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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
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臆病者の剣

「三百…八十…二…ぐふっ…」

息も絶え絶えに言い残しながら丸太風の木刀を振り下ろし、

それに引っ張られるようにジャカは地面に倒れ込んだ。

今日も素振り五百回の目標を達成できなかった彼だったが、

疲労困憊で動けずにいながらも光明を見出していた。

もう少しで四百回というところまで来て、

ようやく先が見えてきた気がしていたのである。

一方、実戦形式の稽古についてはあまり進歩がなかった。

相変わらず撃ち合いの際に身を縮こませ時に目を閉じてしまうジャカに、

セファーは槍を引き石突きを地面に置いて声をかけた。

「お前さんの臆病者っぷりも筋金入りだねぇ」

「す、すみません」

「いやァ、全然かまわないんだ、俺は。

 やられて死ぬのはお前だし」

「セ、セファーさん、すごい言い方しますね…」

「しかしどうにも疑問なんだが、怖い怖いって言うが

 目を閉じていつの間にか死んじまっている方が

 どう考えても怖くないか?」

「…え…」

「だからな。

 目を開けて迫る敵とか剣を直視するより

 迫る敵とか剣の前で目を閉じる方が怖いだろうって話」

「…」

「みんな言っていたぞ」

「みんな?」

「みんな」

「…アイスさんは言わないでしょ?」

「いやあ、言っていたよ。

 今にも斬られるかもしれないというのによけようともしないなんて、

 わたくしなら怖くてできませんってな」

「完全なる皮肉!

 あのアイスさんが!」

しかし、言われてみればそうだった。

向かって来る相手の形相や武器が怖くて

思わず目を閉じたりそらしたりしてしまっていたが、

その間に刺されたり斬られたりする方が痛くて怖いに決まっている。

当たり前のことすぎて誰も指摘しなかったのか知らないが、

とにかく急に怖くなってきた。

単純に見えなくなるからとかいうだけの話ではなくて、

殺してくれと言っているようなものだ。

そんな状態でルルメクを手放し自力で戦うなど、背筋が凍る想いがする。

実戦に出る前に気づけて良かった。

「…何て…何て、怖いことをしていたんだ、僕は!

 駄目だ駄目だ!

 急に刃物が身体に食い込んできたり刺さってきたりするなんて!

 とんでもなく恐ろしい話だ!」

「まァ、そうだろうな。

 だからリーダーも相手をちゃんと見ろって再三言っているわけでな」

頭を抱えるジャカを眺めるのも飽きたのか、

セファーは空を見上げて耳の穴をほじりながら言った。

そんな彼に、ジャカはすがるように尋ねる。

「…どうしたら、しっかり相手を見る度胸が身につくでしょうか…」

きかれたセファーは、槍を左腕に抱え腕を組んだ。

「お前の場合、まぶたを切り取るくらいしなきゃ無理じゃないかな」

「僕は真面目にきいてるんですよッ」

「俺も真面目だよ。

 慣れるって手もあるかもしれないが、一朝一夕には難しい。

 そこでどうだ、考え方を変えるというのは」

「…一体、どういう風に…」

「度胸を身につけて目を開けていられるようになるんじゃなくて、

 臆病者だから目を開けておくしかないと考えるんだ!

 目を閉じることこそが怖いと心に焼き付けろ。

 いいか、どんなことであっても人と違うものは

 自分の武器になりうる。

 お前は怖がりだ。

 それを長所に変えろ!

