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不断のジャカ  作者: 吉良 善
声を聞くもの
12/92

大市場

食事をしながらジャカとヴァッセの身の上話を聞いていた

キーンは、いつの間にか滂沱の涙を流していた。

「…意外と涙もろいんだな」

「…オレはウィルスター一の伊達男…

 涙を見られても気にしないぜ…

 本当にモテる男はそんなことにこだわらない…」

ヴァッセの言葉に、とめどなくあふれる雫を拳で拭って

キーンは言った。

そんな彼を見ていて、ジャカは思い出したように尋ねた。

「…キーンさん、どうして右の眉毛がないんですか」

そう、キーンには右の眉がない。

あえて剃っているのだとしたら感性を疑うが、

そういう風でもない気がした。

きかれたキーンは、その眉があるべき箇所を

右手の指でなぞりながら答える。

「おう、これね。

 ガキの頃に焼けちゃって、それ以来ないんだよなー」

「焼けた?」

「ああ、その日の夜はオレが子供の頃住んでた町の空が

 一面真っ青になってさ。

 想像できるか?

 一面青く光ってたんだ、めちゃくちゃ綺麗でさ。

 冬で寒かったからみんなで焚き火をしながら眺めてたんだけど、

 いきなりオレの方に青い光が降って来て、

 あまりに驚いたもんでよろけたら焚き火で右眉が…」

「空が青く…?」

キーンの話を聞いた時、一瞬でジャカの頭の中にあの夜の光景が浮かんだ。

青空よりも青く、夜空よりも深く染まったあの空が。

それは、ルフィカ以外でも起こっていたのだろうか。

それとも…

「あの…キーンさんが住んでいた町って、

 もしかしてルフィカですか?」

「おっ、知ってんのか?

 小さい町なのにな。

 そう、ルフィカだよ。

 オレが昔、住んでいたのは」

「やっぱり…!

 さっき、僕が生まれた町の名前までは言いませんでしたけど、

 実は僕もルフィカに住んでいたんです」

「へー、そうか!

 ってことは、お前も見たんだな、青の夜」

「青の夜?」

テーブルに右肘を突いて身を乗り出し、キーンは笑顔になった。

ルフィカは小さな町だから、同郷の者に会うことはそうないのだろう。

一方ジャカは、青の夜という聞き慣れない言葉にきょとんとした。

「青の夜…っていうんですか?」

「え?

 言われてただろ、青の夜って。

 軍が取材とか報道を止めたとかで町の外には

 ほとんどあの日のことは広まらなかったみたいだが…

 地元の人間で知らないってのは妙だな」

「…ああ…

 僕がルフィカを出たのは、その日なんです」

「そうだったのか。

 それから苦労したんだったな」

「…それと、青い光が降って来て…って言ってましたよね。

 僕も、そう感じたんです」

「お前もか。

 でも家族とかダチに言ってもわかってくれるヤツは

 一人もいなくてよー…

 その時に聞いたんだぜ、天の声をさ。

 いや、正確に言うとちょっと違うかな。

 気づいたら知ってたって感じだ。

 お前にもあるのか?

