爪を研ぐ者
「え?
隊長?
さっき言ったでしょ。
おクズだと思ってる」
「できることなら挙止蘊藉であってほしいと望んでいる、
この私としては」
「獣じみた人物だな…
いい意味で。
いい意味でだぞ」
巡察から戻って来たエランカ、フラックスと話していたレゼルクたちは、
互いの隊長についての話になって
ロズウェル、クラトー、レゼルクの順に答えた。
「外から見てもそう感じたが、
内から見てもそうなんだな…」
「でも、七部隊の連中には結構慕われているみたいだよな」
呆れたような様子のフラックスに続いてエランカが言うと、
ロズウェルは露骨に嫌そうな顔をした。
「隊長の傘の下で暴れたいようなのが持ち上げてるだけ!
あたしたちのようなまともな人間にとっては
無法者以外の何物でもないよ」
「…君たちの隊長の人柄についてはよく耳にするが、
実力の方も抜群と聞く。
どういう戦い方をする剣士なんだ?」
上司をこき下ろしてばかりいても仕方がない。
ロズウェルがこれ以上ヒートアップする前に、
レゼルクは間髪を入れずに問うた。
すると、エランカが自慢げに身を乗り出した。
「そりゃあ、隊長はすごい!
速くしなやかな、風のような剣士だよ。
だが、本当の全力でやっているところは
まだ見たことがないと思う。
フラックス先輩はどうです?」
「俺もないかなぁ…
そも十隊の隊長がそこまでの本気を出さなきゃいかんような場面は
そんなにあるもんじゃないからな。
あってもらっちゃ困るんだが」
「でも俺、聞いたことありますよ。
隊長とそこそこ渡り合えた敵を同時に五人くらい相手している時、
斬りかかっていったそいつらが吹っ飛ばされて負けたって。
俺としては、左手に秘密があるのかなと」
「左手?
左利きか?」
「いや、右利きだよ。
でも、いつも左手を…」
レゼルクに、エランカが答えている時。
「邪魔させてもらうぜぇ~」という声が聞こえ、
巨体を揺らしガラテアがぬっ、と現れた。
「ご歓談中失礼。
レゼルク、おたくらにちょいと用がある。
顔貸してもらえるか」
「今からか?
君がこれほど仕事熱心だとは思わなかったな」
時計に目をやると、すでに午後七時を回っている。
ロズウェルはまた嫌そうな顔をしたが、
やむなくレゼルクは彼女とクラトーを連れ
宿舎内のガラテアの部屋を訪れた。
ガーラントに来てさほどたっていないからか、
備え付けの家具と彼の荷物が置いてある他は
がらんとして殺風景な室内である。
そんな空間の中央に、派手な橙色のローブに身を包む男の
場違いな姿があった。
「…部屋を間違えたんじゃないか?」
「待て待て」
そっと扉を閉めようとするレゼルクの手を、
ガラテアが止めた。
それでもレゼルクは間違えたことにしたかったが、
そうもいかないようである。
部屋で待ち構えていたのは魔導士風の人物であるが、
あのローブの色はあまりまともな魔導士とは思えない。
個人の趣味でないとすれば、所属する先がまともな集団ではないのだ。
「そうじゃない、客人だ。
おたくらを呼んだのは、彼を紹介するためだ」
「…そうか…」
「ようこそ!
待っていたよ、諸君」
突如、両手を広げてローブの男が言った。
質素な眺めの部屋が、一気にけばけばしくなった。
「ようこそって、あなたの部屋じゃないんじゃ…」
ロズウェルが言いかけたが、ローブの男はかまわず軽く一礼した。
二十代半ばくらいの、割に顔立ちは整っている方だが
目がぎょろっとした人物である。
「私はガードナー・ブレイス。
GBと呼んでくれていい」
「承知した。
私はアレクフォンシ・レゼルクという…
ところでブレイス殿はどこの所属なんだ?」
「…私、GBことガードナー・ブレイスは
魔導士ばかりの傭兵隊という形で活動している」
「あたしはアンフェザー・ロズウェル、よろしく。
ブレイスさんは何でそんなに派手なローブを着てるの?」
「…私はガードナー・ブレイス、
人はGBと呼ぶ。
ローブの色については各々決まりや考え方があるものだが、
私が率いる隊は私の意見により皆この色で統一している…
正式に魔導士になり、ローブを新調する際に最も安かった
縁の深い生地の色だ」
「トゥリート・クラトーと申す、以後よろしく頼みますぞ、この私を!
