奴
ジャカたちとの戦闘中に敵味方なく攻撃を始めた
GBことガードナー・ブレイス率いる魔導士隊。
彼らが放つ魔法の雨から逃れようと機を窺っていたレゼルクとクラトーは、
何者かの介入によりGB隊が壊滅状態に陥ったことで
その場を脱することができた。
命拾いはしたものの、ウィルスター軍側の隊に襲われた事実は残る。
偶然巻き込まれたわけではないはずで、
もはや自分たちも軍に所属しているから
兵に襲われることはないという意識は捨てなければならない。
行く当てもなく下手にガーラントを出ようとするよりはと、
レゼルクは丘一面に広がるガーラントの街の上部、
かつて砦であった遺跡の残る区域に潜伏した。
この付近は道も建物も特に入り組んでおり、
永きに渡って時の流れや権力者から隠れ住んできた
古き時代の残滓のような人々が未だ多く暮らし、
軍の手が及びにくい場所であった。
同時に余所者が歓迎される所でもなかったが、
たった今まで狩りでもしていたかのような
異様なまでの殺気をまとう凶暴な面構えの大男が
同行していたことで住人たちに取り囲まれることはなかった。
「まさか、赤手の連中が現れるとはな…」
街角の崩れて低くなった岩壁に腰を下ろし、その大男が低い声で呻いた。
マグマのようにふつふつと沸き上がる怒りに何とか蓋をしていることで
顔面の筋肉が蠕動しているような様子があった。
もっとも、怒りというのは彼の言葉の中に出た
赤手に対してのものではないに違いない。
共に脱出してきた彼を、レゼルクは一瞥する。
隣に立つクラトーは、腕の傷を拭っている。
全員、負傷していた。
「まさかということはないだろう。
不殺の天使の左手が赤かったことは君も知っているはずだ、
ガラテア」
思わぬ展開であったことは間違いないが、
全くありえないことでもないとレゼルクは思っていた。
戦場に現れた乱入者とは、レッドハンドだったのである。
一人一人の顔を知っていたわけではないが、
赤い手袋と圧倒的な実力が彼らの正体を裏付けていた。
彼らが躍り出てきた時にはすでにジャカたちの姿はなく、
レッドハンドは瞬く間にGB隊を粉砕し嵐の如く去って行った。
おそらく同胞である不殺の天使を迎えに来たのであろうが、
彼女が襲われている状況ではなかったのにGB隊をわざわざ潰していったのは、
軍の標的に入った彼女が近くにいることを知っていて
GB隊が軍所属を示す印を付けていたために、
「じゃあ片づけていくか」となったのであろう。
「何にしても、我々がこうして語り合えているのは彼らのおかげだ。
今は赤手に感謝しているぞ、この私は!」
両腕を広げ、なぜか爽やかにクラトーが言う。
彼に目をやってわずかに顔をしかめ、ガラテアは拳を握った。
「十隊の頭くらいにはのし上がるつもりだったが、
このままじゃ軍では働けねえな…
ブレイスも許せねえが、あいつを動かしている奴だ」
いつの間にかクラトーから王都のある方角へと向けられた
ガラテアの視線は憎しみに満ち、爛々と煌めいている。
野心を抱き、獣の如く戦い、怒りや憎しみを隠すことなく表す
この火のような男を、レゼルクは静かに見た。
「…君は、傭兵から一部隊を任される立場にまで抜擢された。
だが、強引な手段を用いてでも高い所へ登ろうとする、
君のそういう考えは上昇の力であると同時に下降の力でもあったのだ。
他人を押しのけ、踏みつける者が自分もまた押しのけられ踏みつけられるのは
自明の理ではないか。
君を押し上げた力が、逆に働くこともあったというだけの話だ」
「それが世の摂理ってもんだろ。
上にある席は限られてるんだ、
そこに座ろうと思ったら今いる奴を自分の手でどかすしかない」
歯牙にもかけず、ガラテアは答えた。
彼は人に言われて容易に考えを変える男ではない。
レゼルクも、彼を生まれ変わらせようとしているわけではなかった。
ガラテアに似た人間は、珍しくもなければ少なくもないはずだ。
特に、軍のような場所では。
「では、どうする」
「オレを使い捨てようとした奴を殺るんだよ。
邪魔だからな。
簡単じゃないが」
ガラテアの言葉に、レゼルクは瞳を大きくした。
「君に命令した者のことか?
伝達に聞いたのではなかったのか?」
以前、彼はそう言っていた。
だから、命令した者が誰なのかは知らないと。
「そうだ、オレは直接命令されていないし正体を知っているわけでもない。
が、間違いないと思っているぜ…
殺るのが簡単じゃないのは、奴がお偉いさんだからだ。
さっきの戦闘でブレイスが仕留めそこなっても、
万が一正体に気づいたとしても、
オレのようなチンピラ同然の新顔が生き残って何か言ったところで
誰も相手にしない。
やろうとしていたことも数人のガキの始末ってだけだしな…
オレのことなんざ餌で手なずけた野良犬程度にしか思っちゃいないだろうが、
高を括ったことを後悔させてやるよ。
踏み台になってもらう」
「…誰だ、それは?
