運命を信じるか
ジャカたちはレキッタの北西にある町、
ケテナに向かって出発すべく西門へと歩いていた。
その間、皆はキーンから三日前に出会ったばかりの
運命の人について延々と聞かされる羽目になっていたのだった。
「それで、一緒にお食事することになりましてね。
その後はすっかり彼女もオレに夢中になっていてさ~」
「…本当ですか~?」
「よせよジャカ、そんな目をするのは!
男の嫉妬はみっともないぞ!
そうそう、嫉妬といえば。
オレに興味津々の彼女に根掘り葉掘り尋ねられちゃってさ。
何人で旅をしているのって、仲間に女がいることを
心配しちゃってるわけですよ、かわいいだろ!
しまいにゃ見送りに行きたいから
いつどこの門から出るのか教えてほしいと…」
「待て」
浮かれた様子で語り続けるキーンの話を黙って聞いていたアンジェが、
後ろから鋭い声を発した。
ジャカとキーンが振り返ると、アイスレアの隣を歩くアンジェの表情は
美しくも厳しいものだった。
「何だ、あんたも嫉妬かアンジェ」
「ぶった斬るぞ」
「ぶった斬る!?」
「その女騎士がそれらの質問をしたのか」
「おう、そうだ」
「そして、お前は正直に答えたのか」
「そりゃそうだろ。
恋は正直にならないとうまくいかないもんだぜ!
見送りはいいって言ったけどな」
「予定を変更する。
他の門へ向かうぞ」
「変更?
おい、一体…」
「アンジェさん!?」
背を向けるアンジェにキーンとジャカが呼びかけていると、
彼女はすぐに足を止めた。
アイスレアが覗き込むと、彼女は輝く黄金の瞳で
辺りを見回していた。
「いかがなさいました?」
「遅かったようだ。
追手がいる…
ちょうど今、視線を感じ始めた。
まさに尾行を開始したところのようだ」
「何だと!?
なぜオレたちがここに来ることを…」
「本気で言っているのなら少々浮かれすぎだな。
死にたくなければ目を醒ますことだ」
「…!」
キーンは、言い返すことができずに歯噛みした。
今見る限りでは、追手の姿は見えない。
が、おそらくアンジェには感じられるのだろう。
旅人や通行人に混じって後をついて来ている
襲撃者の気配が。
それを呼んだのは自分であり、あの短髪の女騎士だというのか。
とても信じられない。
彼女がジャカや自分たちを狙う者と通じていて、
情報をもたらしたなどと。
「ここは人が多い、身動きがとれない間に囲まれれば捕まるだけだ。
何にせよここでは戦えない、街の外へ出るしかないだろう」
西門に来ることを敵が知っていたのなら、
すでにこの付近には兵が配置されているはず。
自分一人ならどうにでもなるが、
散って人混みに紛れても
全員が無事逃げおおせるかというと難しい。
そうアンジェは判断した。
「で、で、出るって、街の外で…
た、戦うんですか!?」
アンジェの言葉に震える声でジャカが言うと、
アイスレアは小さく息をついた。
「それしか道はないようですね。
でも気に病むことはありませんよ、ジャカさん。
どうやらわたくしたちも標的であるらしいのですから、
あなたがわたくしたちを巻き込んだわけではありませんし」
「ま、まあそうなんですが、
今僕が心配していたのはその点ではなかったんですけど」
二人の会話を呆然としながら聞いていたキーンは、
頭の中がごちゃごちゃとして
冷静に考えることができなかった。
まだ、サンヤが裏切ったと信じてはいない。
いや、信じないも何も、最初から彼女はそのつもりで
自分に近づいて来たのか。
どちらにしても、現実に追手は迫っている。
「…みんな、すまねえ…
けど、あの子は…
もしかすると、あの子も利用されていて…」
「向こうの事情などどうでもいい」
ぴしゃりと、アンジェは言った。
「忘れてはいまいが月光騎団はウィルスター軍の部隊だ、
その騎士もただ仕事をしただけかもしれない。
私たちが危険分子とされているとすれば、
彼女も国のためと考えて行動しただけだろうから
それをあえて悪と言うこともない。
動揺を抑えろ」
「そ、そうですよキーンさん。
とにかく、ここを離れましょう」
