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不断のジャカ  作者: 吉良 善
大都市ガーラント
29/92

兵たち

国王グラドラルの元を辞したマステマの前に、

見事な体躯の大男が現れた。

マステマは切れ長の瞳で鋭い視線を送ったが、

並の者なら震え上がるその眼光を大男は真っ向から受けた。

長身のマステマを上回る巨体である。

強面ではあるが、笑みを浮かべると両頬にえくぼができて、

何とも人懐こい顔つきになった。

だが、今それと向かい合う男には不快だったようで、

鬱陶しそうに舌打ちをする。

「どけよ、ドロウ…」

それがなくとも、彼は機嫌が悪い。

部下が起こした問題で、わざわざ王都まで来る羽目になったからだ。

ウィルスター軍に身を置いてはいるが、

マステマは国王も王都も好きではなかった。

そんな彼の心中を察しようともせず、大男は白い歯を見せた。

「おう、マステマか!

 また何か悪だくみをしているのではあるまいな!?」

辺りに轟く大音響に、マステマは左手の小指を耳の穴に入れる

仕草をして眉をひそめる。

「相変わらずでけェ声だァ…

 俺が悪だくみしてるんじゃねェかって?

 そうだな…

 たとえばテメエの首を取ってやろうか…とか?」

うんざりしたような口調のその言葉を聞いて、大男は真顔になった。

途端に発される迫力は、さすがに第九部隊の隊長である。

名は、エシエン・ドロウ。

「馬鹿なことを言うな!

 この国を守るべき我々が!

 争ってどうするかっ!

 イーセルハに内戦の兆しありとの情報もある…

 いかなる事態にも備えるべく、

 隊を預かる長として率先垂範すべし!」

「うっせェぞ、デカブツ…

 イーセルハとやろうってんなら、面白え。

 向こうの頭、ミレフィノラ・ディミオンは俺が討ち取ってやるよ…

 報告は済んだことだし、俺ぁガーラントに戻る。

 麗しき王都より、あのゴチャゴチャした街の方が

 性に合うんでな」

「その必要は無い!

 ガーラントへは三番のが向かったと聞いている」

「…俺が空けてる間に、ジェスパーが行ったァ…!?

 …気に入らねェな、あのガキ…

 一度、身体でわからせてやる必要があるかよ…」

瞳を険しくしてぎらりと光らせるマステマ。

その時、

「おいおい、マステマ…!

 ただでさえ皆バタバタしているんだ、

 これ以上厄介事を増やしてくれるなよ」

ドロウとは反対の方向から、よく通る声が投げかけられた。

その主、大股の早足で近づいて来る、こちらも長身の男を

マステマはぎろりと睨みつけた。

「…黙ってろ、ハーディス…

 大臣様だからって気安い口きくんじゃねェ。

 大体、特命って何やってんだよお前。

 暇な門番とどっちの方が国のお役に立ってんだ、ああ?」

自らに向けられた悪態を受け流すように、

男は肩をすくめた。

顔立ちは整っているが、表情は冴えない。

そんな彼にとって、この手の話は日常茶飯である。

わけのわからぬ輩が特命大臣などという得体の知れない冠を戴けば、

さもあろう。

「特命が何なのかわからんだと?

 誰かと顔を合わせる度に答えている気がするが、

 一向に理解が得られないな。

 人集めだよ、人材発掘!

 やりたくてやっているわけではないし、

 国王様に大臣にしてくれと頼んだわけでもない。

 勧誘するにあたっては、そういう肩書きの方が

 話がまとまりやすいだろうというだけの理由だ…

 給料はおそらく貴公らの半分にも届かないが、

 腰掛けでやるような仕事ではない。

 神経を使う上に、連日あちこち奔走しなければならんのだぞ」

「その甲斐あって大出世したじゃねェかよ…

 どこの馬の骨とも知れねェ芋剣士がさ」

くっ、と笑うマステマの視線は冷たい。

オルスラウ・ハーディスは名門の生まれでもなければ、

騎士として働いてきた者でもない。

特にマステマのような男の関心は、あれこれ言っていても

力があるかどうかというところに帰結されるのであろう。

十隊長の一人などという豪傑からすれば、

軽輩者扱いをされるのも無理はなかった。

だから、腹を立てることはない。

そう生きざるをえない、ということもある。

「気苦労ばかりで、しかも端からは貴公が言ったように思われる。

 これほど割に合わない立場もそうあるものではないだろう?

