強引に運命
「みんな、突然だけどオレ結婚するわ」
「はあああああああ!!?」
宿に戻って来たキーンが皆を集めて行った発表に、
ジャカは立ち上がって大声を上げた。
突然にも程がある。
バカも休み休み言えと内心では率直に思ったが、
相手は年長者でもあるので喉元まで上がって来た言葉を
何とか飲み込んだ。
「まあ、おめでとうございます」
「すんなりと受け入れすぎですよアイスさん!
ちょっと、何を言ってるんですかキーンさん!
出かけてから帰って来るまで、三十分くらいのものですよ!?
その間に何があった…というか、
何があっても結婚するなんてことにはならないでしょ!」
小さく拍手をするアイスレアに一度顔を向けつつ
キーンに問い詰めるジャカ。
アンジェは、この場に来ることは来ているが関心を示さず、
剣の手入れをしていた。
その様子を横目に、ジャカは頭を抱えた。
キーンがこれほど常識外れな人間だとは知らなかったので、
また面倒なことになるかもしれないと思ったわけなのである。
「あ~、何なんだよ!
どう反応すべきなのこれ!?」
そう言った時、目の前が青く光って
『とりあえず友人として祝福すべき』という文字が
脳内に浮かんだ気がしたが、見ていないことにした。
「こんな心からどうでもいい時に発動しなくていい!
それで一体、どこの誰と結婚するっていうんです」
「いや、名前は知らねえ」
「え?」
「さっきたまたま道で会って、
ブン殴られただけだからよ」
「それは通り魔に遭っただけでしょうが!」
馬鹿馬鹿しくなって、ジャカは再び椅子に腰を下ろした。
驚いたり真剣に尋ねたりして損をした。
キーンの質の悪い冗談だろう。
心身共に疲れ果てているのに、そんなものに付き合う余裕などない。
「違う違う。
一目惚れ…っつうか、運命の出会いってやつだな!
もう叶ったも同然!
すでに答えは出ているのだ」
得意気に、キーンは言った。
まだ続けるつもりらしい。
付き合いきれないというように、ジャカは首を振った。
「客引きに絡んで殴られたんじゃないんですか」
「このオレが客引きなんぞにやられるか。
向こうは騎士様さ。
とびきり活きのいい、な」
「騎士様?
まさか月光騎団の!
見つけるなり飛びついたってことですか!?」
「バカ言え、月光騎団だったからってわけじゃねえ。
会った瞬間にビビっと来たんだよ。
何しろオレは、日常も恋もせっかちな男だからな」
「ふふ…
キーンさんは情熱的なんですね」
「良く言えばね。
すっごく良く言えばですね、アイスさん」
「そういえば、話は変わりますけれど」
「…このタイミングで変えるんですか…
まだキーンさんの方が解決してないんですけど…」
「わたくしとアンジェさんのお部屋に
お金がありました」
「お金?」
「前の客が盗まれないようベッドの下に隠しておいた物だそうだ」
目を丸くするジャカに、後ろからアンジェが答えた。
「知らせた礼として一割置いていった」
「…一割って、いくらくらい…」
「一千万弱だったな」
「えええええ!」
「きたきたきたー、アイス嬢の超絶金運!
こいつはオレの恋路の吉兆ってもんだぜ」
拳を握りしめて言うキーンに、ジャカは乾いた視線を送る。
それを受け流すように、キーンはにやりとした。
「心配すんなよ、ジャカ。
何もこの街で腰を落ち着けようってんじゃねえんだ。
結婚してもお前とは一緒に行ってやるよ」
「…僕が心配しているのはそこじゃないんですけど…」
「何だよお前!
素直に祝福するとかできんのか、
兄貴分のオレ様が人生の春を迎えようとしているってのに!」
「だって成立してないじゃん!
名前も知らない人に殴られたなんて普通なら
裁判沙汰ですよ裁判沙汰!
