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不断のジャカ  作者: 吉良 善
臆病者の剣
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独り立ちに向けて

「おお、今日も伸びてる伸びてる」

今日の訓練を終え地面にうつ伏せで寝ているジャカの姿を見つけ、

畑を覘きに行き戻って来たジェサリアが笑いながら言った。

「今日はどんくらいいけた?」

「二百三十七」

「まだそんなもんか」

ジャカたちがこのロッジに来てから、一週間がたつ。

もちろん毎日訓練に励んでいるわけだが、

丸太風木刀の素振り五百回という目標を

ジャカとアイスレア、ジルドラはまだ達成できていなかった。

それでいくと細腕のロズウェルが初日から到達できたことは

やや驚きではあったが、彼女の場合は止めてもやめない

負けん気の強さで終盤を乗り切ったという感があった。

「まあ、少しずつとはいえ上積みできているなら良しとするか…

 ランカーナ、どうだ」

セファーから本日ジャカがこなせた素振りの回数を聞いた後、

ジェサリアはジャカに稽古をつけてやっていたランカーナにきいた。

身体を曲げたり伸ばしたりして体操をしていた彼女は、

その動きを続けながら顔だけを向ける。

「お話になりませーん」

「お前の目から見て、何が一番問題だ?」

「何がっていうか、自分の足で立ってること以外全部ダメだけど。

 深刻なのは気迫がないのと、後は目よ。

 あたしと目を合わせられないんだもん。

 あたしの剣も見えてないでしょ、あれじゃ」

「…重症ではあるな…」

無論、ジェサリアも気づいてはいた。

ジャカが使っていた剣は、ルルメクという名の妖剣だと聞いている。

勝手に動いて敵を退けてきたと、キーンらだけでなく

アンジェも証言していた。

その剣の性質による弊害だろう。

目をそらそうがつぶろうが、剣が戦ってくれるので

問題なかったのだ。

「そうじゃない時も、ありましたよ」

レキッタでの戦いやレゼルクとの剣戟を目にしたロズウェルが告げたが、

大抵が「そうじゃない時」ではないからまずいのである。

その上、当の妖剣は持ち主を裏切ることがあるらしいし、

ジェスパーなどの強敵はルルメクの力を上回る技量を持っているはずで、

剣に頼りきっていてはそうした相手と対すれば勝つ術はないだろう。

縁あって出会い、同じ釜の飯を食った間柄だ。

誰一人死なせたくはないし、心身共に最も弱く見えるジャカを

ここにいる間に何とか剣士として独り立ちさせてやりたい。

そう思い、ジェサリアは剣を取った。

「アイスレア、ジルドラ、お前たちも疲れているだろうが

 ジャカを回復させてやってくれ。

 ジャカ、起きろ。

 俺ともう一戦だ」

疲れきって眠りに落ちる寸前だったジャカは、ジェサリアの胸中など露知らず

その声を呪いの言葉のように聞いた。

ぶっとい丸太を二百回以上振り、乱暴なランカーナの荒々しい稽古や皆との乱戦を

数時間やらされた後にレッドハンドの大将と一戦交えねばならぬとは。

あまりに疲労が大きすぎて、笑いが込み上げてきた。

「…フ…フフフ…

 ジェサリアさん、覚悟してくださいよ…」

「おっ!

 珍しく、並々ならぬ気合いだな」

「…僕ぁね、もう鼻クソもほじれない状態なんです…

 たとえアイスさんとジルドラさんの魔法で治してもらったとしてもですよ、

 身体の奥底に蓄積された疲労は

 そう簡単に消えるもんじゃないに違いないんです…

 それでもどうしても立って、ジェサリアさんと戦えっていうなら、

 仕方ありません…

 死にますよ、僕ぁ…

 立って、剣を振って、打たれて倒れて、そのまま死んでやるんだ僕ぁ…

 キーンさん、この前話したとおり死ぬ前に精一杯やってやりました…

 見ててください僕の死に様ぉぉぉぉぇぁ!」

「ジャカ、落ち着けッ!

 早まるなッ!」

「ジャカさん、すごいですわ!

 まだ治癒魔法を施していないのに立ち上がって!

