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不断のジャカ  作者: 吉良 善
全ては北に
26/92

光る戦場

戦いが、一瞬止まったような気がした。

その場にいた誰もが、呼吸することすら忘れて

ある光景に目を向けていた。

ロスティージャの剣が、サンヤごとゼルノを貫く様を。

「…サン…」

言葉を途切れさせたキーンの顔には、

いくつもの感情が同時に表れた。

驚き、悲しみ、絶望、後悔、そして怒り。

しかし、キーンがそれを爆発させる前に火球が飛来して

ロスティージャを狙った。

彼は剣を二人から手荒く引き抜いて、危ういところで火球をかわした。

すぐさま首を巡らせ、自分を狙ったものの正体を

確かめようとする。

「何やってるの、ロスティージャァァァァ!!」

魔法を放ったらしいレモン色の髪の少女が、

遠くからとんでもない大声で叫んだ。

彼女が何者でいつからいたのか、

ジャカたちにはわからない。

だが、敵ではなさそうである。

「アンフェザー・ロズウェルか…

 何をしに来たか知らんが、斬り捨てる口実はできたな」

「味方ごと攻撃するなんて!

 あんた、正気なの!?」

「正気か、だと…?

 そんなわけないだろッ!

 正気のまま人が斬れるかッ!」

「てんめェェェ!!

 サンヤから離れろッ!!」

忌々しげに怒鳴っているロスティージャに、

キーンは絶叫しながら突進した。

ロスティージャは少女から目を戻し、その攻撃に対した。

「困ったことになりましたね…!」

氷の魔法や支援魔法を放っていたアイスレアが、

息を乱しながら苦しげな声を漏らす。

魔導を連続して使いすぎて消耗が激しく、

このままでは魔力が尽きるのも時間の問題だった。

その上、すぐに治療が必要な重傷を負った者が二人いる。

さらに、自軍が劣勢であると判断した後方の敵が動き出した。

彼女の焦燥を肌で感じたジャカは、震えていた。

前と後ろから迫る敵に。

凶刃に倒れた二人の姿に。

「(こんな状況で…僕にできることなんてあるのか…!?

 どうしたら、みんな助かるんだ…

 どうしたら…

 僕は、どうすればいいんだ!?)」

一方で、だが、と思う。

アンジェが多くの敵を倒してくれている。

突然現れた少女の声が、不思議と勇気を与えてくれる。

そして、目の前が青く光り輝いた。

その光は、ジャカに見知らぬ人々の答えを示す。

『後ろの敵を食い止めろ』

と。

「(…あ、あんな大勢の敵を…

 滅茶苦茶だよ!

 食い止めるどころか、一瞬でやられる…)」

自分の腕ならば。

しかし、ジャカの場合は違う。

彼が手にしているのは、“勝手に戦う剣”である。

「(そ、そうか、ルルメクなら少しは時間を稼げるかも…

 やらないとみんなが…みんなが危ない…

 やるしか…ないのか…できなくても、やるしか!

 僕が、やるしか!)」

今、やるべき時。

大切な人たちを失わないために、今、自分にできることを。

そう決意した時、今までになかった感覚が

頭を、上半身を、下半身を、次々と満たしていった。

そして、ジャカの額の辺りに灯っていた青い光は

彼の全身を包んだ。

何かが、違う。

これまでの『特殊能力』の発動とは。

身体中が、熱い。

何かが、身体中に集まって来ているように。

意を決して、ジャカは渇いた喉で唾を飲み込んだ。

「…ア、ア、ア、アイスさん!

 ゼルノさんたちの治療をお願いします!

 後ろは、僕が食い止めます!」

声を裏返すジャカの、意外な言葉。

思わぬ申し出に、アイスレアはちらりと視線を向けた。

彼が全身から発する青い輝きに一瞬目を丸くしながらも、

彼女は答える。

「たくさんの敵が来ますよ」

「ぼっ…僕は弱いですが、戦うのは僕じゃありません!

 ルルメクです!

 この剣は強いです!

 粘っていれば、アンジェさんも来てくれるはずです!

 治癒魔法は、アイスさんにしか使えません、

 だから…お願いします!」

「…わかりました。

 ご立派です…必ず、生き延びてくださいね」

おそらくジャカの行動は、純然たる己の意志から

起こったものではないのだろう。

彼の性質と青い光が見えていることからして、

見知らぬ人々がそういう答えを出したからに違いない。

が、それを拒否しなかったにせよできなかったにせよ、

決断を下したのは彼自身である。

ジャカが見せた『勇気』に微笑し、

アイスレアは倒れているサンヤとゼルノの元へと走った。

彼女が去り、一人その場に残ったジャカは

迫り来る敵を見据えた。

三十人はいるだろうか。

自分に、何とかできるわけがない。

信じるしかないのだ。

震える右手に握った、ルルメクを。

「そこのあなた!

