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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
16/92

助勢

「ヴァッセ…ヴァッセ!」

ルルメクによって右に左に振られながら、

ジャカは声がかすれるほどに叫んだ。

目には涙があふれ、おそらく頭も真っ白になっているかもしれない。

「しっかりしろ、ジャカ!

 今は戦え!

 他は全部、それが済んでからのことだ!」

キーンが、槍を振るって敵を退けつつ怒鳴る。

ジャカらの事情は聞いた。

彼らはお互いに一番の親友、かけがえのない存在であろう。

そうであれば今のヴァッセを目の当たりにしたジャカが

正気を失いかけてしまうことも無理はない。

だが、それでは彼自身も死ぬことになる。

一応キーンはアイスレアに目を向けたが、

彼女は小さく首を横に振った。

ヴァッセの治療は無理だ、ということだろう。

とにかく、三人だけでもこの死地を切り抜けるために

行動しなければ。

「…輪をかけて厄介なのがおいでなすったようだからな…!」

巡らせるキーンの視線の先には、彼の特別な力に迫るほどの

速度で駆ける者の姿があった。

白い髪に白装束、赤い手袋の美しき少女。

その特徴からたどり着く正体は、最近になって噂を耳にした凄腕の剣士、

“不殺の天使”以外にない。

彼女はもちろん、ヴァッセを斬ったソロムという男も

相当の力量を持っている。

あの頼りなさげなジャカが二人の敵を倒したことからすると

ルルメクが勝手に戦う妖剣であるという大市場の老人の

言葉は確かなようだが、ジャカの体力には限界がある。

まさか持ち主が倒れてもなお戦い続けるということはあるまい。

キーンは打つべき手を考えたが、何をどうしても

この場を乗り切れるとは思えなかった。

そうこうしている間にソロムは次の獲物を仕留めるべく

ヴァッセから離れ、不殺の天使も到達しようとしていた。

「くそぉぉぉぉっ!

 アイス、こうなったら氷を撃ちまくって…」

振り絞るようにキーンが大声を張り上げた時、

そこにいた誰もが思いも寄らないことが起こった。

不殺の天使が剣を抜き放ち、駆け抜けるようにして

ソロムの部下を五人、刹那の間に斬り伏せたのである。

ジャカたちとソロムら、双方ともに固まったような

奇妙な時間が一、二秒流れた。

彼らの間で、不殺の天使は左手に抜き身を無造作に下げ

悠然と立っている。

皆が彼女に見とれてしまいそうになる中、

ソロムは怒りを露わにして大剣で宙を薙いだ。

「お前…

 レッドハンドのメルヘヴン・アンジェだなァ…!?

 どういうつもりだッ!

 そもそもお前は、ターゲットを仕留めず帰っちまったと

 聞いているぞ!

 ウィルスター軍を裏切る気かッ!?」

彼の言葉を受けても、アンジェの表情は微動だにしなかった。

黄金に輝く切れ長の瞳の端で、興味なさげに一瞥する。

「私たちは軍の走狗になったつもりはない。

 その連中に聞きたいことがあって来ただけだ、

 お前たちが手出しをしなければ危害は加えない。

 だが、邪魔をするなら容赦はしない。

 おとなしく立ち去れ」

「何をっ!」

ソロムが答える前に、激昂した部下たちがアンジェに襲いかかった。

瞬きをする暇もなく彼女が左手に下げていた剣が三度閃き、

三人が地に倒れた。

あまりの速さにはっきりとは見えなかったが、

ジャカの目には赤い手袋が青い光をまとっていたように映った。

一方ソロムの部下は三人の同僚が一瞬で地に伏し、

残った者に恐れの色が浮かぶ。

そんな彼らを、アンジェの金色の視線が射抜いた。

射抜かれた方は、捕食者の前の小動物の如く身をすくませた。

「上司に一人で帰るか全員ここで眠るかの選択をさせたいのなら、

 それもいいだろう。

 警告はした」

「待て!

