第15話 姉妹の勘違い
響香ちゃんは妹ちゃんの話をしないし、わたしもその話題は避けて欲しいんだろうなって空気を察して触れてこなかったので、現状で把握している情報は少ない。
姉妹喧嘩している。ゲームやアニメが好き。すずりんが好き。一年生ながらに選挙管理委員長を任されるくらいに優秀。姉に負けず劣らず可愛い。――以上である。
……列挙してみると、思いのほか情報量があるな。なにより同じVTuberを推しているという最強のアドバンテージがある。
万一、旗色が悪くなったらすぐにそっちに話題を逸らそう。
そう方向性を定めた後に、わたしはムスッとしている薫森さんに訊ねた。
「響香ちゃんのことは嫌いですか?」
「は、大好きなんだけど」
……ん?
「今、大好きって言いました?」
「言ったわ。音無ほたるの方こそどうしてわたしがお姉を嫌ってるって前提で話を進めてるのよ」
フルネーム呼びの敵対心バチバチ感がすごい。あと、響香ちゃんのことお姉って呼んでるんだ。
「えと、響香ちゃんが妹ちゃんとずっと喧嘩してる。一方的に避けられてるって言ってたからてっきり嫌ってるのかなって」
「は、避けてるのはお姉の方だし」
話がまるで噛み合わない。けど、響香ちゃんが嘘をつくはずがないし、ご機嫌斜めな薫森さんが本心とは異なる返事をしているとも考えにくい。
……となると。
「勘違いですれ違ってる?」
「都合の良いこと言わないで」
ぴしゃりと言って、薫森さんは険しい面持ちで腕を組む。
「お姉は去年まで私にべったりだったのに進級した途端に冷たくなった。なんでだろうと思っていたけど、ちょこちょこお姉の教室を覗きに行ったりこっそり後をつけたりして謎が解けたわ」
行動力お化けだなこの子。
さすが響香ちゃんの妹だなと肝の据わり具合に感心していると、薫森さんはビシッとわたしを指差してきた。変わらず険のある瞳は少し潤んで見えた。
「音無ほたる。貴女が私のお姉を篭絡したのね!」
「篭絡」
なんかすごい因縁をつけられている。
篭絡はしてないけど、独占してるってのはあながち間違いじゃないかもな。響香ちゃん、先週は六日間、わたしの家に泊まってたし。もはや同居だよねこれ。
「私のお姉を返してよ! 別れなさい!」
「それは無理」
きっぱりと言い切る。薫森さんは俯き、下唇を噛み締めていた。
「念のため説明しておくけど、わたしは響香ちゃんから自由を奪ったりしてないよ。響香ちゃんに告白されて、それを受け入れて、わたしたちは恋人でいる」
「言われなくてもわかってるわよ。……そんなの仲睦まじくするふたりを見ていれば嫌でもわかるし」
どうして認識にここまで食い違いが生じているのか、今話を聞いた限りだとわからない。だけど、響香ちゃんと薫森さんが互いを想い合っていることはよくわかった。
「薫森さん」
「なによ」
「響香ちゃんと話し合おう」
双方が情報を正確に把握したうえでいがみ合っているのなら、無理に対面させない方がいい。だけど、今のふたりは誤情報を鵜呑みにしたまますれ違いをしてしまっている。
わたしなんかはもう修復不可能なくらいに家族とのあいだに亀裂が走ってしまっているけど、薫森姉妹はまだ全然やり直せる状況にある。というか、なにも悪化しちゃいない。
狼みたいに強気だった薫森さんの背中が、急に雛鳥のようにしゅんとした。
「無理よ」
「なにが無理なの?」
「お姉は絶対わたしを嫌ってる。……そう正面切って言われるのがこわい」
「めんどいなこの子」
「今、めんどいって言った!?」
あ、つい本音が。
……いつの間にか敬語が解けちゃってるな。
響香ちゃんと同じ血が通う妹ちゃんだからか、早くも心を許してしまっている自分がいる。年下のくせに生意気だなと思いもするけど、それ以上に年相応の刺々しい態度を可愛らしく思い、薫森さんにも――鈴香ちゃんにも幸せでいて欲しいなと思っている自分がいる。
「響香ちゃんはぜったいに鈴香ちゃんを好いてるよ。もしダメだったら、すずりんの初めてのプレゼント企画で当選したこのお守りを譲ってもいい」