ブレイス殿は何名ほどでこの街に来られたのかな」
「…GBだ、よろしく。
十五人の隊でやって来た」
「十五人か、大所帯だな…」
二、三度うなずきながら、クラトーはつぶやいた。
十五人となると、魔導士隊としてはかなりの規模だ。
会って数分というところではそういう印象は特に受けないのだが、
GBは意外と優秀な魔導士なのかもしれない。
「それで、ブレイス殿に引き合わせたのは?」
ガラテアに視線を送り、レゼルクはきいた。
「うん、本当は明日にでも紹介しようと思っていたんだが。
今しがた有力な情報があってな、
今夜ターゲットを狙えるかもしれねえ…
ブレイスはオレたちに協力するために来てくれたんだ。
だから今、顔合わせをさせておかなきゃならんと」
「ブレイス殿を雇い派遣したのはどなただ?」
レゼルクの問いに、GBは首を振った。
「私は王都で人を介して依頼を受けたので、
雇い主はわからない。
ただ、報酬はこれまでに見たことがないほど良かった」
「…」
「とにかく、そういうわけだ」
区切るように、ガラテアが言った。
「オレとブレイスの隊で事足りるとは思うが、
赤手が一人でもいるとすれば慎重にならざるをえない。
言い方は悪いが、使えるものは使わせてもらうよ」
「わかった。
そのつもりで待機しておく」
そこで話は終わり、レゼルクたちは立ち去った。
残ったのはガラテアと、GBのみ。
「私も万全を期して待機しておく」
「…何座ってんだよ。
ここで待機するんじゃねえよ。
自分の部屋に戻れ」
ポンペスの屋敷の客間には、主以外に二人の男の姿があった。
一方は高額の報酬で雇ったガーラント屈指の剣士、シル・ラサ。
そしてもう一方はウィルスター軍第六部隊の戦士、
ラグラング・ソロム。
ソロムは指で引っ張っているかのように目が吊り上がり、
いかにも凶暴そうな顔つきのために
口元から牙が覗きそうな気がする。
その彼が、疑うような視線を投げかけながら
ポンペスに向かって口を開いた。
「…承知した、あんたの手勢に合力してもらって
連中を攻撃しよう。
が、解せないところもあるな。
あんたは軍に協力的でなかったと聞いているが」
「個人的なわだかまりがありましてね。
この歳と立場になってはそれではいかんと心を入れ替え、
今後は街のために是々非々でやっていこうということです」
微笑みすら浮かべてポンペスは答えたが、
それだけではなかった。
彼は以前、巻き込まれる形でウィルスター軍の隊に襲われ、
商売に必要な商品や書類等を失い多くの顧客をも失ったため
その一件以来、軍に良い感情を持っていなかった。
それが今、事件の原因たる少年がガーラントにいるという情報が
オータからもたらされた。
ポンペスは、原因となった方も襲った方も恨んでいる。
少年は軍に追われる身らしいから、彼の情報を与えて
軍を利用してやろう。
そして、オータの言ったとおり少年が不殺の天使とかいう
凄腕の剣士と共にいるなら軍の方にも被害が出るはずだ。
つぶし合えばいい。
そう考えた。
「私も同行して、結果を見届けたいと思います。
それに、何でも不殺の天使というのは大層美しいそうではないですか」
「そいつが無残に散る様が見たいってか?
あまりいい趣味とは言えないなァ、ポンペス殿…」
腰に手を当て、ソロムは笑った。
彼にとっては少年より、白い天使の方が討ちたい相手である。
標的の姿を思い浮かべつつ、ポンペスの後ろに控える小柄な男に目をやった。
「まあいいさ、疾風のラサがついているなら
俺たちがあんたの面倒を見る必要はないだろう。
じゃあポンペス殿、あんたの所の私兵どもに
さっさと準備をさせてくれ。
整い次第出るぞ」
「すでに指示は出しております。
さほどお待たせはしません、その間にお茶でもいかがです」
瞳を細めるポンペスの本心を、ソロムは知る由もない。
そしてまた、知る必要もなかった。
彼が考えるのは任務を果たすべく獲物を狩る、
その一点のみ。




