リントヴルム[弍]
【極彩色】非常に鮮やかで、多彩な色を贅沢に使った色彩のこと。
路地へ一歩足を踏み入れた瞬間、そこは光の洪水だった。
頭上を埋め尽くす極彩色の魔導ランプが、夜を琥珀色や群青色に染め上げ路地に万華鏡のような影を落としている。
灯りに照らされた通りは、行き交う人々の熱気とざわめきで満ちていた。露店の店主たちが威勢のいい声を上げ、人々が吸い寄せられるように、その品々へ手を伸ばす。
「まぁ、素敵。夜市ってこんな雰囲気なのね。どこから見ればいいのか迷ってしまうわ」
クローディアは目を輝かせながら、彼方此方を見ている。
しばらく歩きながら物色していると、クローディアが組んでいる腕の袖を引っ張った。
「あっ!見て、ノア!あのサングラス、きっと貴方に似合うわ!」
クローディアの指差した方向にあるサングラスを見る。
「店主、このサングラス試しに掛けてもいいか?」
「おう!ゆっくり見ていきな!」
快い承諾を得てサングラスを棚から取る。
手に取ったサングラスは遮光性の高いダークレンズだった。限界まで細く削ぎ落とされたメタルフレームは、繊細さと無機質さを兼ね備えている。
柔らかな丸みを帯びたレンズの両端からつるへと繋がるヨロイ部分には光の角度によってギラリと輝きを変える微細なカッティング装飾が施された小さなメタルパーツが埋め込まれ、芸術品のようだった。
それを掛け、クローディアの方向を見る。
「どうだ?」
「……とても似合っているわ。貴方の肌色や白髪とも相性が良さそうね。……胸がドキドキしてしまうわ」
「……そうか。眼の色も隠せるし、丁度いいな。買って行こう」
夜行性となってから夜目が効くようになっている。サングラスをしていても問題はなさそうだ。
頬を紅潮させているクローディアの表情が嬉しくて即決し、店主を呼ぶ。
「はいはい!先ほどのサングラスをご購入で?」
店主が満面の笑みで近づいてきた。
「ああ。幾らだ?」
「そのサングラスは職人が手造りした一点物でさぁ!装飾も細かく少々値が張るんだ!ガリス金貨一枚って所だな!」
ガーノン帝国に着いてすぐ換金は済ませてあるし、今泊まっている高級宿の一泊分よりは安い。それなら問題ないかと店主へと応える。
「分かった。今だ、す……?」
金貨を取り出そうとした手をクローディアが止めた。
「ノア、私にプレゼントさせて。……はい!ガリス金貨一枚よ」
クローディアはそっと店主の手のひらへと金貨を乗せる。
「毎度ありぃ!他にも欲しいものがあれば、また声をかけてくれ!」
店主は他のお客の元へと去って行く。
「……いいのか?」
俺はクローディアへと声をかける。
「ええ。きっと常にかけていることになるでしょう?プレゼントしたものを身につけてもらえると嬉しいわ」
「……ありがとう」
俺はクローディアの額に軽くキスをする。
そしてまた二人で歩き出した。
途中、クローディアの髪留めを買い今度はプレゼントした。
甘いものやしょっぱいもの、色んなものを二人で分け合いながら歩いていると、ふと一風変わったマスクに目が止まる。
目に止まったのは漆黒の仮面だった。鋭く突き出した猛禽の嘴を思わせるフォルムは流麗で、その黒い表面には、ため息が出るほど精緻な金色の彫金が蔦のように這っている。
「クローディア、あのマスクを買って行こう」
「あら、どうして?マスクも被りたいの?」
「いや、ジキルが顔の傷を気にしてたんだ。傷は全体についてしまってるから、覆えるものの方がいいかと」
「そうだったのね。……なら、あのハットもデザインが似ているから合わせて買って行ったらどうかしら?」
鳥の嘴を模した仮面の上には、一体となっているような縁に金細工が這うようにあしらわれた、格式高い仕立てのハットも置いてあった。
「そうだな。そうしよう」
マスクとハットを買い次は何を見ようかと悩んでいると、クローディアの足が止まった。
「ノア、あっちにも人だかりが出来ていて、明るいわ。何かあるのかしら?」
俺はクローディアが指差した方向を見る。
真っ直ぐな路地の先に確かに光が灯る場所があった。
「ディア……。あまりあっちには行かない方がいいかもしれない」
「あら、どうして?」
「それは……」と口を開きかけた時、背後から声が飛んできた。
「そっちへ行くのはお勧めしないよ。特に二人のようなカップルにはね」
(……女性の声?親切心から声をかけただけか?)
