赤き手
隊に同行していた治癒魔法の術者による治療を終え、
再度ジャカたちを追おうとしていたソロムの前に、
橙色のローブをまとった派手な男が現れた。
夜の街に浮かび上がるようなその姿は異様だった。
武装した集団にわざわざ近づいて来たのも妙である。
兵たちが一斉に殺気だつ気配を感じ取ってか、
男は敵意のないことを身振りで示しながら
さらに歩み寄って来た。
「むっ、貴公らは…
ウィルスター軍第六部隊の方々か」
数歩の距離という所で足を止め、
ソロムの防具の左肩部分に記された数字に目をやって
男が言う。
剣に手をかけていたソロムは、その手を下ろして
ぎろりと睨みつけた。
よほど肝の据わった者でなければすくみ上がる眼光であったが、
あんな奇抜な格好で街中を歩けるのは度胸がある証なのか、
男は動じない。
ソロムはふん、と鼻を鳴らして問いかけた。
「妙なナリの野郎だな、
大道芸人か何かかと思ったぜ。
ここで何をしている」
「私はガードナー・ブレイス、
GBと呼ばれている魔導士だ。
おそらく貴公らと同じ仕事のためここにいた…
が、その戦力では退いた方がよろしい。
私は、部下を全て失った」
「何だと?」
眉をひそめるソロムの声音に、若干の不機嫌さが混じった。
顔を合わせたばかりの不審な男に忠告されたことへの反感もあったし、
一緒にするなという第六部隊としての気骨もあった。
確かに、不殺の天使たちとの戦いで自らの隊も
人数は減少している。
しかし、向こうも疲労しているはずだし
追跡を断念するほどの段階ではないように思えた。
「敵も消耗している、
これだけ残っていれば十分だ!」
「敵というのが貴公らの狙う者たちならばそうかもしれないが、
私が言っているのはその連中のことではない。
あれは…」
「邪魔だ、どけッ、CD!
行くぞ、お前らッ!」
「いや、CDではなくGB…」
GBの制止を無視し、ソロム隊は去ってゆく。
仕方なく見送ったGBは、周囲の様子を窺いながら
再び歩き始めた。
苦楽を共にしてきた部下たちを亡くしたことは、
忸怩たる思いだった。
一人でも二人でも、救うことはできなかったか。
だが、自身がこうして落ち延びているのが奇蹟という
状況だったのである。
GBは無意識に目元に力を込め、
路地の闇を凝視しながら悔恨の念を振り払おうとした。
「私以外全滅とは、皆にはすまないことをした…
だが、このままでは終わらん…
ガードナー・ブレイスのGBは、
ガッツのGとブレイブのB、すなわち根性と勇敢さだ…!」
キーンとオータが同時に攻撃を仕掛けているが、
ミサキは槍を風車のように回転させながら対抗し、
二人を寄せつけない。
敵ながら思わず感心してしまいそうな奮戦ぶりであった。
「こうなったら僕も…!」
ジャカは内心、魔法の援護もあっての二人がかりなら
すぐに武器でも取り上げて何とかなるんじゃないか、と
期待して様子を見ていたのだが、
そう簡単にはいきそうにない。
残る三人、アイスレア・ジルドラ・ロズウェルは
どちらかといえば後衛向きの面子なので
自分が出て行くしかないだろう。
覚悟を決めて走り出すと、前方から光弾が飛んで来たので
慌てて脇に飛び退いて回避した。
「いててっ!」
地面に転がった時に肘をすりむいた。
痛みを気にせず光弾が飛来した方向を見ると、
変わらずキーンとオータがミサキと戦っている。
あの女騎士が、二対一という状況にありながらも
ジャカの動きを見て魔法を放ってきたらしい。
「…あの人、かなり強くないですか!?」
「ジャカ君!
今更何を言っているんですか。
のんきだなあ、という感想しかありません!」
顔を向けて訴えてきたジャカに、
ジルドラはジト目で答えた。
彼の反応は無理からぬことだったが、
ジェルミ以来の仲間、さらに出会いは十三年前にまでさかのぼるアイスレアは
「さすがに第三部隊隊長が連れていらっしゃるだけのことはありますね」
と応じてやった。
彼女はミサキ目がけて二度氷の魔法を放ったがいずれもかわされており、
連戦で魔力が尽きかけていることもあって今は待機している状態である。
ジルドラは治療に備え、ロズウェルも様子見をしていたが…
「こうなったら腹をくくるぞ!
ジャカ君、あたしについて来なさい!」
「え?
何、ロズウェルさ…
あれ?」
突然、彼女は不必要なほどの大声で宣言した。
ジャカが目を点にしていると、ロズウェルはすでに猛ダッシュしていた。
「ちょっとちょっとちょっと!
