体的な額はあまり人前で言うことでもないし…」

キーンは、言葉に詰まる。

激動と訓練の期間を過ごしている内に

完全に頭から抜け落ちていた。

しばらくここから動いていないこともあって、

アイスレアの金運も発揮されていない。

正直、総額がどれくらいかなど考えたくもなかった。

「…ここに来てからの料金は発生していないと信じたいんだが…」

「リーダー次第だが、恐らくその点は大丈夫だろう。

 宿泊料も指導料も取らないと思うぞ」

オータの言葉に、ストールはにやりと笑った。

確かに、レッドハンドには予想以上に世話になってしまっていた。

ジェサリアが人情に厚い人物で良かったと心底思っている。

何しろアンジェの料金設定が適当な上にかなりの額だったので、

全てを含めて払えと言われたら一体いくらになるのか想像がつかない。

「いや、ちょっと待った。

 オレは多少はいただくべきだと思うぞ、

 馴れ合いになっちゃ良くない」

「…そう言うな、デュエル。

 一つ屋根の下で過ごした友たちだ。

 細かく計算するのも面倒だし」

「いーや、あんたは甘い、リメロウ!

 こういうことはきっちりしねえと!

 下手に情を挟むもんじゃねえ」

その後、他の者たちも巻き込んで話は広がってゆく。

限界を超えた疲労と遠のく意識の中で、

ジャカはそれを聞いていた。

「…あの…皆さん…

 僕、倒れてますから…

 あまりお金の話は…

 後でもいいんじゃないでしょうか…

 僕の五百回達成の話題で、もうひと盛り上がりした後でも…」

消え入るような彼のか細い声は、誰にも届くことはなかった。

ただ一人、吝嗇家の神官を除いては。

「フフ…!

 だから言ったでしょう、私の提案が必要になる時が来ると。

 もう一度お尋ねします!

 今なら半額ですが、いかがですか」

ジルドラの提案を、ジャカは無視した。

こうなったらもう気絶しちゃおうと心に決め、

自ら目を閉じいつしか眠りに落ちてしまったのだった。

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