 あたしも協力するよ!」

背後から、よく通る声がかけられた。

振り返ると、駆けて来るあの少女の姿があった。

「君は…!?」

「あたしはアンフェザー・ロズウェル!

 アイツ、ロスティージャの同僚!」

「え!?」

「でも、アイツを止める!

 同僚だろうと、悪いものは悪い!

 その点、あなたたちは悪い人じゃなさそうだもんね!」

「そっ、そうかな…」

「そう!

 あたしの直感はたまに当たるから!」

「…たまに…」

答えながら、ジャカは恐怖がやわらぐのを感じていた。

初めて会った彼女の声が、存在が、

なぜ自分に力をくれるのだろう。

これが、キーンの言う運命なのだろうか。

そんな風に思いつつ、ジャカはルルメクを持つ手に力を込めた。




「おやおや、レゼルク殿!

 何やらロスティージャ殿と敵対している側に立ってしまっているぞ、

 ロズウェル嬢は!

 どうするかね、この私たちは!?」

走りながら、クラトーが尋ねてきた。

レゼルクたちがレキッタの西門に近づこうとしている間に戦闘が始まり、

その中でロスティージャが月光騎団の一人を巻き込んで

敵を攻撃した。

激怒したロズウェルはロスティージャに向かって魔法を撃ち込んだ後、

戦場に突撃していってしまったのだ。

彼女が魔導剣士であるということは聞いていたが、

魔導剣士のイメージからは程遠いくらいに直情径行だった。

「すでにロスティージャに攻撃してしまっているからな。

 奴を沈めて、ロズウェルは奴の暴挙を

 止めようとしたという方向に持っていくしかないだろう」

「しかし、ロスティージャ殿は一体何者と戦っているのだろう。

 そして、なぜあの戦力差で追い詰められているのだ」

「…いや、

 …その訳がわかったぞ…!」

クラトーと同じ疑問をレゼルクも抱いていたが、

納得した。

ロスティージャのいる位置より奥だったので

今まで見えなかったが、レゼルクの目は捉えたのだ。

戦場で華麗に舞う、白き天使の姿を。

「…メルヘヴン・アンジェ…!」

「何っ!?

 あのレッドハンドのか!?」

「…」

そうなると、別の疑問が浮かんで来る。

なぜ、アンジェがロスティージャの隊と戦っているのか。

ガラテアの話では、彼女はフリード・ウォルケンを見逃した…

「…!(まさか!そういうことか!?)」

レゼルクの頭に、一つの推測が浮かんだ。

それが正しければ、一応説明はつく。

また新たな疑問も生まれるかもしれないが。

「(アンジェは狙われている“力の持ち主”についたのか!?

 ならば、ロスティージャ…

 そして奴に情報を与えたであろうマステマも

 “力の持ち主”を捕えるか消すかの命令を受けていて、

 ここで襲撃したというのか?

 いや…マステマ自身が命令者ということもありうるか)」

あの男であれば、ウォルケンを襲撃、殺害させるといったことも

顔色一つ変えずに指示するだろう。

ロスティージャを派遣したことも、

手段を選ぶなと言っているに等しい。

「…とにかく、まずはロスティージャを止める。

 クラトー殿、援護を頼む」

「承った!

 任せておきたまえ、この私に!」

ロスティージャの蛮行を目の当たりにしたことで、

月光騎団は彼に少なからず憤りを抱いたはず。

彼を倒しさえすれば、月光騎団を味方につけ

ロズウェルの行動が問題にならぬよう事を運ぶことはできるはずだ。

そうなるために、レゼルクとクラトーは駆けた。





震えが、止まらない。

接近する大勢の敵を前にして。

ルルメクが小刻みにかちゃかちゃと音をたてて、

隣に立つロズウェルがジャカの震えに気づいた。

ジャカは、耳が熱くなるのを感じた。

きっと、顔は真っ赤に紅潮しているだろう。

恥ずかしかった。

怖いはずなのに、羞恥の方が大きかった。

彼女には、知られたくなかった。

自分が臆病者だということを。

「あなた、勇気があるね」

「え?」

敵を見据えたまま、ロズウェルは言った。

思わずジャカは、自分の想像とは逆の感想を口にした彼女の方を見た。

整った顔立ちをしている。

それ以上に、ジャカには彼女が眩しく映った。

話を聞いた時には怪訝に思ったが、

キーンが『運命の人』のことを

同じように言っていたのを思い出した。

「あんなたくさんの敵に、立ち向かおうとしてるでしょ」

「…いや…、

 僕、怖いんだよ。

 聞こえるでしょ?