それから別に兄貴分ではないです」
キーンの人生である。
名も知らぬ何者かが相手であろうと、
出会った瞬間に何かを決意しようと
ジャカが口を出すことではないのかもしれない。
しかし、どう考えてもいい結末に向かう話とは思えない事態であれば、
自分を支えこの街にまで連れて来てくれた恩人である彼のために
苦言を呈するのもまた、一つの恩返しではないだろうかと考えるのである。
到着から三日、ジャカたちは毎日宿を変えつつも
まだレキッタにとどまっていた。
本人の想像以上にジャカの心身の消耗が大きかったこともあるが、
次にどこへ向かうかを判断するための材料を収集する目的もあった。
その役目を買って出たキーンだが、街を歩く際の目当てが
一人の女騎士であったことは言うまでもない。
彼女に出会ったことでキーンはすっかり月光騎団そのものへの興味は失って、
あちらこちらと視線を巡らせては
あの潔い短髪を風景の中に探すのである。
が、大都市ではないとはいえそれなりの規模を持つこの街では、
そう簡単に再会できるものではなかった。
ジャカだけでなく、自分も狙われているらしい身だ。
アンジェなどは、今日にも旅立つべきと言っている。
それはキーンもよくわかっていて、さすがの彼も少々沈み気味だった。
「…(運命の出会い…のはずだったんだけどなあ…
出会っただけで満足しろってのかい、神さんよう。
こいつは、錯覚とか一時の気の迷いとかじゃないんだぜ。
もう一度、もう一度会えさえすればあの子も気づくはずなんだ。
いや…オレが、気づかせてやれるんだ…)」
「今日は威勢がないのね、破廉恥漢」
「その声はっ!?」
どこからか聞こえてきた声に、キーンは顔を上げて
首を左右にぐるんぐるんと回した。
そして、見つけたのである。
自分にしか感じられないのかもしれない輝きを持つ女騎士を。
無くした宝物をついに探し出したような気分で
満面の笑みを浮かべるキーンを見る彼女の表情は
先日よりもずいぶんと柔らかい、ように思えた。
周りの景色や人々はとっくに目に入らなくなって、
自分たちしかいない世界でキーンはまたも両足を青く光り輝かせ
瞬時に女騎士に接近した。
「ようやくオレに会いに来てくれたのかい、お嬢さん!
やはり運命の人!
オレは…」
「ブリッツ・キーンでしょう。
もう聞いた」
「おおお…!
あの時、君の清らかな心に刻み込まれたオレの名は強く焼き付いて、
この三日間片時も消えることがなかったというのか…!」
「…そうは言ってないけど…
私はルベール・サンヤ、月光騎団の者よ。
この前は、あなたが騒いでいたとはいえ少しやりすぎたと思う。
謝ります」
「いいんだよ、気にしなくて!
今すぐにオレと結婚してくれれば!」
「この大馬鹿者ー!」
「ぬおおおッ!」
サンヤの拳が、ようやく腫れの引いたキーンの左頬に再びめり込んでいた。
唐突に求婚してきたこの男が非常識であることは間違いない。
だが、これほどにサンヤが激昂したのは、それだけが原因ではなかった。
初対面で馴れ馴れしくしてきたことも、ふざけている。
そう思ってはいるのだが、彼女は動揺した。
今まで、男性から好意を寄せられたことなどなかった。
自分でもわかっている。
「人をからかうのもいい加減にしなさい!
私が女性としての魅力に欠けることは自覚しています!
そこに付け込むなんて、卑怯な!」
三日前、サンヤは自分が逃げたような気になった。
男性が惹かれる要素が、己には乏しい。
キーンは誘うふりをして、絶対にからかっていると思った。
だから、腹が立った。
それなのに、胸の片隅にくすぶる不可思議なものは何なのだろう。
キーンはからかっているのではないと、
ささやき続けるものは。
そんな疑問を打ち砕くように、
いや、そんな疑問に答えるように、キーンは真顔になって
通りの端から端まで届きそうな大きな声で叫んだ。
「ちょっと待てェェェ!
たとえ世界中の野郎どもが見過ごしたとしても、
オレだけは見逃さねえぞ!
君は…
ルーベル・サンヤは!
ブリッツ・キーンにとって運命の人、最高の女だあー!!」
「おっ…大声で妙なことを叫ぶのはよしなさい!
わかった!
食事には付き合います!
だから騒ぐなッ!」
もう一発、右の頬にももらいながら手にした約束。
食事を終え、別れ際にキーンは笑顔を向けた。
「いくら運命の出会いでも三日じゃ火が通りきらねえわな!
だからよ、抱えた用事をすっかり済ませたら迎えに行くぜ」
「…来られても拒否するかもしれないけど…
大体、月光騎団もいずれこの街を離れるんだから、
私もいつまでもここにいるわけじゃない」
「問題ねえっつーの!
オレと君だぜ?
すでに再会は決まってる、このウィルスター一の伊達男が
必ず君を探し当てるぜ!」
よくぞそこまで言えるものだ。
噴き出すように笑みを漏らしながら、
サンヤは勝手にしなさい、とつぶやいた。
「あなたは、何人くらいで旅をしているの?」
「四人だよ。
男二人に女二人…
おおっと、誤解すんなよ!
心配もすんな!
オレは君一筋だからな!」
「…誰がそんな心配を…
とにかく、気をつけて。
出発はいつ?
どこの門から出るの」
「今日、日が暮れる前のまだ人通りが多い時間に
西門から出ることになってる。
騎士様は規則がうるさそうだから、見送りはいらないぜ。
どうせまた会える!
なぜなら運命の人だから」
「はいはい…
頭の隅っこで無事を祈っておくわ。
隅っこでね」
互いに笑顔で、二人は別れた。
再会を確信していたのは、実はキーンだけではない。
だから、彼らがまた会うことになるのは、
この時すでに決まっていたのかもしれない。




