疲れきった心身
レッドハンドは、十人の戦士から成る武闘集団である。
前身はウィルスター王家直属の武装組織『ブラッディハンド』。
王家の命で動く精鋭部隊だった。
ブラッディハンドはある事件をきっかけに解体されたが、
のちに残党の一部が新たなメンバーを加えて結成したのが
現在のレッドハンドであった。
今や王家への忠誠心などはかけらもなく、
国の依頼があれば引き受けることはしていたが
気に入らなければ迷うことなく拒否するし、
自分たちの仕事の邪魔になるとしてウィルスター軍を攻撃したことも
数度あり、兵たちからは恐れも含めて厭悪の念を抱かれていた。
『赤手』と呼ばれ畏怖される彼らは決まった本拠を持たず、
頭の気分次第であちこち移動する。
現在はガーラントの北東数十キロという場所の山間にある
ロッジのような建物に滞在していたがそれは偶然ではなく、
アンジェが大陸の南東端方面に行っていたため
合流しやすいように国土の中央付近まで来ていたそうである。
レッドハンドの四人の助力で窮地を脱したジャカたちは、
追手の姿はなかったものの警戒しつつの強行軍で
翌日の夕方にはロッジに到着した。
ガーラントでの逃走と連戦は彼らの心身を極限まで消耗させ、
道中に挟まれた短い休憩や仮眠ではとても回復するものではなく、
最後に立ちはだかった山道は非常に恨めしいものであったが、
その先で木々に覆われるように佇むこの建物ならば
見つかる危惧はない気がした。
ここまで案内してくれたメンバーの一人によると、
現在この本拠にいるのはジャカたちと共に戻って来たアンジェと
サブリーダーであるレンブリッジ・セファー、
ザッパ・リメロウ、ラウラン・デュエル、ウルクス・ランカーナに、
ロッジにいたハルテフォン・ストールと
リーダーであるジェスリット・ジェサリアの七人とのことだった。
「何か、農作業をしている方がいますけど…」
入口に近づく間に、建物の脇に小さな畑があることに気づいたジャカが
誰とはなしにつぶやく。
その畑に、麦わら帽子につなぎという格好で前屈みになり
何かを行っている男性の後ろ姿が見えたのだった。
日よけのためか、帽子と頭の間に挟まれたタオルが背中の辺りまで垂れていて、
そうした様子とタオルの薄汚れた色が
彼が野良仕事に慣れていることを印象づけた。
ここには、レッドハンドの面々しかいないはずである。
とすると、あの人物も農夫などではなく凄腕の戦士なのだろうか…
「ああ、リーダーだ」
「あの人がリーダー!?」
セファーの言葉に、ジャカは思わず言った。
「そうだが、見えないか?」
そうですね、とは答えられなかったが、
麦わら帽子につなぎで農作業をしている男が
武闘集団の頭に見えるかと問われれば、見えない。
が、今後しばらく世話になるであろう事態が、
それをはっきり言わない方がいいのではないかと
ジャカに処世の判断をさせた。
「いえ、そういうわけではないんですけど…
何となく、リーダーさんは家の奥の方にいて
最後に会うことになるのかなと…
畑に出ているとは思わなかったので…」
「…わかるぞ、ジャカ。
それについては向こうが期待を裏切った感があるよな」
キーンがジャカの肩に手を置いていると、
セファーはふっ、と笑いを漏らした。
「大体、威厳なんていうものがあるわけないんだよ。
年の功を盾に自分でリーダーになっただけなんだからな。
俺たちの中で何が勝ってるかって言ったら、
迎えた誕生日の数くらいだ」
「聞こえてるぞ、セファー!!」
「そうかよ!