キーンの背中を押しながら、ジャカは後ろをきょろきょろと見た。
門の付近は人が多く、どれが追手かまだわからない。
この街でも狙われていたことや、これから戦闘になるのだろうかという
恐怖に支配されそうになり、もし以前のジャカであれば
実際にそうなっていたであろうが
今の彼はかすかに、ほんのかすかに正気を保っていた。
それは、これまで幾度も大切な誰かを失ってきた彼の、
もうこれ以上は、そして今度は誰も失いたくないという想いが
恐れや焦りにかろうじて抵抗しているのであった。
四人が走っている内に、後を追って来る連中も姿を見せ始めた。
月光騎団ではない。
ウィルスター軍の兵士たちである。
やがて街の門を出ると、普段はあるはずの旅人や見送りの人々の
姿は全くなかった。
その理由は、前方に見える集団。
右手に男ばかりの隊、およそ二十名。
左手に女ばかりの隊、およそ三十名。
そして、それらを従えて立つ人相の悪い長身の男。
ジャカたちを追って来た連中は門の外に出た所で
足を止めているが、実はその男が指示したことであった。
人々が門に近づくのを防ぎ
ジャカらが街に戻らないようにするためでもあるが、
彼らは上司から預かった兵なのでなるべくなら
無傷で済ませたい。
だから追い立てる役目をさせて、
傭兵と月光騎団を利用して自らの手で標的を仕留める。
そういう腹づもりだった。
「本日の獲物の御到着だな。
お前たちはこのディンキン・ロスティージャが捕る!」
剣を抜き放ち叫ぶロスティージャ。
彼を見たジャカは
「うわあ~、いかにも怖そうな人!」
と声を上げたが、その視界の隅に一人の男の姿が入って来た。
三十前後の、体格の良い戦士だった。
「見つけたぞ、ロスティージャ!
私の正義の剣は、世界のどこへ逃げようともお前を逃さない!」
「まためんどくさそうな人が現れた!」
「そこの方々、私は友の仇であるディンキン・ロスティージャを
追い続けて来たシェムリ・ゼルノ!
ここは協力して戦おう!」
あの集団を前にして飛び込んで来るとは、なかなか肝の据わった男である。
しかし、この状況ではロスティージャだけを相手にするのは不可能であろう。
「…!」
ゼルノから集団に目を戻したキーンは、
身体中に電撃が走ったように感じた。
女性側の隊の中に彼女を見つけたのだ。
その隊にあって彼女がとりわけ目立つというわけではないが、
キーンにはすぐにわかった。
まだ遠くてはっきりとは見えないものの、
自分たちから視線をそらしているサンヤが。
「後ろは門を固める役のようだ、
まずは前を片付けるぞ。
敵の中に魔導士がいる、用心しろ」
そう言い置いて、アンジェが俊足を飛ばし抜け出て行った。
キーンが続き、アイスレアが魔法を組み立て始める後方で
ジャカはルルメクを抜き放ったが、足がすくんでうまく走れない。
「来たな、不殺の天使…!
奴を囲め!
隙を見て俺がとどめを刺す!」
瞬く間に距離を詰めるアンジェを剣で示し命じる
ロスティージャに従い、男女合わせて十人が
それぞれに武器を構え襲いかかった。
「その数でいいのか?」
きらりと瞳を鋭く煌めかせ、アンジェは赤い手袋を着けた左手を
腰の剣の柄にかけた。
そして彼女が向かい来る敵の中に飛び込んで数秒、
十人の敵はほぼ同時に地に沈んだ。
その恐るべき光景は残る敵兵、さらにはロスティージャにさえも
恐怖を植え付けた。
アンジェの剣技を目の当たりにした敵の動きは、明らかに鈍った。
数の差は圧倒的だが、敵味方合わせても彼女だけは格が違う。
アンジェがいなければものの数十秒で勝敗はついただろうが、
彼女は直接刃を交えていない者をも動揺させるという形でも
ジャカたちの助けとなった。
「…さすがはレッドハンドの不殺の天使…
敵に回しちゃこの上ない脅威だが、
味方となると最高に頼もしいぜ…!」
「まさしく、そのとおりですね」
キーンに答えつつ、生じた隙を突いてアイスレアが氷の魔法を放ち、
次いでゼルノもこちらに合流して来た。
さらさらとした髪をなびかせる彼の爽やかな笑顔に合わせるように、
ジャカは顔を引きつらせた。
「初めまして、皆さん!
