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不断のジャカ  作者: 吉良 善
大都市ガーラント
44/92

立ちはだかる壁

「マ、マジかよ…!

 あんな優男が…」

前方に立つ人物の正体を知ったキーンが絞り出すように言った。

ジャカも同じような感想を持っていた。

ウィルスター軍の十隊の隊長といえば国で指折りの豪傑ぞろいのはずで、

全身から闘気を放つ見上げるような大男ばかりという想像をしていたが、

初めて目にした第三部隊隊長は同性でも見惚れるような美形ながら

気さくな若者といった、どちらかといえば親しみやすそうな印象だった。

その紫髪の男が、アンジェに目を向けた。

「君は、レッドハンドの不殺の天使殿だな?

 評判以上の美人じゃないか、驚いたなあ」

「隊長ッ!」

「怒るな怒るな、本心から人を褒めて怒られる世なんて

 俺は望んじゃいない。

 失礼、俺はウィルスター軍第三部隊隊長、

 ヴァントレイ・ジェスパー。

 こちらは部下のサトー・ミサキだ。

 君たち、特にメルヘヴン・アンジェ殿、

 その赤い手には兵がずいぶんやられていると聞く。

 もっとも、君に斬られた者は無事家族の元へ帰れているけどね。

 ということもあって、俺としては

 手がかりがなければあえて探すつもりはなかったんだが、

 こうして出会ってしまったからには見過ごすわけにもいかない。

 とにかく、見つけ次第連行するよう命を受けている。

 御足労だが、申し開きは王都でしてもらえるか」

「断れば?」

少し顎を引くようにして、アンジェは尋ねた。

鋭い黄金の視線をいなすように、

ジェスパーは微笑する。

「言葉ではなく、剣でお願いすることになる」

当然、そうだろう。

目の前の相手の力量を測りながら、

アンジェはどうすべきかを考える。

どちらも手強いことは間違いない。

しかし、ミサキという女騎士の方は、

希望的観測も多分に含まれるかもしれないが

魔法による援護があることを前提にすれば

キーンとオータの二人がかりなら何とか止められる、はず、と読んだ。

そして、いかに強敵といえども数は二人である。

自分がジェスパーを引き受けている間にミサキを倒すことができれば、

総がかりで第三部隊隊長を止めてガーラントから脱出するのは

不可能ではない。

後ろには戻れないのだから、今はあの二人を何とかするしかないのだ。

というところに至った時、

「ジェスパー隊長、あたしは第七部隊所属の

 アンフェザー・ロズウェルです!

 彼らを捕えようとするのは、なぜですか!?」

肩を貸してくれているジャカの手をぽん、と叩いてほどき、

ロズウェルは一歩前に出て問うた。

彼女はジェスパーの顔は知っている。

ただ、遠目に見ただけで直接話したことなどはない。

そのジェスパーは、穏やかな輝きを湛える瞳を向けた。

「マステマの所の子か。

 さぞ苦労していることだろうな」

「そりゃ、もう!

 この前だって思いっきり置いて行かれて…

 何を言わせるんですかッ!

 ごまかさないでください!」

「すまないすまない、ごまかすつもりはなかった。

 そうだ、置いて行かれたというならうちで引き受けよう。

 俺たちの隊に来るか」

「えっ…

 さ、三部隊にですか?

 …そっ、そうですね、え~と…」

「…ちょっと、ロズウェルさん!?

 何ですか、迷ってるの?

 あの人の隊に入るかどうか迷ってるの!?

 かっこいいから!?

 あの人がかっこいいから!?」

狼狽してジャカが言うと、ロズウェルは首をぶんぶん振って否定した。

「今の隊長が人でなしだからですッ!

 ジェスパー隊長は見てのとおり穏やかだし爽やかだし!」

「…そりゃあまあ、そうだけども

 あの人、僕たちを捕まえに来てるんだけど…」

「…そうだったね、わかってる。

 ジェスパー隊長!