そっちに行くまでの七、八秒の間くらい
黙って待っていられないものかね」
大声を発する畑の男に、セファーは怒鳴り返した。
アイスレアやオータがデュエルらに顔を向けると、
彼らは笑んだり肩をすくめたりしていたので、
普段からこういう間柄なのだろう。
農夫に見えようが頭に見えなかろうが、
気を遣う必要はなかった。
どう見ても農家の方ですねとでも言っておけば良かったのである。
などと考えていると、ジャカたちが畑に向かうまでもなく
農夫、いやリーダーの方からこちらに歩み寄って来た。
飛び抜けた長身ではないががっしりとしており、
振り向いて明らかになった顔立ちにはさすが荒くれ者たちを
まとめ上げる豪傑という風格があった。
彼は彫りの深い不敵な面差しに、磊落な笑みを浮かべる。
「苦労したようだが、よく来たな、ガキども。
レッドハンドを預かるジェスリット・ジェサリアだ。
俺たちの元にいる間は、どんな相手からもお前たちを守るだろう…
この赤い手がな」
「…決め顔してるところ悪いんだが、
今あんたが着けているのは赤いグローブではなく
土まみれの軍手だからな、リーダー」
ジェサリアの導きでロッジ内の広間に通されたジャカたちの前に、
七人のレッドハンドが集った。
その内の一人は共に旅をしてきたメルヘヴン・アンジェ、
まばゆいほどの美貌と斬った相手の精神力を削り取る力を持つ
最年少の十六歳である。
そしてガーラントで危地に救いの手を差し伸べてくれた四人、
一人目はレンブリッジ・セファー、
レッドハンドのサブリーダーにして唯一の槍使いで
隊では二番目の長身という二十八歳。
二人目はザッパ・リメロウ、
ブラッディハンドの生き残りでジェサリアとは二十年来の付き合いという
居合の達人、三十七歳。
三人目はラウラン・デュエル、
ややお調子者だが確かな剣腕を持ち、
こだわりの髪型が崩れることを嫌う二十四歳。
四人目はウルクス・ランカーナ、
女性ながら隊屈指の腕力を誇り、
他にあまり使い手を見ない金砕棒を振り回す二十二歳。
そしてこのロッジにいたハルテフォン・ストール、
大柄な身体に不釣り合いな一対の小太刀を自在に操り
繊細な技巧を見せる二十五歳。
最後はジェスリット・ジェサリア、
剣と仁とで九人の猛者を率いる
レッドハンドのリーダー、四十歳。
「お前も大変だっただろうけどな、俺たちも高楊枝だったわけじゃないんだぞ。
お前が標的を見逃したっていうんで、軍からギャーギャー文句が来てよ」
ジェサリアがアンジェを見て言った。
標的というのは自分やウォルケンたちのことだろうと
ジャカはすぐにわかった。
もともとレッドハンドはウォルケンと同行者を捕縛するという
依頼を受けていたが、アンジェはウォルケン一行を見逃し
今はジャカと共に行動している。
当然レッドハンドが軍から受けた苦情は相当なものであっただろうが、
そのことについてジェサリアは平然と話している。
「でも、おそらく私も軍の標的の一人だった」
アンジェが答えると、ジェサリアはにやりと笑う。
「だから、俺はお前に文句は言わない。
奴らがお前を狙って来るのなら、道は一つだ。
狙って来なくなるまでブッ飛ばす」
「よきかな、よきかな!
喧嘩の相手は自分よりデカくなきゃいけねえよ。
なあ、リメロウ」
「それはそうだが…
軍自体が相手となると、面倒だな」
「別に全面戦争が決定的ってわけじゃない。
今のところは、連中のお目当てと同行していたからという
色合いが強いだろう、アンジェ?
拳を振り上げるにはまだ早い」
デュエルとリメロウのやり取りを受けて、
ストールが言った。
それを聞いたランカーナは、ふん、と鼻を鳴らす。
「慎重と臆病とが同じだとは言わないけどね、
腹くくるのが遅れると致命的なことってのはあるもんでしょ。
やるならあたしはディオーレ・アルヴァがいいかな、
鼻につくんだよ、あの女…
アンジェ、あんたはヴァントレイ・ジェスパーがいいよね?