ついて来いっていう割には速いな!」
ぼやきながらも、何とか彼女の背中を追いかける。
ずいぶんと大きな曲線を描いて走るなと思っていたが、
ロズウェルはミサキの後方に回り込もうとしているようだった。
先程と同じく光弾が飛んで来たが、
標的が増えたためか狙いがやや甘くなっている。
熱血しているように思えて
迷わず背後を取ろうとする辺り、ロズウェルは怜悧であった。
「参ったぜ、ウィルスター一の伊達男ともあろうものが…
二対一でもあまりいい気分じゃなかったところに、
四対一とは気に入らねえがそうも言っちゃいられない。
ここは心を鬼にするぜ、オータ!」
「こっちは三戦目なんだ、気に病むことはない!
相手が体格で劣る女性だろうが、強いものは強いんだ!」
言葉を交わすキーンとオータの肩は大きく上下している。
オータの言うとおり、三戦目ということになる。
魔力が底を突こうとしているアイスレア同様、疲労していた。
視界の端から姿を現したロズウェルとジャカの手を借りて
挟み撃ちで決めるしかない。
「悪いな、ミサキさんよ…!
オレたちは、何としてもこの街を生きて出なきゃならねえ!」
「かまいませんよ、ただし縛られた上で出ることになりますが…!
私が倒れることもかまわない、最後には隊長があなたたちを捕えます!」
「さすがは第三部隊の騎士様、大した気迫だ!
けど、この勝負はオレたちがもらう!
ジャカ、ロズウェル、終わらせるぞ!」
「何か気が引けますけどわかりました!」
「あたしは不良隊員じゃなーい!」
「私怨は捨てろッ!」
四人がミサキを囲み、肉薄する。
ミサキは覚悟を決め、刺し違えて前の二人を倒そうとした。
その時、両者の間に割って入るように
飛んで来たものがあった。
「!?」
思わず動きを止めた彼らが目にしたのは、
吹っ飛ばされてきたアンジェであった。
「アンジェさん!?」
ジャカが声を上げる中、ジェスパーが韋駄天の速さで颯爽と現れ、
ミサキの肩に手を回して引っ張り敵の輪から脱出させた。
彼はアンジェに追撃を加えようとしていたのだが、
ミサキの窮地を知って彼女を救い出す方に切り替えたのである。
「隊長…!?」
「これだけの時間、よく六人を足止めしたな、ミサキ」
その間にアンジェも空中で回転し体勢を立て直して着地したものの、
ダメージを負っているようだった。
彼女のそんな姿を仲間たちは見たことがなかったので、
皆驚きを隠せなかった。
「…天使様がやられてる…だと…!?
ジェスパーって野郎、とんでもねえヤツだ…!」
ショックを隠せない様子のキーンと、ジャカも同じ心境だった。
アンジェは、最初に敵として現れた時から味方として戦ってくれた今まで、
多くの敵、いかなる強敵であろうともかすり傷一つ負うことなく退け、
まさしく無敵の強さを誇った。
その彼女が、逆に傷一つつけることすらできず押されている。
アンジェ自身の表情は変わることはなかったが、
仲間たちに与えた衝撃は大きい。
「わざわざ部下を助けに来るとは、
篤実な隊長殿だな…!」
頬に汗を伝わせながら言うオータに、
ジェスパーはふっ、と笑った。
「それは、かわいい部下なんでね」
「何をおっしゃるんですか隊長、
かわいいだなんて!
かわいい…
部下…
かわいい部下ですか、そうですかぁぁぁ!」
頭を抱えるミサキは、喜んでいるのか残念がっているのか
よくわからない。
一方、ジャカはアイスレアとジルドラを手招きして呼んだ。
アンジェの治療をしてもらうためである。
とにかく彼女を中心にして戦わなければ、
自分たちに勝ち目はないのだ。
その彼女がここまで追い込まれているのだから、
治療が済んだとしてもジェスパーを退けるという仕事は
相当厳しい。
「大丈夫ですか、アンジェさん…!」
「死に至る傷ではないという意味では、大丈夫だ」
「…す…すごい人なんですね、あの隊長さん…」
「すごい人だな。
どれだけ激しい撃ち合いになろうとも力んだところが全くない。
掛け値なしに、恐ろしく強い」
ジャカは、不思議に思った。
相手が脅威であると語るアンジェの顔に、焦りや恐怖はない。
瞳は澄んで、星のように輝いている。
「…勝てますか?」
「勝てる、と軽々に言えるような相手ではないが、
少なくとも彼らが退却する事態にならなければ
我々はこの街を出ることはできない。
ジャカ、お前も全力を尽くせ。
死んでから後悔しても遅い。
今できることを最大限にやる。
私もな」
「…そっ…そうですよね、
やらなきゃ…
未来はないってことですよね…」
「隊長ォォォォォ!!
