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不断のジャカ  作者: 吉良 善
大都市ガーラント
33/92

集う命運

午後十時頃。

ジャカはキーンとともにガーラントの街を歩いていた。

日中の賑わいを見ていたので、

深い時間でも煌々とした明かりに照らされる中

多くの人が不夜城を楽しんでいるものと思っていたのだが、

意外にも大通りの人影はまばらで、

そこから一本外れると街灯も少なく薄暗かった。

「昼間からは想像ができませんね。

 こんなに静かになるんですか」

きょろきょろとしながら言うジャカに、

キーンは目だけを左右に往復させながらうなずいた。

「八時九時辺りまでならここまでシンとはしてないがな、

 これからはかなり減ってくる。

 物騒な連中が活発になる時間帯に入るからな」

「じゃあ、僕たちもそろそろ戻った方が…」

「軍や街の巡察も出ているから

 あまりビクビクしすぎる必要はないが、

 そうした方が賢明ではあるな」

オータに夜の街も見てみろと言われたので

そのとおりにしてみたが、だんだんと空気が変わってきたことが

肌で感じられたのでこれ以上続行したくはない。

すれ違う者たちの様相も物騒になってきた気がする。

夜のガーラントを多少知ったことで

居心地が変わったかというと決して良くなってはいないが、

実際に体験しておいたことは無駄ではないように思えた。

「最近体力づくりには励んでいるのは感心だけどよ、

 剣の腕を磨く方がおろそかになってるんじゃないのか、ジャカ」

暁の星屋に戻ろうと踵を返しながら、

思い出したようにキーンが言った。

「せっかく凄腕の剣士が同行してくれてんだ、

 もっとご教授願えよ。

 クソ高い給料を払ってることだし活用させてもらわないとな、

 金出してるのオレじゃないけど」

彼らに同行してくれている凄腕の剣士の力は抜群だし、

その力のおかげで幾度となく命拾いしているのは事実であるが、

実力に見合っていることは置いておいて

給料が高額であることもまた確かだ。

「…そうは言いますけど、

 アンジェさんに稽古をつけてもらっていると

 自信なくしますよ…」

わかるだろうと言いたげな目つきを向けるジャカ。

レキッタの戦いで己の体力の無さを痛感し、

それによって死の恐怖を味わった彼は

必要に迫られ生まれて初めて自発的に身体を鍛え始め、

またルルメクに頼りきりではと

アンジェに撃ち合ってもらったのだが、

こてんぱんにやられてしまった。

腕の差は明らかなのだから手加減してくれるかと思ったが、

結局最後まで刃を合わせることすらできず終わったのである。

いや、手加減はしてくれていたのであろう。

彼女が本気でやっていれば、ジャカなどには太刀筋が見えない。

それでも全く対抗できなかったのは

力量の差、左利きと対するやりづらさもあったが、

その上彼女の剣が特異だったからでもあった。

今まで対した全ての相手が見せてきた攻撃のどれとも違い、

どういう技巧なのか知らないが

アンジェの剣はしなるように伸びてくるのだ。

速く、しかも変幻自在で、刃が重なると思ったら外され、

思わぬ方向から思わぬ角度で剣が迫ってくる。

防ごうとしても回り込んで入ってくるかのようだった。

彼女が多数の敵をいともたやすく倒しているように見えたのは、

恐るべき速さに加えて鞭を振るっているかのような

剣技で幻惑していたからなのだろう。

アンジェの迅速な剣に対抗できる者がまずそうはいないのだ。

加えて特殊な性質があるわけだから、

稽古とはいえそんな相手と戦えばどうなるかというところで、

ジャカの発言につながる。

が、知ったことかとばかりにキーンの反応はにべもなかった。

「自信なくすって何?

 お前、剣の腕に自信あったわけ?

 ほとんど何もやってないだろ。

 ルルメクが動いてただけだろ」

「…まあ、そうですけど」

「だからいいんだよ。

 自信もへったくれもない初心者なんだから、

 がむしゃらにやっとけばさ。

 何度もやられている内にそれなりに遣えるようになってくる…

 自分のまずい所が浮き彫りになる分、

 道筋も見えるってもんだ。

 がむしゃらって言っても、頭を使うことは必要だしな。

 実戦じゃ負ければ終わりだ、稽古で思いっきり打ちのめされとけ」

「そういうものですかね」

「そういうもんだろ、多分」

「キーンさんはやらないんですか?」

「やらねえよ!

