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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
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声を聞く者

アンジェの言葉を聞いて、キーンとアイスレアは不思議に思った。

なぜ、不殺の天使が突然やって来てこんな質問をするのだろうか。

そして、なぜ彼女は知っているのだろうかと。

そんな疑問を打ち消すように、アンジェは断言した。

黄金の瞳は、キーンとアイスレアを順に映していく。

「いや…あるはずだ。

 お前は足、お前は口元が青く光った。

 力を使った時に」

「…!

 あんた…見えたのか。

 いや、他人が光るところはオレもさっき初めて見たところだ。

 アイスが氷の魔法を使った時にな。

 ジャカは、前にオレの足が光ったのを見たと言っていたが、

 ヴァッセは見えなかったらしい…

 つまり、これは…

 特別な力を持った者同士だけは互いに青い光を見ることができて、

 『そうである』と…

 力の持ち主であると、わかるってことか」

キーンは、自分の推測を自分に言い聞かせて確かめるように

ゆっくりと言った。

彼はアイスレアの青い光を目にしたし、

はっきりと捉えたわけではないが

先程アンジェもそれを発したように見えた。

「おっしゃるとおりです。

 キーンさんたちには氷の魔法が使えるとお話ししましたが、

 ある時に突然使えるようになったのです。

 “凍てつく唇”という名の力で、氷の魔法を」

アンジェを見つめながら、アイスレアが言う。

やはりというように、アンジェは小さくうなずいた。

「確かに、私にも特別な力がある。

 私はウィルスターの依頼でそのジャカという男たちを

 捕えようとしたが、彼が青い光を発したところを見て

 遂行することをやめた。

 私、というよりレッドハンドだが、我々が受けた依頼の内容は

 フリード・ウォルケンという人物と彼の同行者を捕えることだった。

 しかし、おそらく本当の狙いは特別な力を持つ者…

 すなわち、そのジャカだったのだろう。

 力の持ち主を手元に置くか、始末したいというのが

 依頼者の狙いと考えられる…

 同じ力を持った私がそれに協力するなど、笑い話だ」

「…もしそうなら、オレたちもターゲットになるってことか?」

眉をひそめて、キーンが言った。

「私の考えたとおりならな」

「誰なんだよ、その依頼者ってのは!」

「私も詳しいことは知らない。

 受けたのはレッドハンドのリーダーだからな。

 だが、国を挙げての動きというわけではない。

 狙っているのは、あくまで個人だと思う」

ジャカとヴァッセから、街道警備隊に襲われることはなかったと

キーンは聞いている。

だとすれば、国や軍が全て彼らを捕えようとしている

わけではないというのは正しいのだろう。

それでも、ソロムのような猛者どもが動いているのであれば

十分に恐ろしいことである。

「まだ、よくわかりませんが…」

キーンとアンジェを順に見て、アイスレアが口を開く。

「これまでにジャカさんたちを襲った方々は

 わたくしたちのように青い光を見ることができないので、

 捕えるべき相手を判別できなかった。

 だから、力の持ち主につながっているかもしれない人物という

 情報か何かがあって手始めにウォルケンさんを狙い、

 彼が追手から逃れる旅にわざわざ同行させた

 ジャカさんとヴァッセさんこそが本当の標的だと考えた、

 そういうことでしょうか?」

「それが実態に近いのではないかと思っている。

 なぜウォルケンが力の持ち主に関係があると

 推察をしたのかはわからないが、実際にあった。

 黒幕は私たちの持つ力の謎を知っているのかもしれない」

「今回のことで、特別な力の持ち主と判断されるかどうかはともかくとして

 わたくしたちのことも伝わるでしょうね…

 あなたはどうするおつもりですか。

 あなたの行動も報告されるかと思いますが」

「どうするも何もない。

 私はすでにここに来ている。

 お前たちを捕えるのはたやすい、

 ウィルスターの権力者と戦う方が歯ごたえのある仕事だろう」

「オレたちに手を貸すってのか!?

