失いしもの[肆]
【外套】防寒や防雨のために服の上から羽織る「アウター(コートやオーバー、マント)」。
【タッセル】房状の飾りのこと。糸や紐、革などを束ねて、片方の端を縛って固定し、もう片方をバラバラに垂らした構造。
【ヘイト】主にオンラインゲームやRPGにおいて、敵キャラクターがプレイヤーに向ける「敵対心」や「怒りの度合い(標的としての優先順位)」を指すゲーム用語。
五人、全員が馬車へと集結した。各々が戦闘用の装備に身を包んでいる。
守護騎士であるゼノ先生の装備は洗練された白銀の甲冑だった。白と銀を基調としたその鎧は、鋼の糸で織り上げた戦闘装束だった。金属特有の無骨さは削ぎ落とされ、まるで第二の皮膚のように彼の肉体に馴染んでいる。鋭角的な肩当てや腰のパーツが辛うじてそれが防具であることを主張している。純白の外套を翻し歩く姿は、地上に降臨した正義の具現そのものだった。
ルクシオ先生の装備は、軍服の持つ厳格さと、貴族の礼服の華やかさを完璧に融合させた深青の魔導服だった。深いネイビーと漆黒で統一されたシックな身頃に、銀の刺繍とタッセル付きのチェーンが流麗なラインを描く。肩から無造作に羽織った深紺の外套は、彼の持つ神秘的な魔力の深さを物語っていた。
シヴァはいつも通りの姿だが、彼女は俺を守るために、戦闘を前提として特注された燕尾服を常に着用している。激しい動きにも耐えるように作られているので、何の問題もないだろう。
「……ジキル、魔術師用の軽装化された魔導服で悪いな。」
「いえいえ!とんでもない!お貸しいただき、本当にありがとうございます!」
ジキルは恐縮したように勢いよく頭を下げた。
その表情は、初めての戦場へと向かう緊張で固くなっているようだ。
「——ジキルの家族は確か、両親に弟が2人だったか?」
少しでもジキルの不安を和らげようと、軽いトーンで声をかけた。ジキルは驚いたようだったが、すぐにどこか愛おしそうな顔をした。
「は、はい。弟達とはかなり歳が離れているので……毎日のように『遊んで、遊んで!』って両手を引っ張られて、本当に可愛いんですよ。」
「そうか。ジキルの弟たちなら、きっと将来はお前に似てハンサムで立派な男に育つんだろうな。」
「いやいや、そんなことないですよ! 俺に似るなんてとんでもない。ただ、良い子に、立派な大人へと育ってくれればいいなと……。今は本当に、ただのやんちゃ坊主なんですけどね。」
そう言って、ははは、とジキルがようやく声を立てて笑った。張り詰めていた彼の表情が、家族を思い浮かべたことで柔らかく解けていく。
その笑顔を見て、俺も少しだけ胸を撫で下ろす。
その様子を静かに見守っていたゼノ先生が、ジキルの肩をポンと叩いた。
「ジキル様、その調子で身体から力を抜きなさい。そう硬くなっていては、いざという時に動けなくなってしまいますよ。ご家族はきっとご無事です。」
「……はい! ありがとうございます、ゼノ先生。」
「——では、行こうか。」
準備が整ったところで、俺の言葉を合図に、一同が動き出す。
ジキルの家族を安全な場所へ避難させるための馬車も二台用意した。全員が馬車に乗り込み、車輪が重々しく回り出した。馬車は真っ直ぐに目的地である西の貴族街へと突き進む。
「——それで、今、西の貴族街を襲っている魔物の情報はあるのか?」
馬車の中に揺られながら、俺は正面に座る面々へと問いかける。対面にいるのは、とゼノ先生とルクシオ先生、シヴァの三人だ。
「はい。現在、『パイロ・キュクロプス』の群れが街を襲撃している模様です。」
ゼノ先生が真面目な声で応じると、すかさずルクシオ先生が補足を加えた。
「特徴は、丸い体の中央にある巨大な一つ目と、歪に裂けた口。そして、その巨体の左右から生えた不気味な翼です。最も警戒すべきは、その口から吐き出される高温の火炎でしょう。」
「火か……。住宅街での火災への発展も含めて、それは厄介だな。では、もしルンペスト家の周囲に『パイロ・キュクロプス』がいた場合は、馬車の安全を最優先しよう。少し離れた位置に停車させてから突入する。」
「そうですね、それが賢明かと。退路の確保にも繋がります。」
俺の提案に、シヴァが深く頷いて同意を示す。
「次に、それぞれの配置についてだ。ゼノ先生は俺と組んでくれ。先生の剣撃は、戦場を縦横無尽に立ち回ってこそ、その真価である大量殲滅が発揮される。だから、俺が補佐に回る。先生の刃が空飛ぶ魔物にも届くよう、空中に足場を創り出すつもりだ。同時に最大五個までは術式を展開できるから、中距離からの攻撃や援護も俺が引き受ける。」
