街角の出会い
レキッタは本来、静かな街であった。
大都市というほどでもなく、旅人の目当てとなるような
名所があるわけでもない。
街を東西と南北に分ける大きな通りには街路樹や花壇が並び、
いくつもの商店が軒を連ね、住民同士のふれあいも感じられる
小奇麗な土地。
「いい街だね」
「暮らしやすそうな所だね」
訪れた者は、大方そのような感想を抱くことだろう。
レキッタとは、そういう場所である。
そんな穏やかな時間の流れる街が
しばらく前からいくらか賑わい出したのは、
そこにあった何かに人々が集まって来たからではない。
この国に新たに誕生した女性のみで構成される隊、
月光騎団が訓練のために滞在しているからであった。
話を聞きつけわざわざ見物に訪れる人々がいて、
男性の方が多いのは誰もが予想するところだが、
意外にも女性の割合もそう低くはなかった。
そのレキッタに今、ジャカたちはようやくたどり着いた。
ソロム隊の襲撃から気の休まる時はなかったが、
街の門を通り抜けた途端にジャカは意識とは裏腹に
全身が脱力してしまうのを感じた。
「よーし到着!
だが我らに立ち止まっている金は…
いや、暇はない!
さっさと宿を押さえるぞ!」
太陽がまだ高い位置にある頃、
街に入るなり宣言したキーンを見て、彼に悪気はないことは理解しつつも
若干うんざりしていたジャカはつい本音を漏らした。
「キーンさん、本当にお金に厳しいですね」
「おいおいおいおい!
聞いたか淑女諸君!?
このオレが金の亡者だと!?」
「…だからそこまでは言ってませんって…」
くるりとこちらを向いて大袈裟に両手を広げて言うキーン。
なぜ彼は自らに向けられた言葉を悪い方向に
膨らませるのだろうか。
「だったら言わせてもらうがな、
優柔不断なガキと金運に恵まれすぎた御令嬢、
そして浮世離れした天使様!
一体オレがうるさくなきゃ、
キミたちはどうするつもりなのかね」
「…まあ、ごもっともではあるんですけども…」
アイスレアとアンジェは関心がないのか、何も言わない。
道中、キーンもこの二人には、
アイスレアは金がどうこうという話をしても響かないであろうし、
アンジェは怖いのでうるさく言わなかった。
「しかし何だな、浮かれた連中がふらふらしてやがるな。
月光騎団をタレントか何かと勘違いしているんじゃないか?
しょうもない心構えで物見遊山に来やがって」
確かに、キーンの言うとおり辺りを見回すと
楽しそうにおしゃべりをしながら歩く若者たちの姿が
ちらほらと見える。
でも、とジャカは思った。
「…キーンさんがここに来るにあたっての心構えって確か、
男が行動するのに女性ばっかりの隊を見に行く以外の理由は必要ない、
みたいなことでしたよね。
かなりしょうもない部類に入ると思うんですけど」
「…黙りやがれ、ジャカ…!
てめえ、貫くぞ槍で…!!」
「貫く!?
ブン殴るとかじゃなくて!?
…そうだ、その怖い感じ、街の中ではもう出さないでくださいよ。
変に思われちゃいますから」
「何だ、オレがガラの悪い男だと思われるってのか?
心配ご無用だよ、オレはウィルスター一の伊達男だぜ?」
「…いや、自称でしょ、それ…」
「いいか、人の顔は大体善側と悪側に分けられるもんだ。
オレはどう見ても正義の味方顔だろ」
自信たっぷりにきかれたが、ジャカは返答に窮した。
どういう問いかけなんだと思案しながらも、
あまり間を空けると追い打ちを受けるので
何とか答えを捻り出す。
「…ええと…そうですね…
左側は善で右側は悪っていう…」
「お前の基準は眉毛の有無だけか!?
左は善ってフォローしたつもりか、
嬉しくないんだよバカ!」
「出ちゃってる、キーンさん!
怖い感じが全部!」
「お前のせいだ!
…ん、何だ、アンジェ。
何か言いたそうだな」
「料金を倍にしたいのだが、いいか」
「いいわけないだろ!
何なんだ一体いきなり口を開いたと思ったら!