 不殺の天使が!」

驚いて、キーンは大声で言った。

ジャカたちから話を聞いて、恐ろしい敵かと思われていた

不殺の天使が、味方になるというのか。

しかし。

「レッドハンドは同好会ではないのでな。

 雇われてやってもいいという話だ…

 通常、隊の仕事以外などはやらないが私にも関係がありそうだからな」

「…」

と言われても、キーンにもアイスレアにも相場がよくわからない。

ただ、レッドハンドが凄腕ばかりの武闘集団というのは

キーンは聞いたことがあるので、並の傭兵に比べれば

高額であるのは間違いないはずだ。

あのすさまじい剣腕に稀有なる美貌であれば

なおさら高くなりそうだが、今日のようなことを考えれば

アンジェには是が非でも同行してもらいたい。

「…ちなみにいくらくらいだ!」

「私は金には興味がないが、隊の維持のため

 最低限は取らせてもらおう。

 一日一億アルムでどうだ」

「どこが最低限!?

 浮世離れにも程があるだろアンタ!」

「何だ、無理なのか。

 仕方ない、それでは一日百万で手を打つか…

 普通ならありえない額だぞ」

「…いきなり百分の一って、

 すごく良心的に思えるけど気のせいだろうな…」

「わかりましたわ。

 わたくしが何とかしましょう」

たとえ百分の一になっても払える額ではないので

キーンがまごついていると、横からアイスレアが割って入って来た。

その展開に驚きながらも、思い出した。

彼女の超絶的金運を。

ジェルミにおいて、富豪の老人を助けた礼と

自宅にあった物を売った代金とであっという間に一千万を

手に入れてしまったアイスレア。

彼女がいれば何とかなるかもしれない。

今はとにかくメルヘヴン・アンジェという天才剣士を

引き入れてしまうのが最優先で、後は野となれ山となれだ。

「…よろしく頼む!

 オレはウィルスター一の伊達男、ブリッツ・キーン。

 目玉焼きしか作れないが気にしないぜ。

 本当にモテる男はそんなことにこだわらない」

「わたくしはノワーズ・アイスレアです。

 ひとまず今日の分、お渡ししましょうか?」

「いや、死者の前だ。

 後でいい」

「…一日一億って発言の後じゃ手遅れだろ…」

とは言いながらもキーンはアンジェの気遣いに素直に感謝し、

三人はしばらく無言になってジャカの気持ちが落ち着くのを待った。





また、失った。

大切な存在を。

これは、運命なのか?

ランディアク・ジャカという人間の。

家族も友も、失い続けることが。

ならば、いっそ己の命を奪えばいい。

その方が遥かに楽だし、悲しみもない。

近しい人々を幾度も亡くすよりは。

自分が原因なのか?

だとしたら、次は力になってくれようとしている

キーンやアイスレアを奪うのか?

そうなるくらいならば、自ら死を選ぶべきではないのか。

皆も、そう考えているのではないのか。

「(…どうすれば…

 僕は、どうすれば…

 何のために生きて、何をすれば…どこへ行けば…

 どうすればいいんだよ…

 ヴァッセまで…ヴァッセまでいなくなって、

 まだ…生きていかなきゃいけないのか…?)」

周りの景色が一切目に入っていなかった。

同じことをずっと、繰り返し考えていた。

それが、どのくらい続いた頃だろうか。

終わることのない暗闇の中で悩み、迷う

ジャカの視界を照らすように、青い光が広がっていく。

そして、文字が頭に浮かんだ。

『前へ進め』と。

同時に、響いてきた。

聞き覚えのある声が。

『当たり前だろ。

 お前はまだ生きてるんだ。

 俺にはもうできないことが、できるんだぜ。

 それを投げ出そうなんてないだろ、ジャカ』

「(…ヴァッセ…?)」

『そのとおり!

