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不断のジャカ  作者: 吉良 善
全ては北に
19/92

ジャカは疲弊していた。

夜に眠りについて、翌朝目覚めても疲れがとれないほどだった。

その原因は、

「ちんたらするな!

 ちゃっちゃと歩くんだ、

 右足を前に出した時にはすでに左足も前に出てるようにして

 進むんだよコラァァァ!」

鬼軍曹と化したブリッツ・キーンである。

逆立てた金髪の高さが倍くらいになったように思えるのは

気のせいだろうか。

ただでさえ目が血走っているのに、

右眉がないことでなおさらガラが悪く見える。

その上あの口調であるから、もはや紛うことなきチンピラであった。

「で、でも…

 そんなことしたらぴょんぴょん跳ねちゃって

 かえって遅くなるんじゃ…」

「屁理屈こねるんじゃねえ!

 そんな余裕があるなら

 頭と口を動かす力を全て足に集中させろ!

 今の間に3センチ遅れたぞ、次の一歩で取り返せ!

 睡眠時間削ることになってもいいんですかァ、オラッ!!」

こんな調子で、ジャカが何か言おうものなら

一が十、二十になって、返って来るというより叩きつけられた。

鬼の口撃が終わって先頭を歩く彼が前を向くと、

ジャカはアイスレアに近づいて小声で尋ねた。

「…昨日からずっとこの調子ですけど、

 キーンさんは一体どうしちゃったんでしょう?」

その問いに、アイスレアは瞳を閉じて小さく肩をすくめた。

「急がないと、噂の月光騎団が立ち去ってしまう…とか?」

一行は、北に向かっていた。

昨日遭遇したラグラング・ソロム率いる隊は

ジェルミの方へ戻って行ったので、

当初の予定どおりレキッタの街に行くことにしたのである。

そして、そこにはキーンが「行動する理由」として挙げていた、

女性のみで構成された月光騎団が駐留しているという話だった。

ジャカは、今のところ女性に興味はない。

いや、自信がないという方が正しい。

自分が女性に関心を持たれる存在だと思ったことがないので、

こちらが興味を示したところでどうにもならない。

そう考えるのである。

だから、月光騎団に興味津々のキーンには半ば呆れもするが、

うらやましくも思う。

彼は女性に恋をし、成就させるために行動をするだけの

自負心があるのだろう。

ジャカには、それがない。

「なんだ…

 じゃあ、キーンさんの欲望のために僕たちは

 こんなにも急き立てられながら歩いているってわけですか?

 たまりませんね…」

「おい、お前!」

そのキーンさんが、鬼の形相で振り向いた。

声は抑えていたつもりだったが、聞こえていたらしい。

ジャカを見ている。

標的となったジャカは、顔を引きつらせた。

「今、オレの欲望のためって言ったか?

 オレがレキッタの街をひたすら歩き回って、

 偶然を装い月光騎団の美女と出会って食事に誘い、

 何とかお近づきになって交換日記等の清い交際から始めるには

 時間が必要なので、少しでも早くたどり着かねばという焦りから

 お前たちにも急ぐようにせかしていると!

 そう言ったか!?」

「い、いえ、言ってません。

 欲望のためとまでしか」

「後ろをごらん、ジャカ!

 そしてどなたがいらっしゃるのか言ってみろ!」

「…」

言われるままに振り返ると、

そこには“不殺の天使”メルヘヴン・アンジェの、

日光を浴びて光り輝く美貌があった。

一行の最後尾を音もなく歩く彼女はしかし、

類稀な美しさを持つ少女というだけでなく

鬼神の如き速さと技の冴えを備えた恐るべき剣士だった。

「…アンジェさんです」

「そうだ、アンジェさんだ!

 忘れちゃいないだろうな、彼女はオレたちのただの仲間ってわけじゃなく

 超一級の傭兵なんだ。

 早いとこ街に着かなきゃ、その給料が嵩むばかりだ!

 もし払えねえってことにでもなれば、

 レッドハンドまでも敵に回しかねないんだぞ!」

「そ、そうですね」

「念のためにきくがアンジェ、

 道々打ち解けて気が置けない旅の仲間になったので

 あまり法外な料金を取るのも良心が咎めるなということになって、

 一日百万じゃなくて合計百万でいいぞという話にはならないか!」

「なぜだ」

「…そうだろうな!

 そんなわけないだろ、ジャカ!