「かしこまりました。ノア様の足場があれば、空の羽虫どもを叩き落とすなど容易いでしょう。」
ゼノ先生が微笑む。頼もしい限りだ。
続いてルクシオ先生が眼鏡の位置を直しながら口を開いた。
「では、私はシヴァを連れて行きましょう。私の魔術で敵の群れを屠り、万が一、撃ち漏らして接近してきたものを、シヴァに確実に対処してもらう、ということでいかがですか?」
「ああ、それで頼む。そして——最後に、俺たちが前衛で道を切り開いている間に、後方からジキルに広域魔法で一網打尽にしてもらう。これが今回の基本陣形だ。」
俺は一度言葉を区切り、全員の顔を見回す。
「各自、互いの距離は離れすぎず、常にカバーし合える位置をキープして戦闘に入ってくれ。……作戦としては、こんなところでよろしいでしょうか、先生方。」
俺の問いかけに、ゼノ先生とルクシオ先生が力強く首を縦に振った。
——西の貴族街の近くまで来ると、遠目からでも夜空を赤く染めるほどの炎が燃え盛っているのが見えた。隣に座るジキルの顔がみるみる強張っていく。馬車はそのまま火の粉が舞い散る街中へと突入し、ルンペスト邸へとひた走る。
ようやく辿り着いた伯爵邸は、幸いにもまだ火の手は上がっていなかったが、状況は最悪だった。『パイロ・キュクロプス』の群れが、今にも邸宅を襲おうと、上空を旋回していたのだ。
「かなりの数だな……。」
上空を埋め尽くす異形の群れを見上げ、俺は苦い表情を浮かべる。馬車を止めたのは、邸宅からかなり離れた位置だ。ここから邸宅へと至る道にも、無数に『パイロ・キュクロプス』が飛び交っているため、これ以上馬車を進めるのは危険すぎた。
「ノア様、あれだけの数の『パイロ・キュクロプス』に包囲されているとなると、伯爵邸が火に包まれるのも時間の問題かと……。」
馬車から降りると、ルクシオ先生が声を潜めて俺に告げた。
「悩んでる暇はないな。——作戦通りにいくぞ。」
俺は地面を蹴り、走り出す。それに並行するようにゼノ先生も地を蹴った。5人全員が作戦通りの陣形で伯爵邸へと近づこうとした。すると伯爵邸の周囲を飛び回っていた『パイロ・キュクロプス』たちがこちらの接近に気づき、一斉に向きを変えて向かってきた。
(これは良い展開だ。このままこちらに引きつければ、『パイロ・キュクロプス』を伯爵邸から引き離せるかもしれない。)
敵の視線が俺たちに集まったのを確認し、俺は即座に術式を展開した。
「ゼノ先生、いきます!」
「御意。」
前方を駆けるゼノ先生の足元へ、空間を固定した魔力の足場を次々と創り出す。先生はその足場を躊躇なく踏み台にし、高く跳躍した。空中を縦横無尽に駆け巡る先生の凄烈な剣撃が、空中の異形な魔物たちを容赦なく切り裂いていく。俺は足場を維持しつつ、先生の死角から火を吐こうとする個体を、中距離魔術で正確に撃ち落としていった。やはり、火さえ吐き出させなければ大した相手ではない。
離れた位置にいるルクシオ先生とシヴァの連携も順調そのものだ。先生の魔術で怯んだ隙を、シヴァが確実な一撃で仕留めている。さらに後方からは、ジキルの放つ広域魔法が炸裂し、魔物の群れを派手に吹き飛ばしていた。これなら、伯爵邸まで進むのも容易い——そう確信した、その時だった。
——凄まじい絶叫が、戦場に響き渡る。次々と倒れる仲間の悲鳴を聞きつけたのだろう。上空の雲を割るようにして、さらに多数の『パイロ・キュクロプス』の群れが、文字通り黒い塊となって現れた。
(これはまずいな。完全に包囲されるか?)
あまりの数に、どこから手をつけるべきか一瞬思考を巡らせた。だが、その懸念を振り払うかのように、激しい足音と怒号がこちらへ近づいてくる。
「これより公爵家次男、ノア様の援護に入る! 打って出ろ!」
現れたのは、騎士団と冒険者の混成部隊だった。彼らは一斉に武器を構え、新たに現れた魔物の群れへと突撃していく。
(これはチャンスだ……!)
混成部隊の登場により、敵のヘイトが分散する。俺は即座に、隣に着地したゼノ先生、そしてルクシオ先生たちへ向けて指示を飛ばした。
「この場は騎士団たちに任せる! 俺たちは、この隙に伯爵邸へ一直線に向かうぞ!」
「「「御意に。」」」
「了解です、ノア様!」
先生たちとシヴァ、ジキルがそれぞれの声で力強く応じる。俺たちは足を止めることなく、混成部隊が作ってくれた隙間を縫って、伯爵邸へと全速力で駆け出した。
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