全ては北に
「こんなにせわしなく戻らなくてもさ…
一泊くらいしても良かったんじゃないの」
来た道を戻りながら、ロズウェルは文句を言っていた。
ロスティージャの悪事が続くのは何とか止められたが、
マステマの意を受けて行動していた彼に向かって
こともあろうに魔法を撃ち込んだ上に、
彼と対していた連中に与する形となってしまった。
早々にマステマと会って説明をしなければ、
後でどんな難癖をつけられて処断されるか
わかったものではない。
「…そもそも君の暴走が原因なんだが…」
「だってアイツのやったことは見過ごせないじゃない、
味方ごと敵を刺すなんて。
敵って言っても悪いのは多分ロスティージャの方なんだろうな!
あの二人、助かるといいけど…」
少々呆れた様子のレゼルクの言葉に、
ロズウェルの表情はたちまち曇った。
確かに、いきなり突撃していきなり攻撃したのは
良くなかったかもしれないと心の片隅では思っているのだが、
やはりロスティージャの行為は看過できるものではなかった。
マステマなら彼の暴挙について
「別にいいじゃねェか」などと言いそうだが、
よその隊の者を犠牲にして攻撃したとなれば
第七部隊では良くてもウィルスター軍としてはそれでは済まないはず。
ロスティージャに近い者がマステマに不正確な報告をする前に
自分たちで直接説明できれば、
悪いのはロスティージャだ!ということで押し通せるだろう。
「許すことはできないと思ったよ、この私も。
品性に欠けるやり方だったな」
クラトーが話に入って来て同意した。
相変わらず口癖は耳障りだがありがたく思いつつ、
そういえば、とロズウェルはつぶやいた。
「クラトーさんの実力はどうだったの、レゼルク」
「見事だったぞ。
ロスティージャの取り巻きを鮮やかに撃退していた」
「へ~、案外やるんですね、クラトーさん」
「ようやくわかったかねロズウェル嬢、この私の価値が!
だが、臆することはない。
驕り高ぶることなどない男だ、謙虚なこの私は。
気兼ねなく今までどおり
クラっちと呼んでくれたまえ」
「呼んだことないけど!?」
「そうだったかな?
とにかく、クラりんと呼んでくれてかまわないよ、この私を」
「…クラっち?
クラりん?
どっち?」
「ところで、ロズウェル。
君が接触した男…
遠目でよく見えなかったが、彼は何者だ?」
ぜひきかなければと思っていたことを、レゼルクは問うた。
彼はロスティージャに大分近づいてから、
ロズウェルがその男と共に数十人の相手を
迎え撃とうとしていることに気づいた。
まずいな、と思った次の瞬間にその男は
巨大な光の柱、レゼルクには巨大な光の剣にも見えたが、
とにかくすさまじい光を放って数十人の敵を一掃したのである。
恐るべき力であった。
数秒ごとに数人の敵を倒していく不殺の天使に劣らず。
「ああ、あの人ね…
あ、名前きくの忘れた。
じゃなくって、きく暇がなかった」
「…そうか。
彼は、“力の持ち主”だ」
その言葉を聞いて、ロズウェルとクラトーは目を丸くした。
二人は、それを見分けることができない。
「力…って、あなたの右手と同じ?」
「ああ、青い光が見えた」
ロズウェルの視線が、一瞬レゼルクの右手に注がれた。
応えるように右手を軽く挙げながら、
レゼルクはうなずく。
メルヘヴン・アンジェはやはり、“力の持ち主”についたのだ。
そしてそれが、光の剣の男だったのだろう。
「でも、彼は何であんなことになったのか
全然わかってないみたいだったけど」
「あの光の剣が彼の力だとすれば異質だな…
そして、警戒すべきものだ。
なぜああなったのかわからないというのが本当であれば、
まだ彼の力は未開拓なのかもしれない。
今後さらに強力になっていけば、戦況を左右する存在になりうる」
月光騎団以上に、レキッタを訪れた意味がある発見だった。
圧倒的な戦力の差に“力の持ち主”は逃げ隠れするしかない…
そう考えていたが、彼らの始末は存外たやすくないかもしれない。
不殺の天使と光の剣の男が、この先も行動を共にするのならば。
ロスティージャの魔手を振り切り、ジャカたちはケテナを目指していた。
レキッタへの道で猛威を振るった鬼軍曹の姿は、そこにはない。
さすがのキーンも、口数が少なかった。
数日前にヴァッセを失っているジャカは彼の心境が痛いほどわかるので、