突然いなくなったと思ったら何をしているんですかッ!」
「?」
後方からの大音響に、ジャカは思わず振り返った。
武装した多数の男たちが近づいて来る。
その先頭に立つ者に、ジャカは覚えがあった。
「…あれは…
オータさんが言っていた、第三部隊の副隊長…!?」
先日、夜のガーラントを歩いている時に出くわした大男、
オータによるとユンザリン・ギブンという名の人物だ。
それが、おそらく第三部隊の隊員たちを率いて現れたのだ。
ジャカは、唖然としてその絶望的な光景を眺めていた。
「…アンジェさん…
これって…
まずいですよね…」
「実にな」
ジェスパーと迫る第三部隊を交互に見ながら、
言葉とは裏腹に変わらぬ様子でアンジェはうなずいた。
全員がかりでもジェスパーを倒せるか危うい状況である。
そこに数十人という数の新手が現れた。
他の仲間たちも、呆然としている。
当然だろう。
普通に考えれば、もはや打つ手はない。
「だが、まだ終わってはいない」
「…そうだ、あきらめるな…!
どんなに絶望的でも、決着はついていない…!
この腕を振るえる内は…!」
アンジェとキーンが鼓舞するように言ったが、
ジェスパーの圧倒的な実力とさらなる敵の存在を知った後である。
ジャカは、これで終わりなんだと実感し、
ルルメクを持つ手をだらりと下げた。
後は、穏やかな人柄であろうジェスパーが
自分たちをここで始末しないでいてくれることを願うのみ。
神に祈るような心境でだんだんと大きくなる新手の姿を眺めていると、
その左手の方向から何かが飛来し轟音とともに増援の
横腹を直撃した。
「!?」
ジャカたちが驚きに目を見張ってその様を見ている中、
第三部隊に属し辛くも謎の攻撃から逃れたエランカは
転倒して腕から血を流し座り込んでいるフラックスの手を取って
助け起こしていた。
「大丈夫ですか、先輩!」
「…おう、何とかな…
一体、何が起こったんだ」
「わかりません…!
でも、五、六人やられたみたいです」
「負傷者を離脱させろ!
我々は襲撃してきた者に対処する!」
身体の芯に響くような声で、ギブンが怒鳴った。
彼は、ジェスパーとは肝胆相照らす仲である。
今はジェスパーに手助けは必要ない。
新たな敵が現れたのなら、そちらを自分たちで止める。
ジェスパーもそうせよと言うであろうことがわかるので、
ギブンは迷わずそう判断した。
まずは攻撃してきたのが何者か確かめようと、
路地の出口の一つに視線を向けた。
そこから、何かが飛んで来たはずである。
ほどなく、いくつかの人影が進み出て来た。
いずれも豪胆そうな、不敵な面構えの連中だった。
男性が三人、女性が一人という構成である。
その姿を目にしたギブンが表情を険しくしたのは、
彼らが右手、あるいは左手に赤い手袋を着けていたからであった。
「何だよ、十人も倒せてないな。
どこか調子でも悪いのか、ランカーナ」
「あたしのせいにすんな。
あいつらを褒めてやりなよ、意外といい反応したんだから」
「派手な魔導士どもといい目つきの悪い騎士の隊といい、
半死半生とまではいかないが手負いだった。
今度はまともそうな相手だ」
「お前たち、戦闘狂と誤解されるような会話は控えろよ。
最近名が知られ始めたと思ったら、
ロクな知られ方じゃないのはそういうところのせいだぞ…
ん?
おい、アンジェ!
何だお前、怪我しちまってるじゃないか!?