リュックサックの小さいポケットにいつも入れている、デフォルメされたすずりんと「今日も乗り越えていこう!」と直筆メッセージが書かれたお守りを鈴香ちゃんに見せつける。なにを隠そうわたしの宝ものである。
鈴香ちゃんはパチパチと瞬きし、お腹を抱えて笑いはじめた。
「すずりんのこと好きすぎでしょ」
「ふふん、チャンネル登録者数が二桁代の頃からこりゃ伸びると確信してスパチャしてますので」
「知ってる。いつもありがとね、蛍光灯さん」
「え?」
どうしてわたしのYouTubeのアカウント名を知っているのだろう。
鈴香ちゃんはスマホを操作し、わたしに画面を突き出してきた。
「これ私のLINEのQR」
「え、急にどういう風の吹きまわし。……さてはスタ蓮してわたしのスマホ壊そうとしてる?」
「そんなつまらないことするかっての」
後輩にげんなりと息をつかれる。すいません、ぼっちゆえに疑り深いものでして。
「お姉と話がついたら連絡して。しょうがないから貴女の話を信じてお姉と話してあげる」
「鈴香ちゃん、すずりんみたいなツンデレするね」
「それ形容として機能してないから」
相変わらずぶっきらぼうな態度ではある。だけど、しっかりと受け答えしてくれているので、わたしのことを多少は受け入れてくれたのだろう。うれしいな。
QRコードを読み取り、LINEに『鈴香』と書かれた風鈴のアイコンを追加する。その直後、スマホがぶーと音を立てて震えた。
「はにゃっ!?」
「ぷふっ」
ぴょんと飛び跳ね慌てるわたしが面白かったのか、鈴香ちゃんは両手で口を押さえて笑っていた。すごい可愛い笑い方するなこの子。
鈴香ちゃんとのトーク欄に、すずりんのよろしくスタンプが送られている。すぐにわたしも同じスタンプを送り返した。
「ふふ、やっぱりこのスタンプは持っているわよね」
「当然。わたし、第三弾までぜんぶコンプリートしてる」
証明するため、おまけでよろしくスタンプを二連撃。
「……ごめんなさい」
不意にぽつりと鈴香ちゃんが謝罪の言葉を漏らした。
「ほたるさんがお姉を篭絡したわけじゃないってほんとはわかっていたわ。けど、お姉がわたしよりもほたるさんを優先したって現実を認めたくなくて強くあたってしまったの。……醜いわよね、私って。やり場のない感情をほたるさんにぶつけてしまって」
「べつに醜くないと思うけどな」
鈴香ちゃんの声色が沈んでいるのに対し、わたしの声色は拍子抜けしてしまうほどに軽かった。だって実際、深刻な話題でもないし。
「イライラして誰かに当たっちゃう。褒められたことではないけど、人である以上、そうしちゃうのは仕方ないと思うよ。わたしも編集作業をしてる途中に響香ちゃんに抱きつかれてデータが飛んだときは、おいふざけんなってマジトーンでキレちゃったし」
「急に惚気てくるわね。しかもちょっと論点ズレてるし」
「ありゃ?」
実体験を交えた完璧な回答だと思ったけど、そうでもなかったようだ。自信満々に答えた手前、恥ずかしさが込み上げてくる。
けど、鈴香ちゃんが涼しげが顔つきをしているのでメンタルケアには成功したと見ていいだろう。よしよし、わたしにしては上出来。
ふと気になって壁時計を見ると、時刻は5時30分をまわろうとしていた。
こりゃマズい。響香ちゃんには5時過ぎには帰れると伝えていたのに大幅に過ぎてしまっている。帰ったらどうして遅れたのか迫られるだろうな。
「今日のところはここでお開きってことで。響香ちゃんと話が済んだらおいおい連絡するね」
「待ってほたるさん」
足早に教室を出ようとすると、鈴香ちゃんが後ろから手首を掴んできた。
振り返る。
どんと胸に衝撃が走り、目下でツインテールが揺れていた。
「いろいろありがとう」
「ど、どういたしまして。わたしで良ければいつでも相談相手になるぜ」
「……こりゃ私じゃ敵わないわけだ」
ちゃんと感謝できてえらい。ぽんぽんと小さな頭を無意識に撫でてすぐ、これはやりすぎかとひやっとしたけど、特に鈴香ちゃんが噛みついてくることはなかった。
……ふぅ。
慣れない立ちまわりをしたけど、とりあえずは合格ってことでおけかな。




