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不断のジャカ  作者: 吉良 善
全ては北に
18/92

不死身の男

「その男は私が相手をする」

いかにもごろつきといった連中の頭らしき一際手強い男の前に、

端整な顔立ちの青年が青みがかった銀髪を揺らして

進み出た。

目元が涼やかである。

物腰も華麗で、貴公子然としたところが

ごろつきの頭には癪に障った。

同僚たちを制して自ら出て来るということは、

腕に覚えがあるのだろう。

敵味方の数は拮抗している。

互いに、囲んで斬るというわけにはいかない。

頭が青年に向き合おうとした時、

青年の剣の切っ先は迅速に迫っていた。

若さも手伝ってか、彼はすぐさま駆け出して

斬りかかってきていたのだ。

大振りにも思える軌道を描き続けざまに振るわれる剣は、

良く言えば雄大であるが、ともすれば大雑把にも映る。

なりに反してずいぶんと賑やかな剣だ」

それなりに遣うようだが、粗削りなところが目立つ。

隙を見逃すことなく突いて追い詰め、頭は青年の左脇腹に刃を喰い込ませた。

「勝負あったな」

頭が落ち着いた声で言うと、痛みに顔を歪ませていた青年の

口元に笑みが浮かんだ。

「ああ、…俺の勝ちだ」

「何?」

頭が眉をひそめると同時に、青年は敵の刃を掴み自らの剣を地面に突き立てた。

彼の表情には当初見せていた名門の子息の如きものは影を潜め、

覆いを取り払って現れたような野性味を孕む荒々しさがあった。

「強いな、あんた…

 その力、分けてもらうことにしよう。

 俺の糧になれ!」

青年の右手が、青い光をまとって頭の左腕を掴む。

ただ、彼自身の他にはその輝きを見ることのできる者はいなかった。

掴まれた瞬間、頭は全身の力が急激に抜けていくのを感じた。

そして、ぐらりと揺らいだ彼の腹に青年の強烈な膝蹴りが叩き込まれ、

頭は意識を失った。

地に伏した強敵を見下ろしながら、青年は己の脇腹に傷をつけた剣を

持ち主の傍らに放り投げた。

「間違いなく、あんたの方が上だったよ…

 倒れるまではな。

 だが、俺は…死にかける度に強くなる男だ」

低い声でつぶやく青年に異様な威圧感を覚え、

ごろつきどもは彼に近づくことができなかった。

そこへ追い打ちをかけるように、長身の男に率いられた一団が

場に雪崩れ込んで来た。

「必要なさそうだが、加勢するぜ!

 お前ら、適当に片づけちまえ」

雷のような大声を発しながら、長身の男は

青年の所へ大股で歩いて来る。

頭部に模様を描く緑の短髪と携えた大槍が目立つ、

迫力のある人物だった。

「“不死身のレゼルク”の名が広く轟くのも

 そう遠い日じゃあなさそうじゃねえか」

そんな言葉をかけられた青年は、ほぼ片のついた戦況を眺めながら

男に答える。

その瞳は次々と敵の姿を捉えたが、いずれも即座に倒されていった。

「久しぶりだな、ガラテア。

 手柄をたてて軍に入ったと聞いたが」

「ああ、ここもそうだが最近軍に反抗する連中が多いだろ。

 そういう手合いを俺らがいくつか鎮圧したってのが

 ハーディス様の耳に入ったらしくてな」

「ハーディスか…

 私はあまり好きになれない。

 何しろ得体の知れない人物だ」

青年の評に、ガラテアは曖昧な仕草をするにとどめた。

自分を出世させてくれたのがハーディスだ。

恩がある。

が、得体の知れない人物という点については同意できた。

オルスラウ・ハーディスは、特命大臣という特殊な立場にある。

どのような使命を帯びているのか、普段何をしているのかよくわからない。

しかしなぜかウィルスター国王には重用されており、

私兵団を持つことを許されている他、

軍にも一定の影響力を持ち、表立ってではないが

意に従う者がいくらか存在する。

今後はまさに、ガラテアがそうなるであろう。

「そうは言うが、お前を引き入れたのもハーディス様って

 話じゃなかったか?

