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不断のジャカ  作者: 吉良 善
大都市ガーラント
43/92

混乱

右肩に槍を担いだまま向かい来るガラテアは

大股な上に、速い。

見事な体躯も手伝って、大型の肉食獣が迫って来るようだった。

先程倒したシル・ラサ以上の強敵かもしれないが、

時間はかけられない。

アンジェも俊足をもって瞬く間に捕食者の如き男との距離を縮めた。

ガラテアが率いる隊は二十名ほどで、

その後ろには十五名前後と見られる魔導士隊がいる。

それらが大通りに展開されており、

東門へ到達するには正面突破しか方法はなかった。

戦力では圧倒的に不利なのだから、自分がガラテアを早々に倒し、

兵たちを蹴散らしながら進んで魔導士隊を切り崩す。

彼女の腹づもりはこうだった。

「討ち取るにはもったいねえな、不殺の天使」

「…」

間合いが詰まり、声を発したガラテアが駆けて来た勢いそのままに

滑り込むように靴底を石畳の上の微細な砂利と軋ませ、

担いだ大槍を降ろしながら右から左へと振り抜いて旋回させる。

空気を切り裂き、豪音と共に薙ぎ払われた槍を

軽やかに宙に舞ってかわしたアンジェに向け、

通過した槍が再び追って来た。

アンジェはそれを察知し、空中で体勢を変えて回避しながらも

タイミングを合わせて槍の柄に一瞬右手を突き、

自らの身体を前方に押し出してガラテアに斬りかかった。

ガラテアの目には、まさに空中で華麗に舞う天使のように映った。

「軽業師かよ!」

天使が持つ左手の剣が繰り出され、意表を突く、しかも迅速な攻撃に

右肩を裂かれながらも辛くも外したが、

その刃が喰い込んでくるのを感じた。

突きが浅いと悟ったアンジェが、瞬時に変化させて

斬り下ろしてきたのだ。

出血はなかったが、一瞬意識が飛びそうになった。

これが以前レゼルクも言っていた、精神力を削ぎ取るという

不殺の天使の力なのか。

このままでは鎖骨から胸まで斬り下げられ、

そうなれば気絶してしまうかもしれない。

ガラテアは槍を持ち上げて刀身にぶつけ、何とか斬撃を止めた。

宙を駆けるように攻撃を仕掛けたアンジェは

自らの剣と相手の槍がぶつかった衝撃に乗りガラテアの後方へと抜け、

回転して着地する。

そこを、レゼルクが左後方から狙って斬りかかった。

死角を突いたはずだった。

が、彼の目前に切っ先が迫った。

「っ!?」

まるで、己の剣の刀身の裏から伸びて来たように映った。

アンジェが動きを読んで振り向くこともなく

青い輝きをまとう左手を伸ばし、突いてきたのだ。

背にも目があるような芸当だが、実際にはこちらの気配を察知したのだろう。

咄嗟に首を右に傾けて左頬をかすめるにとどめ、

反撃に出たがすでに彼女の姿はそこにはなかった。

「不殺の天使…

 俺と戦え!」

前のめりになってレゼルクは叫んだが、

アンジェは一瞥するのみだった。

「お前の相手は私ではないようだ」

「何を…!」

「レゼルクっ!」

「…ジャカか…!」

再度ガラテアと向き合うアンジェに代わって、

ジャカがルルメクを手にレゼルクに肉薄した。

かつてよく見た弱々しい表情は、今の幼馴染みにはない。

レゼルクは友が繰り出した鋭い斬撃を冷静に防いだ。

「争い事が嫌いだったお前が、

 これだけの剣を遣うとはな…!」

幼い頃の話だが、喧嘩が起こりそうな空気になると

いつの間にかその場からいなくなっているような、

ジャカはそういう少年だった。

しかし、今見せた一撃はなかなかに鋭い。

交差する刃の向こうで、その友は口を開く。

「レゼルク、

 …君の…君の目的は何だ。

 君が軍に入ってやろうとしていることは…」

「なぜそんなことを聞く?

 軍がなぜ存在するのかを考えれば、

 答えは出るだろう」

「…僕の中では、君と軍とが結びつかない…

 ただ兵士になって働いていこうとするようには…

 僕を捕えようとしてまで!」

「お前こそ、なぜこんな不利な戦いをしてまで

 逃げようとする?