胸の内で怪しんでいると複数の影が現れた。
俺がゆっくり振り返るとそこにはシヴァとゼノが、声をかけてきた謎の女性の首元と胴体にナイフと剣を突き立てていた。
「……シヴァ!ゼノ!何故ここに……!」
シヴァ達へ問いかけていると、更にこちらへ向かってくる足音と金属が床を打つ音が近づいてくる。
「お姉さん、どなたかは存じ上げませんが、そのお方から離れてくださいますか?」
現れたのは杖をもったジキルだった。
「ジキルまで……。お前達は三人で出かけたはずだろう」
「ええ。まぁ、でもお二人から距離を取りながら尾行はさせていただきました」
ジキルはバツが悪そうに困り笑顔を浮かべた。
(後をつけている気配はジキル達だったのか。)
露店を回りながらも周囲に気を配ってる間、複数の人間が後をつけてきている感覚はあった。
「でも、お姉さんもノア様をつけていましたよね?その理由を伺っても?」
ジキルは謎の女性へと鋭い視線を向ける。
「それは俺も聞きたいな。なぜ俺たちをつけていたのか聞かせてもらおうか」
つけてきていた気配は複数あった。
ジキルも気づいていたなら間違い無いのだろう。
「それを答えるのは構わないが、一旦武器を置いてくれないか?身体が震えて話せそうもない」
謎の女性は不適な笑みを浮かべて話す。
その姿には怯えている様子は全くない。
「……武器を降ろしてやれ」
そう指示するとシヴァ達は渋々武器を降ろした。
しかしその瞬間、謎の女性は俺の背後へと周り、すかさずこめかみに武器を当てた。
「……魔導銃か。珍しい武器だ。だが、この距離でそれは困るな。頭が吹っ飛んでしまう」
俺は謎の女性の動向に警戒しながら声をかける。
魔導銃は魔力を込めながら引き金を引くと、魔力の籠った弾丸が打ち出される仕組みになっている。魔力が籠っている分、行使する魔術によっては防ぎきれないのが厄介だ。
「あんたが指示を出してるようだったからね。頭を抑えれば下は身動きが取れないだろう?」
それは間違っていない。
俺のこめかみに魔導銃が当てられてから、シヴァ達はこちらへと容易に近づけなくなった。
すると再びコツコツと革靴の足音を立てながら、近づく気配が話しかけてくる。
「確かに手は出せなくなりましたが、その方を殺せたとして、この人数を相手に生きて帰れるとでも?」
声で分かったルクシオだ。
「我々の大切なお方から離れてください。これは警告です。貴女が魔導銃を当てている方の横にいらっしゃるクローディア様が殺気立ってらっしゃるのですが、それをお止めする術を私たちは持ち合わせておりません」
ルクシオは冷やかすような口調で話す。
その言葉に視線だけをクローディアへと向ける。
いつの間にか杖を持ち、構えている。
「アンタらの頭を殺して、その後アタシが生きて帰れるかだって?みくびられたもんだ。試してみるかい?アンタらの頭は死んでしまうけどね」
ルクシオまで殺気だったのが空気を伝って分かった。
「面倒だな」
俺は本音が出てしまっていた。
「俺が捕まっていなきゃいいんだろ」
俺は言葉を吐き出すとともに、高速で撃鉄を手で抑える。
「お姉さん、このタイプの魔導銃は撃鉄を抑えられると引き金を引けなくなると分かっているだろう。近接戦闘には向かない。……引き金を引かなかったあたり本当に撃つ気はなかったようだが」
「チッ。こんなに速く動く芸当を見たことないんでね。……これはアタシのミスだ。降参」
謎の女性は両手をあげる。
「……なんで俺の後をつけていた?」
俺はクローディアを自分の背に隠しながら質問をする。
「……白髪に真紅の瞳。受け取った親書に書いてあった特徴に一致する人間を見かけて、少しばかり遊んでみただけさ」
「親書……?じゃあ貴女がアイシス、さん?」
改めて彼女を眺める。
髪は高い位置でラフに結ばれたプラチナシルバーのポニーテール。前髪の一部が顔に垂れ、耳にあるいくつもの黒いピアスがその髪色と白い肌を際立たせている。身体のラインに完璧にフィットしたテーラードジャケットに純白のシャツ。首には細身のブラックタイを品良く締めている。服から露出した首筋には、刺青が容赦なく刻まれていた。
「アイシスでいい。堅苦しいのは嫌いなんでね」
そう言って小さな紙の筒に何かが包まれたものに、アイシスは火をつけて吸い込んだ。
そして、吸い込んだ煙を今度は吐き出すと俺を見据えた。
「アンタがノアだろ。ちょっと顔貸しな」
それだけ言うとクルリと背を向け歩き出す。
俺は全員に武器をしまわせ、念の為、警戒しながらついて行くよう指示をし、彼女の後を追った。
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