異形なる街
「な~にが一流ファッション誌のスカウトだ!
調子に乗ってんじゃねえよ!
この街はちょっと危ないっていうんで委託されただけだろ!」
「おい、オータ…
お前、それ何回目だ?
いい加減、黙れよ!」
ジャカたち一行は、話をするために“南の端角”を曲がった先に伸びる
大通りに面した食堂に入った。
そこで、オータたちに酒が入った。
ほどなく、オータとライドが口論を始めたのである。
二人を横目に、申し訳なさそうな顔をしながらナイラは
顎を引くようにして何度か頭を下げた。
「すいません、こいつらあまり強くない上に酒癖悪いんですよ…」
「…いや、それはいいんだがこれじゃあまともに話ができないよな…」
これは彼の癖で、今はない右眉の辺りをなぞりながら、
キーンはぼやくように言った。
それから、テーブルの端の席で圧倒的な存在感を放つ
震えが来るほどの美貌に顔を向けた。
「よう、天使殿。
やっぱりあんたは目立ちすぎるんじゃないか。
一流誌のスカウト様があっという間に寄って来たくらいだ…
せめて日の光に輝く髪くらいは隠した方がいいと思うんだけどな」
「帽子は嫌いだ。
白い髪などいくらでもいる」
「…そりゃ、じいさんばあさんにはな…
でも、ああいう白髪とはちょっと違うんだよ、
あんたのはさ…」
アンジェに応じた後の彼の視線の先では、
オータが隣に座るジャカの肩にどん、と手を置いていた。
「これは驚いたッ!
ジャカ君!
君はまだ注文をしていなかったのか!?
俺たちがすでにこんな状態なのにだぞ!?」
「…お前らは席に着いて五分でその醜態を晒していたと思うが、
ジャカがまだ注文をしてないのはいつものことだ。
こいつは一品注文するのに最低三十分はかかる。
最低三十分だぞ」
ひたすらメニューに見入っていて反応しないジャカの代わりに、
キーンが答えた。
すでに、皆の前には料理が並んでいる。
ジャカの前は除いて。
肩に置かれた手にも気づいていない彼はようやく、
候補を三品に絞ったところであった。
キーンやアイスレア、アンジェはもう慣れたというか、
ジャカに何度早くしろと言っても変わらないことがわかっているので
毎回気にせず食事を進めるようにしていた。
「こうなっては当てになるか怪しいが、
宿についての情報くらいは聞いておきたいものだな」
静かな口調でオータたちにちくりと言ったアンジェの手元にあるのは
ハンバーグ定食とプリンである。
彼女は、店で食事をする時には大抵そういう類の物を注文する。
大人びた容姿と雰囲気に反して、味覚は子供のようだった。
そのアンジェの言葉を受けて、オータは己の胸を叩いた。
「任せておきなさいッ!
あそこだ、あの~、この先の!
何屋だっけ?
え~、う~ん、おっ、そう!
暁の星屋!
この店はいい!
何しろカジノが近い!
明日は富豪か文無しか、そういうロマンがあるわけだよな!」
彼が発したある単語にキーンは反応し、
瞳を爛々と輝かせる。
「何っ、カジノだと!
