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無気力ぼっちの本気プロデュース  作者: 風戸輝斗
第三章

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第14話 すずりん好きの薫森さん

 恋人になってからも生活が大きく変わることはなかった。お泊りは付き合う前から頻繁にあったし、抱き合って眠りに就いたり、お風呂で身体の洗いっこしたりといったことも当然のようにしていたので。

 ……今にして思えばあの頃から友達同士でする限度を超えていたのかもな。

 如何せん友達がいた期間がないので、自分たちがしていることが普通なのか異常なのか、判別する物差しがなかった。まぁ仮に異常と認識していたとしても、響香ちゃんたっての頼みとあらばわたしは秒で屈していたんだろうけど。


「ほたる、朝だよ」


「うぅあと三分」


「しょうがないなぁ」


 温もりに優しく包まれる。鼓膜を絶えずどくどくと急いた鼓動が揺らしてきて、わたしを意識してくれてるなと嬉しくなる。

 膨れ上がる喜びが睡魔を溶かした。わたしは不意を突いて目の前にある頬に口づけする。華奢な肩がビクッと跳ね上がった。


「おはよ響香ちゃん」

「……不意打ちは卑怯だよ」


 顔を真っ赤にして唇を尖らせる響香ちゃんである。ぐうかわで困る。

 恋人になってからわかったことだけど、響香ちゃんは恋愛方面では奥手な女の子のようだ。頭を撫でたりハグしたりといったことは響香ちゃんが先んじてしてくるけど、手を繋いだりキスをしたりといった恋人めいた行為に踏み込むのはいつも決まってわたしである。

 がっついているみたいで恥ずかしいな。まぁ事実、可愛くて優しい響香ちゃんが大好きだからがっついてるんだけどね。

 いつまでもこうして抱き合いつつ眠っていたいけど、生憎今日は平日で授業がある。

 身体を起こすと、後ろからそっと抱き寄せられた。響香ちゃんがすりすりとわたしの頬に頬擦りしてくる。土日いちゃいちゃしたからか、今日の響香ちゃんはすこぶる甘えん坊だ。


「学校遅刻しちゃうよ」


「あと五分なら平気。もうちょっとだけほたるチャージしていい?」


「しょうがないなぁ」


 響香ちゃんの口癖を真似てみる。最近はわたしが許す側にまわることが大きくなっている気がするなぁ。

 ……生活が大きく変わってないって言ったけど思いっきり嘘ついてるね。わたしは委員長のことを響香ちゃんと呼ぶようになったし、響香ちゃんが少し堕落気味になってる。

 ま、なんにせよ幸せな毎日を過ごしている。

 付き合いはじめて一週間。この調子ならいつまでも響香ちゃんと寄り添っていられそうだ。

 すずりん杯に参加してよかったなぁ。

 ……ってまだ終わってないか。


「妹ちゃんと仲直りできた?」


「ううん、まだ」


「そっか」


 じゃ引き続きすずりん杯に本気で挑まなきゃだ。

 すずりん杯の締め切りまで残すところ二週間となり、みんなラストスパートをかけている。

 麻辣湯の動画が注目され既にコラボ権獲得のチャンスは得ているが、まだまだ油断はできない。チャンネル登録者は充分増えたので、ここからはリスナーの需要よりもすずりんが興味を持ってくれるかどうかに重点を置くべきだろう。


「私の事情にほたるを巻き込んじゃってごめんね」


「むしろプライベートな部分に踏み込めて嬉しいから気にしないで」


 だってそれは信頼されてるって証だから。


「わたしが必ず響香ちゃんと妹さんを仲直りさせてみせるから」


 わたしたちが最終目標としているのは、隠していた想いを吐露して付き合うことでも、すずりん杯でコラボ権を獲得することでもなく、薫森姉妹の喧嘩を終わらせることである。

 ……響香ちゃんの妹か。会ったことはないけど、きっとすごく可愛くて真面目な子なんだろうな。


「今、別の女の子のこと考えてたでしょ」


「うん、響香ちゃんの妹のこと考えてた」


「むぅ~」


 響香ちゃんがぎゅ~と抱き締める力を強めてくる。

 わたしの恋人は独占欲が強くて嫉妬深くてすごく可愛い。

 これ以上好きが膨れ上がったらどうにかなっちゃいそうだ。



 ◇



 ところでわたしは選挙管理委員会に属している。

 自主的に立候補したわけじゃない。二年生になったばかりの頃、役職決めのホームルームの時間に眠りこけていたら知らず選挙管理委員になっていたのである。非は全面的にわたしにあります。