 投降して軍に協力すれば、大切な人を失わずに済んだかもしれない」

「いきなり襲われても、協力しろと…!?」

「お前もわかっているはずだ、自分の力の強大さを…

 レキッタでのあの光、あんなものを見せられては

 俺もお前の力を解明すべきと考えざるをえない。

 そのための一番の近道が、軍にあるということだ。

 ジャカ、俺は今もお前を友と思っている…

 だから共に来いと言うんだ。

 俺が一緒なら、手ひどい扱いをされないよう

 手を尽くすこともできる。

 もしここを切り抜けられたとしてもいずれは捕まる、

 第七部隊などの手に落ちればどうなるかわからないぞ」

「…」

二人の視線が、交錯した。

間近で見たジャカは、ぞくりとするものを感じた。

レゼルクの何かが変わったと思っていたが、

そうではなかったのかもしれないと。

歪んでしまったわけでもなければ、

軍の誰かの思想に染まってしまったわけでもない。

レゼルクという人間の本質が深度を増し、また純度を高めたことが、

ジャカからは彼が変わったように思えただけなのか。

その、限りなく深くとも底が見えるくらい透き通った泉のような、

恐ろしいほどに澄んだ青い瞳が映し出している。

目的はわからないが、彼を動かしているのは

その目的へと近づこうとする純粋さであると。

「レゼルク、…!」

「どけ、ジャカ!」

再度ジャカが呼びかけようとした時、

レゼルクが重なった剣を強く押した。

後ろへよろけたジャカのすぐ前を、光の帯が通過した。

「な、何だ、今の…!」

「みんな、逃げてっ!!」

この場にいる全員の耳に届くくらいの大声を響かせたのは、

ロズウェルであった。

思わずそちらの方を見ると、彼女の後方に陣取っていた

橙色の派手なローブに身を包んだ魔導士たちが

一斉に魔法を放っていた。

彼らはそちらだけでなく、いつの間にか

ジャカたちとレゼルクたちが戦っているのを囲むように散らばっている。

それが、内側へと魔法を撃ち込んでいたのだった。

レゼルクはいくつかの魔法に連続して狙われ、

何とか避けている内に離れて行った。

ジャカが何が起こっているのかと混乱していると、

皆に逃げるよう呼びかけるロズウェルが負傷するのが見えた。

その瞬間、ジャカは恐れることも忘れて駆け出していた。

「何なんだ、あいつら!

 無差別に攻撃してやがる!」

クラトーと刃を交えんとしていたキーンが叫ぶ。

身構えるクラトーも険しい顔をして、周囲を見回していた。

「…もしや、そういうことなのか…?

 隊長がこの私たちへの伝言をガラテア殿に託したというのは…」

予想だにせぬ事態に一旦アンジェから距離を取ったガラテアは、

魔法によって次々と部下が倒れる中、

怒りに燃えた瞳を向けながらGBに怒鳴った。

「ブレイス、てめえッ!!

 オレたちごと奴らを始末する気かッ!!」

雷のような怒号をぶつけられたGBだが、

顔色一つ変えず魔法を放つこともやめない。

続けざまに飛ぶ光の帯の何発目かが、

ガラテアの部下と戦っていたライドを直撃し、

動きが止まったところを他方から飛来した火球が襲って

とどめを刺した。

「誤解してくれるなガラテア殿、そんなことはない。

 両者入り乱れたところを狙えば標的は回避しづらいはず、

 多少味方にも被害が出るかもしれないが

 任務遂行のためにはやむなし…

 という命を受けているだけだ」

「…そうかよ…

 なら、やられる前にぶち殺すまでだ!

 てめえ、そこを動くなよ…!!」

「ガラテア殿、それはいかん。

 こちらへ向かって来られては、

 私も降りかかる火の粉を払うしかなくなってしまう…

 このように」

爛々と目を光らせながら近づこうとするガラテアに、

GBは魔法を撃つ。

「このように、このように、このように」

敵味方なく攻撃している内に嗜虐心に火が付いたのか、

元々そうした質の人間だったのか、

次第にGBの表情は恍惚としたものになって、

魔導の技が冴えていった。

連続して飛んで来る光をかわしつつ猛進するガラテアだったが、

さすがに傷を負い始めた。

部下は、もう数えるほどしか残っていない。

彼は、恨めしそうに天を睨んで咆哮した。

「…オレたちを…

 オレを使い捨てようってのか…

 あの…あの野郎ォォォォォッ!!!」





「ライドッ!

