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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
15/92

平原で

レキッタ行きの乗合馬車は、二十人ほどの客を乗せて

ジェルミの街を出発した。

その客の中に、ジャカたちの姿もあった。

「レキッタに何があるんだよ?」

大きい馬車ではあるが乗員が多く、空間に余裕はない。

揺れに合わせて隣の男性客と互いに肩をこすらせながら、

ヴァッセは尋ねた。

するとキーンは妙に活き活きとした表情になって、

力強ささえ感じる笑みを浮かべて答えた。

「あの街に、新設された月光騎団が訓練のために

 滞在しているんだ!」

「月光騎団?」

「女性兵士のみで構成された隊だよ!

 それが、レキッタにいらっしゃるワケ!」

「…だから?」

「だから…ってお前!

 男が行動する時にそれ以外の理由が必要なのか!」

「…」

「女性のみの隊ですか、素敵ですね。

 わたくしも入隊を希望してみようかしら」

呆れて質問をやめたヴァッセに代わって、

アイスレアがにこやかに言った。

ジャカは月光騎団とやらに関してはどうでも良かったが、

追手がレキッタ周辺に潜んでいないか気がかりだった。

それに、ジェルミからつけて来ている者がいないかと考えると、

今も気が気でない。

そんな心情を察したか、ちらちらと後方に目をやるところを

見られたか、キーンとの話を打ち切ったヴァッセが声をかけてきた。

「今のところ大丈夫だろ、ジャカ」

「う、うん」

二人して後ろ側の窓から、外を覗き見た。

流れゆく景色は、一面の緑である。

隠れられるような場所は、視界の中にはなかった。

少なくともこの付近では、刺客が伏せていることはないだろう。

「ジェルミを出る時もここまでも、

 追って来ている奴はいないようだし、ひとまず平気さ」

「…そうだといいけど」

「なかなか湿り気のあるヤツだな、ジャカ!」

背後から背中を叩いてきたキーン。

その表現に、ジャカは少々ムッとした。

からりとした男でないことは自覚しているが、

あの言いようはどうなのか。

「だが、お前も立派な剣を手に入れたんだ!

 これからは一流の剣士を目指して湿気を吹っ飛ばして

 いかないとな!」

「…湿気がなくならないと一流になれないんですかね…

 一人や二人くらいはいるでしょ、じめじめした達人だって…」

キーンの言う立派な剣、ルルメク。

勝手に戦ってくれるなどという話は眉唾物だと感じるが、

持ち主になったジャカは怖くてまだ一度も抜いていない。

できればヴァッセがもらった剣と交換したいくらいなのだが、

誰一人賛同してくれなかった。

「大体、剣が勝手に戦うんだったら僕の腕なんか

 関係ないんじゃ…」

「おい、何だ…」

ジャカの言葉にかぶさるように、御者の声が聞こえた。

何人かの客が、そちらの方を見る。

彼らの目に入ったのはせわしなく動く御者らの後頭部だけであったが、

窓から外を覗いた客たちは後ろの方から疾駆して来る

馬に乗った集団に驚くことになった。

それは大人数を乗せた馬車に瞬く間に追いついて並走し、

さらに前に出ようとする動きを見せた。

「あいつら、どうするつもりだ?」

キーンの声を聞きながら、ジャカとヴァッセは

胃の辺りが重苦しくなるのを感じていた。

追手を警戒しながらも、ジェルミの街に紛れ人に紛れ馬車で出発し、

ひとまず逃れられたのではないかという意識が

かすかに二人にあったのは確かである。

それが今、粉々に打ち砕かれたのかもしれないと

頭の中にどろりとした不安が急速に満ち始めていた。





「ジャカ、…多分そうだと思う」

「…」

ヴァッセが険しい顔で耳打ちしてきた。

自分たちを追って来た連中だと言っているのだろう。

ジャカも同じ考えだった。

「キーンやアイスさん、他の人たちを巻き込むわけにはいかない。

 俺たちは降りよう」

「ど、どうやって?」

「飛び降りるんだよ」

「で、でも…その後、どうするの?

 走って逃げきれるわけないし」

「追いつかれているんだぞ。

 馬車だって同じさ。

 何人犠牲になるかの違いだけだ」

「…」

それもそうだ。

先日のことを思えば、全ての乗客が襲われるというのは

十分に考えられることである。

そして、どちらにしても自分たちが狙われることには変わりないだろう。

普通の馬車が盾や砦になりうるわけがない。

ジャカは、ヴァッセに従うことにした。

キーンとアイスレアの目が外に向けられている間に

二人は荷物を持って後ろへと移動し、扉を開いて飛び降りた。

地面に勢いよく転がり、ヴァッセはすぐに立ち上がって

這いつくばっているジャカの手を引っ張り無理やり起こした。

「できるだけ馬車から離れるぞ!」

「お、おい、ヴァッセ!

 あれ!」

「ん!?」

後方へと走り出そうとしたヴァッセは、

ジャカに言われて振り返る。

すると、馬車から飛び降りて来るキーンとアイスレアの姿が目に入った。

「あの二人…!

 何で…」

そして、遠ざかる馬車と反転してこちらへ向かって来る馬たちの姿も。

馬を駆る者たちは、次々と剣や槍を抜いていく。

全部で十五人前後だろうか。

平原の真ん中で、隠れる場所もない。

ジャカとヴァッセは、否応なく覚悟を決める他なかった。

「当たりだったなァ!

 聞いていた特徴に合致するガキが二匹、間違いねェ!」

逃げることを断念した二人に接近する馬の集団の頭領らしき男が叫んだ。

狩りをする獣のような、いかにも獰猛という人相である。

戦場でも街角でも出会いたくないと思わせる人種だ。

そんなことを考えている間に、キーンとアイスレアが

合流してきた。

「あんたたち、何やってるんだ!」

「そりゃこっちのセリフだろ!