 ピンチはチャンスだ」

「…」

参考になることを言っているのか適当に言っているだけなのか

わからない。

ジャカは、疑心暗鬼の目を向けた。

「長所に…なりますかね…」

「そりゃあ、お前次第だろ。

 俺からすると、お前に人並みの度胸を持たせるより

 そっちの方が近道なんじゃないかと思っただけ」

「…臆病者…」

己がそうであるとは否定したくなるその言葉を口にして、

ジャカは考え込んだ。

いくら否定しようとしても、自分が臆病者であることは確かだ。

それでも、たとえルルメクに頼りながらではありながらも

戦場に立つことができたのは、

そうせざるをえない状況にあったこともあるが

ロズウェルが

「怖さを感じないことではなく、怖さに負けないことが勇気」

だと言ってくれた、その言葉の支えも大きかった。

怖くてもいいのだ。

それによって、立ち向かうことを放棄しなければ。

怖がってもいいのだ。

それによって、自分の中の勇気が無くなるわけではない。

が、怖いのはやはり嫌だ。

怖くなくなるには、恐怖をもたらすものを無くすしかない。

そのためには、それをよく見て正体を見極め、倒すしかない。

目をしっかりと開いて、戦うしかない。

怖がりながらでも、立ち向かう。

それが、できるか。

「…僕は…勇敢な臆病者になる…」

ぼんやりと、見えてきた。

ジェサリアに探し出せと言われた、自分の剣。

いくら恐ろしくとも、戦う他ない宿命。

ならば恐怖を味方につけ、自らの原動力にしよう。

「臆病者の剣…か…」





ジャカの変化に、誰もが気づいた。

瞬きを我慢して、瞳が乾くのも厭わず見開き、

立ち合うストールとその剣をまっすぐに見ている。

両手や身体に多少の震えは見受けられるが、

視線を外すまいという姿勢ははっきりと表れている。

「何か考えやがったな」

腕組みをして眺めていたジェサリアは、にやりと笑った。

功を奏するかどうかはわからない。

だが、試行錯誤する者が成長するのは間違いない。

「見せてみろ、ジャカ!

 お前の答えを!」

直後、ジャカはあっさりとストールに額を打たれた。

無論、加減されている。

とはいえそれなりに痛みはあったはずだし赤くなってもいるが、

打たれたことにも気づかず硬直していた。

「…まあ…

 いきなりうまくいくもんじゃないわな…

 いきなりっていうか、ここまで時間かけて結構色々やってきたけど…」

その後セファーに打たれ、リメロウに打たれ、ランカーナに打たれた。

さらにアンジェに打たれ、最後にデュエルと向き合った。

「おい、大丈夫かよ、ジャカ?

 そのまま目ん玉が転げ落ちるんじゃないだろうな」

からかうような、案じるようなデュエルの言葉は、

ジャカの耳には入っていなかった。

ジャカの頭の中は、目を閉じない、そらさない、相手をよく見る、のを

実行することでいっぱいになっていた。

しかし、見るだけでは勝てない。

何度も打たれて、ジャカの思考は次の段階に移った。

「…(僕は臆病者…他の人より恐怖を感じるのかもしれない…

 だけど、それに負けない…

 そして、それを武器にする…

 恐怖のままに、剣に乗せて振るう…

 それが僕の剣になるかもしれない…

 臆病者の…僕の剣…)」

「野郎二人、こうしてお見合いしててもしゃあない。

 とりあえず一発打って終わりにするぜ?」

ゆらりと動き出すデュエル。

彼の動きを、見開いた目で見ているジャカ。

その目には、眼前の事象、挙動がはっきりと捉えられていた。

己を射抜く鋭い眼差し。

鍛え抜かれたしなやかにして屈強な体躯。

刃引きされ、樋が入って軽量化されているとはいえ

鉄で作られた鋭い刀身。

それらが、迫って来る。

怖い、怖すぎる。

はっきりと見えている分余計に怖い。

今度は、ジャカの頭はその怖いものを視界から消し去りたい衝動で

いっぱいになった。

怖いのは嫌だ。

痛いのも嫌だ。

そうはいっても、戦いの中にあってはそれだけでは死ぬ。

ならば、恐怖を抱きながらでも振るうしかない。

自らの手で、『自分の剣』を。

「うわぁぁぁぁぁ、やられたくないぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

「げげっ、どうしたんだオマエ!」

凄まじい勢いで剣を振り上げ、弾丸のように駆け出し

斬りかかってきたジャカに、デュエルは面食らった。

これまでにない勢いだった。

かなりの速度と圧力である。

一撃目を自分の剣で受けたが、刃が押し返されそうなほどであった。

そして、そう感じた時には二撃目を受け止めていた。

さらに、鋭い斬撃が三、四、五と続く。

「…自分から止めそうにはないな!

 しゃあない」

六撃目を流し、デュエルはジャカの剣を払い落とした。

が、ジャカの動きは止まらなかった。

「嫌だ嫌だぁぁぁぁ、やられてたまるかぁぁぁぁ!」

「何だよコイツ、どういう状態!?

 リーダー、これでジャカの訓練が成功だとか

 言うつもりじゃないだろうな!?」

怒鳴りながらデュエルは剣を失いながらも殴りかかってくる

ジャカの足を払って倒し、取り押さえた。

周りで見ていた面々はジャカの変貌ぶりに呆気に取られたり

面白がったりしていたが、その中でジェサリアは顎をさすりながら

唸っていた。

「…う~む…

 ちょっと想像していたのとは違う上がりだが、

 ビビリまくってロクに動けないよりはずいぶんマシだし…

 これはこれで成功なんじゃねえか?

 なあ、リメロウ!」

「…あの戦い方で生き残っていけるか…?」

顔を向けて笑うジェサリアに、リメロウは渋い表情をして答えた。

キーンやオータも、行動を共にする者として、

近くで戦う仲間があんな感じだったら少々戸惑うな…と思いながら

地面に組み伏せられぐったりしているジャカを見ていた。

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