あ~あ、こりゃ魔法で治したとしてもリーダー怒るぞ…
帰りたくないな、俺」
陽気な雰囲気すら漂わせて会話をする四人と
横に立つアンジェを見回しながら、
ジャカは必死に状況を理解しようとした。
次から次へと起こる事態に、感情がついていかない。
「…し…知り合いなんですか、アンジェさん…?」
「…一応、同僚だ。
レッドハンドの、な」
「ええええええ!?」
アンジェの表情は、げんなりしたような微笑んでいるような、
複雑で微妙なものだった。
ジャカは、驚きの声を上げながら赤い手袋の四人を再び見る。
悪名高いレッドハンドは、自分たちにとっては
この絶体絶命の危機を脱するための救いの使者となるのか。
そして、驚いているのはジャカたちだけではない。
ミサキは、眉間にしわを寄せつつ上司に声をかけた。
「…隊長、あれは…
赤手ですよね…?」
「そのようだ」
「私たちとは、敵対関係にはないはずなのに…!」
「だからといって友好関係というわけでもない。
彼らは仲間意識が強いと聞く、
アンジェ殿を迎えに来たものの負傷していたとなれば
牙を剥いても不思議はないね」
「でも、四人なら…」
「不殺の天使が四人並んでいると考えてみろ。
何とかなる、と言えるか?」
「…」
「彼らの力をわかりやすく表すとそうなる。
中にはアンジェ殿以上の遣い手もいるかもしれない。
一人ずつかかって来てくれれば負けるつもりはないが、
その要望には応えてくれないだろうな。
アンジェ殿と合わせて同時に五人という状況になれば少々しんどい」
答えるジェスパーは冷静で、平時と全く変わりない。
そのことが、ミサキを落ち着かせた。
「それでは?」
「ああ、退こう。
ギブン、下がれ!
この場を離れろ」
現在の状況では、それぞれの位置が良くない。
ジェスパーとレッドハンドの間にはアンジェらがおり、
レッドハンドのすぐ近くにギブンらがいて、
すぐに加勢することが難しい。
合流する間に、下手をするとギブン以外の全員がやられるかもしれない。
部下たちをそこまでの危険に晒すわけにはいかなかった。
「久々に楽しい勝負だった。
次は決着がつくまでやろう、アンジェ殿」
「…次の機会があったなら、
私は必ずあなたを破る…!」
アンジェの答えに笑みを浮かべ、
ジェスパーはミサキと共に身を翻し
第三部隊の隊員たちが離脱する方へと駆けて行った。
その背を見ながら、アンジェはぐっ、と拳を握りしめる。
あのまま戦いが続いていたら、おそらく負けていた。
だが、こうして生き延びた。
ならば、さらに腕を磨き再戦に備えるのみ。
「おっ、ご退却か?
うちの姫君が世話になった礼をしたいんだが」
後退の姿勢を見せる第三部隊に、
短髪を後ろに流した髪型のレッドハンドが言葉を投げかけた。
それを、隣に立つ長身の男がたしなめる。
「やめろ、デュエル。
十隊と事を構えずに済むならそれに越したことはない。
アンジェの相手はヴァントレイ・ジェスパーだ、
正面からやり合って手傷を受けるのもうなずける…
ここは滞りなく退いていただこう」
「さすがはサブリーダーのセファー殿だ、物分かりがいい。
あんたも少しはやりたかったろう、リメロウ?」
「俺は…
やってもいいが、後が面倒だからやらなくてもいい」
「…そうだな。
あんたはそういう人だった」
統制のとれた動きで、第三部隊は退却していった。
九死に一生を得たジャカたちは、急速に疲労感に襲われ
その場に座り込んだ。
ただ一人立ったままのアンジェは、窮地に駆けつけてくれた
仲間たちの方を見ている。
視線の先の四人もまたこちらを見ていたが、
その中のセファーと呼ばれた男が大声を発した。
「アンジェからの手紙で事情はいくらか承知している。
ランディアク・ジャカというのはどいつだ」
「はっ、はい、僕です!」
名を呼ばれ、急いで立ち上がったジャカは
直立不動になって答えた。
彼の慌てように微笑し、セファーは大きくうなずいた。
「リーダーからの伝言だ。
全てを失い、無力ながらも進むことを決めたお前に、
アンジェが協力しているなら多少は力になってやってもいい。
ランディアク・ジャカ、その命しばらくはレッドハンドが預かる」
「…!」
仲間たちの、そしてレッドハンドの助けを得て、
ジャカは雑多な思念が渦巻く大都市、ガーラントを
命からがら脱出することになる。
多くの人々、恐ろしい強敵に襲われ、
彼は己が自分の想像以上に重要な標的の一人とされているらしいと
改めて思い知った。
だが、この街で得たのはそうしたことへの恐怖だけではない。
かつてのあたたかな絆を残してのものではなかったが、
待ち望んだ親友との再会。
出会って以来、ずっと頭の中に焼き付いていた少女。
その彼女が共にいること。
同じ命運を背負った仲間たちと彼女がいれば、
この先がいかに泥濘続きであっても足を止めることはない。
全てを飲み込むような闇に包まれても、光明を見失うことはないだろう。
ジャカにとって、ガーラントという都市は避けて通れない場所、
必ず訪れることになる地だったに違いない。
遠ざかる街の影を何度も振り返り、ジャカはそう思った。