 何のためとかどこへ行くとか、

 小難しく考えるなよ。

 そんなのは、一歩一歩進んでいきゃその内わかることさ』

「(…ゼップさん…)」

『俺たちは俺たちの意志で精一杯生きたんだ。

 自分が原因かもしれないなんて、そりゃ思い上がりってもんだぞ』

「(…グレイさん…)」

『お前、甘い物は好きだろ。

 それでも甘い物ばっかり食わされたらうんざりするぜ。

 楽ばかりの人生なんぞない。

 辛い苦いも飲み込んでいけ!

 俺もでっけえ困難に立ち向かおうってとこで舞台を降りることになって

 ちょいとがっかりしたけどよ…

 お前が続けてくれるならそれもまた良しだ!

 見せてくれよ、ジャカ!

 お前の人生、お前の生き様、お前の物語をさ!』

「(…ウォルケンさん…)」

『お兄ちゃん、知ってる?

 お兄ちゃんのこと、あたしたちがいつでも見てるって!』

「(…ミリウ…)」

『私たちが産んで、育てて、守った命…

 思いっきり使いなさい。

 途中で捨てたりしたら許さないわよ、ジャカ』

「(…母さん…)」

『休むことがあってもいい。

 逃げることがあってもいい。

 何をしても、どこへ向かってもいい。

 ただ、自分の命と心を殺すことはするな。

 前へ進み続けろ。

 全てはお前次第…

 お前は自由だ、ジャカ!』

「(…父さん…

 みんな…みんな、見てくれていたんだ…僕を。

 僕が生きることを、望んでくれていたんだ…)」

自分が大切に思っていたように。

彼らもまた、自分を大切に思っていてくれた。

だから、ありえないではないか。

ジャカが死を招いていると、ジャカが死ぬべきだと考えることなど。

愛する人々は、立ち上がって歩いて行けと

ジャカに伝えるべく声の限りに叫んでいる。

自分は今、この世界にあって大気を、空を、風を、土を、命を

身体の全てで感じることができる。

すなわち、生きているということ。

ジャカは、優柔不断な少年である。

始終迷って、すぐには物事を決められない。

だが、生きていくということ。

これからは、そのことだけは決して迷わない。

「(…僕は…僕は、優柔不断だし、弱いし…

 すぐにくじけそうになるような男だから…

 みんなの期待には応えられないかもしれない…

 世間の人たちからは、馬鹿にされるかもしれない…

 でも…どんなにかっこ悪くても、みっともなくても…

 僕は、僕として…どう見られても、どう思われても、

 僕のままで…歩き続けていくよ。

 どこへ向かうのか、まだわからないけど…

 ちゃんと前を見て、進んでいくよ。

 迷って、悩んで、時には誰かの力を借りて…

 それでも、僕は道を選んで、決めていく。

 これは僕の人生…だから…!)」

生まれて初めてと言っていい。

大いなる決断であった。

生きていく。

ただそれだけであった。

ただそれだけの、大いなる決断。

己の人生に関わる決断をジャカが生まれて初めて自分でした時、

青い光が消えて、色彩豊かな世界が目の前に広がった。

ジャカはこれまでで最も強い輝きをたたえた瞳をしっかりと開き、

立ち上がった。

そして、ヴァッセが眠る場所であることを示す目印を

見下ろす。

その顔には笑みも涙もなく、ただ決然とした表情だけがあった。

「色々、やってみるよ…ヴァッセ。

 僕にできること、僕のやりたいことを。

 君の行きたかった場所にも、行ってみる。

 僕も行きたいと、今は思っているから」

そう語りかけるジャカを見て、キーンとアイスレアは安堵した。

弱々しく頼りなかった彼が際会した、友との別れ。

だが、その悲しみ、苦しみを彼は乗り越えたようだ。

短い時間でそれができたのは、彼だけの特別な力によるのだろうと

キーン、アイスレア、アンジェは理解した。

座り込んでいたジャカの額の辺りが、青く光り輝いたからである。

見届けていたキーンは、思い直した。

ジャカの力は、決して外れではなかったのだ。

彼にとって最も必要なものこそが、あの青い夜にもたらされた

人々の声を聞くという力だったのであろうと。

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