失意
ジャカの発した光の柱は戦場に叩きつけられ、
後方から迫っていた数十人の敵を消し去り
レキッタの門のすぐ近くまで達する大きな傷を大地に残した。
その恐るべき威力、光景に、居合わせた者は
敵味方問わず言葉を失った。
「…何だ、あれは…!
魔導ではない、技でもない…
何か、もっと別の…
本質的に違う力だ…!」
青い光の力か、と咄嗟にレゼルクは思った。
放ったのは、何者か。
ロズウェルがそちらの方へ走って行ったようだが、
ひとまず無事のようである。
一方、キーンもロスティージャに対しながら
今起こった現象について考えていた。
あまりにも、かけ離れている。
自分たちが認識していた、ジャカの力と。
「やったのは…ジャカか…!
あれがあいつの本当の力なんだとしたら…
ジャカ自身もオレたちも、
あいつの力をずいぶん勘違いしていたんじゃないか…!?」
治癒魔法を施しながら、アイスレアも思った。
「人々の声を聞くというのは、ジャカさんの力の一端に過ぎないと
いうことでしょうか…
一体、彼に与えられた力とは…!?」
彼女が治療しているのは、ゼルノだった。
二人の負傷者がいるのであれば、
助かる者を優先しなければならない。
「大丈夫!?」
光が消えて、ふらつくジャカをロズウェルが支えた。
目の前で繰り広げられた出来事への驚きを確かめるように、
彼女は大きく息を弾ませるジャカの顔を覗き込んだ。
「あなた、何を…
何をしたの?」
「…わからない、僕自身も…
何がどうなって、ああなったのか…
わからないけど、これで…
後は、ロスティージャって人たちを追い払えば…!」
「そうだね、行こう!」
戦闘という特殊な状況の上に不可解なことが起こって、
視界が白く染まる幻想的な体験をした彼らは、
その中で消えた数十人の行方を想像するには至らなかった。
ロズウェルに肩を借りながら、ジャカは仲間たちがいる所へと向かう。
全身が、鉛のように重かった。
疲労と虚脱感がひどい。
先程の力を使った反動なのだろうか。
心身共に引きずらなければならないような重みに抵抗しながら、
ジャカは何とか足を動かした。
やがて、アンジェが残る敵を倒していくのと
キーンがロスティージャと撃ち合っているのが見えてきた。
戦闘が始まった時より近くでロスティージャを目にしたジャカは、
脳内に何かが閃くのを感じた。
「…!?」
それは、ある場面だった。
今となってはほとんど思い出すことなどなかった、
幼い頃に家族で住んでいた自宅。
二階の階段の上から、ジャカは一階を見下ろしていた。
ちょうど、一人の男が廊下から消えてゆくところだった。
顔は見ていない。
ただ、かなり長身だったように思う。
「(…そうか…!)」
なぜ今、その場面が頭をよぎったのかがわかった。
あの日自宅にいた謎の男、恐らくジャカの家族を殺害した犯人と、
ロスティージャの背格好がよく似ていたのである。
彼は長身だし、性格は残忍。
しかも年齢は三十代前半辺りに見えるので、
十三年前に犯行に及んでいてもおかしくはない。
とはいえ、本当に彼が犯人かというと
ジャカ自身もそこまでは考えていなかった。
だから、忌むべき過去の幻影をすぐに振り払った。
「…あの人は強そうだから…!
いくらキーンさんでも、一人じゃ…」
「ううん、大丈夫!
レゼルクとクラトーさんも向かってくれてる!」
「え?」
何かを見ながら言うロズウェルの言葉に、
ジャカは耳を疑った。
誰が向かってくれている…?
尋ねようとしたジャカの目に、ロズウェルが視線を向けた
人物の姿が入った。
ロスティージャの方へと駆ける、
青と銀の間の色の髪の青年。
距離があって、顔立ちまでは確かめられない。
だが、星が輝き始める頃の空を思わせる髪を持つ者は
ジャカのこれまでの人生において一人しかおらず、
今この場所にいるのがそのたった一人と
同じ人物であるという、不思議な確信があった。
その色は、どれだけ時が過ぎようともジャカの記憶の中で
わずかにでも褪せることはない。
ジャカは、即座に声の限りに彼の名を叫んだ―――――
つもりであったが、心とは裏腹に声が出なかった。
辛いことがあった。
悲しいことがあった。
全て、聞いてほしかった。
想いと涙が込み上げて、ジャカは彼を呼ぶことができなかった。
「逃がさねえぞ、ロスティージャ!
お前は、オレが…
オレが、倒すッ!」
「逃げる?
俺が?
自分より弱い奴から、なぜ逃げる必要がある!」
キーンの槍と、ロスティージャの剣が激しくぶつかり合った。
キーンにも、わかっていた。
相手が自分より上であるということは。
「確かに、お前は強え…
けどな…!
オレは、お前に負けるわけにはいかねえんだっ!」
「知ったことか…!