 起きろ、起きないとやられちまうぞ!」

「よせ、もう無理だ!」

右方向から火球を受け地に投げ飛ばされたライドの元へ

駆け寄ろうとするオータの腕を掴んでしゃがませ、キーンが言った。

二つの魔法の直撃で激しく損傷したライドの骸は、

ひと目でもう助けられないことがわかるほどだった。

オータは、その現実を受けとめないでいる。

酷なようでも、強引に引き戻してやらなければならなかった。

「一体、どうなってんだ…!」

「まさか、味方もろとも攻撃するなんて…

 これでは逃げ道がありませんね」

同じく姿勢を低くして合流して来たアイスレアが、

周りの様子を見ながら言う。

彼女の左腕は袖が破れ、火傷のような傷を負っていた。

逃げようにも、どちらの方向からも魔法が飛んで来る。

そんな中で、ジャカが走り、アンジェもまた疾駆している姿が

目に入った。

「ジャカさんはどこへ行こうと…!?」

その時、辺り一帯を強烈な光が包んだ。

あまりにも眩しく、まぶたを閉じても明るすぎると感じるほどの烈光に、

居合わせた者は目を開けていられなかった。

ただオータは、はっ、となってキーンの肩を叩いた。

「これはジルドラ殿の魔法だ…!

 敵も目がくらんで攻撃がやんでいる、

 今の内に脱出するんだ!」

「そういうことか!

 よし、走るぞ!」

「私を置いて行かないでくださーい!

 これほどの光の魔法を使ってへとへとなんですからぁぁぁ!」

「うっせーな、早く来い!」

まだ烈光は消えていない。

ジルドラの声を背に受けながら、

キーンたちは走った。

へとへとなのは皆同じである。

暁の星屋を出てからは早歩き、小走り、全力疾走を繰り返し、

ポンペスらに続いてガラテア隊との戦いだ。

「野郎…!」

オータが呻いた。

視界を奪われて一方的にやられることを恐れ、

恐慌をきたし闇雲に斬りかかってくる敵が一人。

疲労の上に親友を失った悲しみが重なって

鉛のように重く感じられる腕を振るい、

相手の胴を薙いだ。

が、手応えが妙だった。

敵は痛みに顔を歪めてうずくまりながらも、

倒れてはいない。

オータは、己の剣を見やって舌打ちした。

「…廉価相応ってことか、このなまくら…!