それは聞き捨てならねえぜ…
目の前の勝負から逃げることなどオレには…
ウィルスター一の伊達男にはできねえ相談だ。
そうだろう、アイス嬢」
「カジノの話は聞いたことがあります。
わたくしも見学くらいならしてみたいですね」
オータとキーン、アイスレアの会話を聞いて、
アンジェは鼻を鳴らしてナイラに向き直った。
「余計な情報を付け加えてくれた。
暁の星屋というのは信用できる店か」
「それは大丈夫だと思いますよ。
支配人が篤実な人柄で、利用する要人も少なからずいると聞きます。
大通り沿いにあって、ガーラントでも大きい方ですしね」
「では、行ってみることにする。
それと、改めて素面の状態で話をしたいが」
「…そうですね、わかりました。
実は俺たち、この街の有力者に協力しているんですよ。
ガーラントを守ろう、良くしようって人にね。
それで毎日駆け回って情報収集をしているわけです。
なんで危ない奴らじゃないと考えてもらっていいとは思ってるんですけど、
もし良かったらちょいとご助力願えますと…」
「金か。
いいだろう、その方がこちらもかえって信じやすいというものだ。
だが、情報はこちらの命運を左右する…
よって、お前たちにも命をかけてもらう。
先程言ったとおり、不審を感じれば斬る。
お前たちがどう考えているかは問題ではない。
私が不審に思えば斬るということだ」
「え、ちょっと…」
アンジェの鋭い黄金の眼光と断固とした口調に狼狽したナイラは
助けを求めるように他の面々を見回したが、
オータとライドは泥酔しキーンとアイスレアはカジノの話題の最中で、
ジャカの顔は未だメニューの向こうだ。
そもそもこういう状況になったのは不用意にスカウトしようとしたライドと
力になりますよなどと調子のいいことを言ったオータのせいなのに、
なぜ自分だけが脅される流れになっているのか
ナイラとしては納得がいかない。
だが、返答に窮しているとアンジェが怖いので、
ナイラはとにかくうなずいておくことにした。
「わ…わかりました。
それじゃあ、明日改めて…」
「よ~し、決めた!
厚肉ステーキ定食!」
「うるさいな、ジャカ君!
散々迷っておいて変なタイミングで決めるんじゃないよ!」
「な、何を怒ってるんですか、ナイラさん…
えっ、ソースが三種類あるの!?
店員さん、もうちょっと待ってください!
すぐ決めますから!
五分…
二十五分くらいで…」
翌日。
「よっ!
昨日は結局お相伴にあずかっちまって…
何です、故郷から訃報でも届いたんですか、キーン殿は」
暁の星屋に宿泊したジャカたちを訪ねて
オータら三人がやって来た時、キーンはロビーの隅で沈んでいた。
そちらに目をやりながら、ジャカは苦笑いを浮かべた。
「大負けしたんですよ、大負け。
倍にしてやるからって、僕からもお金を徴収していったのに」
「そりゃあ、負ける奴が勝負の前に吐く常套句だな。
大丈夫かい、君らの懐は」
「他人事のように言うな。
あなたのせいだろう」
静かながら力を持った声でアンジェから抗議を受け、
オータは口元を引きつらせる。
彼には、責められる覚えが全くない。
「えっ、俺の?」
「カジノがどうのと言ったからだ」
「…正直そんな発言をした記憶がないが、
カジノに行ったのはキーン殿の意思では…
それで、一体いくら負けたんだ」
「我々としては、三百万の勝ちだ」
「何だって?」
「キーンが二十万スったが、アイスレアが三百三十万当てた」
「じゃあいいじゃんか!
何で怒られたんだよ俺!」
「それはともかく、今日こそまともに話をさせてもらおう。
我々は観光に来たわけではないのでな」
「…ライド、ナイラ、覚悟を決めろ。
俺ら、やべー人たちに関わっちゃった」
彼女は、こちらの言うことはあまり気に留めず
自分の話を進めるつもりのようだ。
下手に逃げようとするとこの白き女剣士が怖い。
彼女の正体はすでにわかっているし
オータたち三人はそれなりに剣を扱うことができたから、
アンジェが敵に回してはいけない相手であることは十分に理解している。
その後気兼ねなく話ができるよう場所をジャカとキーンの部屋に移した時、
キーンはすっかり立ち直ってジャカに質問をしていた。
「お前の親友かもしれないって男さ…
どういう立ち位置なんだろうな?
