ウィルスター一の伊達男
何とかジェルミにたどり着いたジャカとヴァッセは、
街外れの打ち捨てられた空き家の一つに身を潜めた。
そして、疲れ切った二人は起こったことを振り返ろうとはせず、
見つかるかもしれないという意識も置いて眠った。
半日以上、ただただ眠った。
本能が、そうすることで彼らの心身を癒し、
守ろうとしているかのようだった。
夢を見る隙間もないほど深い眠りからほぼ同時に覚めた二人は、
時刻もわからず空腹を感じる余裕もないままに
ぼんやりと時を過ごした。
やがて夜が訪れ、空き家の中も闇に満たされた頃、
ようやくヴァッセが言葉を発した。
「…お前…見てたよな。
後ろをさ」
「…」
あの場から、逃げた時のことだろう。
ヴァッセは、振り返らなかった。
だから、見ていない。
ジャカは、虚ろな目のままうなずいた。
「…うん」
「何が、見えた」
「…」
「何が見えたんだよ」
「…首が…飛んだ」
「…誰のだ」
「…」
「槍で…刺された」
「誰がだよ!」
「…」
それ以上、ヴァッセはきかなかった。
理解していたからだ。
否定してくれるかもしれないと期待したジャカの答えは、
自分たちが家族を失ったことを確認するだけのものだった。
互いに、二度目だ。
家族を失うのは。
「…どうする…これから」
ジャカが、独り言のように言った。
ポンペスらがどうなったのかはわからないが、
ウォルケン、グレイ、ゼップが落命したことは
ほぼ間違いない。
自分たちは再び全てを無くして、世界に放り出された。
だが、幼い時と違うのは、友が隣にいること。
「今の俺たちには、安息の場所はない…
行くしかないだろ。
王都へ」
ヴァッセは、瞳を怒りに燃え上がらせて言った。
その灯った火を分け与えられることを望むように、
ジャカは視線を向けた。
「…王都…フェデリエ」
「そして…俺たちに用があるって奴を、
ウォルケンさんたちを奪った奴を、ぶっ潰してやる…!」
拳を握りしめるヴァッセ。
強い決意を示す友の熱をすぐ近くに感じながら、
ジャカは己がどうすべきか迷うばかりだった。
決断できぬとはいえ、友の決意に逆らえるジャカではない。
翌朝、行動しようとするヴァッセに従って街の中心部へ
行くことになった。
「とにかく、腹ごしらえと旅の準備をしないことには
始まらないからな」
「でも、大丈夫かな…僕たちの顔は知られちゃったけど」
「もちろん、こっちから積極的に接触するわけにはいかない…
おそらくあの事件の現場はすぐに誰かが見つけるだろうが、
俺たちが事情を話しに行くこともできないな。
だけど、これまでの経緯を考えると俺たちを狙う命令を受けているのは
多分、軍の中でも一部の連中だけだ。
街を歩くくらいは平気だろ、
もちろん気をつけはするけどさ」
「うん…そうだね」
所持金は、ゼップから分けてもらった護衛任務の前金。
これで旅の準備が全て整うかというと怪しいが、
ともかく食事はすぐにでもしなければならない。
腹が満たされれば、沈んだ気持ちも変わるものだ。
二人は、店が多く人も集まる街の中心へと向かった。
彼らが長く過ごしたシュネールはさほど大きい町ではなく、
全体の雰囲気も住人ものんびりとしたものだった。
それに比べるとジェルミは規模も人口もシュネールの比ではなく、
やや圧倒されてしまった。
「…マイラルよりも大きいね…
大丈夫かな、ヴァッセ。
ここ、物価がシュネールの五倍くらいなんじゃないかな」
「そんなことはないだろ…
おどおどするなよ、ジャカ。
田舎者丸出しにしていると、狙われるぞ」
「狙われるって、何に…あっ!?」
話しているところへ、何者かがぶつかってきた。
ジャカは驚いてきょろきょろとしたが、
ヴァッセはすぐにピンときた。
「おいジャカ、お前財布あるか!?」
「え?
あっ、ない!」
「あのヤロ…」
「おっと、お二人さん。
ここはオレに任せときな」
「え?」
ぽん、と肩に手を置かれてヴァッセがそちらへ振り向くと、
すでにその者の姿はなかった。
ジャカの脇を疾風のように通り過ぎ、逃げる男との距離を
瞬く間に詰めていく。
とんでもない速さだった。
「…!?」
ジャカには、追う男の両足が青く輝いているように見えた。
流星に似た軌跡を残して駆けた彼は
すぐに逃げる男に並んでその腕を掴んでひねり、
地面に倒してジャカの財布を取り返した。
転がった男は、捨て台詞を残す間もなく逃げ去って行った。
「す、すみませーん、ありがとうございます!」
ジャカとヴァッセは、小走りで財布を取り返してくれた
男の元へ向かう。
改めて見ると槍を背負っていた男は、にっ、と笑いながら財布を差し出した。
「生き馬の目を抜く世の中、ぼんやりしてちゃダメだぜ。
気をつけな」
「あ、ありがとうございます。
あなたは…」
「オレか?」
ジャカに尋ねられた男は、それを待っていたように
両手を広げてフッ、と笑った。
ヴァッセは内心、何をかっこつけてんだと思った。
「オレはウィルスター一の伊達男、ブリッツ・キーン。
ダンスの仕方はわからないが気にしないぜ。
本当にモテる男はそんなことにこだわらない」
「は、はあ、キーンさん。
僕は、ランディアク・ジャカといいます」
「…俺はレイグス・ヴァッセ」
自分で言うのかとは思ったものの、キーンは強気そうな整った面構えで
すらりとした長身である。
明るい金髪を逆立てており、二人はますます身長差があるように感じた。
ウィルスター一かどうかは置いておいて、
確かに美形ではあったが惜しむらくはなぜか右の眉がない。
が、そんなことよりも気になったのは。
「しかしあんた、足が速いな。
べらぼうな速さだったぜ」
「おう、あれか。
あれはこのオレ、韋駄天キーンの特殊能力」
「特殊能力?」
口の端を上げて笑んだキーンの答えに、ヴァッセは眉をひそめた。
それをどう解釈したか、キーンは得意気に言葉を続ける。
「天の声によると“せっかちの早足”。
何秒間かは驚くほどの加速ができるが、
とにかく疲れちまうんで使いどころが難しい」
「…聞きたいことが一気に増えたな…」
「…」
ヴァッセは怪訝に思っただろうが、ジャカにはキーンの
特殊能力という言い方がすとんと胸に落ちた。
自分の『例の力』も、そういう表現をするしかないものだったからだ。
キーンが見せた加速力も、並の人間のものではなかった。
それに、足が青く光って見えたのはどういうことだろう。
「とにかく、本当に助かりました」
「いいってことよ、ところでオレ腹減ったんだけど」
「即お礼を要求した!」
「…まあいいさ、俺たちも何か食べようとしていたところだ。
一緒に行こうぜ」
「そうこなくちゃな!
オレに任せろ、安くてたらふく食えるうまい店を知ってっから!」
キーンの案内で、ジャカとヴァッセは近くの食堂へと入った。
話してみると、一つ年上のキーンと二人はすぐに打ち解けて
(ジャカは主に聞き手に回っていたが)、
このまま別れるのが何だか惜しい気持ちになっていた。
親しい人々を失ったばかりの二人にとって、大きな慰めとなったのである。




