第8話 うちのひびきを泣かせないでもらえます?
まもなく六月が終わろうとしている。
ひびきチャンネルが開設されてから一か月。チャンネル登録者数はいよいよ二万人に差し掛かろうとしていた。
「よし! もらっ――え、ちょなに今の回避!? 不正! 不正だよ!」
【残念合法です】
【弱攻撃ってご存知ですか?】
「あぁまた負けたぁ~……」
ゲームコントローラーを握る委員長が悄然と項垂れる。
今日の生配信の企画は、Vのひびきちゃんとリスナーでゲーム対決をしようというもの。
選ばれたゲームは、大乱闘ズマッシュブレイカーズ。通称ズマブレである。
一般層にも根強く浸透しているゲームで、委員長も過去に妹と遊んだことがあると話してくれた。二時間ぶっ通しで対戦しつづけて全敗だったそうだ。それで二時間付き合うとか人が良すぎだろ。
「ひびきちゃん、強攻撃ばっか狙い過ぎだよ。もっと技のレパートリー増やそう」
「そうはいってもさ、ちまちま攻撃して蓄積するよりも一撃で終わらせるほうが合理的だしカッコよくない?」
【下手なやつって共通して脳筋だよな】
こら下手とか思ってても言わないの。
だけど、こういう格闘ゲームの配信してるくせに異様に弱かったり、ホラーゲームの配信をしているのに怖がりだったりというギャップは、リスナーにしてみれば楽しいものである。
実際、コメント欄は盛り上がっているし、ひびきちゃんとバトりたいって人は大勢いる。エンターテイメントとしてみれば大成功だ。
「次は負けないんだから!」
【負けフラグなんだよなぁ】
委員長とリスナーによる対戦が繰り広げられる。期待通りというか予定調和というか、委員長はこてんぱんに負けつづけた。先ほどの試合に関しては、もはや一撃も攻撃が当たることなく、羽目技を喰らって場外に突き落とされていた。ぐろい。
「うぅみんな強すぎるよぉ……」
委員長は涙目になっている。コメント欄を見ると、誰が最速でひびきちゃんの残機を削れるかRTAが始まっていた。オタクって好きだよな、タイムアタック。
「ルール変更」
わたしはゲーム端末に予備のコントローラーを接続し、2Pとしてズマブレに参加した。委員長の隣に座り、対戦形式をチーム戦に変更する。
「ここからは2対2の戦いにしよう。ちなみにわたし、ガチ部屋で一桁行ったことあるから相当強いよ」
コメント欄が歓喜の波に呑まれる。ズマブレで一桁代まで到達しているプレイヤーは国内でほんの一握りしかいない。そんな強者とお手合わせできることを喜んでいるのだろう。
得意アバターを選択し、わたしは鋭く言い放った。
「うちのかわいいひびきを泣かせたツケはちゃんと払ってもらうよ」
【百合の花咲いたぁぁぁ!!!】
【花咲けば百合駆ける!】
「はいはい、咲きました咲きました」
このチャンネルの視聴者は、わたしと委員長が仲良くしているとすぐ百合だ百合だと騒ぎ立てる。毎回否定するのも疲れるので、ここ最近は好きに言わせている。
対戦企画に参加してくるオタクは腕に自信がある強者だ。ガチ部屋で一桁台までとはいかずとも、それなりの実力を有しているのは選ばれたキャラクターを見ればわかる。
画面でカウントダウンがはじまる。
「じゃやろうかひびきちゃん」
「うん。私はなにをすればいい?」
「見てるだけでいいよ。こいつらはひびきちゃんに一ダメージも与えられないまま無様に散らせる」
【ほたるちゃんガチ怒じゃね?】
えぇ怒っていますとも。委員長の腕前が初心者同然って理解しながら本気で潰しにきてさ。
「鏖殺してやる」
「リスナーさんにそんなこと言っちゃダメだよ」
