↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/40

得難きもの[伍]

【白皙】肌が白くてきめが細かく、美しいこと。

公爵邸の自室に戻ると、そこには既(すで)にソファに腰掛け、俺を待っているクローディアの姿があった。



磨き上げられた机の上には、彼女の前に置かれた紅茶入りのティーカップと、まだ湯気を立てているティーポット、そして可憐な茶菓子。さらに、俺のために用意してくれたのだろう、空のティーカップが一つ置かれていた。



俺はクローディアの向かいのソファへと気怠(けだる)げに身体を預け、自身のカップへセピア色の紅茶を注いで、ようやく一息ついた。立ち上る果実の甘い香りが、戦闘で疲弊(ひへい)した俺の心を優しく解きほぐしていく。



「それで?ディアはどうしてここに来たんだ?何か話したいことがあるのか?」



気怠(けだる)げな調子のまま尋ねると、クローディアは不意を突かれたようにスッと完璧な顔を横に向け、少し拗(す)ねたような表情を作った。波打つ長い髪が、その拍子にふわりと優雅に揺れる。



「特に何もないわ。……ただあなたの顔が見たかっただけよ。」



いつもは気高く、皇女としての完璧な振る舞いを崩さない彼女が、ほんのりと頬を染めて目線を下げる。俺にだけ見せるそのいじらしい横顔に、胸の奥から押し寄せるような、たまらない愛おしさを感じた。



「そうだったのか。それは本当に嬉しい理由だ。ディアが皇女でなければ抱きしめたいところだけれど……。」



俺はソファから立ち上がると、迷いのない足取りで彼女の側まで寄り、その場に静かに跪(ひざまず)いた。目の前にある、クローディアの初雪のように白い肌が煌(きら)めく手。それを壊れ物を扱うようにそっと取り、俺の両手で包み込む。



「ディア、いつか君が誰かに嫁ぐ日まで、どうか俺の側にいてほしい。理由なんて必要ない、いつでも会いにきてくれ。俺も会いに行く。これ以上ないほど、ディアを大切に思っているよ。」



俺の素直な言葉に、クローディアは緋色(ひいろ)の双眸(そうぼう)をゆっくりとこちらに戻した。そして、切なげに、しかし僅かに微笑む。



「残酷だけれど、とても素敵な言葉ね。」



彼女は小さく囁くと、包み込まれていた手を滑らせ、俺の頬を優しく包み込んできた。拒(こば)む隙など与えない、有無を言わさぬしなやかな動作。クローディアは優雅に首を傾(かし)げ、吸い寄せられるように、自らの額を俺の額へと重ね合わせた。——こつん、と微かな衝撃が伝わる。白皙(はくせき)の肌同士が触れ合った場所から、じわりと彼女の温かい体温が溶け出してくる。


彼女が息を吸うたびに、胸元から漂う耽美(たんび)な香りが、俺を甘く満たした。逃げる隙を覆い隠すように、彼女の豊かな波打つ髪が二人の視界を優美に遮り、世界を二人きりにする。



彼女の長い睫毛(まつげ)が触れそうなほどの至近距離。その甘く熱い吐息が、俺の唇を微かに掠めていく。至近距離で見つめ合う彼女の双眸(そうぼう)は、潤みを帯びて妖しく揺らめいていた。合わさった額から伝わるのは、幼馴染としての親愛をとうに通り越した、息の詰まるほどに激しい情愛だった。



このまま時間が止まればいい。皇女としての重責(じゅうせき)も、身分違いの壁も、すべてを忘れて彼女を強く抱きしめてしまいたい——そんな甘美な熱情が、俺の理性を狂わせそうになる。



俺はそっと、名残惜しさを覆(おお)い隠しながら、重ねられていた額を離した。


「……ディア。あんまり俺をからかわないでくれ。」


俺はどうにか苦笑を浮かべてみせる。本当は、胸の奥で心臓が爆発しそうなほど高鳴っていた。



クローディアは、ゆっくりと離れていく俺を名残惜しそうに緋色(ひいろ)の双眸(そうぼう)で見つめていたが、やがて、いつもの気高く美しい、皇女としての微笑みを唇に湛(たた)えた。


「あら、からかってなどいないわ。私はいつでも本気よ? ノア。」


そう言って彼女は、自身に用意されていたお茶菓子へと視線を戻し、白い指先を伸ばした。



(……本当に、心臓に悪い。)



俺は元のソファへと戻り、少し冷めかけた紅茶を口に運んだ。長いようで短い、離れたくない気持ちを抑え、立ち上がろうとしたまさにその瞬間のことだった。



(——ぐっ!?)



心臓を、灼熱(しゃくねつ)の杭で貫かれたような強烈な激痛が襲う。あまりの衝撃に胸元のシャツをきつく掴み、なんとか酸素を吸い込もうと喘いだ。


だが、胸の奥で渦巻く異様な熱は消えず、呼吸はまたたく間に浅くなっていく。ドクン、ドクンと、不規則で狂暴な脈動が耳の奥でうるさいほどに鳴り響く。喉の奥が焼け付くように熱く、まるで肺が内側から燃え盛っているかのようだった。



「ノア!ノア!どうしたの!?」



慌てたクローディアがソファから跳ね起き、床に膝をついて俺の身体を抱き起こす。



「……うっ、くっ。……い、息が、っ……。」



言葉を紡(つむ)ぐことすら叶わず、必死にクローディアを見上げる。彼女の端正な顔が、恐怖で青ざめていくのが見えた。常に凛とした佇(たたず)まいを崩さない彼女が、見たこともないほどに目を見開き、その綺麗な唇を戦慄(わなな)かせていた。



「ノア! あなた瞳が……! 月白(げっぱく)の瞳が、紅(あか)色に……!?」



瞳が……なんだ?俺の身体の中で、一体何が起きている……?体内で未知の魔力が暴走しているかのように頭が焼かれ、状況を整理することすらできない。


視界が急速に点滅する光と闇に染まっていく。自身の身体でありながら、すでに指先一本さえ動かすことすら叶わなかった。



(あぁ……だめだ……もう意識が……。)



背中に感じる彼女の震える腕のぬくもりさえも、急速に遠ざかっていく。耳元で響く彼女の悲鳴のような声を最後に、俺の意識は深い闇へと墜ちていった。




少しでも面白いと思っていただけたら、下の☆やリアクションで応援お願いします!執筆の支えになります!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。