 打ち解けるのと料金とは全く別の話だ!」

「…僕は何も…」

アンジェには、金銭に頓着のない彼女が適当に決めた

一日百万アルムの報酬を支払うことになっている。

ジャカやキーンには一日分すら払うことなどできないが、

アイスレアが五百数十万アルムを所持しているので

このままでも五日は何とかなる。

逆に言えば、このままではどうにかなるのは五日まで。

いつ襲われるかわからない旅をするジャカたちにとって、

アンジェの離脱は死活問題だった。

だから、キーンとしては一刻も早くレキッタにたどり着いて、

さらなる旅への備えもしたいところなのである。





そのために、彼は心を鬼にして皆を(ジャカを)

叱咤激励しつつ前へと進んでいるのであった。

被害を受けているのはジャカばかりではあったが、

それも彼にとって悪いことばかりではなかった。

友の死から何とか立ち直ったとはいえ、まだ一日。

完全に克服できたかといえば、そこまで言い切れるものではなかった。

今は共に行動してくれているが、

キーンやアイスレア、アンジェがどこまで来てくれるかわからない。

昨夜眠りにつこうとした時に、ジャカは恐れと不安に飲み込まれそうになった。

家族、故郷、第二の家族を亡くし、また親友までも失って、

いつかキーンたちと別れる時が訪れたなら、自分の周りには誰もいなくなる。

帰る場所もなく、言葉を交わす者さえも。

とてつもなく大きく、冷たく、深いその圧倒的な孤独に

自分は耐えることができるのか。

怯え、苛まれてとても眠れないと感じていたのだが、

いつしか疲労が勝って微睡んで、気づくと夜は明けていた。

睡眠と朝日がジャカの気分を変え、

キーンの鞭撻によるせわしない道行きが落ち込む暇を与えなかったのである。

ジャカが何とか心の平衡を保てているのは

死した友の声を聞き彼の意思を知ることができたからだが、

黙って歩き続けて考える時間が多くなると

また深い闇に沈み込んでしまいかねない不安定さも残していた。

それを知ってか知らずか、ジャカとキーンの会話が切れたところで

アイスレアがアンジェを振り返った。

「差し支えがなければでかまわないのですけれど」

アンジェの金色の瞳が、静かに向けられる。

彼女は話しかければ煩わしいという素振りもなく答えるので、

本来無口でも無愛想というわけでもないのだろうと

アイスレアは思っていた。

「アンジェさんの特別な力というのは、

 不殺の天使の名に関係があるものですか」

「そうだ。

 ただし、私自身はその名を気に入ってはいないが」

「気に入らねえのは天使の部分だろうが、

 悪いが印象的にはぴったりだぜ。

 で、あんたが斬った相手は出血すらしなかった。

 その左手、一体どういう力を持っているんだ」

キーンも顔だけを向けて尋ねた。

アンジェは赤い手袋を着けた左手を皆の前に出し、

ゆっくりと答えた。

「この手に宿る力は、“魂喰い”…

 これも私が名付けたわけではない。

 お前たちならわかると思うが、そういう名だといつからか知っていた…

 その力を使って振るう私の剣は相手の精神力に打撃を与える。

 だから斬られた方は負傷もしなければ出血もせず、気絶する…

 斬撃が浅ければ意識を失わないこともあるし、

 深く入るほど覚醒までの時間は長い。

 どれくらいの間気絶させるかは、どう斬るかによって

 こちらである程度調節することも可能だ。

 無論、強敵ならば容易ではないが」

「それで“不殺”か…

 あんたは自分の意志で、不殺を貫いているんだな」

「私は元々、勝負をするために剣を取っている。

 こういう力があるのだから、あえて命を取ることはない。

 だが剣を預かる者としてそれを違えることがあるとすれば、

 真に斬るべき者を前にした時だろう」

「考えの違う奴や悪事に手を染めちまう奴は確かにいるが、

 不殺の天使様が討たなきゃならねえほど

 本当に悪い人間なんてのは、そうそういねえってわけだ」

「…青い光の力があるということは、

 アンジェさんもルフィカにいたということですよね?」

ジャカの言葉に、アンジェは首を振った。

「わからない。

 覚えていないだけかもしれないが」

「…あ、そうか」

アンジェは、十六歳だという。

『青の夜』は十三年前のことなので、

記憶がないとしても無理はない。

とはいえ、『特別な力』を持っている以上

当時彼女がルフィカにいたのは間違いないと考えてよいだろう。

「ご出身は?」

「フェデリエだ」

ジャカは、青の夜の後にシュネールへと流れ着いた。

キーン、アイスレア、そしてアンジェも、

あの時にルフィカにいたがそれぞれにウィルスターの各地へと

散って行った。

そんな四人が今、共に歩いているというのは実に奇妙な縁のように思えた。

それがどこまで続くのか、これから自分たちがどうしていくのか。

進むことを決意したジャカではあるが、いずれもまだわからない。

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