 特殊能力」

「まあ…あると言えばある…ような…」

「そうなのか?」

驚いて目を丸くし、ヴァッセは顔を向けてくる。

彼には話していなかったから、その反応は無理もない。

「何で言わなかったんだよ」

「自分でもよくわからないんだよ、

 迷ったら時々出るってくらいで。

 本当にすごい力だったら教えてるし、

 今みたいな状況にはなっていないだろ」

「…」

確かに、そのとおりである。

少なくとも、シュネールを出ざるをえなくなったり

ウォルケンたちを失ったりせずに済むほどの力ではないことは

間違いないようだ。

「どういう力なんだ?」

「…」

問われて、ジャカは黙った。

どういうときかれると、どう答えたらいいのだろうか。

キーンと違って、ジャカが例の力について

いつの間にか知っていたことなどない。

「ええと…

 発動した時のことを色々考えてみると、多分…

 どこかの誰かにアンケートを取って、多かった意見を教えてくれる…

 みたいな感じ…?」

「…何だそれ…」

「こう言っちゃアレだが、ハズレだな、ハズレ!」

「…」

大笑いするキーンを、ジャカはジト目で見る。

外れと言われればそうかもしれないと思う。

優柔不断な自分には助けとなることもあるかもしれないが、

キーンの力を聞いた後では、どう考えても

あちらの方が便利なのではないか。

そんな視線は新たに運ばれて来た料理から立ち昇る湯気と共に

左手で振り払って、キーンは言葉を続けた。

「けどよ、そのハズレすら無しってのがほとんどなんだからな。

 あの夜、ルフィカにいた連中の中には青い光に降られた人間が

 オレたち以外にも何人かはいると思うぜ」

「…まあ…そうかもしれないですね」

そうだとすれば、謎はより深まる。

青の夜とは、そう呼ばれる出来事を引き起こした青い光は

一体何なのだろう。

そして、なぜ一部の人間に不思議な力を与えたのか。

「何にしろ、オレたちには色々と縁がありそうだな。

 オレもここに長居するつもりじゃねえし、

 次の街までなら一緒に行ってやるよ」

「…そういえば、あんたの話はあまり聞いていなかったが

 この街にいた理由は何かあったのか?」

話をまとめようとしているキーンに、ヴァッセが尋ねた。

すると、キーンは思い出したようにテーブルをどん、と叩いた。

「そうだよ、オレは大市場に行くんだった!」

「大市場?」

「っていうかお前たちふざけてんの!?

 何だその剣は、よくよく見たらおもちゃじゃねーか!

 そんなもんでまともに戦えるかっ!」

「…いや、だから…

 まともな剣を持ち出す暇なんてなかったって、さっき…」

立てかけた剣が訓練用の物と見抜かれ、なぜか怒られたヴァッセとジャカ。

一方的に言われただけだが同行することになったらしい

キーンに連れられ、街の中央広場で開かれているという

大市場へと向かうことになった。





ジャカとヴァッセは知らなかったが、ジェルミといえば大市場というくらい

有名なものだったらしい。

ウィルスターの中心付近にある大都市インフォアにも

似たようなものがあると聞くが、ジェルミでは元々海産物が多く集められ

取引が行われていたのが始まりだったようだ。

今では一定額を支払えば誰でも出店でき、

屋台やテーブル、地面に広げられたシートの上に

海産物に限らず食材全般、雑貨、武具など様々な品が並んでいる。

売る側も相当の数だが、買う側は日々の買い物や掘り出し物を求める客で

それ以上に多く、中央広場は大変な賑わいであった。

「何かいいもんがあるかもと思ってオレはこの街に来たんだ!

 ここなら、うまくいけば上等な剣を安く買えるかもしれないぞ」

「今の所持金だと普通の店ならタオルくらいしか買えないと思うんだが、

 ここなら剣も買えるかもしれないんだな!?」

「いや、それは…無理だな…

 ひとまずオレが立て替えてやるから、とりあえず見て回ろう」

ヴァッセに言って、キーンは歩き始めた。

同じ種類の商品を扱う店は固まっているようなので、

武器が売られているエリアを目指した。

そこでは、どこの宝物庫から持ち出して来たのかと思うほど

立派な剣や槍もあれば、なぜ店に並べようと考えたのかと思うほど

粗悪な斧や弓もあり、実に幅広い品物が所狭しとひしめいていた。

こういった場なので、どういう人物がどういう物を扱っているのか、

裏付けとなるものはない。

うまくいけばキーンの言葉通り普通に店で買うよりも安価で

いい品が手に入るかもしれないが、逆のこともありうる。

良い買い物をするには、買い手の目利きと駆け引きの力が

物を言うのだ。

「オレに任せとけ!