さっさとお前を始末して、あのうるさい小娘を黙らせなければ
面倒なことになりそうなんでな!」
「それは聞き捨てならないな」
「!」
ロスティージャの背後に、レゼルクが走り込んで来る。
反射的に、ロスティージャはキーンの槍を押し返して
接近するレゼルクを薙ぎ払おうとした。
狙い違わず、剣は彼の腹を裂いた。
あっ、とキーンは思ったが、
ロスティージャに千載一遇の隙が生じたので
迷うことなく前に踏み込んだ。
「サンヤの痛みを…
お前にもくれてやるッ!」
「何がッ…!」
キーンの槍が、ロスティージャを貫く。
が、穂先が吸い込まれたのは左肩だった。
敵は、何とか反応して腹を突かれるのを避けたのだ。
激しい痛みが襲ったが、剣を持つ腕は十分に動く。
「死ねッッ!」
「そう…焦るなよ」
「!」
キーンに反撃しようとしたロスティージャだが、
その右腕をがっしりと掴まれた。
腹から血を流したレゼルクが、背後から右手で掴んでいるのだ。
それに気づいた時にはロスティージャの全身の力は抜けて、
膝から地に倒れそうになった。
両者が交錯する刹那にキーンは、
ロスティージャの腕を掴む手が青く輝いているのを見た。
「お前の力、いただくぞ。
俺の糧になれ」
「…貴様、なぜ倒れない…!」
何とかそこまで言った時、ロスティージャの後頭部に
レゼルクの剣の柄頭が叩き込まれて、彼は前へと崩れていった。
すると、間髪入れず後ろにいたクラトーが大声を張り上げた。
「私はウィルスター軍第七部隊所属、トゥリート・クラトー!
我々は狼藉を働いたディンキン・ロスティージャを
同隊の者として成敗した、身柄は月光騎団に引き渡す!
そして隊長マステマ・マステリオンに
事の次第を報告する、この私が!」
「このまますぐに戻るぞ、クラトー殿。
これ以上介入しない方がいい、
それにロスティージャにレキッタ行きを命じたのは
他ならぬ隊長だ。
余計な話が伝わる前に私たちの口から直接説明しなければ、
危害を加えられるかもしれない」
「承知した!」
「ロズウェル、行くぞ!」
「え~、今すぐ!?」
「誰のせいだと思っているんだ!
ここへ来た目的は一応果たされただろう、早くしろ」
「怪我人もいるのに…って言っても、
あたしは治癒魔法使えないし役に立たないか…
それじゃあ皆さん、さようなら!」
風のように、三人は去って行く。
声を出せず身体も動かないジャカは、
遠ざかる三つの背中を見送るしかなかった。
彼は心の中に、焦りに似た無念さを覚えた。
幼い頃に別れたきりの親友に呼びかけられなかったことに。
そしてまた、その親友と共に去ったロズウェルの後ろ姿に
胸を締めつけるような失望を抱いた。
「…彼女は…レゼルクの…?」
ついさっき初めて会い、接したのも短時間のことだが、
彼女はジャカに様々なものを残していった。
また会えるだろうか…
いつの間にか自分の中にあった想い。
なぜそれが生まれたのか、その理由を彼は知らなかった。
ロスティージャが率いていた傭兵は全て倒れ、
月光騎団が戦意を喪失したことで戦闘は終わった。
重傷を負った二人の内、ゼルノは剣で刺された際に
間にサンヤが入っていたことで彼女よりは傷が浅く
アイスレアの治療で一命を取り留めたが、
サンヤの方は完全に貫かれた上に
ロスティージャが無理に剣を引き抜いたことで
傷をよりひどいものにしたために
アイスレアの手には負えない状態になっていた。
皆が見守る中、そのサンヤをキーンが抱きかかえていた。
彼は、無様なくらいに顔をくしゃくしゃにして、
涙を流していた。
それを見て眉をひそめる者は、誰一人いなかった。
ただ、サンヤだけが微笑を浮かべていた。
「…ごめんね、キーン…
あなたたちを、危ない目に…
だからでしょうね…
私…運命の人になれなかったみたい…」
「…謝るのはオレの方だ…
オレが…オレが、舞い上がってそんなこと言わなければ…」
「…舞い上がっていたのは私も同じよ…
だから…あなただけは最後まで言い続けて。
私を…からかっていたわけじゃ、ないんでしょう?」
「…あっ…当たり前だ!