ただでさえ法外な額なんだぞ、倍にしたい理由を言ってみろ」
「うるさい」
「…会話と歌は旅を彩る最高の供だぜ…
そうだ、歌おうじゃないか、みんな…
オレたちの友情を青空の下、高らかに響かせよう」
「まあ、素敵なご提案…
街に着く前なら大賛成でしたのに残念ですわね。
さあ、宿はそこのお店にしましょう」
宿は宿泊費を払ってくれるアイスレアが決めた。
男女それぞれ一部屋ずつ取り、
入るなりジャカはベッドに倒れ込んでしまったが、
キーンはすぐに出かけると言い出した。
「やっと着いたのにもう外出ですかあ~?
ああ~、僕はいいです。
キーンさんお一人で行ってください、
ええ、どうぞご遠慮なく」
枕に顔をうずめながら手をひらひらと振るジャカは、
月光騎団に関心を示していない。
だけでなく、ここに至るまでの強行軍による疲労もあるのだろう。
仕方なく、キーンは一人で宿を出て行った。
「…どいつもこいつもよぅ…
浮ついたツラしやがって。
貫いちゃいますよォ、まったく!」
肩を大きく左右に揺らし、ぎらついた目を左右に向けながら
大股で歩く右眉のない男から視線をそらし、
道行く人々は避けて通るように両脇に寄った。
彼がやや不機嫌なのは自分の同類がすでにこの街のそこここに
現れていたからだったが、自覚は微塵もない。
「大体、女だらけのパラダイスだとか想像して
わざわざレキッタに来る、そのさもしい根性が気に入らねえ。
あわよくば月光騎団の方とお近づきにとか
夢想してんじゃねえぞコラァァァ!」
「静かになさい!
公の往来で大声を上げて暴れるなど言語道断!」
「大声は上げたがまだ暴れてねェェェ…」
背後から響いて来た凛とした声に、
顔を歪めながら振り返ったキーンはそのまま固まった。
彼の目の前に立っていたのは、
腰に細身の剣を携え軽装の鎧に身を包んだ女性の騎士だった。
鎧の左肩部分には三日月の意匠が施されており、
彼女が目当ての月光騎団の一員であろうことを窺わせたが、
キーンが二の句を飲み込んでまで見入ったのは
その女性がどこに所属する何者なのかということよりも、
振り返った瞬間に見たように感じた彼女自身が発する
輝きに抗えなかったからである。
顔立ちは美形とは言いがたかったが愛嬌があり、
おそらく女性としては限界近くまで短く整えた髪は
いっそ潔い。
一目で引き込まれたキーンは、
彼女の瞳に映るために自分はここまで来たのだと信じた。
そういう想いがさせたのか、無意識に己の能力を発揮していた。
「初めまして、お嬢さん。
オレはウィルスター一の伊達男、ブリッツ・キーン。
服をうまくたためないが気にしないぜ。
本当にモテる男はそんなことにはこだわらない」
「大人なら気にしなさいよ、この破廉恥漢ッ!」
「ぶおおッッ!」
瞬時に懐へ飛び込んで来たキーンの速さに驚きながらも、
女騎士は右手で彼の頬を打った。
誰の目にも悪漢を成敗する正義の女騎士という場面に見えたので、
周囲からは歓声が上がる。
そんな不利な形勢もどこ吹く風で、キーンは笑顔を浮かべ
女騎士の瞳をまっすぐに見つめた。
ならず者にしては澄んだ眼差しに女騎士の方は
やや狼狽しながらも、厳しい表情を保った。
「もう騒ぐのはやめて、おとなしくなさい」
「もちろんだとも!
おとなしくするから、これからお食事でもいかがですか、
騎士殿」
「私は真剣に言っているのよ、この卑劣漢ッッ!!」
「いや、オレも真剣…
ぐおおおッッ!!」
今度は平手ではなく拳が入り、キーンがよろめいている間に
女騎士は身を翻した。
そして、
「これに懲りたら、心を入れ替えて真人間になりなさい
好色漢ッッッ!!」
去り際にそう叫びながら曲がり角に消えて行った。
通りの中央に取り残されたキーンは、
ひりひりとした頬の痛みを感じながらも、
穏やかな笑みをたたえていた。
「いいねえ、あのじゃじゃ馬ぶり…
いい拳持ってやがらァ。
ウィルスター一の伊達男の連れは、こうでなくっちゃな」
これで終わりにはしない。
彼女と自分はここから始まるはず。
いや、始めさせてみせる。
左頬を腫れさせながら晴れ晴れとした表情で
彼女が吸い込まれていった曲がり角を眺めるキーンを、
周りに居合わせた人々は不審の目で遠巻きに見ていた。