手傷を受けた借りをさ…」
「おい、バカ…」
セファーが遮ろうとしたが、肝心な部分はすでに発された後だった。
ジェアリアの眉がぴくりと動き、ぎろりとセファーらを睨みつけた。
「…アンジェが…
手傷を受けたァ…?」
「あっ…あのなあ!
怪我が怖くて剣を握れるか!
すぐに治癒魔法を受けて傷痕も残ってないんだ、
いちいち腹立てるんじゃねえ!」
「うるせェェェェェ!!
お前ら、雁首そろえて何やってやがったんだ!!
傷ならお前らが受けろ!
傷痕なんぞいくら残っても構わねぇぇぇ!」
「あからさまな差別しやがる!
それでもリーダーかよ、クソオヤジ!」
「あたしも女なんだけど、痕が残ってもいいってわけ!?」
「おう、何が悪いんだ!
お前らの頭の中には元から消えない傷があるんだよ!
だから口と根性が悪いんだよお前らは!」
「一番でかい傷負ってるのはあんただよ!
生まれる前から手遅れだったみたいだね、
あたしは知ってた!」
デュエルやランカーナも交えて口論を繰り広げるジェサリアから目を移して、
ジャカは静かに立っているリメロウに話しかけた。
「…ジェサリアさんはずいぶんアンジェさんを大切に思っているみたいですね」
「ただの仲間って感じじゃないな」
オータも同意して言った。
すると、リメロウはゆっくりとうなずいてジャカたちの方に顔を向けた。
「そうだな。
リーダーは仲間全員が自分の命より大事という男だが、
中でもアンジェは特別だろう…
娘だからな」
「はいぃぃぃぃ!?」
「実の、ではないが」
「ぃぃぃ…
…ああ、…なるほど…」
「何らかの理由で、アンジェさんはジェサリアさんに引き取られた…
というわけですか?」
「で、赤手の面々に囲まれて育ったと」
「ああ。
リーダーと、赤い手に育てられた娘だ。
良かったんだかどうかはわからないが」
ジルドラとオータに答えた後、リメロウの視線は再び
純白の少女に注がれた。
彼には、家族がいなかった。
アンジェが成長してゆくのは喜びだったが、
同時に思うことがある。
実の両親の元で暮らすのと、どちらの方が良かったかと
アンジェは考えたことがあるだろうか。
考えたとして、彼女はここで生きてきて良かったと
思い至ってくれただろうか。
その想いに、アイスレアが答えた。
「良かったんですよ。
彼女は今、皆さんの所にいるのですから。
良かったからこそ、そうなったんです」
「…そうか。
そう考えた方が、俺たちは楽になるな…
…そう、楽になる」
ジェサリアもリメロウ自身も、あまり頓着がない方である。
だが、アンジェについてだけは別だった。
何しろ、幼い頃から見てきている。
そして、彼女の存在は戦いに明け暮れる彼らにとって
生を見つめ直し、命を顧みる機を与えてくれるのだった。
それがなければ、いつ死んでもかまわないという想いで戦場に立ち、
命の奪い合いのみに汲々として、
やがては屍をさらし灰塵と帰すだけのものでしかなかったかもしれない。
「つまり、デュエルさんの言うあからさまな差別は
あると言えばあるわけですね?」
「…全く同等の好意というのはなかなかないものなんだよ、ジャカ君。
君も、例えばキーン君とオータ君では多少の差異があるだろう」
「えっ…」
「おい…
そうなのか、ジャカ」
「あの…
私はどうなります?」
「何を少しドキドキしてるんだ、キーン、ジルドラ!
リメロウさん、変に波立たせるのはやめてもらえませんか」
「…すまんな、オータ君。
こんな反応が返って来るとは思っていなかった」
ジャカたちは、疲れている。
寝不足も手伝って、ガーラントで起こった出来事を一時忘れ
妙な話をしてしまうのも仕方のないことなのだろうと
リメロウは理解しておいた。