 他に能もないから、食うためにやってはいるがね」

「なら、その飯の種に必死に水をやることだな。

 仕事をきっちりこなすことでしか、

 俺らを見返すなんざできやしねえぜ」

「…仕事をきっちり…

 お前にこれほど似つかわしくないセリフもないな…」

やや遠い目をして、ドロウはつぶやいた。

マステマが仕事をサボりまくっていることは、

軍の中では周知の事実だ。

『サボりもしねえで働いているヤツは馬鹿だ』とか何とか

言っていたのも聞いたことがある。

とはいえ、彼が己の言行不一致など気にするわけがない。

上機嫌だと思えば次の瞬間には人を殴り飛ばし、

怒鳴っていたかと思えばいつの間にやら大笑いしているような男である。

彼を使おうとすれば手を焼くだろうが、

彼の下で働く者たちの苦労も並大抵のものではないだろうと、

ドロウは常々思っていた。





「ミューラーさん」

声をかけられて振り返ったゼゼーリン・ミューラーの前に現れたのは、

セレンティア・エリン。

第九部隊に属する、二十一歳の若者である。

色白の童顔の上に声が高く、一見しただけでは少年のように映る。

すっ、と瞳を糸のように細めた無邪気な笑顔が印象的で、

彼を知る者の記憶ではエリンは大抵その表情だった。

それが物語るとおり人懐こい男で、

第二部隊で活躍する内に“剣狼”などという二つ名を

付けられてしまったミューラーにも、

初対面の時からにこやかに話しかけてきた。

「やあ、エリン君か」

「そちらの隊長さんは別任務でしたね。

 このままあなたが隊長になられたらいかがです」

「私の中にも一応義理と道理という言葉があることを

 忘れてもらっては困る。

 先程君のところの隊長殿にもお会いした、

 この後王都を発つそうだな」

「ええ。

 何ヶ所か立ち寄って、最後はガーラントらしいです」

「しかし、あそこへは三部隊が向かったと聞いたが…」

「別件ですよ。

 それだけじゃないようですが」

「というと?」

ミューラーが問うと、エリンは再び瞳を細めた。

「七部隊への…

 というより、七部隊の隊長さんへの苦情が

 各方面から来ているそうなんですよ。

 ガーラントの皆さんからもね。

 それで一度呼び戻されたらしいですが、

 物騒な連中が集まりやすい土地柄でもありますから

 時々は睨みをきかせなきゃいけない。

 三部隊の隊長さんは比較的常識人ですし、

 正しい人選じゃないですかね」

「苦情か…

 七部隊の諸君も苦労するな」

「僕は嫌いじゃないですけどね、マステマ隊長。

 実力は文句無しですし」

「君も、また腕を上げたようだ」

「そう言っていただけると光栄ですね。

 僕、これしか取り柄がないですから」

からからと笑いながら、エリンは腰に下げた剣の柄頭を

ぽんぽんと叩く。

彼には、天賦の豊かな剣才があった。

師について長らく修行をしていたという話は聞かないが、

誰かに一から教わったことがなくとも

「剣はこうして扱うものだ」ということを

生まれながらに知っていたような、

そういう剣の遣い方をするのである。

同じく若い俊英で言えば第十部隊にジェシス・エルマージュ、

レッドハンドにメルヘヴン・アンジェという

二人の若き才媛がいるが、評判を聞く限りでは

才能で剣を振るっているようなところがあるという意味で、

アンジェの方が彼に近いかもしれない。

こういう人種には、修業期間の長短などは問題ではなかった。

彼らは瞬時に「できてしまう」のである。

孜孜汲々として鍛え上げた技は精強であるに違いないが、

時として才がそれを易々と打ち破ることも間違いなくある。

無論、勝負は常にわからない。

気迫だとか運だとか、戦場には様々なものが渦巻いて

激しいうねりをつくり出す。

その流れを引き寄せ乗った方が勝つものだが、

乗ろうとして乗れるものでもない。

だから、戦うにおいてはミューラーの思考は至極単純になった。

それが、豊富な経験で得た彼の力でもある。

「君に言うことではないかもしれないが、

 気をつけてな」

「ええ…

 ミューラーさんもね」

「うん?」

「これは僕の勘ですがね…

 これから、おもしろくなるかもしれませんよ。

 なんて言うと、隊長に怒られるかな」

「おもしろく…か。

 文字通りであればいいがな」

勘であれば、詳しく尋ねたところで詮無いことだ。

一度視線を外してミューラーが言うと、

エリンはうなずくことはせずにっこりと笑った。

邪気の無い笑顔である。

だが、何を考えているのかは読み取れなかった。

「それでは、僕は行きます。

 またお手合わせ願いますよ」

「君とはあまり抜き合いたくないが、

 機会があればお相手しよう」

「楽しみにしています」

軽く頭を下げて、エリンは歩いて行った。

猛者の多い軍の中でも、彼は間違いなく屈指の遣い手である。

この先、必ず中核を担う存在となるだろう。

その名が大陸中に響き渡る時は、そう遠くないかもしれない。

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