ロスティージャに攻撃する姿勢は見せていたが、
一緒にいた女の子はロスティージャの同僚って言ったそうだし
もう一人の男の方も軍の正規兵のように見えた。
親友も軍の人間だと思うか?」
「…小さい頃に王都に引っ越して行ったので、
向こうで軍に入ったのかもしれませんが…
どうでしょうね、あまり軍でどうこうしようという
タイプとは思わないんですけど。
と言っても、僕が知っているのは五歳の彼までなので…」
そんな二人を、オータは視界の隅に置いていた。
「…何の話してんの、彼ら」
「気にするな。
我々は心身の休息と情報収集のため、
しばらくこの街に滞在しようと考えている。
その間、あなたたちには街の情勢を教えてもらいたい」
アンジェがゆっくりと三人の顔を順に見ながら言うと、
オータは瞳を閉じて二回うなずいた。
ジャカたちは悪い人間ではないようだし、
報酬も支払ってくれるというのだから断る理由はない。
「わかったよ。
あんたらの事情を詮索するつもりはないが、
最も警戒している相手は何なんだ?」
「軍だ」
「…となると折が悪いな。
最近になって第七部隊に代わって第三部隊が来た…
奴らは見回りも真面目にやるからなあ。
前任の連中は適当なもんだったが」
「隊長の姿も見かけるか?」
「俺は拝んでいないが、街を歩けば女たちが歓声を上げるらしいぞ。
十人の隊長の中では一番若くて、しかも美形って話だからな」
「アンジェさんはご存知なのですか?」
アンジェの隣にいたアイスレアが、覗き込むようにして尋ねた。
彼女の向こうでは、いつの間にかジャカとキーンも
こちらの話に耳を傾けている。
ガーラントが自分たちにとってさほど安全ではないとはわかっているが、
ジャカとしては旅の疲れもあるし、レキッタを出発してからは
二日と同じ場所にとどまっていることはなかったので
ここいらで休まないとという気持ちがあった。
そのためにも、オータたちの協力は必要だ。
「直接会ったことはない。
このまま会わずに済ませたいものだな…
少なくとも、この街では」
「そうだろうな。
定期的にとまでは言えないが、状況を伝えにここに寄るようにはするよ。
俺らもやることがあるから間が空くこともあるだろうが、
その点はご容赦願いたい」
「承知した。
よろしく頼む」
「うん…
どうした、ジャカ君。
不安かい」
表情の冴えないジャカに、オータは声をかけた。
少しうつむいて、ジャカはうなずく。
大きな街に着いたという意味では、安心感もあった。
しかし自分たちが追われる身であることは変わりないし、
その上このガーラントという土地はある種異様だ。
他の場所に比べ、人の念とでも言うべきものが
実体を伴ったかのように肌で感じられる気がするのだ。
それについて昨晩キーンにはこの部屋で伝えたので、
彼はジャカの様子を見て
「ナイーブなんだよ、お前はさ…
それが役に立つ時もあるだろうが、
こういう状況じゃ鈍感さも必要だぜ」
と口を挟んだ。
それに対し、
「純粋なんですよ、ジャカさんは」
アイスレアはそう言った。
ジャカとはまださほど話していないが、
いくらか彼という人間がわかった気がして
オータは笑みを浮かべた。
「確かに、この街には危険があるし得体の知れない奴も多い。
が、これは人も街も同じだろうが、
裏を見たら表、光の当たる場所を見たら日陰も見なきゃ
本質はわからないよ。
色々ある所だ。
良くも悪くもな。
とりあえず昼と夜、両方歩いてみなよ…
少しはガーラントの正体、そこにいる人間たちのことが
見えてくるかもしれない。
そうすれば、居心地も多少は変わるかもよ」
彼の言葉に、ジャカは納得できるところもあった。
この街に漂う不可思議な空気、気配、思念。
それらがまとわりついて身動きが取れなくなることの無いよう、
自分の目や耳で知っておいた方がいいのだろう。
いざという時に、そうしておくことが己の命を守るかもしれない。




