第5話 期間限定の好き
YouTuberひびきが誕生してから一週間が経とうとしていた。
チャンネル登録者数は一万人を超え、動画の総再生数はいよいよ十万回に差し掛かろうとしている。
「ほたるちゃん、朝だよ起きて」
「うぅ。もう十分だけスリープモード」
「もうしょうがないなぁ」
えへへぇ、わたしに甘い委員長好きぃ。
……じゃなくて!
「いかん! このまま眠ったら朝カラを逃して委員長にお泊りしてもらった意味が無くなってしまう!」
「私はこのままほたるちゃんとだらだら眠るでも構わないけどね?」
隣を見る。少し乱れたパジャマに寝癖をつけた委員長が寝転がっている。
わたしの家にある寝具はひとつのベッドだけで、さすがに窮屈だろうなと思ってわたしは雑魚寝すると提案したのだけど、委員長が許してくれなくて同じベッドで眠ることになった。
昨夜、わたしはずっと委員長の抱き枕になっていた。どうやら委員長には抱き癖があるようだった。
柔らかくてあたたかくて、いつもよりぐっすり眠れた気がする。ひと肌って心地いいなって思った。
「委員長ってわたしのことどう思ってるの?」
ふと疑問が衝いて出る。
「どうって?」
「好きとか嫌いとか真ん中とか」
「真ん中って選択肢があるのがほたるちゃんらしいね」
くすくす笑い、委員長はすんなりと答えを口にした。
「その三択なら断然好きだよ。好きじゃなきゃお泊りしようって誘われてお泊りしてないし」
「……そっか」
頬が熱くなる。
まぁ好きか嫌いかの二択ならそりゃそうなるよな。一瞬、委員長が特別な好きを向けてくれてるんじゃないかと勘違いしてしまった。これだから陰キャは。
ともあれ委員長はわたしを大切に想ってくれている。それが堪らなくうれしくて、わたしはえいやと委員長に抱きついてしまう。お胸枕ふわふわで気持ちいい。
そんなわたしの横着を咎めることなく、委員長は優しく頭を撫でてくれる。
「可愛い。ほたるちゃんを抱いてると落ちつくなぁ」
「それはわたしの台詞」
わたしの代わりはたくさんいるだろうけど、委員長の代わりはいない。
今はすずりん杯という目標があるからわたしは委員長の特別になれているけど、目標を達成したらきっとわたしは特別ではなくなってしまうだろう。
これは友情とは異なる限りある契約だってわかっている。
「委員長好き」
「うん、私もほたるちゃんが好きだよ」
期間限定であることは承知のうえで、今は委員長の優しさに溺れていたかった。
◇
朝食を済ませて近所のカラオケにやってきた。
「もうすぐひびきちゃんのVのアバターができそうなので、完成したらお披露目と同時に歌ってみた動画を投稿しようと考えています」
「すごい! もう出来そうなんだね二次元の私!」
委員長がパチパチと拍手を送ってくる。わたしはえへえへと照れた。すいませんぼっちは褒めに弱いんです。
すずりんはVTuberである。そのため、本人が実写でもVTuberでも可とは言っているとはいえコラボのしやすさを考えたらVTuberが優遇されるだろう。
というわけで、わたしは密かにひびきちゃんのVのアバター作成を進めていたのである。
「VTuberか。うまくできるかな」
一週間前までぶいちゅーばー? と首を捻っていた委員長が、今ではVTuberとは何たるかを理解し自信のある発音をしている。このまま委員長がVに沼ってくれたらいいな。……なんて思ってしまうのは高望みがすぎるか。
「VTuberの方ではゲーム配信とか雑談配信をしていこうと思ってる。実写もVもどっちもいけるのが委員長の強みだからね。企画に合った形態を選択して動画をまわしていく予定」
「ほたるちゃん、日に日にプロデューサーとして頼もしくなってるね」
にっこり笑ってホットココアの入ったカップに口をつけ、委員長は「あっつ!」とすぐにカップから口を離した。
「ふふ、やけどしないように気をつけて」
いっしょに過ごす時間が増える中で知ったことだけど、委員長はけっこう天然でドジをすることが多い。とはいえ学校でそういった姿はまずお目にかかれないから、プライベートな部分でそういった弱点を目にするたびにわたしは特別な気持ちに満たされる。
「配信用の曲だけど、変にマイナーなのを選ぶよりはど定番の誰でも知ってる曲を選ぶのがいいと思う。そこでわたしはライライラックを提案します」
「ライラックって花?」
「嘘やん」
レコード大獲ってて、いよいよ十億再生も視野に入ってきた超絶メジャーな曲だぞ。令和を代表するPOPSとまで言われてるのに、令和の女子高生が知らないなんてそんなことある?