 これがあなたに隠された底力!」

キーンとアイスレアが同時に叫んだが、ジャカは立ち上がった直後にまた倒れた。

気迫を見せた気がしないでもないが、

ジェサリアが剣を抜いて向き合っていた状態でもないので

ヤケクソになっただけで何も克服できてはいない。

結局アイスレアとジルドラに治癒魔法をかけてもらって、

ようやくジャカは何とか立ち上がることができた。

その彼に、ジェサリアは刃引きした剣を渡した。

金属製なので重いことは重いが、

あの丸太のような木刀に比べるとずいぶん軽く感じる。

何より、両手で握りきれないほど太くないので持ちやすい。

「撃ってこい、ジャカ。

 こっちからも撃ち込むが、お前には当てない。

 いいか、お前には当てないんだぞ」

「は…はい」

「よし、じゃあ少しリキ入れて構えるぞ。

 いつでも来い」

「!!」

にこやかに話していたジェサリアがゆっくりと剣を構えた瞬間、

彼の全身から突風が吹き荒れたような圧を感じ、

ジャカは後ずさった。

殺気とか闘気とかいうものとはおそらく違う。

剣士としての明らかな格の違いを、

ジェサリアがわかりやすく示してくれたに違いない。

こちらの身体には当てないと言われたにも拘わらず、

足がすくんで前に出られない。

まさしく、蛇に睨まれた蛙だ。

「ほら、撃ってこい」

突きつけられた切っ先の向こうで、ジェサリアが言った。

遠くから聞こえたように感じているジャカは、

周りに皆がいることも忘れてジェサリアの足元に目をやった。

「…で、でも、隙がなくてどう攻めたらいいか…」

「剣を構えている奴に隙があるか。

 しっかり構えてりゃ素人にだってそうそう隙なんかできないんだよ。

 下ばかり見ているが、お前には敵の足運びだけで動きを読む力はない。

 ちゃんと相手を見て、どうすれば撃ち込めるか考えろ」

どうすれば撃ち込めるのか。

ジャカは、あちこちに視線を泳がせながら考えた。

焦りばかりが募って、何も思い浮かばない。

そうしていると、再びジェサリアの声が聞こえてきた。

「動かない、それも一つの正解だ。

 相手が動いて来るのを待つ。

 だが、先手を防ぐか後の先を撃てなければ終わりだ。

 そして、もし相手も動いてこなければ、お前の方が格下なら

 自分の消耗が大きくなる」

「じゃあ、どうしたら…」

「俺が答えるとしたら、例えばこうだ。

 仕掛けて敵の隙を作れ。

 しかし、お前にとっての答えにはならないだろ。

 今のお前にはそれができるだけの腕はないからな。

 だから、考えろって言うのさ。

 剣の使い方には、無限に近い広がりがある。

 アドバイスはするが、型にはまらず自由にやればいいんだ。

 誰でも初心者の頃はある、対する相手のほとんどが格上になる。

 そういう時に勝っていけるのはな、俺の経験から言うと

 重要なものを二つ、持っている奴だ」

「二つ…?」

「覚悟と、自分の剣さ。

 戦うと決める、白刃の前に立つ、殺意を持った相手と向き合う、

 相手を斬る、己が死ぬ、これには覚悟がいる。

 そして、自分の剣を知り、己のものとし、信じる、

 これができれば一本芯が通る。

 この二つがあるとないとでは天と地の開きがある。

 が、ルルメクに任せきりだったお前にはどちらもない」

「…」

「それを踏まえて言う。

 今後ルルメクは使わないことを勧める。

 少なくとも、剣に見下されなくなるまで」

そう言って、ジェサリアはにっこりと笑い剣を納めた。

途端に突風は消え、ジャカは圧力を感じなくなった。

「まずは、お前の剣を見つけろ。

 要は、自分にとってやりやすい形だ。

 雲を掴むような話に思えるかもしれないが、

 見つかる時はポンと見つかるもんさ。

 ずいぶん前に無くした物が急に出て来るみたいにな。

 答えはすでにお前の中にあるはずだ、

 そいつを探し出してやるだけだよ」

ジェサリアは今日の訓練の終了を宣言し、皆それぞれに片付けを始めた。

じっと動かずに考え込んでいるジャカには、あえて誰も声をかけなかった。