 いきなり飛び降りやがって」

「あのままレキッタに向かって、到着してから

 ヴァッセさんとジャカさんはどうなったのかしらと

 お話するわけにもいかないでしょう」

詰問するヴァッセに、当の二人は馬の集団を見据えながら答える。

巻き添えにしたくはなかったが、彼らが義理堅い性格であったことが

今回は災いすることになりそうだった。

「…死ぬぞ」

「何もしなきゃな。

 お前たちを狙ってきてるにしろ、

 奴らも自軍が全滅するまでやり合いはしねえ。

 速攻で何人かブッ倒すぞ」

「…俺たちは、実際に戦ったことがない」

「ならここで経験しとくんだな。

 向こうにゃ関係ないことだし、

 こっちは戦わなきゃやられるだけだ」

目を向けることなく言い、キーンは背負った槍を下ろす。

アイスレアも、魔法の詠唱に入っていた。

ヴァッセは、大市場で手に入れた剣の柄に手をかけ

ジャカに声をかける。

「やるしかないぞ、ジャカ。

 逃げようったってここじゃ無理な話だ」

「…や、や、やるったって、ヴァッセにもかなわなかった僕が

 あんな人たちと戦えるわけが…」

「他に道はないだろ。

 お前の特殊能力で誰かにきいてみたって、

 今回ばかりは答えは一つだと思うぜ」

「…!」





その時、アイスレアの魔法が完成した。

「!?」

ジャカとキーンは、彼女の口元が青く光ったように思った。

直後、アイスレアが唯一使えるという攻撃魔法で、

ジャカたちの前方の地面が凍りついた。

「外れか!?」

キーンはそう言ったが、馬たちが次々と足を滑らせて転倒するのを見て

アイスレアの意図を知り、“せっかちの早足”を発動させて

一気に距離を詰め二人を戦闘不能にした。

機を逃してなるものかと、ヴァッセも剣を抜き走っていく。

「…くそっ…!

 やるしかない…やるしかないんだ…!

 できなくても…やるしか…!」

震える手を握りしめ、ジャカは腰に帯びたルルメクを抜き放った。

同時に、柄頭の青い宝石が赤く輝く。

それに気づくことなく、ジャカはヴァッセの背を目指して駆け出した。

「生きたまま連れて来いとは言われてねェからなァ…!

 生け捕るのも面倒だ、全員まとめてあの世に送ってやるよ!」

「俺たちをずっと見張っていたのか!?」

馬から飛び降りて幅広の刃を持つ大剣を構える男に、

ヴァッセが怒鳴る。

その問いに男は、ぎらぎらと光る目を細めた。

「街の四方に隊を置いて、徒歩の連中は目で見て

 馬車は全部止めて中身を確かめてたってだけだ!

 お前らが自分から出て来てくれたおかげで手間が省けたぜ」

「…あんたら、ガラテアって奴の仲間か…!?」

「そいつァいい待遇で軍に入りたいだけの野良犬だ。

 よく聞けよ、小僧!

 俺はラグラング・ソロムだぜ!?

 この国を揺るがしかねない奴は見逃せねえのさ!」

「国を揺るがすような人間に見えるかよ、俺たちが…!」

ソロムとヴァッセが言い合っている間に、

ジャカは敵と刃を交えようとしていた。

己の意志とは関係なく。

「うわぁぁぁぁぁ!」

一人の相手が斬りかかってくると、腕が引っ張られるように動いた。

そして迫り来る剣をルルメクで払い、

鋭い太刀筋で敵の胴を薙ぎ払った。

己の意思とは関係なく。

「やるじゃねえか、ジャカ!」

思いがけない鮮やかな剣さばきに槍を振り回しながらキーンが言うが、

当のジャカはというとそれどころではなかった。

ルルメクを握る両手が上下左右に引っ張られ、

縦横無尽に刃が走る。

まるで制御不能の暴れ馬が引く馬車に乗せられているようだった。

それに、

「き、斬った…

 斬ったのか…僕が…!

 血が、血が、出た…!」

敵が、ぐらりと倒れた。

流れ出る鮮血と大きく目を見開いたその顔が、

写真のようにジャカの脳裏に焼き付いた。

吐きたくなるような、嫌な気分だった。

「情けないツラしてんな、ジャカ!

 敵はまだまだいるんだ!」

キーンが怒鳴る。

そのとおりであった。

倒れた敵は、彼が仕留めた二人とジャカが(ルルメクが)

退けた二人だけだ。

絶体絶命の事態から、四人はまだ抜け出せていない。

アイスレアは援護に回り、氷の魔法を放ったり

キーンが負った傷を治したりしてくれている。

自らの手で操らなければならないはずの剣に操られながら、

ジャカは敵の頭と対しているはずのヴァッセの方に

視線を巡らせた。

その目に飛び込んで来たのは、ソロムの大剣が

ヴァッセの左肩から腹までを斬り下げる光景だった。

「…ヴァ…ヴァッセ…!?」

噴水のように吹き出す鮮血と人形のように力なく頭を垂れる友の姿に

愕然とするジャカは、視界の隅に思わぬ人物の姿を捉えた。

白く長い髪を躍らせ疾走する、白い衣装に身を包んだ美しい少女。

その左手には、赤い手袋。

彼女の出現に、他の者たちも気づいた。

「…ウソだろ…

 あの白い髪、

 …不殺の天使か…!?

 最悪だ…!」

友の無残な姿。

現れた恐るべき剣士。

まさしく最悪の状況の中で、絞り出すようなキーンの声が

ジャカの耳にはやけに遠く聞こえていた。

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