追いかけてクラトー
「あなたは、どこの出身なの?」
左右に鮮やかな緑が広がる街道を歩きレキッタに向かう途中、
ロズウェルにそう問われたレゼルクは一瞬、黙った。
そしてすぐに
「ルフィカだ」
と答えた。
ある出来事が起こった町だが、それについての報道が
表立ってされなかったため、外の人間からすれば
その地名を出すのになぜ言いよどんだのかを
理解することはできないだろう。
もっとも、彼自身はずいぶん間が空いてしまったように感じていたが、
聞き手の方は少しも気にならないくらいのものであった。
「ああ、ガーラントの北にある町ね。
もしかして、寄って来たの?」
「いや、しばらく行っていない。
私は幼い頃に引っ越したのだが、
前に行った時にはその町で唯一と言ってもいい友人も
いなくなっていたからな」
「それは心配だね。
でも、きっとどこかで元気でいるだろうから
また会えるよ」
「そうだといいが…
実は、引っ越してから何度か手紙を送っていたんだが、
それが全て返って来ていた。
ようやくルフィカに戻って訪ねてみれば、
友人の家がなくなっていたんだ。
近隣住民の話では殺人事件があって、家族全員が亡くなったと…
犯人は、まだ捕まっていないとか」
瞳を伏せるレゼルクの言葉に驚いた後、
ロズウェルは彼の顔を覗き込むようにした。
とんでもない話を聞いた、と思った。
そんな展開を予想することなどできるわけはないが、
もしかすると悪いことを言ってしまったのだろうか…
「ええ!?
でもあなた、あたしがまた会えるよって言った時、
そうだといいがって…」
「ああ…
その住民も事件の後に越して来たそうだが、
さらに話を聞いていくと亡くなったのは
『両親と娘』らしいんだ。
友人には妹がいたから、その話が確かなら
彼は事件には遭遇しなかった…
しかし、安否や足取りも含めて一切情報は得られなかった」
「そう…
まあ、それなら絶対生きてるね!」
「…何でそうなるんだ」
「じゃあきくけど、何でそうならないのよ。
誰もお友達が亡くなったなんて言ってないんだから、
生きてるって信じとけばいいじゃない!
違う!?
違わないでしょ!」
指を突きつけながら迫るロズウェルに、
レゼルクは少々後ずさった。
マステマとのやり取りからもわかっていたことだが、
やはり彼女の気の強さは相当なもののようである。
しかし同時に、己が彼女から感じ取っていたのは
それだけではないだろう。
そうでなければ、あんな話をするはずがない。
自分にとって初めての、そしてもしかすると
今になっても唯一かもしれない親友と呼べる存在が
行方不明になっていたことは、レゼルクに大きな衝撃を与えた。
しかも、その家族が殺害されていたなどと。
これまで一度として、誰にも話したことはなかった。
友の生存を信じたいと思ってはいたが、
安易な気休めではなく即座に、そして力強く
その願いを肯定してくれたロズウェルを見て、
レゼルクは彼女に話して良かったのだろうと
己を納得させた。
「そ…それはそうだが、ちょっと大きいな…
声が大きい…
私は隣にいるんで…
数十センチの距離なんで」
「声が大きいのは元気な証拠だ、アッハッハ!
そういえば、ルフィカって近くに
立ち入り禁止になってるエリアがあったよね。
あれ、何なんだろう?」
「危険物質が出たとか何とか説明があったと思うが、
権力者は何かと隠し事をしたがるものだ。
そして大抵、我々にとってありがたくない事実が
裏にある」
ロズウェルの言う立ち入り禁止のエリアには、
あの青の夜に関係した何かがあるのだろうか。
レゼルクの生まれた小さな町で、一体何が起きたというのだろう。
権力者について語り、故郷の謎に想いを巡らせるレゼルクが
ニヒルな表情を浮かべていると、
「お~い、待ってくれー!
置いていかないでくれ、この私を!」
甲高い男の声が後方で響いた。
振り返ってみると、紺碧の長髪を揺らし男性が街道を駆けて来る。
知らない顔だったのでロズウェルの方を見やったが、
彼女は小さく首を振った。
警告の意味も含めて、レゼルクは一応剣に手をかけた。
「待て待て!
怪しい者に見えるのか、この私が!」
「今のところ怪しい者にしか見えないな。
お前は誰だ、そして置いていくなとはどういう意味だ」
数メートル離れた所で立ち止まり
両手を広げて見せる長髪の男に、レゼルクは鋭い目を向ける。
近くにまで来てみると、結構長身だった。
ロズウェルはしばらく男の顔を眺めていたが、
やはり誰だかわからない。
その視線に気づき、男は整った顔の口元を緩めた。
「お嬢さん、気になるようだね、この私が」
「いや、気にはならないけどどなたかなと思って」
「まさか!
知らないというのか、この私を!」
「そんな有名人なの?
格好からするとウィルスター軍の人みたいね」
男が身に着けている鎧はウィルスター軍の物である。
彼がロズウェルと話している間にレゼルクは
力量を探っていたが、遣い手ではあると読んだ。
その読みを撤回したくなるような気取った物腰で、
男はなぜかくるりとターンして右手を胸に当てた。
「それでは自己紹介といこうか、この私から!
私はトゥリート・クラトー、七部隊の所属だ!」
名を聞いても、やはり知らない人物だった。
「…ロスティージャといいクラトー氏といい、
七部隊には良くも悪くも幅広い人材がいたんだな」
「隊長が君たちについて行ってやれとおっしゃるので
こうして追いかけて来たのだよ、この私は!」
「…隊長が…?」
レゼルクとロズウェルは、そろって眉をひそめた。
あのマステマが親切心からそんなことを言うとは思えない。
しかし、現れたクラトーという男が
何かを仕掛けてきそうな人物ともまた、思えなかった。
「なぜあなたが?」
「それはもちろん有能だからだろう、この私が。
何しろいざという時に頼りになる、この私は!
隊長はあのとおり天の邪鬼だから、
鬱陶しいからあいつらと一緒にどこかに行っていろなどと
心にもないことを言っていたがね、この私に」
「…あの隊長にしては珍しく、本心からの言葉なんじゃないかな…」
つぶやきながら、ロズウェルは妙に感心した。
マステマを相手にこのような考え方ができるとは奇特な、
いや貴重な人物かもしれない。
だからこそマステマが鬱陶しいと言ったのだとは思うが。
とにかく、説明を受けてレゼルクは深くうなずいた。
「なるほど、事情はわかった。
とりあえず帰ってくれ」
「必要ないというのか、この私が!?」
「まあ、どちらかと言えば…」
「いいや、帰らないぞ、この私は!
軍人たるもの、任務を最後まで遂行するのが務め!
絶対にやり遂げてみせる、この私が!」
「…せめてその口癖を直してくれないかな…」
レゼルクは、首を振りながら嘆息した。
どうも、クラトーは引き下がりそうにない。
そこそこの腕ではありそうだし、悪い人間でもなさそうなので
戦力が増えるなら心強いことでもある。
内心、ロズウェルとの旅も悪くないと考え始めていたところだったので
残念といえば残念ではあるが、
レゼルクはクラトーの同行を承知することにした。