かける言葉も見つからずに黙って歩く。
アイスレアとアンジェも、何も言わない。
救いだったのは、彼らの頭上に抜けるような青空が広がっていたことであろうか。
雨が多くなる時期を前に、青い色が存在を誇示しているかのようであった。
ジャカは道端に、その雨の多い時期に鮮やかに咲く花の朽ちた姿を見た。
もうすぐ咲かねばならぬはずではないのか…
そう思ったが、枯れた花の下にはしっかりと新たな葉が顔を覗かせていた。
朽ちて見えても、命は続いているのである。
命は、人が作り出したいかなる物よりも巧みに、美しくできているのだ。
「オレに会わなきゃ…
オレが誘わなきゃ、サンヤは死なずに済んだ」
ふと、キーンがつぶやいた。
隣を歩いていたジャカは、ゆっくりと顔を向けた。
キーンは、こちらを見ていない。
彼は、憔悴しきっているわけではなかった。
サンヤの死は受け止めている。
しかし、その原因を作ったのが自分であるという
苛みを拭うことができないのだろう。
サンヤの方も、自分を責めていた。
だからこそ、キーンはより辛いのかもしれない。
「…出会わなければ…
そんなことを言っていたら、みんな生きていけないじゃないですか。
未来のことなんて、誰にもわかりませんよ」
そう言って、ジャカは前を向いた。
サンヤがこの世を去ったのは、つい先程のことである。
すぐに吹っ切れというのは無理な話だ。
そうした中でキーンが自分に吐露したことに、
できる限り応えようとジャカは思った。
「…ヴァッセがあんなことになった時に、思ったんです。
時間が戻ればいいのに。
時間が戻ったら、何とかして…
どんな手を使ってだって、ヴァッセを助けるのにって。
けど、一秒でも、一瞬でも過ぎたら、もう戻ることはできないんです。
だったら、僕たちは今を精一杯生きる以外ないんじゃないでしょうか。
そうして、後悔しないような、するとしてもなるべく小さくなるように、
より良い未来を目指すことしかできないんじゃないでしょうか」
「…」
キーンは、目だけをジャカに向ける。
ジャカは、こちらを見ていない。
彼は、自分の言葉を自身にも言い聞かせているようだった。
多くの大切な人々を失ってきた自分自身に。
「…立派な答えじゃねえか、ジャカ」
キーンは、にやりとした。
その脳裏に、サンヤの最後の言葉を思い浮かべていた。
「すみません、
僕が言えたことじゃないですよね。
迷ってばかりで、自分のこともろくに決められないのに」
「…いいや、
…誰がとかじゃねえ。
お前の言うことは正しいよ。
オレたちは、そうするしかねえよな。
流れる時間に、オレたちは戻ることも立ち止まることもできねえ。
前に進むことしか許されていないなら…
せめて、流されるんじゃなく自分の意志で、
行く方向を決めて…
足ひきずって、這いつくばって、転げ回ってでも進んで行くしかねえよな」
会わなければ。
誘わなければ。
そんなことを考える必要はない。
サンヤは、最後にありがとうと言ってくれたのだから。
彼女に何度もかけた言葉を、言い続けろと言ってくれたのだから。
キーンは、身体ごとくるりと後ろを向いて歩きながら笑顔を見せた。
彼女と出会った、あの街へ向かって。
胸の奥深くに封じ込める必要はない。
後ろを向いてだって、前へは進めるのだから。
「ありがとな…
オレの運命の人。
前へと進み続けた先で、また会おうぜ。
オレが、会いに行くからよ」
彼の言葉を聞きながら、ジャカも一つの決意をしようとしていた。
王都へたどり着くには、北上するしかない。
その途中には、帰らなければと思いつつも帰りたくない場所がある。
だが、自分は行かなければならないのではないか。
そして、向き合わねばならないのではないか。
過去を乗り越え、より自分の望む未来を目指すために。
そう思えるまでにたくさんの時間と出来事を要したが、
遠回りをしたわけではない。
多くのものが、ようやく決意させたのだ。
全ては、北に。
己が立つべき場所は、北に。
「(王都も、故郷も…
全ては、北にある!)」
旅立った時とは違う。
今、自分は一人ではない。
見据える先に、前へと進み続けた先に、目指す場所はある。
仲間と共に歩むこの道は、忌まわしき、愛おしき故郷に、
そして遥かなる王都へと続いている。




