アシュレイとエルマージュ
フェデリエの王城内を颯爽とゆく女性の姿は、
彼女を視界に入れた者が目で追わないことを許さぬほどに
すれ違う人々を惹きつけた。
百八十センチ近い長身に、一つに結い上げた
豊かな赤茶色の髪を揺らし大股で歩く様は実に堂々として、
整った顔立ちが凛とした表情に彩られていた。
その彼女が訪れたのは、ウィルスター王国最高魔導士
ドズルフォート・アシュレイの元である。
「お呼びとのことでしたので参りました。
御用は何でしょうか」
「ご足労願ってすみませんでしたね。
第十部隊が間もなく王都を離れると聞いたので」
手にしていたペンを静かに置いて、
机に着いていたアシュレイは音もなく立ち上がった。
背丈は、たった今現れた大柄な女性とほとんど変わらない。
軽く一礼した彼女に、アシュレイは浅くうなずいた。
「こちらから出向こうと思ったのですが、
誰に尋ねても居場所が掴めなかったので
伝言を頼んで探し回ってもらいました。
あまり時間はないでしょうね、エルマージュ殿」
「ええ、お茶を淹れていただいても無駄になりますので
お断りしなければならないくらいには。
伺いましょう」
抑揚のない調子で話を促す女性は、
第十部隊所属のジェシス・エルマージュ。
ウィルスター軍においては
第五部隊の隊長ディオーレ・アルヴァに次ぐ女傑ではないかと
目されている才媛であった。
どちらかと言えば無愛想な方で、
仕事以外で接したことのないアシュレイのような相手では
世間話をしたところでまず乗って来ない。
それこそ無駄であるので、アシュレイは早々に本題に入った。
「昨今、軍の中に妙な動きがある…
と、感じたことはありませんか」
「…」
問われたエルマージュは、ダークブラウンの瞳を
アシュレイに向ける。
彼は三十歳は過ぎているはずだが、実際の年齢より
いくつか若く見える。
その地位が示すように優れた魔導の使い手であるが、
剣の扱いにも秀でていると耳にしたことがあった。
「どのような?」
「誰がどう、というよりは…
我々の使命、すなわちこの国を守ることとは
違う目的で何かが動いているような。
ここ数週間でも、第三、七、九、そして十部隊が街から街へ、
あるいは王都から他へ移動するなどという話になっています。
軍の筆頭たる第一部隊の隊長が不在のこの時に」
ウィルスター軍第一部隊の隊長は、さる任務で国を空けている。
その状況で、アシュレイの言う部隊の動きは
妙と言えば妙ではあろう。
しかし、ありえないというほどの事態ではなかった。
「私にどうせよと?」
エルマージュは再び尋ねた。
アシュレイが何を頼みたいのかは知らないが、
自分が彼のためにできることなどさほどないと思える。
そもそも、いかに国の最高魔導士といえども
自分が彼に従う必要もない。
それを承知しているからか、アシュレイは微笑して見せた。
「あなたの所の隊長殿ならば問題はないと思いますが、
もし隊の行動で気になる点があったり
隊長殿に接触して来る者がいたりというようなことがあったら、
私に知らせてくれとは言いません。
より注意深く事を観察し、思案してください。
我々が、我々の使命を果たせるように」
「…わかりました。
元より、私が仕えるのは第一にこの国でありそこに住む民。
それらに仇なすものを見過ごすつもりはありません。
最高魔導士殿の望むとおりに動けるかはわかりませんが」
「私とて主への忠誠は同じですよ。
あなたが信念を貫けば、私の望む結果になるでしょう」
「失礼致します」
小さく頭を下げ、エルマージュは背を向けた。
おそらく、アシュレイが声をかけたのは自分だけではないだろう。
己の耳目となる者を増やしたかったのか、
第十部隊の隊長への牽制だったのか、
そして真に国の行く末を憂いてのことだったのか、
本当のところはわからない。
アシュレイの悪い噂は聞かないし話してみれば実直な人間にも思えるが、
だからこそ警戒しなければならないと
この時エルマージュは考えていた。
「あたしたちはもういらないってことだよね、
これって。
こっちとしては願ったり叶ったりだけどね!」
言葉とは裏腹に不機嫌な表情で、
ロズウェルは吐き捨てるように言った。
レゼルクは聞いてはいたが、特に答えなかった。
彼らはレキッタでの出来事をマステマに説明し、
ロスティージャを攻撃したことは不問に付されたものの
すぐさま使いに出され、戻って来た時には
第七部隊はガーラントを離れていたのだった。
レゼルク、ロズウェル、クラトーの三人組は
マステマにとっては面倒な存在がひとかたまりになっているので、
まとめて置いて行ったのかもしれない。
そう考えると、ロズウェルの言ったとおりなのかもしれなかった。
「今後も自由に動けそうだな」
「だが、手放しに喜んでばかりもいられまい。
微妙な立場に追いやられたぞ、この私たちは」
街北部の大通りの端に立ってつぶやくレゼルクに、
クラトーは腕を組んで答えた。
ガーラントへは第七部隊の代わりに第三部隊が
やって来ているそうだが、合流させてくれと言うわけにもいかない。
それに、第三部隊の面々は第七部隊に
あまりいい感情を抱いていないという肌感覚もあった。
レゼルクらは、荒くれ者の多い第七部隊の連中とは毛色が違うと
自分たちでは思っているのだが、他の隊の者からすれば
知ったことではないだろう。
「隊長に放り投げられたとなれば胸を張って七部隊の者だとは
言いづらいし、かといってそうではないと言いきることもできない。
耐えがたい状態だな、竹を割ったような性格のこの私には」
「…あたしたちにとってはその口癖が耐えがたいんですけど」
「ま~だ言うのか、ロズウェル嬢!
実に女々しいことだな、この私と違って!」
「女々しいとは何ですか!
というかあたし女ですけど!?」
「…確かに耐えがたい状況だ…
色々な意味で…」
げんなりとした顔で、レゼルクはその場から逃げるように歩き出した。
後ろからすぐに、口論を続けながらもロズウェルとクラトーが
申し合わせたようについて来る。
しかもなぜか、二人の矛先はいつしかレゼルクに向けられていた。
「一人黙って逃げ出すとは実に女々しいな、レゼルク殿!
いや、レゼルク嬢とお呼びした方がよろしいかな、ハッハッハ!
今日も冴えているぞ、この私の感性は!」
「いきなり離れて行かないでよ、迷子になるよ!
クラトーさんと一対一になったらあたし、
拳を出さない自信がないよ」
己の今の境遇はともかく、ガーラントには様々な人間が集まる。
上司の意に反してここに残ったわけでもないのだから、
しばらく滞在して見聞を広めるのもいい。
レゼルクは、騒々しい二人を連れ大通りの人波に
身を投じていった。