 震えが止まらないんだ。

 僕は弱いけど、でも…

 みんなを失いたくないって気持ちだけは

 ちゃんとあって…

 でも、やっぱり怖くて…」

「弱くないよ。

 勇気って、怖さを感じないことじゃないよ。

 怖さに負けないことだって、あたしは思うの」

震えが、収まった。

先程より近づいた大勢の敵を前にしても。

ジャカの中にはこれまで感じたことのないものが

生まれていたが、それが何なのかは彼自身にもわからなかった。

しかし、次の言葉を紡がせたのは、その何かだったのかもしれない。

勇気、ではなく。

「君、魔法が使えるんだよね。

 それなら、援護して。

 前には出ないでいて」

「え?

 でも…」

「大丈夫…

 さっき言ったとおり僕自身は弱いけど、

 この剣が戦ってくれるから。 

 頼んだよ!」

そう言って、ジャカは駆け出した。

こうなったら、ルルメクに頼るしかない。

自分にできるのは、逃げずに戦場に立ち続けることだけだ。

一人飛び出して来たジャカに狙いを定めた敵たちは、

一斉に襲いかかってきた。

その内の一人を、ロズウェルの放った火球が撃った。

「うわわわわっっ!」

ルルメクの柄頭の宝石が赤く輝き、

ぐん、とジャカの身体が引っ張られる。

そうして、迫る白刃を弾きながらこちらからも

斬撃が繰り出された。

敵は痩せっぽちのジャカが思いの外鋭い太刀筋を見せていることに

驚きながらも、次々と斬りかかってくる。

後方のロズウェルも結構やるなと感心していたが

さすがに多勢に無勢で、十回以上ルルメクを振り回しても

一人を倒すのがやっとだった。

その頃にはもうジャカは息を切らしていて、

相手の刃が腕や肩をかすめるのを何度か感じた。

鋭い痛みが走る度に、恐怖が生まれる。

それはどんどんと膨らんでいって、

やがて己の心を支配してしまうのではないかと思った。

「(だっ…駄目だ、体力がもたない…!

 僕が倒れたらルルメクも止まる…!

 そうなったら、みんなが…

 あの子が、

 …危ない…!

 どうすれば…!

 僕は、どうすればいい!?

 …いいや、そうじゃない…

 僕が今、みんなを守るには!

 あの子を守るには、どうすれば…!)」

頭の中で強く念じた時、あの身体の熱さも強くなった。

同時に、ジャカは見た。

青い光が真っ白な光となって、全身を包んでいくのを。

そして、再び何かが身体中に集まって来るのを感じた。

「(これは…これは何!?

 何が僕の中に入って来てるんだ!?

 違う…これは僕の力じゃ…ない!

 何かが…僕を利用しているのか!?)」

白い光はやがてルルメクをも包み、

その妖剣はジャカの両腕を引っ張って刀身を天に向かって掲げさせた。

すると、光は一気に膨れ上がって天を貫くように立ち昇った。

ジャカの周囲にいた者たちは、弾き飛ばされるように後ろに転がった。

「あれは、一体…!?

 何が起こっているの!?」

思わず魔法を組み立てる手を止めて、

ロズウェルは空を両断するかの如く伸びる光の柱を見上げた。

青い光と異なり、それは誰の目にも見ることができたのである。

戦場は烈光に照らされて、一面の雪景色になってしまったように

真っ白に染まっていた。

誰もが、見ている。

天まで届かんばかりの光の柱を見ている。

降臨した神を前に身動きが取れず、

ただ見上げることしかできない蒼生のように。

その光に、ただならぬものを感じている。

自然現象ではない。

魔導でもない。

それそのものは、生命を脅かす顕現と直覚した者はいなかった。

しかし、あまりに巨大で強烈な輝きは

命に生理的な畏れを植え付けた。

最も強くそれを抱くことになった発生源たるジャカは

どうすることもできずに硬直していたが、

次に起こることを悟っていた。

自分の意志ではないが、何かがそうさせようとしているのが

わかったからだ。

「…や…やるのか…!

 大丈夫なのか!?

 う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

ジャカの両腕が、ルルメクを振り下ろす。

光の柱が、今度は大地を両断しようとするように

轟音と共に叩きつけられた。

ジャカに対していた敵たちは溶けるように消え、

大地は激しく抉られていく。

そして、一層光は強く、眩しくなっていき、

目を開けていられないほどになった。

辺り一帯を包んだそれはしばらく戦場を嵐の如く揺さぶり、

やがてジャカの身体から宙に霧散して消えた。

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