正義の名のもとに共に立ち向かおう!」
「…は、初めましての次の言葉としては
かなり重いですね…」
「正義か…!
オレらが正義かどうか、そんなのは知ったこっちゃねえが」
キーンの瞳は、再びサンヤを捉える。
確かめなければならないのだ。
彼女の真意がどうであれ、キーンは知らなければならない。
サンヤは、ようやく見つけた運命の人であると信じていている。
だから、彼女のことも信じている。
「待ってろ、サンヤ!
オレが解放してみせるぜ…
君を縛っている、苦しみから!」
彼の声を、サンヤは聞いた。
解放されるには、それで十分だった。
そもそも、いかに第七部隊から派遣された者から受けたとはいえ、
今回の任務はどこかおかしいと思っていた。
そして、キーンたちを軍が危険人物とみているという。
だが、真実は自分の中にある。
短い時間でも、見て、話し、接することで知った
ブリッツ・キーンという男がいかなる人間か。
ディンキン・ロスティージャと、どちらを自分が信じられるか。
「私の見たキーンは…
捕まえなきゃいけないような人でもなければ、
まして殺さなきゃいけないような人では、決してない!」
サンヤは、駆ける。
命令ではなく、己の心に従って。
「メルヘヴン・アンジェ!
まだ子供のクセしてずいぶん目立っているようねェ…!
けど、それも終わり!
アンタを倒してこのアタシ、ブロンスト・クレミアの時代が来るッ!」
長い髪を振り乱し、いかにも凶暴という笑みを見せながら
女騎士が斬りかかってきたが、彼女はその勢いのままにぐらりと体勢を崩し、
前のめりに倒れていった。
隊一番の遣い手が一刀の下に斬り伏せられたことに
驚愕しつつも、女騎士が続けざまに迫る。
その鼻先に切っ先が突きつけられ、動きを止めた。
彼女のみならず、アンジェを攻撃しようとした
月光騎団の面々はいずれも顔を戦慄に染め、
戦意を失いつつあった。
アンジェは、刃を合わせる前から悟っていた。
訓練をしていたとはいえ、彼女らは実戦に出たことがない。
素人だ。
「下がれ。
退かなければ斬る」
「そういうわけには…!」
「勇敢だ、とは言わない」
華麗に回転しながら、周りを囲む女騎士たちを蹴散らして
アンジェは弾けるように再び走り出した。
彼女が最優先の標的に定めた魔導士の部隊に疾風の如く近づいてゆく。
少数の自分たちが剣士や騎士に足止めされている間に
遠方から狙われれば、アンジェ自身はともかく
ジャカたちが一方的にやられることになるだろう。
射程に入ったらしく魔法が数発飛んで来たが、
かすらせもせず懐に飛び込む。
こうなると五人いた魔導士隊は為す術もなく、あえなく壊滅した。
今や、ロスティージャの近くに残っている敵は
半数以下に減っている。
そのほとんどを、不殺の天使が斬っていた。
一方、手薄になったロスティージャの元には
キーンとゼルノが迫った。
取り巻きの一人を薙ぎ払うキーンの目は、
こちらへと向かおうとするサンヤに注がれた。
「サンヤ、オレの所へ来い!」
「キーン!
私は…」
「おっと、言葉はいらないぜ。
全てわかってる、なぜなら…」
「運命の人だから!」
「大正解!」
二人の笑顔が、近づいていった。
すぐ近くでは、ゼルノが疾走している。
「ロスティージャ!
覚悟っっ!」
「馬鹿め!
まだこっちの方が数は多い、
だからこそこういう手も使える!」
ロスティージャは走るサンヤに近づいてその腕を掴み、
ゼルノの前へと突き出した。
「何っ…」
敵意が見えず抜刀もしていないサンヤが
驚きの表情を見せながらぶつかってきて、
ゼルノは彼女を斬ることができなかった。
撥ね退けようとする彼は、腹に刃が喰い込んでくることを知った。
同時にサンヤもまた、自らの背を刃が貫く
熱さに似た痛みを感じていたのである。