 もともと軍にケンカ売ってたって奴が、

 何だってその得体の知れない相手の誘いに乗って軍に入ったんだ」

ガラテアにとっては、隣に立つ青年アレクフォンシ・レゼルクは

傭兵だった頃からの知人である。

ただ、友と言うほどに親しくはない。

彼の生い立ちやこれまでの経緯について、詳しく知っているわけでもなかった。

身の上話をするような席を共にしたこともないが、

晴れて正規兵となった今なら祝杯を挙げに誘うのも悪くない気分だった。

「お前、金や立身出世に興味がありそうには見えないしな」

「何というほどのことはないさ。

 私が今すべきなのは、力をつけることだ。

 軍の外にいようが中にいようが、やることは変わらない。

 軍には名だたる武人がいるし、

 機会があるなら身を置いてみてもいいと思った。

 きっかけがハーディスであったというだけのことだよ」

そう言うレゼルクの表情をうかがったが、

本心からの言葉であるのか否かはガラテアにはわからなかった。

掴みどころがないような雰囲気が、レゼルクにはある。

そんな中でも、力をつけようとしているというのは真実だろう。

現に、彼は急速に実力を上げていた。

だが、そのための方法が常軌を逸していた。

あえて格上の相手に挑み、先程のように瀕死に陥りながらも勝利する。

無謀とも言えるそうした手段を実行に移せるのは、

彼がガラテアが口にしたように、不死身という言葉を冠して

呼ばれることがある男だったからである。

その由来となっているのは彼の右手。

レゼルクが誰かにはっきりと説明したわけではないが、

触れた相手の生命力を奪い取るという。

重傷を負ったとしても、いつの間にか傷は消え彼は立ち上がった。

しかし、生命力を奪うことによって力を高めているのではない。

己に勝る敵との戦いの経験と、生死の境に身を置きもぎ取った勝利とが、

数年の鍛錬を経た後のように彼の力量を飛躍的に伸ばすのだった。





「話は変わるが、お前の言ったとおりのようだぜ。

 フリード・ウォルケンと部下二人は仕留めたが、

 奴らが連れていた二人のガキには逃げられた…

 俺たちにウォルケンとその同行者の捕縛を命じていた人間の

 本当の狙いはそいつらと見て間違いない。

 そしてお前の予想どおり、そのどちらかか両方か知らねえが、

 お前や不殺の天使と同じように力を持っているんだろうよ。

 不殺の天使は奴らを見逃したそうだが、

 ウォルケンを見逃したんじゃなく、ガキどもを見て

 『なぜ自分と同じ特別な力を持つ者が狙われるのか』という

 疑問がわいたのかもな」

ガラテアの言葉に、レゼルクはうなずいた。

“不殺の天使”メルヘヴン・アンジェの姿を一度だけ戦場で見たことがある。

美しくも恐るべき剣士である彼女の左手が、

青い光をまとうのを彼は目にした。

それから、自分の持つ力や青い光について何度も考えた。

「不殺の天使にも、見えるのだろうからな。

 私の力が生命力を喰うものとすれば、彼女の力はいわば精神力を喰らうもの。

 そして私は右手、彼女は左手…

 私たちの力は、どうやら対を成しているらしい」

「俺からすりゃ、あっちの方は剣士にとっちゃ蛇足だと思うがな。

 ウォルケンをとっつかまえるには適任だったかもしれねえが、

 どうやら常に力を使っているようだ。

 あんな風雅な二つ名が付くくらいだからな」

「…」

羞花閉月の華麗な容姿からは想像しがたいほどに、

アンジェの戦いぶりは凄絶である。

彼女を相手にすれば瞬きをすることすら危険で、

刹那の間に数人が倒れた。

そういう剣士であるから、若年ながらすでに相当の数を斬っているはずだが、

もしかすると一人として殺めていないのかもしれない。

奪った命を積み重ねて上へ登っていこうとするガラテアのような男からすれば、

ハーディス以上に得体の知れない存在かもしれなかった。

「ま、結局天使様はウォルケンをお見過ごしになり、

 俺がけりを付けたわけだが」

「真の標的らしき連れがいたとはいっても、確証もなく

 よくウォルケン抹殺を即断したものだ」

「奴は突然逃亡者になったんだぜ。

 金も着替えもなかったかもしれねえが、

 本当に重要なもんは手元に置いとくさ」

「何にせよ、その逃げた二人を捕えるなり始末するなりしなければ

 命令者は満足しない…か。

 君もそれが誰なのかは知らないのだったな」

瞳だけをガラテアに向け、レゼルクはきいた。

視線の先の戦士は、自らも暴れたいのか槍を弄ぶ手を止めることなくうなずいた。

「俺は伝達役の兵士から命令を聞いた。

 お前の右手の力は、その誰かの狙いには入ってないのかね」

「私のことを命令者が知っているかどうかわからないけどな…

 軍に身を置いている“力の持ち主”は私だけではない、

 そのことも考えれば、『ここにいるのだからそれで良い』のか、

 『何らかの状況、いずれかの時点になれば消す』のか、

 あるいは…

 単純に、どのような力を持つのか知りたいだけなのかもしれない。

 どれだけ偉く、強くなろうとも、『わからない』というのは怖いものだろうさ」

「知りたいが、消せるなら消しちまってもいいってことか。

 お偉方の身を危うくするような奴がいるかもしれんと…

 で、自分も危険かもしれねえっていう所にとどまってまで強くなって、

 お前は何をしようってんだ?」

「君のような男に言えば嘲笑を買うだろうが、理想の実現だよ。

 世界平和さ」

「ご冗談だろ。

 十分平和じゃねえか、でかい戦争があるわけでもなし。

 これ以上お行儀のいい世の中になったら、

 俺らは食い詰めちまうぜ」

「それはいい。

 全ての軍人がその仕事じゃ食えなくなる世こそ理想だ、

 そう思わないか?」

「悪いとは言わねえが、そりゃ人の世じゃねえな。

 俺としちゃ逆に怖いね。

 不気味だと言い換えてもいいが」

「なるほど、壁は高く道程は遠いな。

 君のおかげで改めてそれがよくわかったよ」

言いながら、レゼルクは己の右手に目を落とした。

いつしか―――――おそらく空が青く染まった夜に

この身に宿った力は、自分に何を成せというのか。

そして、自分は何を成したいのか。

その答えは今、確かな形となって彼の胸にある。

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