 こういうのは直感なんだよ、直感!」

どちらの力も持たない男、ブリッツ・キーンに導かれるままに、

ジャカとヴァッセがやって来たのはみすぼらしい風貌の老人が

薄汚い布を広げいくつかの武器を並べている『店』。

それを見て訝る二人に、キーンは顔を寄せて小声で話しかけた。

「海千山千の商人とか老獪なジジイを相手にするより、

 こういうの~んびりしたおじいちゃんを手玉に取って

 値切りに値切るんだよ!」

「…どこが直感なんだ…」

「…手玉って言ったね。人としてどうだろうね」

「しょうがねえな、世間知らずのお坊ちゃんたちは!

 ここに決めたのは店主だけが理由じゃない、見ろ!

 隙間のような店だからこそ見落とされた、

 かなりの逸品が鎮座なさっているぜ」

二人の肩にどっしりと両手を置き、キーンは老人の前に並ぶ

剣に視線を落とした。

確かに、素人目に見ても立派な品が並んでいる。

特に中央に置かれた剣は際立っていた。

白銀の鍔は飾り気がないが持つ者の手を守るかのような形状になっており、

柄には魔法文字とおぼしき文字で何かが記された赤い布が巻かれ、

柄頭に大きな青い宝石が埋め込まれていて、

刀身は蝋色に似た光沢を持つ見事な鞘に納められていた。

それを指差し、キーンは目を煌めかせた。

「こいつだ!

 じいさん、これいくら?」

頭髪がない代わりに、まぶたの上にカーテンのようにかかる

白い眉を持つ老人は、しばらく思い出そうとしているかのように

黙っていたが、十秒ほどたってようやく返事をする。

「これはかつて、名剣ルルメクと謳われた業物じゃからのう…

 ちと高くなるが、一千万アルムじゃ」

『一千万!?』

まさに目が飛び出るような金額を耳にした三人は、

一斉に声を上げた。

どころか、キーンはなぜか怒り出した。

「ふざけんじゃねーぞ、絶対ぼったくりだろ!

 そうじゃなきゃコレだな、この宝石が高いんだな!

 コレいらねえから外して二万にしろ!

 何なら鞘もいらねえ!」

「値切り方が無茶苦茶だろお前!

 別に名剣じゃなくていいんだよ、

 俺たちはまだ駆け出しなんだから!」

キーンに言うヴァッセを見ていて、ジャカは

「グレイに似てきたな…」と思った。

そしてどうやら、この剣は見落とされていたわけではなく

単純に高価すぎて売れ残っていただけのようである。

ただ、剣自体は確かに素晴らしい品だった。

ここ大市場では盗みが発覚すると

出店している者総出で犯人を袋叩きにした上で商品を取り返すという

暗黙の了解があるので、この老人も安心してぺらぺらの布の上に並べ、

一千万などという値を付けて商売ができているのだ。

その老人が、キーンとヴァッセの口論に口を挟んだ。

「ほっほっほっ、元気のいい若人じゃのう…

 長いこと売れ残っている物じゃし、

 今なら特別に五十%オフじゃ」

「おい、聞いたか!

 五十%オフだってよ、見たかオレ様の交渉術を!」

「五十%オフって言っても五百万なんですけど!?」

思わず、ジャカの声も大きくなった。

絶対に買えない額から、とても買えない額になったくらいの変化だ。

何しろ元が元である。

たとえ九十九%オフにしてもらったところで、

三人が買えるかというとそうでもない。

これから旅に出ることを考えれば、全財産をはたいてというわけには

いかないのだ。

「くっそ~、せっかく巡り合った名剣を

 指をくわえて見てるしかないのか!」

「その剣…よろしければ、わたくしが買ってさしあげましょうか?」

「何っ!?」

背後から、おっとりとした丸みのある女性の声が聞こえてきた。

その信じがたい申し出に、三人は同時に

勢いよく振り返っていた。

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