 やめてください!」

「俺だって気乗りする仕事ではないんだけどね。

 理由としては先程言ったとおりだ、

 彼らには我が軍の兵が相当数倒されている…

 それだけならともかく、レッドハンドのアンジェ殿がいるのであれば

 生半可な者を送っても返り討ちに遭うだけだろう。

 我々はガーラントの治安を守ると共に、

 アンジェ殿たちがこの街に立ち寄ることは十分考えられるので

 見つけることができたなら捕えてほしいという要請を受けてここへ来た」

それを聞いて、キーンはおや、と思った。

わざわざ罪状を述べた割には“あのこと”には触れていない。

十隊の隊長といえば大幹部である。

当然把握しているものと考えていたが、

なされたのは通り一遍の口上という印象だった。

「奴はオレたちの力については知らないのか?」

小声できく彼に、アンジェはやはり小声で

「そのようだ」

と答えた。

ジェスパーが青い光の力について知っているとしたら、

そのことを隠す必要はないはずだ。

続けて、アンジェが次にしたいと思っていた質問を

ロズウェルが見事にしてくれた。

「要請って、一体誰からですか!

 軍トップの一部隊隊長は国を空けているはずだし…」

「そう、だから二部隊の隊長殿からだ。

 君は軍の人間だから知っているね、

 一、二部隊の隊長は軍団長、副団長としての役目を持っている。

 当然、軍団長が不在なら副団長がトップだ」

「…(ならば、黒幕は第二部隊隊長か…?

 確かに、その地位にある者なら

 各部隊の者たちを送り込むことができる…!)」

目元を険しくして、アンジェは考えていた。

第三部隊をガーラントに来させたくらいである。

ソロムやガラテアを差し向けることなどたやすいだろう。

自分たちを狙っているのがその人物だとすれば、

王都と軍の中心にいる相手と対面するのは極めて難しい話だ。

「こちらからも質問させてもらえるかな。

 君が彼らに同行しているのはどういう理由だ?」

「…えっ…」

ジェスパーの質問に、ロズウェルはまた返答に窮した。

所属する隊に置き去りにされたから、ではごまかせない。

中途半端な答えでさらにややこしい展開にしても仕方ないので、

正直に言ってしまうことにした。

「…一応あたしも彼らを捕まえる方にいたんです、さっきまで!

 でも王都から派遣されて来たっていう魔導士隊が

 あたしたちごと攻撃し始めて!

 この人たちは多分悪人じゃないってことは知っていたから、

 一緒に逃げて来たんです!」

その答えを聞いて、ジェスパーは視線を宙にやって首をひねった。

「それは不可解な、そしてひどい話だな。

 では君のことは我々で保護しよう、

 下がっていてくれ」

「できません!

 とりあえず見逃してください!」

「…全員見逃せということか…?

 こちらもできないな…」

「そこを何とか!

 とりあえず一回!

 一回だけ!」

「一回だけって何!?

 駄目に決まっているでしょ!

 隊長、七部隊の不良隊員にかまっている場合ではありません!

 任務を遂行しましょう」

ジェスパーの後ろから口を挟んできたミサキの言葉に、

ロズウェルはカチンときた。

「不良隊員とは何だァァァ!

 七部隊だからって一括りにするな!

 あたしは真面目に働いてるってーの!」

「今まさに、背反行為をしているでしょう!」

「はああ~!?

 背反!?

 どこが背反だっていうの!

 言ってみなさいよ!」

「あなたも彼らを捕えるよう命令を受けていたんでしょ!

 その彼らと一緒に逃げようとしているじゃないの!」

「…」

ついさっき自分でも言ったことだ。

そういえばそうだったと、ロズウェルは黙った。

勝ち誇った顔で、ミサキは鼻で笑った。

「わかったら観念なさい!」

「…あの~…

 何ていうかね…

 あなたの立場から見ればけしからんと思うかもしれないけど、

 状況って刻一刻と変わるものなの。

 事情もね。

 考えたことはない?

 命令とは常に正しいのかしら…

 完璧な人間なんていない。

 つまり、間違った命令が出ちゃうことだってありえるんだし、

 何が何でも従わなければならないとは限らないと言えないことはないんじゃ…」

「わけのわからないことを言ってごまかそうとしないで!

 隊長、彼女は錯乱状態にあるようです」

「何だとコノー!!」

「この起伏の激しさはそうなのかもしれないな。

 ひとまず全員捕えるか」

「ジェスパー隊長ォォォ!