今、彼にはこの時間が必要なのだ。

必死に頭を巡らせ、己と向き合って自分の剣を探る時間が。





それからのジャカは、少し変わった。

これまでも漠然と自分で戦えるようにならなくてはと思ってはいたが、

剣に関して初めて目標ができたような気がした。

それを達成できれば、心のどこかで抱いていた『自分に戦う力などない』という

想いを断ち切り、いつまた遭遇するかもしれない追手を退け、

仲間を守るようにもなれる。

道筋が見えてきたことで、ジャカはすぐさま行動に移す心持ちになれた。

その第一歩として、ルルメクを荷物の奥深くにしまった。

「…妖剣とか邪剣とか言われているけど…

 僕が何度も守ってもらったのは確かだ。

 でも、しばらくさよならしよう…

 持ち主を裏切るから、じゃない。

 ジェサリアさんが言ったとおりなんだ。

 ルルメクに任せきりだったから、他の剣を使って稽古をすると

 どうしていいかまるでわからないし怖くて相手の目を見られなくなる…

 これじゃあ、自分の剣なんて見つかるわけないから…」

ルルメクに頼りきっていたことはこれまでにも言われていたし、

ジャカ自身も自覚していた。

身体だけではない。

どう戦うか、自分の頭で考えることもほとんどしてこなかった。

追手の心配をせずにいられる今が剣士として自立するいい機会だ。

まずは素振りを五百回できるようになろう。

そう考えて、夜にアイスレアやジルドラに付き合ってもらい、

振れなくなっては治癒魔法を受けて立ち上がった。

さらに、レッドハンドの面々に頼み込んで

日替わりで追加の稽古に付き合ってもらった。

誰と対しても怖いのは相変わらずで、すくみ上がったり思わず目を閉じたりと、

見物していたキーンやオータもさすがに呆れるほどだった。

「ジャカ君、いっそ魔導の道を志してはいかがです。

 どう考えても貴方が剣士に向いているとは思えません!」

ついにはジルドラがそんなことを言ってきたが、

肯んじるわけにはいかない。

だが、魔導を使えるようになるというのはいい意見だ。

自分は弱い。

採れる手段は多い方がいい。

早速アイスレア、ジルドラ、ロズウェルに頼んでみると

三人は承諾してくれたが(ジルドラは授業料を要求しようとした)、

「あまりいっぺんにやりすぎない方がいいよ。

 今、ジャカ君は目一杯頑張ってると思う。

 このまま全力で自分の目指す剣を見つけて、

 次に魔導を勉強しても遅くないよ」

ロズウェルにそう言われ、アイスレアも同意した。

「魔導の修行は、意外と体力も使います。

 魔力は単なる精神力とは違う物ですから消費すれば

 身体への負担もかかりますしね。

 ロズウェルさんの言うとおり、

 今はあなたの剣の礎を築くことに心身を傾けては?」

「私は、報酬によっては今すぐにでもお教えすることも…」

「わかりました、ロズウェルさん、アイスさん。

 まずは、剣の方を頑張ります!」

「あの…」

「え?

 ジルドラさん、何か言いました?」

「…フフ…!

 こういう扱い…

 こういう扱いをされるようになりましたか…!

 いいでしょう…

 私はへこたれませんよ。

 何かの折に、私の提案が必要になる時が来るでしょう…

 いいや、現にガーラントでは役に立ったではないですか!

 私は間違っていないのです。

 皆さんの力になる、私の望みはこれひとつ!

 神に仕える者、すべからく人にも尽くすべし。

 ただ、多少料金をいただきますというだけです!

 そのお金は困っている人々の元にも届き、

 ごくわずかな分が私の慎ましい暮らしの糊口の資となるのです。

 それくらい神様も許してくださるでしょう、ねえ!」

ジルドラが言い終わる頃、ジャカはすでに訓練に戻っていた。

素振りの目標まで到達できなくとも、

稽古での恐れを克服できずとも、

とにかくやり続ける。

ジャカには今、それしかできることはなかった。

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