第7話 ひびきちゃん、いよいよVの世界へ!
「じゃ委員長動いてみて」
「うん」
ヘッドフォンをつけた委員長に、右に左に顔を動かしてもらってみる。続けて、喋ってもらったり瞬きしてもらったりしてみる。
……うん、アバターは問題なさそう。
「ひびきちゃん完成っと。予定通り20時からお披露目配信しようか」
「これがインターネット世界のわたし……」
絹のような黒髪に猫耳を垂らし、垂れ目が柔らかい印象を与える美少女アバター。それが委員長のインターネット世界における姿である。
糸目をつけず課金して作成したアバターなので、動作がカクついたり声と動きが大きくズレたりといったことはないはずだ。そういう小さなストレスの積み重ねがリスナーの没頭の妨げになると他ならぬオタクのわたしがよく知っている。
「気に入った?」
「うん、すごくかわいい!」
誕生日プレゼントをもらった子どもみたいに委員長は笑う。
委員長の方が可愛いけどね、とは胸のうちで思うだけに留め、わたしは配信開始前のLoading動画が問題なく動くか、音楽が問題なく流れるかの最終確認をする。
……うん、問題なさそう。
「ほたるちゃん、お風呂湧いたよ」
「ほ~い。いつもありがと」
「いえいえ、私にできるのは家事くらいですから」
料理に風呂掃除に洗濯に。わたしが配信に関する作業をしているときは、日常生活の欠けてしまった部分を委員長が補ってくれている。
委員長の支えが無ければ、わたしの食事の時間は消滅し、お風呂はシャワーで済ませるようになり、洗濯は週一になって、そのくせ部屋だけは委員長に良いところを見せたくて綺麗にしていることだろう。
「この後VTuberとして配信するってことは、お化粧とか気にしなくていいってことだよね?」
「そだね。わたしにすっぴん見られてもいいのならお風呂入っても問題なしだよ」
「なら問題ないや。ほたるちゃん、いっしょにお風呂入らない?」
「入る!」
勉強する手を止めてわたしは食いついた。なにを隠そう、わたしもいつか委員長とお風呂入りたいなぁと思っていたのである。
前に朝カラオケに備えて委員長がお泊りした時は、家でもろもろ済ませてからお泊りって感じだったから、いっしょにお風呂入れなかったんだよねぇ。
わたしの家の湯船は無駄に広く、おまけにわたしがちっちゃいので、ふたりで浴槽に浸かっても思いのほか余裕があった。
もたれかかるわたしを後ろからぎゅっと抱き締め、委員長は頭を撫でてきてくれる。
「頑張りすぎて疲れてない?」
「本音漏らすとめちゃくちゃ疲れてる」
ここ最近、いつも眠いし、常に疲労感を背負って過ごしている。
「ごめんね、私の都合で頑張らせちゃって」
「わたしがやりたくてやってるから気にしないで」
嘘は言っていない。
「委員長の願いを叶えてあげたいからあと一か月ちょっとは本気出して頑張るよ。それが終わったらこれまで通り無気力な毎日に戻るけど見逃してね」
「わかった。限度はあるけど見逃すって約束する」
「限度とか関係なく見逃してほしいんだけどなぁ。……ね。委員長ってさ、どうしてわたしの面倒見てくれるようになったの? 誰かに頼まれたから?」
いっしょに湯船に浸かるという非日常の中にいて気持ちが浮き立っているからか、踏み込んだ質問をしてしまう。
委員長はわたしの頭を撫でる手を止めて言った。
「うん、土屋先生にほたるちゃんの勉強を見てほしいって頼まれたからだよ」
その返事を受け、申し訳なくなる。あぁ委員長って職に就いているがゆえの義務感でわたしの面倒を見てくれてたんだなって。
「それが理由のひとつ」
「ひとつってことは他にも理由があるの?」
「うん、あるよ。恥ずかしくて言えないから秘密だけど」
「そっか」
なんだろうなと気になりはするけどスルーする。
義務感の延長線上で関わっているわたしに図々しく踏み込んで詳細なことを聞く権利は無いだろう。無遠慮に接近したために委員長に嫌われるのは嫌だ。
「理由が知れて安心したよ。委員長は天性のお節介焼きなんだね」
「かれこれ十五年ほどお姉ちゃんをやらせていただいているので。えっへん」
それ口で言っちゃうんだ。くすっと笑いつつわたしは首を後ろに巡らせ、委員長の頭をなでなでした。
「がんばってて偉いね委員長は」
「えへへ、誰かにそうやって労ってもらうのは初めてかも」
よっしゃ委員長ポイントゲットだぜ。
これから委員長が責務とか動画撮影のためとかそういう建前抜きに音無ほたるって人間と関わることを選んでくれたらうれしいな。
……なんて思うのは欲張りがすぎるか。傲慢な自分に呆れる。
委員長とお風呂を済ませて。委員長と夕飯を済ませて。
いよいよVTuberひびきちゃんの初配信の時間が迫ってきた。
【待機中】
【YouTuberとVTubeの二刀流ってほかに誰かいる?】
同時接続数は1000人を超えている。
いよいよ人気配信者の一角になりつつあるという現実に、達成感と同時に緊張を覚える。知名度が上がれば上がった分だけ、リスナーさんの目も厳しくなるだろうから。
すずりん杯が終わったら委員長はどうするつもりでいるのだろうか。配信活動を続けるつもりでいるのだろうか。