 稽古でも嫌だよ、あの天使様とやるのは」

「…」

「天使様で思い出したが、彼女が言ってただろ、

 街の中でも油断はできないと。

 この街はまさにそうだ、特にここからの時間は。

 百鬼夜行に出くわす前にさっさと戻ろうぜ」

「はい…」

曲がり角に差し掛かったところでジャカがうなずいた時、

右手の路地から三人の男が飛び出して来た。

いずれも黒ずくめの服装に剣を帯びたいわくありげな連中である。

思わずジャカが固まる脇でキーンは咄嗟に槍に手をかけたが、

黒ずくめに続いて七、八人の男たちが

薄暗い路地から躍り出た。

先頭にいたのは、大柄な男であった。

彼を見た時、ジャカは瞬時に思った。

「(似ている!

 あの男に!)」

己の家族を奪い、人生を変えた男にである。

ジャカは、ロスティージャを間近にした時も

同じような想いを抱いた。

が、その時よりも今の方が想いは強い。

ロスティージャよりも目の前に現れた男の方が、

あの夜に見た殺人者に似ているような気がしたのだ。

ジャカの全身に一瞬で緊張が走り、硬直した。

その様子を単に驚きと捉えたか、

大柄な男の方は素早く目礼した。

生真面目そうな人物であった。

「すまない、追跡中のため失礼する」

それだけ言い残し、彼は仲間と共に

逃げる三人の男を追って行った。

辺りに静けさが戻ってから、

キーンは大きく息を吐いて槍から手を放したが、

ジャカはまだ固まっていた。

「あの格好からすると軍の奴らだな…

 噂の第三部隊かな」

「…」

「何だよ、ジャカ。

 ビビりすぎだろ、向こうも捕り物の最中だ。

 オレたちに目をつけやしねえさ」

未だ強張ったままのジャカを見やりながら、

半ば呆れたような様子でキーンは肩をすくめる。

しかし、ジャカの方は投げかけられた視線に

込められた意味を気に留めるだけの余裕がなかった。

「…今の…

 先頭にいた人は誰でしょうか」

「あのでかい奴か?

 さあ…

 名のある奴には違いないだろうが、

 軍の外にいるオレたちが知っているのは

 隊長格なんかの一握りだけだからな。

 少なくとも第三部隊の隊長ではないだろうよ、

 聞いていた話と歳や背格好が合わねえ」

「そうですか…」

「何か気になったのか?」

「…怖そうな人だなと思って…」

「うん…

 オレたちが正面切って戦って勝てる相手ではないかもしれないな」

「…」

ジャカは、男たちが走り去った方を無言で見やった。

ロスティージャといい今の男といい、

あの時の犯人ではまずないはず。

それでも似ていると思うのは、忌まわしき場面を思い出すのは、

自分があの出来事にまだ強く囚われていて、

近い特徴を持つ人物を見る度に当時に引き戻されるからなのだろうか。

旅を続けて故郷に戻れば、その鎖から解き放たれる術が見つかるのだろうか。





「よう!

 どうだい調子は…」

「おいオータ、テメー!

