忍び寄る殺意
暁の星屋に滞在するジャカたちの元を訪れたポンペスは、
彼に何らかの協力が必要になった時に
ジャカらの方も可能な範囲で
自分に力を貸してほしいという希望を述べ、
引き続きオータたちによる情報提供を行い
望むのであれば自らが所有する邸宅に宿泊してもいいと
言い残して去って行った。
「辛い別ればかりではありませんね、ジャカさん。
ここで一つ、また縁が結ばれわたくしたちの
力になってくださるとおっしゃっていただけました」
にこやかに声をかけるアイスレアに、ジャカは
はにかみながらうなずいた。
「ポンペスさんにはご迷惑をかけたと思っていたので、
あんな風に言ってもらえてほっとしましたし、
嬉しかったです。
ご自身も大変な目に遭ったのに、僕のことを
心配してくれていたんだなと…
そういえば、秘書さんの名前を聞いてませんでしたね。
一言も話さなかったし、すごく無口な人なんだなあ」
「あれは秘書ではない。
用心棒だ」
窓辺で腕を組んでいたアンジェが口を挟んだ。
皆が彼女に注目すると、差し込む日光に純白の髪が
きらきらと輝いた。
「用心棒?
あいつ、得物を持ってたか?」
顎に手を当て、キーンは首をひねる。
秘書と思われていた男性は、そういった印象の服装で
腰に剣を帯びている様子もなかった。
しかし、アンジェは小さく首を縦に振った。
「背に隠していたはずだ。
こちらに背を向けないようにしてはいたが…
おそらく、小太刀のような物だろう」
「あの短身で小太刀か…」
「剣が短ければその分軽い。
それを活かす剣士ということだ」
「この街で活動するなら腕の立つ護衛は不可欠なんだろうな。
ジャカ同様襲われたって話だし、慎重にもなるか…
オレたちもさらなる向上が必要だよな。
アイス嬢から魔法を習うっての、どう?」
「私はやらない」
「何でだよ。
剣に絶対の自信があるからか?」
「知り合いの魔導士に、
『お前の魔導の素質はうんこ以下だ』と言われて腹が立った。
私は魔導に時を費やすことなく、剣を極めてやることにした」
「…その魔導士、歳いくつ?」
「わたくしの直感では、いい素質をお持ちだと思いますよ。
お知り合いは、気づいて恐れたのかもしれませんね」
アイスレアがそう言ったので、ジャカはかすかな期待を抱きながら
割って入った。
自分が魔法を使うことなど、考えてもみなかった。
無論、才能があるなどという夢を抱いたこともない。
しかし、もしかしたら…
「わかるんですか?
僕も魔法を使えるようになりたいな、
僕の素質はどうですか?」
「ジャカさんの素質はうんこ以下だと思います」
「もう少し言葉を選んでもらっていいですか!?」
「いえいえ、冗談です。
アンジェさんにはあのように言いましたが、
本当にそうなのかはわたくしには確かめようがありませんからね。
あとは、訓練次第でしょう」
「…そうですか…
でも一応、参考までに僕の才能は…」
「わたくしの直感では、普通です」
「…うんこ以下って言われた方が、
諦めがついて剣術に専念できるなあ…」
こんなところでも自分はどっちつかずなのか。
アイスレアが適当に言った見立てであっても、
ジャカは心乱れて迷う始末なのだった。
翌日。
まだ決めてはいないが、そう遠くない内に
ガーラントから旅立たなければならない。
そのため、ジャカとアンジェが旅に必要な物を
調達しに出ていた。
「いつ頃、出発になるでしょうか?」
「オータたちのおかげで情報も集まって来ている。
どの道からどこへ向かうのがいいかを
皆で決め次第すぐに、だな」
時間は午後六時過ぎ。
空が暗くなり始める中、
相変わらず人通りの多い大きな道を歩きながら、
二人は言葉を交わしていた。
すると、
「お二方!」
後ろから覚えのある声が聞こえ、ジャカとアンジェは足を止める。
ジャカでさえも、異変に気付いた。
呼び止めるには抑えた声で、しかもやや緊迫の色を孕んでいた。
その主は、オータである。
予想どおり、ライドとナイラの姿もあった。
人波をかきわけ近づいて来る彼らは
いずれも平静を保とうと努めているが、
顔が強張るのを隠しきれていないように見えた。
「どうも、皆さん」
「今、暁の星屋に行こうとしていたところだ。
君たちも戻るところか?」
「ええ、そうです。
どうしたんですか?」
「歩きながら話そう。
キーン殿とアイス殿は宿か?」
「は、はい」
ジャカの所までやって来ると、
オータは彼の背を左手で押して歩き出すよう促しながら
尋ねてきた。
その手の平からも、オータの焦りに似た感情が伝わって来るようだった。
アンジェが二人の前に立ち、ライドとナイラが後ろから続く。
他から見れば不自然なほどの早足で歩いている内に、
街の日常から切り離され周囲の人々が遠くなってしまったかのような
気分になる。
また何か、という不安を抑え、ジャカはきいた。
「何かあったんですか?」
「仕掛けてきそうだ」
「え?」
「そういう動きがある。
俺らも危なかったかもしれない」
「僕たちに協力したから…!?」
「そうじゃない。
いずれ捨てられる結末は同じだったのさ。
それがいつかってだけの話だ」
「でも、仕掛けてくるっていったい誰が…」
その時、突如アンジェが機敏に振り返った。
同時に、ジャカは腰のルルメクが一瞬震えた気がして
反射的に身構えた。
「うッ…!」
直後、短いうめき声があり、続いて何かが倒れるような音がした。
さらに、
「ナイラ!?」
ライドの叫び声が轟いた。
見ると、ナイラが地面に倒れている。
すぐにオータとライドが駆け寄り、