 あなたは人格者だって聞いてますよおおお!」

「すっこんでろ」

「あいたッ!」

アンジェに肩をとん、と押されてよろめきながら、

ロズウェルは後ろへ下がって行った。

最初から彼女がジェスパーを説得できるとは思っていない。

アンジェは、ジェスパーとの戦いに集中したかった。

これまで多くの敵と対してきたが、

おそらく今までで最も手強い相手であろう。

「皆であの女騎士を一気に戦闘不能に追い込め」

「あなたがすごい腕の持ち主だということを知っている上でききますが、

 一人であのジェスパーって人と戦うんですか?」

背中が冷や汗でびっしょりになっているのを感じながら、

ジャカはアンジェに尋ねた。

第三部隊の隊長などという相手では自分は物の数に入らないだろうが、

せめてアイスレアかジルドラ、ロズウェルのいずれかの魔法による支援を

受けた方がいいのではないかと思った。

だが、アンジェは浅くうなずいた。

「全ての神経を彼と戦うことに傾注したい。

 隊長の連れだけあって女騎士もかなりの力量がありそうだ、

 皆の力を束ね一気呵成に片を付けて

 その後で私に協力してほしい」

「…ということなんですけども皆さん、

 よろしいでしょうか…?」

即座に「わかりました」と答えたいところだが、

おそらく一行の中で最も頼りにならない自分が言うのは気が引ける。

ジャカが振り返って皆の反応を窺うと、

異を唱える者はいなかった。

「元より隊長様と渡り合えるのはアンジェ殿しかいないんだ、

 君の言うことが最善だろうさ」

「そういうことですね。

 わたくしたちもできる限りのことをして

 なるべく早くアンジェさんを手助けできるように

 がんばりましょう」

オータにアイスレアが答え、皆の腹も固まった。

その様子を見て、ミサキは槍を構える。

「不殺の天使だけは私の手には負えなさそうです。

 それ以外はお任せください」

「いくら君でも、六人はしんどいんじゃないかな?

 下がっていてくれれば俺が全員引き受けるが」

柔らかい調子で、ジェスパーは言った。

六人の中には魔導の使い手も複数いるようだ。

ミサキ一人では難しいように思う。

しかし、彼女は引き下がらない。

「いいえ、隊長の助けとなるのが私の務めであり望みです。

 もし倒れるとしても必ず何人かは道連れにします!

 私の屍を踏み越えて勝利をもたらしてください!」

言い残して、ミサキは駆け出した。

やれやれ、とジェスパーは笑みを漏らす。

「頑固な子だ。

 君を失うわけにはいかないし、

 早々に勝負を決めるしかないな…

 難しい相手ではあるが」

つぶやくと、彼はゆっくりと右手を腰の剣の柄にかけた。

見据える先には、光り輝いているかの如く

美しい少女の白い姿があった。





ミサキは、アンジェを迂回してジャカたちに接近しようとしている。

あの女騎士の相手は仲間たちに任せたのだ。

気を向けることなく、アンジェはジェスパーを目指した。

彼がゆったりとした動作で剣を抜いて鷹揚に構えるのを見ながら、

稲妻の如く迫り刃を鞘の中で加速させ抜き放つ。

「!」

その一撃は、刀背を上から押さえるように

右手一本で振るわれたジェスパーの剣でそらされた。

己が刃に乗せた力と速さとはどこへ行ってしまったのかと

思わせた。

無造作なようでいて極めて繊細な技とわかる。

赤子を撫でるようなやわらかな感触に、アンジェはぞくりとした。

「この抜き打ちで大抵は終わるな」

落ち着き払った声。

同時に、アンジェの初撃を封じた剣を

手首の動きだけで返して彼女の首筋を狙う。

その捌き、実に軽やかである。

アンジェは右足を後ろに退いて避け、

それに伴って身体が回転する動きのままに左手に持つ剣を振るった。

右半身を狙われたジェスパーは右腕をひねって己と敵の刃の間に

剣を差し込んで流し、右足でアンジェの足元を払おうとしたが、

彼女は素早く後ろに跳びすさってかわし、

すぐさま踏み込んで突きに出た。

「速い速い!