「委員長ってどんな歌知ってるの?」
「えぇと、地球星歌とか大地讃頌とか?」
「合唱曲」
それも結構ガチなやつ。
「アニメの歌だとどう?」
ボカロとかは絶対知らないだろうから最初から除外。
「アニメアニメ……あっ、崖の上のモニョ!」
「さては委員長って幼少期ジーブリ教育された世代?」
けど、歌配信で崖の上のモニョは一周まわって有りかもしれない。著名なVTuberでこの歌を選んでる人はいないんじゃなかろうか。
委員長はマイクを手に取り、音量を調整している。
「ああ……うん、問題なさそう。ほたるちゃんから歌っていこう」
「委員長カラオケ慣れてる?」
「慣れてるってほどではないけど、何回か友達と来たことあるよ。私、流行には疎いけど、一回聴けばどんな歌でも歌えるんだ」
「なにそのチート能力」
台詞の暗記も異様に早かったし、きっと記憶力がかなり優れているのだろう。
というわけで、その能力が本物かどうか確かめてみよう。
まずわたしが歌って、次に委員長に歌ってもらう。
わたしが76点で、委員長が92点だった。
「やった90点超えた!」
「委員長さっきライライラック知らないって言ってたよね?」
サビ以外も普通に歌えてたんだけど。
「ごめん、サビの部分だけ聞いたことあるから全然知らないっていうのは嘘だったね。けどほかは全然で、ほたるちゃんの歌を聞いて知ったよ。最初から最後まで流動的で最後のサビが壮大な良い歌だね! 気に入った!」
「あはは……」
こんな調子で、わたしが先んじて歌っては、委員長が同じ曲を歌ってわたしの点数を大幅に追い越すという時間が繰り返された。
これ、わたしは点数とか気にしてないからノーダメだけど、カラオケに自信ある人がやられたら相当ダメージだろうなぁ。
ともあれ、委員長は楽しそうだし、曲はどんどん蓄積されているので、本日の目標は順調に達成できている。
「ほたるちゃん、そのドリンクなに?」
「ん、ジンジャーエールとオレンジジュースとカルピスを混ぜた特製カクテルだけど」
「それおいしいの?」
「おいしいよ。委員長も飲んでみる?」
「……じゃ、じゃあ」
おずおずと私のコップに口をつける。ごくりと喉を鳴らし、委員長はパッと表情を明るくした。
「おいしい!」
「ふ、なにしろわたしがぼっちカラオケをする中で発見した奇蹟の調合だからね」
歌っても点数が出ないから、萎えてドリンクバー調合に精を出した秋の記憶が過ぎる。ジュース飲み過ぎておなか壊したなぁ。
「漂う哀愁がすごい……点数が出ないっていうけど、私はそれよりも楽しく歌うことの方が大切だと思うよ。ほたるちゃんの歌ってる姿はすごく楽しそうでわたし好きだな」
「委員長……」
うれしい。暗に上手くはないって言われてる気がしないでもないけど、誰かに歌ってる姿を肯定されたのは初めてだから、その言葉は胸に響いた。そもそも誰かとカラオケに来るってこと自体今回が初めてなんだけど。
それから退室時間ギリギリまで委員長とカラオケを楽しんだ。
「またカラオケ来ようね!」
「うん、委員長に誘われたら付き添うよ」
委員長のコップはわたしと同じでカラフルなものばかりになっていた。