ジャカは恐慌をきたしながらも辺りを見回した。
道行く人々は足を止め、何事かとこちらに注目している。
ジャカは、頭を左右に巡らせながら事態を理解し始めた。
ナイラは、斬られたのだ。
それを示すように、倒れたナイラの背から大量の血が流れ出ている。
騒ぎ始める周りの観衆の中に、犯人がいるかもしれない。
そう考えて、ジャカは無意識の内に身震いした。
「すでにこの場を離れた。
この人出では追うのは難しい」
見透かしたように、アンジェが険しい表情で告げる。
それから、彼女はオータとライドが必死に止血している
ナイラの方へ視線を落とした。
「わずかに見えただけだが…
その傷、小太刀によるものだな」
「…」
オータは、答えない。
咄嗟に止血に使った彼の上着は、真っ赤に染まっている。
「アイスレアを呼んで来る」
「お~や、おやおや。
怪我人ですか?」
「何だ、お前は」
踵を返したところに、
人の輪を抜けてすたすたと歩み出て来た男に鋭い瞳を向け、
アンジェは誰何した。
神官か何かのような装いで、
肩の下まである灰色の髪を三つ編みにして後ろで束ねている。
ややつり上がった細目が妙に気にくわない。
彼は、両手を広げて微笑した。
「通りすがりの聖職者です。
お困りのようですね、よろしければ治療しましょうか。
いくらか包んでいただきますけども…
何しろこの世はお金がかかります。
もちろん、人を救うにも」
とても聖職者とは思えない言葉だが、この際仕方がない。
アンジェはうなずいて応じた。
「承知しました、私は神官のジーン・ジルドラと申します。
それでは治療を…」
ジルドラは、にっこりとして横たわるナイラを覗き込む。
そしてすぐに、かぶりを振った。
「ああ、駄目ですねこれは。
もう無理です!
お気の毒ですがね…
私は無意味なことはしない主義です。
もはや手遅れ、
いかな高位の司祭様でも、高等な神聖魔法でも…
この哀れな男性を救えるとすれば、
そう、神の御業をおいて他にありません!
しかし、今この場でそれが発露することはないでしょう。
無念です!」
「何もできないのならどいていろ」
「あうっ!」
ジルドラを突き飛ばし、アンジェはオータに歩み寄った。
彼とライドは目に涙を浮かべ、唇をかみしめている。
ナイラは、すでに絶命していた。
「酷なようだが、今ナイラを連れて行くのは危険だ。
彼を背負っていては新手が現れた時に戦うにも逃げるにも
妨げになる。
あなたたちもひとまず我々と来た方がいい」
「…ああ…、
わかった。
わかったよ」
「ナイラを置いて行くのか!?」
勢いよくオータに顔を向けて、ライドは刺すように言った。
オータは、それを真っ向から受け止めた。
気持ちはわかる。
無残にも殺害された友を置き去りにするなど、
慙愧に堪えない。
それでも、オータはライドをまっすぐに見つめ返した。
「アンジェ殿の言うとおりだよ。
見ろ、ナイラは一太刀でやられている。
恐ろしいほどの手練れの仕業だ…
俺たちまで死ぬわけにはいかない。
ナイラの仇も討たずに、死ぬわけにはいかないんだ」
「…」
「巡察隊が弔ってくれるだろう。
俺たちは、ここにとどまってはいられない」
「…わかった…」
彼らのやり取りを見届けると、アンジェは
愕然として立ち尽くしているジャカに向き直った。
また一人、目の前で命を散らした。
その事実が、ジャカに大きな衝撃を与えたことは想像に難くない。
「腑抜けるな。
お前も死ぬことになる」
「…でも…
こんな…こんな人の多い所で…
こ、…殺されるなんて…」
「接近、攻撃、逃走、いずれも鮮やかな手際と言っていい。
…加えて、オータとライドには聞かせられないが
ナイラが油断していたことも事実だ。
現に私と、ルルメクのおかげだろうがお前も何かに気づいたが、
ナイラは全く反応できないままに背を斬られてしまっている。
剣を持つ以上、常に命をかけた戦いに
身を投じる覚悟をしていなければならない。
どこにいようとも、どんな状況であろうとも、
一瞬たりとも油断していいわけがない」
「それはあなたが!
…アンジェさんが傑出した剣士だから言えるんです。
僕たちのような凡人には、そこまで徹底するのは難しいことなんです」
涙をにじませて、ジャカは
アンジェの憎らしいほどに美しく整った顔を睨んだ。
彼女の言うことは正しいのかもしれない。
だが、厳しい。
罪もなく命を落とした者を前に、あまりにも厳しいではないか。
戦うということは、ジャカが囚われている境遇とは、
そう考えることすら許さないのだろうか。
知人の死を悼むことすらも。
しかし、アンジェはジャカの視線も言葉も意に介さなかった。
「そう言ったところで敵は手加減してくれはしない。
急ぐぞ、お前も来い」
「ええっ!
なぜ私が!」
右手でジルドラの服を掴み、アンジェは早足で歩き始めた。
目を白黒させ、つんのめるようにしてジルドラは引っ張られていく。
「関わった以上、すでにお前も渦中だ。
一人でいるよりはいいと思うぞ」
「何てこったぁぁぁ、
親切心で出しゃばるんじゃなかった!
これは運命の悪戯なんでしょうか?
だとすればあまりにも不条理です!
神様って意地悪!」
「…神官の人がそんなこと言っていいんですか…」
つぶやきながら、ジャカは麗しき天使に続く。
まだ、彼女の言葉の全てが納得できたわけではない。
しかし、自分より年少の少女は自分より遥かに多くの戦いを
経験してきた。
だからこそ口にした言葉でもあったのだろうと、
そのことは理解できた。




