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不断のジャカ  作者: 吉良 善
全ては北に
20/92

性悪男

レゼルクは、ウィルスター王国で

五番目の規模と人口を持つ都市ガーラントに到着した。

この街に、彼の一応の上司が滞在しているためである。

一応というのは、レゼルクは常にその上司の命令に

従っているわけではなく、ある程度自由に行動することが

許されているからだ。

彼はハーディスによって軍に勧誘された際に「とりあえず」

第七部隊に加わることになったものの、

特命大臣の手下てかを必要以上に近づけることを嫌った

その隊の長が半ば放任したのであった。

それは、レゼルクにとっては幸いだった。

第七部隊の隊長は上司としてというだけでなく、

人としても尊敬できるとは言い難い人物だったのである。

ただ武力に関しては恐るべきものであり、

誰かの下に置いて真価を発揮するような男ではなかったために

十ある隊の一つを率いることになった。

任命当時、統率力については未知数だったが

重い地位を与えてでも活用したいと思わせるだけの力を

持った男でもあったのだ。

その人物、第七部隊隊長マステマ・マステリオンは

ガーラントの守備隊の視察に訪れていて、

レゼルクは顔を出すためにやって来た。

家名が後ろに来る、ミラストラにおいては珍しい名を持つ上司は、

どこへでも行っていろと言う一方で

長く顔を見せなければ不機嫌になる。

軍に身を置く上で、マステマと対立するのは好ましくない。

気に入らない相手を何人も闇討ちしたという噂もある男である。

実力においても、地位においても、今は太刀打ちできる相手ではない。

如才なく振る舞って、早々に辞してしまえばよい…

そう考えながら件の上司がいるはずの部屋の扉に向かって

歩いていると、突如大きな物音がして扉が内側から倒れるように外れて落ち、

その上に乗っかる形で女性が転がり出て来た。

何事かと眉をひそめるレゼルクの目の前で女性はすぐさま立ち上がり、

「あのような男を送り込むなんて、隊長は一体

 何をさせようとしているのですか!?」

と部屋の中に向かって怒鳴っている。

肩に届くか届かないかというくらいのミディアムヘアが、

激しく揺れた。

その色は鮮やかで、目にした瞬間は金髪かと思わせたがレモン色に近い。

「何をするかわからねェから行かせたんだよ…

 って言っても、お前が気に入らねェことをするだろうってェのは

 わかってるけどなァ」

室内から、からかうような、嘲るような調子の声が聞こえてくる。

落ち着いた、どちらかといえば静かな響きであったが、

廊下に立つレゼルクの元にまで十分に届いた。

「あの男は…!」

なおも食ってかかろうとする女性の左肩になだめるように手を置いて、

レゼルクはゆっくりと部屋の中に入った。

明るい髪の色とは逆に深い青の瞳が、その姿を追う。

言葉を止めた女性の視線を背に感じながら、

レゼルクはふてぶてしい顔つきと姿勢で椅子に腰かけている

大男の前に立って一礼した。

「おう、お前か。

 ご活躍のようだな」

顎を少し上げて向けるようにしてレゼルクを眺め、

大男は口元を歪めて笑んだ。

たった今、自分が女性を投げ飛ばしたことなどは

微塵も気にしていない。

一見すると悪の組織の親玉にも思えるが、

彼がマステマ・マステリオンその人である。

並の兵士では、彼の前に立っているだけで足がすくみ冷や汗をかくほどの

威圧感があった。

ぎらぎらと煌めく瞳は刃のようであり、

赤銅色の髪は左右非対称で右側は胸元にまで垂れ下がるほどに長いが左側は短く、

露わになっている左耳には銀色の大きな耳飾りが光っている。

肩の部分に毛皮があしらわれた、くすんだ色のコートに身を包んだ

その姿は軍の中でも異色であった。

「隊長殿も、御壮健のようで…」

言いながら、レゼルクは首を動かすことなく

目で背後を示した。

それを見て彼の心中を悟り、マステマは大きく笑った。

「ギャンギャンうるせェから追い出しただけだ。

 今、始末しちまうから待ってろ」

そんな不穏当な発言が冗談かどうか、わからなかった。

マステマは、扉がなくなった入口に立っている女性を

本当に殺してしまいかねない。

そういう男であった。

仕方なく、レゼルクはさっさと立ち去るという計画を捨てた。

「それならば、私に付けていただけませんか。

 補佐役の一人も欲しいと思っていたところです。

 私の元にいる分には隊長殿の目に入ることもほぼなく、

 手にかけるより面倒がないでしょう」

「ああ、いいよ」

マステマは、拘泥しなかった。

気まぐれなところのある男だから、標的を放り投げたことで

ある程度気が済んだのだろう。

レゼルクに向けている鋭い目を細めた。

「が、一つ貸しだ。

 俺は王都に戻る、どう返してもらうか

 道中ゆっくり考えておくよ」

「お手柔らかに」

「ってェわけだ、ロズウェル。

