お近づきの印
そろって振り返った三人の視線の先に立っていたのは、
青を基調とした制服のような衣装を身にまとった女性だった。
白いリボンでワイン色の髪を綺麗に一つにまとめており、
たたえた微笑みにも上品な雰囲気がある。
左目の下に泣きぼくろがあって、それが色気を
感じさせる気がした…
「…(何かどこかで見たことがあるな…)」
そう思いながらジャカが女性の顔をじっと見ていると、
キーンが自身の『特殊能力』を使っているくらいの速度で
女性に近づいた。
そして、何やら気取った動作で逆立った髪を整える。
「オレはウィルスター一の伊達男、ブリッツ・キーン。
紅茶の淹れ方はわからないが気にしないぜ。
本当にモテる男はそんなことにこだわらない」
「わたくしもこだわりませんわ。
コーヒー派ですから」
「そ、そう」
「俺はレイグス・ヴァッセ。
あなたは?」
軽くあしらわれたキーンには目もくれず、
ヴァッセは用心の姿勢を隠すことなく女性に尋ねた。
女性の方は、超然としてにっこりと笑っている。
「わたくしはノワーズ・アイスレア。
小さな頃からアイスと呼ばれておりますので、
どうぞそうお呼びくださいね」
「ひんやりうまそうなあだ名だね。
そのアイスさんが、俺たちに五百万の剣を買ってくれるっていうのか?」
「そうです」
「やったぜ!
世の中、奇特な金持ちってのはいらっしゃるもんだ!」
拳を突き上げるキーンを、ヴァッセは刺々しく睨みつけた。
「そんなうまい話があるわけないだろ。
絶対悪事の片棒を担がされるぞ!」
「だったらよ、まずその悪事ってのを聞こうじゃねえか。
あんまりひどいことだったらお断りしようぜ」
「悪事って時点で駄目だろ…」
二人がそんなことを言い合っている間に、
アイスレアはジャカの方を向いていた。
落ち着いていてかなり年長なのかとも思ったが、
こうして見ると若い。
三つか四つくらいしか変わらないかもしれない。
それも、以前感じたことだった。
「楽しいお連れさんね」
「…ええ、はい…
あの、僕はランディアク・ジャカです。
アイスさん、ルフィカの方じゃありませんか?」
長く男ばかりに囲まれて暮らしていたジャカは、
あまり女性と接したことがない。
まして相手は品のいい年上の女性である。
目を合わせられず、彼女の髪を見るようにしていた。
「よくおわかりね。
わたくし、八歳までルフィカにいたわ」
「やっぱり!
僕もあの町の生まれです。
多分、前に会っていると思うんです、手芸屋さんの前で。
覚えていませんか?」
「ええ、全く」
にこやかに、アイスレアは答えた。
おそらく彼女はジャカが幼い頃、レゼルクと別れた後に
言葉を交わした泣きぼくろの少女に違いあるまい。
だが、年少の自分が覚えているのに、なぜ彼女が覚えていないのだ。
そう思いもしたが、親友との別れの直後だった自分と
買い物の途中に過ぎなかった彼女では印象が違ったのかもしれない。
「…そうですか…」
「でも、これも何かの縁ですわね。
初めましてではないのでしたら」
まさしく取って付けたようなアイスレアの言葉に、
覚えてなかったじゃん、とジャカは心の中で軽く毒づいた。
それを言っても仕方ないので、口では話を進めようとした。
「…それで、この剣を僕たちに買ってくれようとした理由は…」
「年齢が近そうだったので」
「そんな理由!?」
「いえいえ、もちろんそれだけではありませんよ。
あなたたち、ジェルミの住人ではないでしょう?