 退くぞ、お前ら!

 不殺の天使、この借りはいつか返すぜ!」

苦々しい表情で、ソロムは言った。

個人的にはあのような小娘になめられたままで立ち去りたくはないが、

彼女と三人の敵を同時に相手取る愚を犯すわけにも、

部下を全て失うわけにもいかない。

二つ名のとおり、アンジェに斬られた者は生きているようなので

彼らを馬に乗せ、ソロムはこの場を離れて行った。





ソロムの大剣によって倒れたヴァッセは、

左肩から下腹近くまでを斬られ両断される寸前という

無残な最期を遂げていた。

その亡骸の傍らで呆然と立ち尽くしていたジャカは、

やがて大粒の涙を流し糸が切れた操り人形のように

座り込んだ。

彼の後ろでアイスレアは瞳を伏せてヴァッセの冥福を祈り、

キーンはこれ以上ないというくらいに見開かれたままの

ヴァッセの両目を閉じてやった。

そして強い決意を秘めた表情でジャカの隣に屈み、

彼の両肩をがっしりと掴んだ。

「ヴァッセは、勇敢な戦士だった。

 あいつがソロムを食い止めていてくれたおかげで

 オレたちは生き残ることができた…

 こうなった以上、オレも当事者さ。

 心配すんな、ジャカ。

 一人にはしねえ。

 お前を一人で行かせはしねえよ」

そんな彼らの様子を、アンジェは少し離れた所から

眺めていた。

彼女には、彼らを攻撃する意思はない。

しかし、同時に思うのだ。

仲間を失った悲しみはわかるが、彼らに立ち止まっている

時間はないと。

「あなたはどちら様?」

アイスレアが、悲嘆に暮れるジャカをいたわるように

静かな口調でアンジェに尋ねた。

彼女は不殺の天使の話を聞いたことがなかった。

問われたアンジェは、黄金の双眸を向けて答える。

「メルヘヴン・アンジェだ」

「…不殺の天使…だよな。

 とりあえず、ヴァッセ…彼を埋葬してやってもいいか。

 街まではとても連れて行ってやれない」

「承知した。

 ここで待つ」

「…ありがとよ。

 さあ、ジャカ…

 ヴァッセを眠らせてやろう。

 いつか迎えに来てやらなきゃな。

 立つんだ、…お前も自分の手でやるんだ」

キーンはアイスレアの助けも借りてジャカを立ち上がらせ、

三人でヴァッセの亡骸を地に埋めた。

この場所がわかるよう、目印を付けて。

それが済んでも、ジャカは茫然自失としたままだった。

未だ動けずにいる彼を隠すように立って、

キーンはヴァッセの埋葬を見守っていたアンジェの方を向いた。

「あんたのような超一流の剣士が、一体何の用だ。

 ジャカを捕まえに来たんじゃないんだったら」

今の戦闘で、アンジェの剣腕は見ている。

まだ若年であることは間違いないが、

噂に違わぬ凄腕のようだ。

彼女がその気になれば、逃れることは不可能であろう。

「不殺ということは、わたくしたちは殺されずに

 済むのかしら?」

「先程言ったとおり、私はお前たちに聞きたいことがある。

 当初はその男にだけ用があったが、」

アイスレアに答えながら、アンジェはジャカに目をやった。

「ここに向かいながら戦闘の様子を見ていて、

 お前たち三人が対象だとわかった」

「聞きたいことってのは、何だ」

アンジェには、確かに殺気がない。

いくらか緊張を解いて、キーンは問うた。

アンジェの方は戦闘を終えたばかりとは思えぬ落ち着いた佇まいで、

恐るべき剣の遣い手という事実とはかけ離れたような

目を見張るほどの美貌に改めて息を呑むキーンとアイスレアの

視線を受けながら次の言葉を発した。

「お前たちには、人にはない力があるか」

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