お前は、オレの…
運命の女だ!」
キーンのその言葉を聞いたサンヤはかすかに唇を動かした後、
もう一度微笑して静かに瞳を閉じた。
彼女の最後の言葉。
それは、『さようなら』だったのだろうか。
きっと、そうではない。
サンヤは、『ありがとう』と言ってくれたのだ。
悲しい結末を迎えはしたが、キーンを信じたことに後悔はしていない。
だから、彼女は微笑んだのだ。
その時、サンヤは最初で最後の恋をしていたのだろう。
「オレとあいつは…
多分、似た者同士だったんだ。
あいつも、せっかちだったのさ。
そうでなきゃ、こんなことにはならなかったのかもしれない…
けど、そうだからこそサンヤはサンヤだったんだ。
オレがしくじり、あいつもしくじった。
あいつの方が生き残ってくれりゃ良かったが…
こうなったからにはオレは生き抜いて、やらなきゃならねえ。
ロスティージャやソロムを操っている奴を
ぶちのめしてやることでしか、オレの人生にケリはつけらえれねえ」
「わたくしも、決意しました」
キーンの言葉にうなずいて、アイスレアが凛とした表情で言った。
「ジャカさん、キーンさん、わたくしも王都へ参ります。
青い光の力を持つ者として…
真実を確かめなければならないと思います」
「…そ…そうですか…
そんなところまで決意なさいましたか、
お二人とも…」
決然たる態度を示しながら、まっすぐな瞳を向けるキーンとアイスレア。
ジャカは王都へ行くとだけは決心していたが、
自分たちを狙っている者の正体を暴くとか
はり倒すとかまでは明確に決めたわけではなかったので、
やや戸惑った。
そこにアンジェが、
「今回のことで身をもって知ることになったが、
相手はどこで目を光らせているか、
どんな手段を使ってくるかわからない。
街を歩く時にも油断は許されないということだ」
などと言ってきたものだからなおさら逡巡した。
ガラテアやソロム、ロスティージャといった
強面の連中を手足の如く操り、人を殺すことも厭わず
目的を果たそうとする悪の親玉など、
近づいてゆけば何をしてくるかわかったものではない。
このまま流れに任せて、何者なのか確かめるなり倒すなり
するという話にしてしまってよいものか。
そんなことを考えていると、月光騎団の代表者らしき女性が近づいて来た。
彼女は一礼し、リンケ・マリエンと名乗った。
「この任務、我々も疑問を抱いていました。
ロスティージャの所属する第七部隊は
軍の中でも評判が良くないと聞いておりましたし…
ですが、新入りの私たちは従わざるを得なかったのです。
しかし、ロスティージャの暴挙と、あなたの涙を見て…
やはり遂行すべきでないものだったと確信しました。
サンヤのことは任せてください。
責任を持って、ご両親の所まで届けます」
彼女の申し出に、キーンは深く頭を下げる。
今は、自らの手でサンヤを弔ってやるのは難しい。
両親の元に帰すのが、最良であろう。
「ありがとな。
…よろしく頼むよ…
オレ、必ずまた会いに行くから」
「承知致しました。
急いで出発してください、第七部隊の手の者が
他にいないとも限りません」
「ああ、わかった」
「アイスレア殿、私の命を救ってくれたことに感謝する。
この恩には、レキッタの街を守ってゆくことで報いることにしよう。
サンヤ殿のためにも」
ゼルノの言葉に皆がうなずいた後、
マリエンがジャカに声をかけた。
「あなたの、あの力…
あれは、何ですか」
例の、光の柱のことだろう。
あんな場面に遭遇すれば誰でも驚き、尋ねたくもなるはずだ。
しかし、当のジャカにもわからないのだから答えようがない。
「正直、わからないんです…
僕の前にいた人たちが、どうなったのかも…」
仲間たちにも、同じ説明をした。
青い光の力以外にジャカが持つ何かなどないので
それに起因するものだとは思うのだが、
自分でも何がどうなったのかさっぱりわからない。
「そうですか…
ところで、あなたはロズウェルと何か話していましたね」
「あの子を知っているんですか?」
その名を聞いた時、ジャカの胸にかすかな痛みがあった。
小さな棘が刺さったような。
初めて経験する痛みだった。
「ええ、ロズウェルは友人です」
「ロズウェルさんは、僕を助けてくれました。
お礼を言いたいんですけど、彼女はどこに?」
「それはわかりかねますね…
第七部隊の所在を私は知りませんので。
彼女は優秀でしたから、ウィルスター軍本隊に配属されるのも
早かったんです。
でも、悪名高い第七部隊所属になったと聞いて心配していたのですが、
まさかいきなり現れてロスティージャに攻撃するとは…
我々の方から事の次第は報告しますから
大丈夫だとは思うのですけれど」
「第七部隊…」
「マステマの隊の所属か。
関わらない方が身のためだぞ、奴は本隊に十ある隊の長の中で
最もタチの悪い男かもしれない」
後ろから、アンジェが言った。
彼女の噂どおりの恐るべき剣腕には、敵味方を問わず驚愕した。
今回の戦いで、一体何人を斬ったのか。
無論、左手の力によってその中に死者はおらず、
ロスティージャが率いていた傭兵たちは皆、縛り上げられている。
彼らがどのような措置になるかは知らないが、
牢に入れられるようなことにはならないであろう。
「タチが悪いって、どう悪いんですか?」
「耳にするのは、仕事はサボる、物は壊す、偏食、字が汚い、
勝手にチャンネルを変える、気に入らなければすぐに暴力を振るう…」
「ド悪人じゃないですかぁぁぁ!
それが軍の偉い人の一人!?」
「私見だが、十人の隊長の中には性格破綻者が数人いると思う」
「…本当ですか…
大丈夫なんですか、この国…」
その中でも一番というのだから、とんでもない男に違いない。
ロズウェルはそんな隊長の元にいて大丈夫なのか。
非常に心配な気持ちになるジャカであった。