わたくしも見聞を広めるためこの街を出ようと
考えていたのです。
その準備のため大市場に来ていたのですが、
そういえば一人では心細いしお仲間が欲しいわ、というところで
たまたまあなたたちを見かけて、この人たちでいいやと思って」
「いいやって…」
「とりあえず、次の街までで結構ですので。
といっても、誰でも良かったわけではありませんよ。
悪い人ではなさそうで、お金のなさそうな人をちゃんと選びました」
どこが「ちゃんと」なのか。
ジャカは少々呆れたような顔をした。
意外と失礼で適当な女性である。
同じように感じたかはわからないが、ヴァッセの声にも
やや険が混じった。
「要は、この剣で俺たちを雇おうっていうんだな?」
「お近づきの印ですよ。
プレゼントです」
「って言ったって、そういう額じゃないだろう」
「そうかもしれませんが、わたくしもいただいた物ですから」
「え?何を?」
「先程、ご老人が大怪我をした所に居合わせまして。
わたくしの治癒魔法で治してさしあげたら
その方がかなりの資産家で、どうしてもお礼をしたいと
おっしゃってくださって五百万アルムほどいただいたのです。
いくらお断りしても納得してくださらなくて、
わたくしも困っていたのですがどなたかのお役に立てればと」
「あんたね、そんな話を信じるバカがどこに…」
「ご店主さん、お手数ですけれど数えていただけますか」
ヴァッセは、女性が無造作に取り出した分厚い札束を目にして
思わず言葉を止めた。
本当か?
本物か?
そして、本気か?
そんな考えが、頭の中に順に浮かび上がった。
緩慢な動きで札束を受け取った老人は、途端に背筋が伸びて
恐ろしい速さで札束を数える。
あっという間にその作業を終えると、またのっそりと顔を上げた。
「十四万アルム多いのう…」
「かまいませんわ、取っておいてくださいな」
「適当すぎんよ、お嬢さん!?」
キーンは、目の玉を剥いた。
過払い分を返してもらえば、旅に必要な物は大抵そろえられる。
人の金ではあるが。
「わたくしも、いただいたお金ですし…
あまり細かく言っても仕方ありませんもの」
「…この人…金に困ったことがないな…」
「では、これではどうかのう…」
老人が、ジャカとヴァッセの剣に目をやりながら言った。
「その腰の物の代わりが入り用なのじゃな。
それなら、もう一振りお渡ししよう。
もらいすぎた分よりは値の張る物を譲ってやるぞい」
「ご厚意、感謝致します。
さあ皆さん、名剣を手に旅に出ましょう!
まだ見ぬ世界がわたくしたちを待っています!」
アイスレアが、大衆に語りかけるように優雅に両手を広げる。
彼女の瞳にはまだ見ぬ世界とやらがすでに映っているようだったが、
他の者たちとの温度差も広がっていた。
「…ええ~…
どうする、ジャカ…
何か断りづらくなってきたぞ…」
「…そう言われても…
僕もよくわからないよ…」
顔を寄せ合い、二人は小声で言う。
ありがたい話といえばそうだが、アイスレアの性格も合わせて
何だか面倒なことになりそうな気がしたのだ。
そんな彼らの肩をキーンはぽん、と叩いた。
「まあいいじゃねえか、聞いたろさっきの話!
治癒魔法の使い手様だぜ?
次の街までの間とはいえ、旅に出ようって者の
多くが抱える悩みを一発クリアだ!
ところでじいさん、その名剣!
一体どんな謂れがあるんだい」
「ほっほっほ…
この剣は主の力になるぞい。
何しろ…剣が勝手に戦ってくれるのじゃ」
「名剣じゃないな!
どっちかと言うと魔剣妖剣の類だと思うぞじいさん!
他のやつに変更…」
「嫌じゃ!
ようやく売れたのに今更!」
「嫌とは何だ!
おいジジイ!
まさかとんでもないなまくらを…」
「すごい剣なのは確かじゃ!
使ってみればわかる!」
老人の態度は頑なだった。
名剣なのか魔剣なのか今はわからないが、
目にした瞬間に三人共が凄みを感じた剣である。
もう一振りの剣も受け取って、四人は老人の店を後にした。