【あ、ご褒美なんで全然おけです】
【ほたるちゃんの罵倒もっと欲しいです】
「嬉しいんだ……ならいい、のかな?」
勝負の火蓋が切られる。
相手プレイヤーが選択しているのはどちらも近接戦に長けたアバターだ。委員長を無視してふたり揃ってわたしを狙ってくる。好都合。
敵アバターは強技――と見せかけて掴み技を狙ってくる。
「浅はかだねぇ」
このアバターを使う玄人はだいたいこのフェイントを打ってくるので驚きはなかった。
わたしはジャストガードで攻撃を回避し、敵を空中に放り投げて強技を打ち込んだ。敵アバターはダメージの蓄積無しで、場外に落ちて残機をひとつ減らした。
「まず一機」
焦ったもう片方の敵アバターが強攻撃を放ってくる。ジャスト回避して強攻撃を返す。敵アバターは場外に吹き飛んでいった。
その後も、わたしは圧倒的な技量の差をもって敵アバターを蹂躙した。
「口ほどにも無いね」
【TUEEEEEEE!】
【あの動き、さては蛍光灯さんでは?】
あ、去年ズマブレ全国大会に出場したときのプレイヤーネームバレちゃった。ま、いいや隠すことでもないし。
ひびきちゃんRTAが蛍光灯撃破チャレンジに変わる。敵の数がふたりから三人に、三人から四人に増えても、勝敗はあらかじめ決まっているかのようにこちらに傾く。
「たりゃ!」
連戦が続く中でわたしだけにみんなの意識が向いていたからだろう。委員長のアバターの放った強攻撃がクリティカルヒットし、敵アバターが場外に吹き飛んでいった。
「やった……。当たった! 当たったよほたるちゃん!」
「ちょ、今抱きつかれたら……!」
手元が狂い、回避に失敗して敵アバターから集中攻撃を受ける。ダメージ蓄積に耐えきれず、わたしのアバターの残機がひとつ減った。
【ナイスひびきちゃん!】
「今の無し!」
「はは、ほたるちゃんってば必死すぎ」
「そりゃ必死にもなるよ。ここで負けたらわたしのアイデンティティが崩壊する。ひびきちゃん、邪魔しないでステージの端で棒立ちしてて」
「あ、うん」
【勝利より大切なものを失ってるぞほたるちゃん】
それから配信の中でわたしが敗北を喫することはなかった。わたしが参加してから委員長のアバターの残機が減ることもなかった。
だけど、配信終了後に委員長はへそを曲げていた。
「委員長、ご機嫌斜め?」
「別に」
ぷくっと剥れてそっぽを向く。小学生かなってくらいにわかりやすい。
「わたしなにかしちゃった?」
「……抱き締めさせてくれたら許す」
わたしの質問には答えず、委員長が両腕を伸ばしてきた。わたしは迷わず委員長の胸に飛び込んだ。ぎゅっと委員長が背中に腕をまわしてくる。
「今日のほたるちゃん、カッコよかったけどわたしを除け者みたいにしてきて寂しかった」
なるほど、それで拗ねていたのか。言われてみれば、ズマブレでの勝ち星を求めるあまり委員長の扱いが雑になっていた。
「ごめん。委員長をぼこぼこにしたリスナーに仕返ししてやりたくて」
「ふふ、視聴者は大切にしなきゃダメだよ」
「委員長の方が大切だもん」
「ほたるちゃんはほんと私のことが好きだね」
ぽんぽん頭を撫でてくる。わたしは猫みたいに委員長の胸に頬を擦りつけた。
「今日お泊りしてく?」
「ん~、ほたるちゃんはどうしてほしい?」
「泊まってってほしい」
「じゃお泊りしようかな」
週末限定だったお泊りイベントは、いつからか翌日に学校がある日でもわたしが甘えれば開催されるようになった。
委員長と過ごす時間は心地良い。
いっそのこといっしょに暮らしたいくらいだ。