 これは忙しくなる」

「!」

感嘆の声を上げるジェスパーは

アンジェの剣の腹を自らの剣で叩いて外し、

重なった刀身を伝って刃を走らせて顔面を狙う。

アンジェは反射的に体勢を低くして避けると、

怒涛のような連撃に出た。

が、その全てを防ぎきられ一旦距離を取る。

「…(奴の剣は…!)」

相手の挙動に目を光らせながら、アンジェは考えを巡らせた。

自らの攻撃は全て防がれ、その上まともに剣と剣とがぶつかった

手応えがない。

これほど掴みどころのない敵は初めてだった。

風の中、宙を舞う一片の糸でも切ろうとしているかのようだ。

いや、その方がはるかにたやすい。

しかも、ジェスパーはここまで右手だけで

剣を振るっているのである。

それでも、押しきれない。

十隊の隊長とは、全員これほどの技量があるのか。

そう思ったので、アンジェは問う。

「…参考までにきく。

 あなたは十人の隊長の中で何番目の腕だ?」

「肩書きどおり三番目かな。

 …いや冗談だ、力量の序列で並んでいるわけじゃない。

 皆それぞれに素晴らしい力の持ち主でね、

 わからないというのが正直なところだ。

 が、いずれは俺が一番になろうという気概はあるよ」

「…それぞれに、か…

 受け流す技術に長ける、

 それがあなたの強さだな」

「長けていると言えるかどうかは置いておくが」

アンジェの言葉に答えて、ジェスパーはにやりと笑んだ。

「力を殺すための技を磨いてはいる。

 勢いを失い死んだ剣では人は斬れないからな」

「…ならば…!」

再び、アンジェは走る。

煌めく黄金の瞳に、迷いはない。

やぶれかぶれで突っ込んで来るのではないのだ。

「何か手があるのか」

待ち構えるジェスパーの胸は、躍っていた。

任務としての戦いではあるが、達人との勝負は楽しいものだ。

彼は第三部隊の隊長であり、同時に一人の剣士なのである。

その剣士に、アンジェは斬りかかった。

電光のように迅速な斬撃を受け流し反撃しようとしたジェスパーが、

目を少し大きく開く。

先程までと、手応えが違う。

敵の剣の力を、殺しきれていない。

彼は反撃をやめて、防御に専念して防いだ。

間髪入れず、続けざまに刃が迫った。

常人の目では追いきれないほどの攻防の中で

それを跳ね返している内に、ジェスパーは悟った。

アンジェの剣は、うねるように疾っている。

始めから、しなるような特殊な太刀筋ではあると思っていた。

その特質を、意識して大きくしているのか。

そこに彼女の極めて優れた剣速が加わると、

いかにジェスパーでも全てを殺しきるのは難しい。

だからこそ、彼はにいっ、と笑った。

「よし、攻めるかっ!」

「…」

自ら前に出たジェスパーの剣は、一転して攻撃的になった。

引いては押し負ける。

そう直感したアンジェは、速く、うねる連撃で対抗した。

恐ろしく、またすさまじい撃ち合いとなった。

舞うような足さばきで動き、目にも止まらぬ動きで腕を振るう両者の間で

ちかっ、ちかっ、と光が飛び散っているようにしか見えないほどの。

だが、アンジェには疑念があった。

自分でも、とんでもない相手と驚くべき戦いをしていると感じる。

それでも、ジェスパーにはまだ隠し持った何かがある。

そしてそれは、おそらく未だ彼が一度として見せていない左手に…

そう思った瞬間、ジェスパーが左腕を振り、

長い袖がめくれ上がって彼の左手が露わになった。

視認できたのは一瞬だけだが、アンジェの視界からは

そこに特別な何かがあるようには見えなかった。

「楽しい時間だったが、終わりにする」

宣言したジェスパーが両手で柄を握り、

彼の剣の威力と速度が増した。

「(強い!)」

率直にそう感じたアンジェは、やや押されながらも何とか踏みとどまる。

しかし、次の瞬間ジェスパーの手元が発光するのを目にした。

「!?」

何とか反応してかわそうとしたが、発光と同時に全身に衝撃が走り

彼女は後方へと吹っ飛ばされていた。

次の一撃でとどめを刺さんと、ジェスパーは俊足を飛ばし

一陣の風の如くアンジェを追って猛進した。

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