『力の持ち主』を狙う人物とは…」
「もう一度言うが、正体を知っているわけじゃないぜ。
レゼルク、クラトー、おたくら、
エクセレント・スイッチって男を知ってるか」
「存じ上げないな、この私は!」
「私も知らない。
その男が命令者なのか?」
「違う。
とある奴が探していた男だ。
探りを入れてこのスイッチがどういう人間か知った時、
オレは確信したね。
なぜ奴がスイッチを探したのか…
多分、不思議な力を持つ者がいるとかいう情報を聞きつけて…」
「…」
「オレに命じたのと同じ仕事をさせるなら、都合がいいだろ?
お前の言う青い光が『見える』方がよ…
そうだ。
つまるところ、お前と同じ理由でお声がかかったんだろう。
スイッチを招いたのは『力の持ち主』の抹殺を望んだ奴と
同一人物に違いねえ。
命令者の正体が見えてきて、オレはそれでもかまわないと思ってた。
とにかく仕事をこなせば上に行けるって話だった。
だが、こうなったからには命令なんぞどうでもいいし
奴に殺されかけた礼もしなくちゃならねえ…
話しすぎたか、そろそろ教えてやらないとな。
おそらく、奴というのは…」
「どうも、ワタシです!
閣下」
「やあ、スイッチ君か」
王都フェデリエで耿然たる日光の下にそびえる
王城グランドスター内のハーディスの執務室に、一人の男が現れた。
呼ばれたとおりの名で、エクセレント・スイッチ。
無駄に派手な身なりで、髪は四つか五つの色で染められており、
顔には化粧を施してあるようだ。
いくつかの服をつなぎ合わせたような奇妙な格好だが、
特に左胸には趣味の悪い金色の刺繍がでかでかと自らをアピールしていた。
見る限り、まともな人物ではない。
腰には、剣というよりは長い包丁に似た物を下げている。
明るい調子で近づいて来るその男を、ウィルスターの特命大臣
オルスラウ・ハーディスは笑顔で迎えた。
ハーディス自身も長身だが、奇妙な男はそれを上回る上背があった。
「その様子だと、いい報告かな」
「もちろん。
ワタシは訃報であっても楽しくお伝えできる男ですよ」
「…そうか…それは妙技だな…
それで、首尾は」
「二人目、仕留めました~!
一人目と違ってこちらはなかなか手強かったですがね。
刺身にしてみました、前が粗挽きだったものでね…
ああ、料理しただけで口に入れてはいないですよ」
「…」
スイッチの口調は冗談とも本気ともつかぬものだったが、
ハーディスの顔から表情が消えた。
それが何を意味するのかは計りかねるものの、
わざわざ不興をかうこともない。
スイッチは、小さく肩をすくめて話を進めた。
「残りはどうなっていますか。
何人か行動を共にしているとかいう」
「手を差し向けたよ。
魔法を使う右手と槍を使う左手をね。
後々面倒だから、右手には目的のためなら
左手を犠牲にしてもいいと伝えさせた」
右手で左手の拳を掴んで見せながら答えるハーディスの様子は、元に戻っている。
口にした内容は恐ろしいものだが、スイッチはほう、と興味を示した。
「配下の者でしょう。
また、なぜ面倒なんです」
「野心ばかりが先走っているような男でね。
ああいう手合いは、早晩己の野望しか見えなくなる。
自分の手が言うことをきかず頬を殴ってきたら不愉快じゃないかね?」
「まあ、おっしゃるとおりですね。
なかなかに惨くて愉快な作戦ですが、
必ずしもうまくいっているとは限りませんね。
ワタシ、お宝の消息を確かめに行ってもよろしいですか」
小さく舌なめずりしたスイッチの瞳が、冷たく輝く。
腰の大包丁は数年前から何度も人の血を吸っているが、
今の仕事は比較にならないほど楽しい。
相手が特殊な人間であることでこれほど血湧き肉躍るとは、
スイッチ自身にとっても予想外の発見であった。
彼がそういう性質を持っていたことは、
ハーディスにとっては都合がいい。
仕事熱心な部下が見せる冷酷な顔を快く感じながら、
満足気にうなずいた。
「かまわないよ。
ついでと言っては悪いが、あと何人か確かめてきてくれ。
ついでだから探し回る必要はない、
見かけたら好きに料理すればいい。
情報は渡す」
「喜んで!
楽しい旅になりそうですな。
ハーディス様の、精神をすり減らすような職務を思うと恐縮してしまう」
「君は数少ない理解者だな。
そう、神経を使う上に奔走しなければならない仕事なんだ。
人を集めるだけというわけにはいかないから、
時には減らさなければならない…心苦しくもね。
全身のありとあらゆる毛穴に針を刺し入れられるようだよ。
気苦労ばかりで割に合わない、
実に損な役回りだ」
沈痛な面持ちを見せ、ハーディスは胸に手を当てた。
彼は、自らが発掘した人材に最初は間違いなく期待するのだ。
しかし、能力だか人間性だが、何かが期待にそぐわないと
無慈悲な処断をしなければならないと考える。
実に独善的ではあるのだが、手放した後に楯突かれるのも
他の場所で活躍されるのもいまいましいのだから仕方ないのだ。
ハーディスは何度も死にかけて、蔑まれながらも今の地位までたどり着いた。
過去の自分なら分不相応としか言えない壮大な夢も
実現しうる力のある地位だ。
辛酸嘗め尽くした果てにようやく立ったのだから、
その場所は心地良いものでなくてはならない。
だから、ハーディスは日々奔走するのだった。




