戦士の巣
「ところで、そこの君は軍の人間ではないのか」
ジェサリアたちが落ち着くのを待って、
ストールがジャカたちの後ろにいるロズウェルに目をやって言った。
そういえば、とジャカは振り返る。
彼の気持ちを代弁するように、キーンが口を開いた。
「連れになってからまだ浅いが、
ずいぶん賑やかなお嬢ちゃんだと思っていたんだけどよ。
ここに来てからいやにおとなしいな」
一同から注目され、ロズウェルはばつが悪そうな表情をしている。
そんな彼女の気分を逆撫でする発言を、ジルドラがした。
「しかし、こういう様子のロズウェルさんを
一度見た気がします!
おそらく、ジェスパー隊長らを前に
なぜ軍が追っている連中と一緒にいるのかを
どう説明したものかと途方に暮れている辺りのことでしょう。
間違いありません!」
「何でそんな解説するの!?
やめてよね!
ぜーんぜん途方に暮れてないし!
いつもどおり元気だし!」
「確かに、今のあんたの状況は複雑だよな。
軍の連中からしたら裏切り者と見られても仕方ないが
軍に身を置いていることには変わりない、
その上で最近軍と折り合いが良くないと言われる
レッドハンドの本拠地に来てしまったんだから」
にやにやと笑いながら言ったのは、デュエルである。
彼はガーラントからの道すがら、ジャカたちの事情を
いくらか聞いていた。
ロズウェルという娘は味方であるはずの魔導兵から攻撃を受けたそうだが、
そのような仕打ちに遭いながらも軍を抜ける決意まではしていないらしい。
「使い捨てられたも同然だってのに、
戻ろうって気持ちが少しでも残ってるのが驚きだよね。
あたしだったら直ちにやめてぶん殴りに行くね」
とは、ここに来る前にも聞かされたランカーナの言葉だった。
しかし、ロズウェルが気にしているのは己の身ではなく
仲間のことのようであった。
「レゼルクとクラトーさんが無事かどうか、
心配なんだね?」
ジャカが問うと、彼女はやや目を伏せてうなずいた。
「四方八方から魔法を撃たれてる状況だったから、
脱出できたかどうか…
うまく逃れられたとしてもガーラントにとどまってはいないだろうし、
どうしてるのかなぁ…ってね」
その言葉に、どんな想いがどれだけ込められているのか、
ジャカにはわからない。
すぐに答えようとして、ジャカは喉から出かかった声を一度飲み込んだ。
ロズウェルの仲間というのがレゼルクではなく全く知らない人物であったなら、
そのまま吐き出すことができたかもしれない。
実際に発する返答よりももっと踏み込んだ、
もっと無責任な言葉が、頭の中に浮かんだ。
「…きっと無事でいるよ、僕たちがいた所が一番攻撃が激しかったから。
僕たちと一緒に王都へ行こう。
昔、レゼルクと約束したことがあったんだ…
一緒にフェデリエに行こうって。
レゼルクも、必ず王都に戻るはずだよ」
「うん…
そうだね。
三部隊の隊員に突撃しちゃったし、
こっそり王都に戻って様子を探った方がいいかもね!」
「初めてお会いした時といい、
軍側の方に突撃してばかりですね」
切り換えの早いロズウェルに、アイスレアが言った。
レキッタでロスティージャに攻撃した時のことである。
怒鳴って魔法を撃ち込んで突進するという、
あまり理性的ではない行動であった。
「誤解を招く言い方しちゃダメ!
どっちもやむを得ずのことだから!
やむをえず!」
「まあまあ、落ち着けよ。
みんな疲れているだろう、今日のところはさっさと休みな。
詳しい話は明日聞かせてもらうことにするよ」
笑いながら言うジェサリアに、ジャカはあの、と声をかけた。
どうしても今すぐに聞いておきたいことがあったのだ。
それは、彼が抱く数多い疑問の中でも最も大きなものであった。
「一つだけ、教えてください。
…レッドハンドにウォルケンさんや僕たちを捕えるよう依頼したのは、
誰なんですか?」
「…」
ジェサリアは、真摯な眼差しで尋ねる少年を眺めた。
アンジェからの手紙で聞いている。
彼は不幸な幼少を過ごし、その上ウォルケンという親代わりの男を失って、
深く傷ついた。
アンジェもまた、自分が早々に捕えていれば結果は違ったかもしれないと
思い悩むこともあったようだが、
どちらにせよウォルケンが助かる道はなかっただろう。
こうしてジャカだけでも生きて、レッドハンドに保護されたことは
ウォルケンにとっては悪くない巡り合わせだったに違いない。
「話自体は、第六部隊隊長ギエン・カーンの名前で来た。
ウォルケンの元上司だ。
が、依頼を遂行しなかったことへの苦情はグランドスターから来た」
「グランドスター?」
「王城の名だ。
つまり、城勤めの兵からだな」
「…ええと…
とすると…?」
「早い話が、わからねえってことだ。
依頼をよこしたのがカーンの意思によるものだったのか、
軍中枢の何人かの代表としてカーンがよこしたのか、
カーンの名を使って誰かがよこしただけなのか。
ただ、軍を装った者ということはない。
クレームを持ってきた正規兵の身元は確かなものだった」
「…」
「見当はついていないのか?」
うつむくジャカに代わって、アンジェが尋ねた。
ジェサリアは腕を組み、小さく声を漏らしてから答える。
「お前の話によれば、軍全体ではないにしろ
いくつかの隊の連中がお前たちを狙って動いている。
そうさせる力を持つ人間は限られる、この国の王様か軍の総帥…」
「…」
「だが総帥は不在だ。
すなわち、この国には現在総帥並の権力者がもう一人いることになる」
「…やはり、第二部隊の隊長か…」
「そうだな、最も疑わしいのは総帥の代理役である第二部隊隊長のザオウだ。
とはいってもあくまで見当、確信を持って言ってるわけじゃない。
何にせよ国だか軍だかの中心近くにいる人物ではあるだろう、
ジャカ、お前たちが逃げきるなら、
あるいは自分たちを狙う相手をどうにかしようとするなら力が必要だ。
ジャカと共に行こうというヤツもな。
幸いここにはバカだが並の兵士じゃ十人二十人でかかっても
びくともしない連中がそろってる。
もれなくバカだけど」
「もれなくって、リーダーも入っちゃってるじゃん」
「そりゃそうだろ。
バカの大将なんだから」
ランカーナとセファーの会話はジェサリアの耳にも届いていたが、
そちらには何も言わなかった。
輝く瞳でジャカたち一人一人を見回す。
「しばらく俺たちの元にとどまって普段はこいつらに稽古をつけてもらい、
時には一緒に仕事に行け。
とにかく場数を踏んでこい。
強くなるには白刃の下をくぐるしかねえんだ、
戦場での自分の御し方を身体で覚えるのさ。
死んでも責任は取れないがな…
それが嫌なら数日休んでここを離れろ、
レッドハンドの巣穴には戦士しか棲めねえ」
それまで穏やかだったジェサリアの顔に、
一瞬猛将の形相が浮かんだ。
目にした途端に全身がすくむのを感じたジャカは、
否応無しに覚悟を決める他ないことを悟った。
自分は今、ここにいるしかない。
ジェサリアはセファーへの伝言で協力してやってもいいと言ってくれたが、
その条件が自分で戦う意志を示すことなのだろう。
そしてこの先、逃げるにしろ戦うにしろ、生き延びるには
力をつけるしかないのだ。
ジャカは仲間たちと視線を交わし、明日からの戦いの日々を
共に駆け抜ける決意をするのだった。