 余計なこと言いやがって、

 おかげで軍の巡察隊の捕り物に出くわしたじゃねえか」

「な、何だよキーン殿…

 いきなり苦情か」

翌日、訪れると同時に文句を言われたオータは

困惑の表情を浮かべる。

先日はアンジェで、今日はキーンだ。

短気な連中だ、と思いつつオータは首を振った。

「何か来る度に怒られてるな、俺…

 今回は何だ」

「お前がジャカに夜歩いてみろとか言うから、

 第三部隊とおぼしき中のやばそうな奴とバッタリだ。

 隊長ではなかったが、あれは結構上の方の奴とみたぜ」

「どんな奴だ?」

「オレより頭一つデカくてゴツい大男で、

 歳は三十代半ばってとこかな」

「確かとは言えないが、第三部隊だとすれば

 それはおそらく副隊長のユンザリン・ギブンだな。

 あんたたちがここにいるということは、

 やり合わずには済んだということか」

「副隊長か…」

「間違えちゃいけないのは、

 副隊長ったって隊長にはかなわないってだけで

 俺たちからしたら化け物に変わりはないということだよ。

 まあ、善良な市民なら恐れる必要はないんだが。

 そうでなければ出くわさないのが一番、

 運悪く出会っちまったら迷わず回れ右。

 この街だけの話じゃないが、これに限る」

「ありがたい金言、頂戴しておくぜ。

 それで、今日は」

「そうそう。

 まだ詳細に話したわけじゃないんだが、

 俺らのボスにあんたたちの事情の一端を伝えたんだ。

 少し手助けしてやってる人たちがいるってさ」

「ボス?」

「この前話した、街の有力者の一人ですよ」

オータに代わって、ナイラが言った。

「ああ、キーンさんは聞いていなかったですっけね。

 カジノで頭がいっぱいになってて」

「カジノの話はするなッ!

 いいか、豚野郎!

 二度とだぞッ!」

「…豚野郎は言いすぎでしょ…

 そんなにダメージ受けてたんですか、キーンさん」

不当な暴言に呆れてジャカは言ったが、

キーンの機嫌は直らない。

負けたことは元より、アイスレアが大勝ちしたことも

原因の一つなのだろう。

皆、これ以上彼を相手にすることをやめた。

「でな、ボスがあんたたちに協力してもいいって

 言ってくれてるんだ」

「奇特な御仁だな。

 我々に力を貸したところで何の得にもならないが」

瞳を煌めかせて、アンジェはオータを見た。

すると、彼はにやりと笑った。

「ボスも軍の奴らにはちょっと思うところがあるんだ。

 だからだろう」

「ありがたいお話ですね。

 ガーラントに拠点ができるかもしれませんよ。

 これから北に向かう中で、進むことが難しくなっても

 安心して戻って来られるとしたら心強いではありませんか」

「…」

アイスレアはにこやかにそう言ったが、

アンジェは即座にうなずくことはしなかった。

育ちがいいからか、アイスレアは

素直すぎるところがある。

無論、ガーラントという大都市に足場ができるなら

大いに助かることは間違いない。

しかし、オータの言うボスがある種の共感から

手助けしてくれるというのは本当だろうか。

そう考えていると、ライドが口を開いた。

「まあ、いきなりの申し出で全面的に信用できないのは

 しょうがないことだ。

 それを見越して、ボスの方から会いに来てくれるそうだよ」

「なぜそこまでする?」

アンジェが尋ねた。

「あの人の手だよ。

 助力しておいていざという時に手を貸してもらったり、

 この街を離れた者からは各地の情報をもらったりする。

 軍にはあまり頼りたくないらしいんだ。

 何か、殺されかけたことがあるとか言っていたけど」

「…」

「そういう事情なら、軍に売られたりすることはなさそうですね?

 僕たちは同じ所に長く滞在するのが難しい立場ですから、

 いつかまた立ち寄った時に休める場所を借りられたら

 嬉しいな…」

街で宿に泊まっても、ジャカはあまり熟睡できたことがない。

心置きなく休養を取れる環境を得られるとすれば、

この上ない助けと言える。

アイスレア、ジャカに続いてキーンも同じような意思を示したので、

アンジェも納得した。

そして、その日の午後オータたちのボスという人物の

訪問を受けることになる。

それは四十代くらいの小太りの男性であったが、

彼が連れていた短身痩躯の青年の方が目を引いた。

色白で、自分より少し背が低いくらいのその青年を見た時、

ジャカは小太り男性の秘書か何かかと思ったが、

アンジェは一目で「できる」と見抜いた。

青年から小太り男性に目を戻したジャカは、

彼に見覚えがある気がした。

その答えを記憶の隅から掘り起こした時、

同時に忌むべき過去も甦ってきた。

押し寄せる恐怖を押し殺すように、ジャカは声を上げた。

「…あなたは、…

 ポンペスさん…ですか!?」

「やはり君だったか。

 オータ君からは断片的な情報しか聞いていなかったが、

 なぜだろうな。

 すぐに君のことを思い出したよ…

 もしかすると、あの時ともに死の危険に直面したからかもしれないね。

 何にしても、よく生きていてくれた。

 あれから、ずっと気にかかっていたんだ」

柔和な笑みを浮かべる小太りの男。

それは、ガラテアに襲われた時に同道していた商人、

ポンペスであった。

窮地を脱し、生き延びた者同士助け合えるのかもしれない。

ポンペスの微笑を目にしたジャカは、

胸の奥に温かな気持ちが宿るのをかすかに感じていた。

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