 選挙管理委員は、一年に二度ある前期と後期の生徒会選挙前後しか活動する機会が存在しない委員会である。

 それゆえ、今週末に差し迫った生徒会選挙を目前に召集がかかった今日が初めての委員会であり、他学年他クラスとの初の顔合わせだ。


「すべてのクラスの選管が集まったようなのでお話をさせていただきます」


 へぇ選挙管理委員って選管って略されるんだ。同音の戦艦が想起されてちょっとカッコいい。

 集合時間ちょうどになり、ホワイドボードの前で全体に指示を飛ばしたのは、黒髪ツインテールにキリっとした瞳をした女の子である。

 わたしと同じ背丈か、それよりも少し高いかといった具合の小柄な生徒だ。胸元で綺麗に結ばれるリボンは一学年下を示す黄色である。わたしは赤で、先輩は青。

 凛とした雰囲気やまっすぐ伸びた背筋が如何にも優等生って感じなので、学年云々の垣根を超えてこの委員会のリーダーに抜擢されたのだろう。


「まずは軽く私の自己紹介をさせていただきましょう。一年C組の選挙管理委員を務めている薫森鈴香しげもり・りんかと言います。事前に顧問の林先生に頼まれて選挙管理委員会の委員長を務める運びとなりました。何卒よろしくお願いします」


「え?」


 思わず頓狂な声を出してしまった。

 薫森さんは、じろりとわたしを睨みつけるように見つめてくる。


「なんですか。音無ほたるさん」

「あっ、いやっ……なんでもないです」


 最後の方はほとんど声になっていなかった。響香ちゃんの前ではつらつら話せるわたしだけど、響香ちゃん以外と現実で話すときは口ごもって縮こまるのがお約束なのである。

 わたしが黙り込んだ後も薫森さんはじっとこらちを見つめている。な、なんだろう……。

 額に汗を滲ませつつ無言で動揺していると、ふいっと視線を外された。


「そうですか。では続けさせていただきます」


 興味が薄れたようでほっとする。後輩とは思えない威圧感のある子だな。

 響香ちゃんは妹ちゃんに関する話を全然しないので、わたしはその子が高校一年生であることしか知らない。

 ……苗字が同じだという共通項を見出したからか、薫森さんから漂う凛冽とした雰囲気だったり理知的な話し方だったりが響香ちゃんと似てるなって思えてくる。


「週末に後期の生徒会を任命する選挙が控えていることは皆さんご存知でしょう。これから当日、皆さんがどういった動きをするのか説明させていただきます。お手元にある一枚目の資料をご確認ください」


 絶対に薫森さんが響香ちゃんの妹だとは言い切れない。迫った結果、まったくの他人でしたってオチになることだってあり得る。

 わたしは友達が碌にいないぼっちだ。トーク力は死んでいるし、関わりは最小限でいいと思っているし、初対面の相手に自発的に話しかける勇気なんて持ち合わせちゃいない。

 だけど。

 わたしの一歩で響香ちゃんの悩みを解消できるかもしれないというなら話は変わってくる。


「説明は以上です。当日欠席しないよう体調管理の徹底をお願いします」


 委員会が終了し、生徒が三々五々と散っていく。そんなお開きムードの中で、薫森さんはひとりで黙々とホワイトボードの文字を消している。

 ……よし。勇を鼓し、わたしは薫森さんの隣に並んだ。


「す、すいません」


「なんですか音無ほたるさん」


 鋭いまなざしだ。怖くて逃げたくて、やっぱりなんでもないですと言いたくなる。

 けど。


「お話がしたいです。少しお時間をいただけませんか?」


「嫌です」


 まさしく取り付く島もないというやつだった。

 ホワイトボードがまっさらになると、薫森さんはリュックサックを背負って颯爽と部屋を後にしようとする。

 ダメかぁと半ば諦めていたその時、じゃらりと音を立てたリュックサックのキーホルダーを見てわたしは一縷の希望を見出した。

 たたっと駆け出し、薫森さんの手首をつかむ。


「すずりんお好きなんですか?」


 ぴたっと薫森さんの動きが止まった。

 おもむろにこちらを振り返り訊ねてくる。


「えぇ好きよ。貴方もすずりんが好きなの?」

「うん、大好き!」


 間髪容れずに答えてハッとする。いけない感情に正直になりすぎた。


「ご、ごめんなさい敬語が外れてしまって」

「気にしてないわ。……そうよね。そうだもんなぁ。う~ん……」


 薫森さんはぶつぶつ呟きつつなにやら悩んでいるようだった。やがて意を決したように顔を上げて言った。


「しょうがないから少しだけお話してあげる」


「え?」


「なによ。私と話がしたくて声を掛けてきたんじゃないの?」


 態度の急変が凄まじい。こちらが素なのだろうか。


「そ、その通りです! だけど急にどうして気持ちを改めてくれたのかなと思いまして」


「特別な理由はないわ。ファンサしなきゃプロ失格だと思っただけだよ」


 ふぁ、ファンサ? 

 言ってることはさっぱりだけど、望んでいた方向に話が転がってくれた。

 椅子に腰掛ける薫森さんはやっぱり不機嫌そうな顔をしている。わたしは深く呼吸をし、薫森さんの向かいに腰掛けて訊ねた。


「薫森さんは響香ちゃんの妹ですか?」


「そうよ」


 薫森さんは、素っ気なく、だけど確かに肯定の言葉を口にした。

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