続けたいと思ってくれたらいいな。そうすれば、わたしと委員長の期間限定の関係が延長されるから。
「じゃ配信はじめるよ」
「は~い」
Loading中の画面がひびきちゃんの画面に切り替わる。よし、アバターも音楽も異常なし。委員長が笑うと、ひびきちゃんも人懐っこい笑みを浮かべた。
「みんな~、おはひびび~!」
【うおおぉぉぉ! クオリティたけぇぇぇ!?】
【生でも二次元でも可愛いとかぶっ壊れで草】
【絵師さんは誰ですか?】
「す、すごいコメント……みんな忙しい中見に来てくれてありがとね~。今日はお披露目配信だから、みんなのコメント拾って返事していくよ!」
「セクハラコメントは即規制なのでやめてくださいね」
【ほたるちゃんはVで参加しないんですか?】
「わたしのVはおいおいってことで」
【ひびきちゃんとほたるちゃんの百合配信確定で神】
「百合? ほたるちゃん、百合ってなに?」
「びびきちゃんは知らんでいいです」
うちの無垢なひびきを穢さんでくださいオタクさんたち。
委員長が正統派のYouTuberなので、リスナーも優しい人が多い。コメント欄は盛り上がりつつも秩序が保たれている。
「虚滅の刃の推しは誰ですか。えぇとね、今の段階だと金次郎! 妹想いで素敵なお兄ちゃんだよね~。私もお姉ちゃんだから妹を大切にしてるっていうのが超ポイント高い!」
【超ポイント高いとか仲町以来だわ聞くの】
「仲町? それってなんかのアニメのキャラクター?」
相変わらずリスナーと関わるのがうまいなと思う。
基本わたしは聞きに徹し、委員長やリスナーから質問を振られたら答えるという形式を取っている。わたしの意見なんか聞いてどうするんだと思うが、結構な頻度で画面外にいるわたしに話題を振られるのである。
「ひびきちゃんとほたるちゃんはいっしょにお風呂入ったりするんですか。うん、さっき入ったよ」
「ちょそれは言わないほうが……!」
【眼福です】
【おいらも混ぜて欲しいッピ~】
【こいつら絶対出来てるだろ】
「出来てないですから! ほらいいん……んんっ、ひびきちゃんも反論して!」
「私はほたるちゃんが望むならいつでも歓迎だよ?」
「え、いいの?」
【毎回仕込みが多彩ですねぇ】
いや仕込んでないんだわ。委員長が急に高度なボケをしてくるからわたしも面食らっちゃうんだわ。
そんな風にひびきちゃんお披露目配信は賑やかに進み、配信が終わる頃には同時接続数が3000人に達しようとしていた。すげぇ過去一の伸びだ。
「今日の配信はここまで! 最後にチャンネル登録者数一万人突破を記念して歌を届けちゃうよ! 曲は――崖の上のモニョ! 最後まで見ていってね!」
ここで生配信の画面を終了し、あらかじめ用意しておいた『崖の上のモニョ歌ってみた』動画を差し込む。イラストはわたしのフォロワーの絵描きさんに書いてもらって、編集はわたしがひとりで完結させた。
歌が終わった後、動画は賞賛の言葉であふれていた。流行よりも斬新さで売り出していこうというわたしの狙いがまちがっていなかったという証明にほっとする。
「終了。初めてのVTuber配信どうだった?」
「なんだかこっちの方が動画を見てくれてる人たちとの距離が近い気がしていいね!」
一時間に及ぶ雑談配信をしたというのに、まるで疲労を感じないキラキラした顔をする委員長だった。
「楽しんでもらえてるようでよかった。しばらくはVの方で活動する予定だからよろしくね」
「わかった。あと百合ってなに?」
「女の子同士が仲睦まじくすることだよ」
委員長は好奇心旺盛で隠し通すのは無理がありそうなので、やむなく教えることにした。
「なるほど。じゃあ私とほたるちゃんは百合ってことだね!」
「まぁ見ようによってはね」
いっしょにお風呂入ったり、いっしょにご飯食べたり、いっしょのベッドで寝たり、まぁイベントだけ網羅したらけっこう純度の高い百合してる説はある。まぁ実際は友達ですらなく、期間限定のプロデューサーとタレントってオチなんだけど。
その後も委員長はコメントを拾ってはスマホに記録し、これから見るアニメ一覧に新たに作品タイトルを連ねていた。ほんと真面目だよなぁ。
「ねね、今からいっしょにアニメ見ようよ」
「わたしは構わないけど、委員長はおうちに帰らなくて平気なの?」
「パパとママにこれから友達の家にお泊りすることが増えるかもって前もって伝えてあるから平気だよ」
「放任主義がすぎる」
けど、委員長と過ごせる時間が増えるのはありがたいな。
それから、わたしは委員長と隣合ってアニメを見て、隣合ってベッドに寝転がり眠りに落ちた。
「ずっといっしょに居たいな」
わたしの小さなつぶやきは、委員長の健やかな寝息にすぐにかき消される。
ひびきチャンネルの知名度が上がるたびに、委員長の夢に近づいてるなと嬉しくなる一方で着実に終わりに近づいているなと悲しい気持ちになる。
人生ってままならないや。
不安な気持ちをやわらげるため、わたしは委員長の手を握って眠りについた。
朝起きても手を繋いだままだったら、無意識の行動だって言い訳しておこう。