 以後はこのアレクフォンシに従え」

言いながら立ち上がるマステマの上背は、レゼルクよりも頭一つ高い。

そびえるような両肩を揺らし、彼は悠然とした足取りで出て行く。

ロズウェルと呼ばれた女性の前を通り過ぎる時、

挑むような眼差しを向ける彼女をマステマは一瞥し、

にやりと笑みを浮かべた。

「付けるとか貸しとか、あたしは物じゃあ…」

「やめておけ。

 隊長殿がその気になれば、私にも止めようがないぞ」

マステマの背中めがけて噛みつくように

言葉を投げつけようとするロズウェルの肩に

再び手を置いて、レゼルクは抑えた声で言った。

何が原因か知らないが、あの上司ともめていて

二人共に無事で済んだのは、幸運だったとしか言いようがない。

マステマに歯向かうくらいだから相当気が強いのだろうが、

何とか事態を収めた努力を水泡に帰するような言動は厳に慎んでもらいたい。





「何があったのか聞かせてもらいたいが、

 まずは名乗っておこう。

 私はアレクフォンシ・レゼルクという」

「アンフェザー・ロズウェル十八歳です!

 ったく、何であんな魔人みたいな人が軍にいるんだか…」

名乗ったその口で文句を言っているロズウェルは、

面と向かってみると顔立ちは整っており可憐である。

吸い込まれそうな深い色の瞳は大きく、

そのためか印象をやや幼くさせているが、

年齢も考えればまだ少女と言っていい頃であろう。

「しかし、あの隊長殿に楯突くとは命知らずだな。

 どういった話をしていたんだ」

レゼルクが尋ねると、ロズウェルは彼に向き直って

ああ、と小さく声を漏らした。

「ディンキン・ロスティージャという男を御存知ですか」

「七部隊の実力者の一人と聞いている」

「まあ、そうです。

 そのロスティージャも、隊長と同類ですよ」

「どの辺りが同類なんだ」

「力はあるけど性格が最悪という辺りですよ!

 隊長はロスティージャをレキッタに行かせたんです。

 どちらかが何か企んでいるに違いありません!」

「それはわかるが、投げ飛ばされるほど食い下がるというのは…」

とはいうものの、マステマは女性を投げ飛ばすことなど

何とも思わない男である。

彼が言ったとおり単に「うるさいから」だったかもしれないことは

否定できないが、扉が壊れるくらいだったのだから一歩間違えれば

ロズウェルは死体になっていただろう。

「レキッタには月光騎団が駐留しています。

 その中に、あたしの友達も何人かいるんですよ。

 わざわざレキッタに行かせるということは、

 月光騎団に何か関係があるに決まっています!

 ロスティージャのことだから、絶対良からぬことをします」

その話が、握りしめた拳を上下させながら力説する

彼女の考えすぎなのかどうかはさておき、

ロスティージャの人柄についての評判が最悪で、

何をしでかすかわからないというのは同意できる。

放っておくと単身乗り込みかねないロズウェルの様子に、

レゼルクは息をついた。

「それでは、確かめに行ってみるか…」

「別に、あたし一人でも大丈夫ですよ。

 ところで、レゼルクさんはおいくつなんですか」

「君と同年だ」

「なあんだ、同い年!?

 早く言ってよ、敬語や~めた」

「…。

 そういえば、痛む所はないのか」

「平気平気、あたし頑丈なのが取り柄だから。

 あの馬鹿力の性悪男、紙くずをゴミ箱に投げ入れるみたいに

 あたしのこと『ぽいっ』って放り投げやがったんだよ!

 うまいこと部屋の出入り口に入りましたね~なんて

 言うとでも思ったかアンニャロー!

 じゃあ、あたしはすぐに出発するね。

 もう一人の性悪男、ロスティージャは

 何日も前にレキッタに入っているらしいから、急がないと。

 あなたの補佐役になるって話になったおかげで

 自由に動けるようになったんだから、感謝するよ!」

「君を自由行動させるために話をつけたわけでは…」

そこまで言った時には、駆け出したロズウェルの背中は

ずいぶんと遠ざかっていた。

彼女が名を挙げた月光騎団のことは、耳にしたことがある。

軍の多くの戦力が他国の動きや魔物の襲撃に備える中、

女性ばかりという特色を持った隊の話が持ち上がったのは

ウィルスターの隣国、イーセルハ王国で内乱の兆しがあるという

報告が届いたからだとされている。

何らかの形で飛び火しないとも限らないし、

鎮まったとしても次の指導者がどのような動きを見せるか

不透明であるので、不測の事態への備えの一つとして

軍からは縁遠かった女性たちの中から人材を集め

隊を新設するに至ったのだった。

「その月明かりがこの国にとって必要か否か…

 この目で見て確かめるか」

つぶやいて、レゼルクはロズウェルの後を追った。

訪れる予定など全くなかったレキッタだが、

ロズウェルのことを抜きにしても

なぜか今はその街へ行かなければならない気がしていた。

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