 ちょっと脂が巻いたくらいで…!」

何人か敵を斬り、その度に付着する脂が重なってしまったらしい。

こうなっては棒を振り回しているのと変わりない。

ガーラントで働く以上斬り合いは覚悟していたし

これまでにも何度かはあったが、

せいぜい一人や二人とやり合う程度だった。

これほど続けざまに戦うことなど想像もしていなかったから、

数ヵ月分の給料をはたいて

そんな事態に堪えるだけの業物を買おうなどと考えたこともない。

今後は、今後という未来があればだが、

改めなければならないなとオータは痛感した。

一方、アンジェは烈光を背にして駆け、

動きの止まった魔導士たちを斬り伏せていく。

全員を倒している暇はないが、これで包囲網は破れた。

「行くぞ、急げ!」

アンジェが仲間たちに呼びかけた時、

ジャカはふらつくロズウェルの元にたどり着いていた。

肩を貸して支えてやり、アンジェの声がした方へと向かう。

「大丈夫かい、

 …その…ロズウェルさん」

「平気平気…

 あんにゃろうども、後ろからドカドカ撃ってくれちゃって…!」

気丈に笑みを浮かべながら、ロズウェルは答える。

こんな状況でありながら、ジャカは鼓動が高鳴るのを感じた。

あの時、自分を奮い立たせてくれた存在が、すぐそばにいる。

「ありがとね、

 危ない所に助けに来てくれて」

「僕も、前に助けてもらっているから…

 ありがとうって、ずっと言いたかったんだ」

「じゃあ、ありがとうの交換こだ!」

まだ危機の中にあるとは思えないような笑顔を、

彼女は向けた。

その後に、

「レゼルクとクラトーさんは…」

と心配そうに言ったが、この場にとどまるのは短時間であっても危険だ。

ジャカもレゼルクのことが気にかかったが、

とにかく脱出することにした。

予想だにしない友との再会、会話、そして展開。

もっと彼とわかり合いたい。

話だけでは駄目だというなら、剣を交えてでも。

しかし、それすら許さない何者かの悪意に飲み込まれた。

友の、仲間たちの身を案じながら、

ジャカは心惹かれる少女を救うべく

純白の天使の導く方へと必死に駆けた。





GB隊の魔法を回避している内にレゼルクはジャカから離れ、

クラトーの近くまで移動していた。

突如辺り一帯がまばゆい光に包まれて視界を奪われ

互いの位置関係がわかりづらくなっていたのだが、

クラトーには近づけたもののロズウェルからは遠ざかってしまった。

「レゼルク殿!」

「クラトー殿、ひとまずこの場を脱しよう」

「ロズウェル嬢は…」

問われて、レゼルクは今自分が来た方向をちらりと見やる。

ようやく光が収まってきていた。

霞の中にいるような状態ではあったが、

ジャカが彼女を連れ東門の方向へ行こうとしている様子が目に入った。

二人はレキッタで知り合っているというから、助けるために駆けつけたのだろう。

「…ジャカが保護してくれたようだ。

 我々があそこまで行くのは危険だ、

 ロズウェルは彼らに任せよう。

 彼女ならジャカの仲間たちも敵視はしないはずだ、

 落ち着けば戻って来るだろう。

 後で合流すればいい」

「承知した」

「さて…

 この場を脱するとは言っても容易ではないな…!」

周囲は魔法が飛び交い、こちらを狙い撃ってくる魔導士もいる。

レゼルクとクラトーは、姿勢を低くしながら手薄な方角を探した。





アンジェが進行方向の敵を蹴散らし道を開き、

ジャカたちは何とか全員そろって東門の方へと駆けた。

全員とはジャカ、キーン、アイスレア、アンジェ、オータ、ジルドラ、

そしてロズウェルである、

あの混乱の中、ライドが命を落としたことを知ったジャカは

驚き悲しんだが、立ち止まっている暇はない。

「その子は、敵じゃないのか?」

ジャカが肩を貸し進んでいるロズウェルを見て、オータが言った。

先程の経緯だけからするとその疑問は当然だが、

彼女はレキッタでジャカたちに協力してくれている。

そう説明すると、オータは納得してそれ以上は何も言わなかった。

代わって、ジルドラが皆の様子を見ながら口を開いた。

「アンジェさん以外の方々は皆さん、大なり小なり負傷しておいでですね!

 いかがです、私の治癒魔法で速やかな治療を。

 後払いでかまいません!」

「…皆、止まれ!」

ジルドラの言葉を遮るように、先頭に立つアンジェが鋭く言った。

前方、すでに東門が見えている誰もいない大通りの中央に、

二つの人影があった。

一組の男女のようである。

距離を置いて立ち止まったジャカたちは、

目を凝らして二人の様子を窺った。

少し後ろに控えるようにしている女性は黒髪で、やや童顔。

その華奢な身体でも扱えるようにか、細身の槍を手にしている。

男性の方はオータと同じくらいの背丈、こちらも線は細い印象で、

深い紫色の髪がいかにも魅力的だった。

顔立ちは非常に整っており、表情も瞳も柔和である。

ただ格好は少々異様で、黒い制服のような衣装は袖口が広くなっており、

なぜか左の方だけが長く左手が見えないようになっている。

マントなどはまとっていないが、赤い襟巻を付けていて

長い両の裾を背中の方へ流していた。

腰には銀色の柄と鞘を持つ剣を帯びており、

その繊細な造りから業物であろうと想像させた。

「当たりだったな。

 安心した、どうやら説教されずに済むぞ」

紫の髪の男がよく通る中低音の声で言うと、

後ろの女性が答えた。

「いいえ、どちらにしても絶対お説教されます。

 隊長自らが隊から離れて違う方向へ進むなんて、

 ギブンさんが怒らないわけがないじゃないですか」

「追う部隊が近づいていれば遭遇しないようにするだろう、当然。

 避けようとする動きを読んでの結果さ」

似合いの男女にも見える二人からは、

敵意のようなものがあまり感じられなかった。

警戒する一行の前で繰り広げられている若者同士の会話を

眺めていたジャカは、眉をひそめてアンジェに尋ねる。

「…アンジェさん、

 …あの人たちは…?」

問われた彼女の表情は、厳しい。

それが、再びジャカを緊張させた。

「…三つの敵の内、二つを何とか切り抜けてきたが…

 最後の最後に、最も厄介な相手が立ちはだかったようだ」

「え?」

「あの男は…

 第三部隊の隊長だ」

「!!」

その答えに、ジャカだけでなく皆が驚きに目を丸くした。

ポンペス隊、ガラテア隊と続けざまに遭遇し、

どうにか危機を脱したと思った矢先だった。

ジャカたちは、初めてウィルスター軍に十ある隊の長の一人と

相対することとなる。

それが自分たちにとってどれほどの脅威となるか、

ジャカには想像することができなかった。

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