第13話 推しの幸せは私の幸せ
レトロな雰囲気を漂わせるカフェにはわたしと同年代と思しき女の子も何人かいた。知り合いってわけでもないけど、同じ空間に同い年の子がいると安心する。
「わ、私が奢るので値段は気にせずお好きなものを注文してくださいっ」
「それは申し訳ないですよ。ちゃんと自分の分は自分で払います」
委員長が毅然と言う。
「え、えらい……けど、おふたりはコラボ出演してくれた時点で食事代を払っているも同然ですので、やっぱりお支払いは結構です。それに推しに貢ぐのは気持ちいいですし。えへえへ」
おまけみたいに付け加えられた方が本命なんだろうな。
お言葉に甘えて、今日の出費は一ノ瀬さんに持ってもらうことにする。もしまた同席する機会があったら次はわたしが奢る側になろう。
「私はパエリア定食でお願いします」
「わたしは……グラタン定食で」
「承知しました。す、すいません……!」
目をバッテンにし、ぶんぶん手を振って店員さんを呼んでいる。その姿が面白可笑しくて、わたしは小さく吹き出してしまう。
「可愛い」
ボソッとつぶやき、委員長が頭をよしよしと撫でてくる。
ちょ公の場で堂々となにしてんの!? ……と、戸惑いが募ったのは一瞬のこと、すぐに顔を蕩けさせるわたしである。
「顎も撫でてくれたらもっとうれしい」
「はいはい、注文の多いネコさんですね」
委員長が楽しそうにしてる。
それが嬉しかったから、店員さんが注文を取りに来て一ノ瀬さんが話をしている間もわたしはなでなでを許してあげた。ほんとに猫にでもなった気分だ。
「ごろごろごろ~」
「ふふ、それ自分で言っちゃうんですね」
一ノ瀬さんがそっと私の方に手を伸ばしてくる。
まさか推しに頭を撫でてもらえるのではないだろうか。期待感のままに頭を突き出そうとすると、委員長に身体を抱き寄せられた。
「ほたるちゃんは私のものです。私以外なでなでしちゃダメです」
「いや委員長のものじゃないよわたし?」
いつから所有権が?
「あぁいい。澄ましてるひびき様もいいけど、慌ててるひびき様もお美しい……。勇気を出してコラボのお誘いしてよかったなぁ」
両頬を押さえて恍惚とした表情をする一ノ瀬さんに、委員長は死んだ魚のような目をしている。ひびき様呼びの修正は諦めたようだ。
「一ノ瀬さんはいつからひびきチャンネルをご視聴されているのですか?」
「ティーバッグを表面で一度止めてから持ち上げるとぽたぽたしない動画から追っています」
超古参だった。なんならわたしの同期である。
「指先だけしか映っていない動画でしたが、それだけで配信者さんが美人さんであることを確信しました。あの頃からファンです。いつもお美しい動画をありがとうございます。全動画コメントさせていただいています」
「……いつも配信で真っ先にコメントしてくれるのっしーさんって、もしかして一ノ瀬さんですか?」
「あら、えへえへ、認知されてしまっていてお恥ずかしい限りです……」
まさか駆け出しの頃からうずらちゃんと接点があったとは。危険な匂いを感じつつもブロックしなくて正解だった。
「今回はなぜコラボしようと思ったんですか」
委員長が訊ねる。
「ひびき様にお会いしてお気持ちをお伝えしたいと思ったんです。
――好きですって」
わたしはぽかんと口を開けた。委員長も鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
一ノ瀬さんは穏やかな表情で続ける。
「ひびき様になら添い遂げてもいいと私は本気で思っています。……いや、思っていたというのが正しいです。なぜならもう諦めましたので」
「……どうして諦めたんですか?」
「推しの幸せが私の幸せなので。ひびきさんには既に想っている方がいるようですし」
「え?」
委員長、好きな人いたの?
いったいいつそんなプライベートな話をしたんだろう。もし一ノ瀬さんの言葉が本当なら、わたしは委員長から好きな人と過ごす時間を知らず奪っていたことになる。
「ごめんなさい!」
「えっ、な、何に対する謝罪?」
動じる委員長の手を握り、わたしはまっすぐに目を見つめて告げた。
「その、お、想ってる人? といっしょに過ごしたいなら、わたしのことは全然後まわしにしてくれていいからね? 委員長が幸せで居てくれることがわたしの幸せなんだから」
「……え、えと、じゃじゃあさ」
「なに? なんでも言ってくれていいよ?」
わたしはぐいぐい顔を近づける。それに反発するように委員長は顔を遠ざける。それがなんだか心の距離を暗喩しているようで、少し悲しい気持ちになった。
「ごめん、迫りすぎた。言いたくないことなら言わなくてもいいよ」
「……言いたくないってわけじゃないんだけど」
煮え切らない委員長である。いつもはサバサバしているのに、委員長はわたしと過ごしているとたまにじれったくなる。
「伝えるべきですよ」
きっぱりと一ノ瀬さんが言う。その表情は優しく、少しだけ寂しさを含んでいるように見えた。
「絶対に大丈夫です。私が保証します」
「……あぁもう、わかりました! 言えばいいんでしょ言えば!」
幼い子どもみたいな吹っ切れ方をすると、委員長はわたしの手を握りぐいっと顔を近づけてきた。ちょ、近い近い! これ唇当たっちゃう距離!
「好きなの」
そう告げてくる委員長の顔は赤らんでいた。店内はちょっと寒いくらいに冷房が効いているのに。
「……わたしも好きだよ、委員長のこと」
「そうじゃないの。私は友達として好きじゃなく、ほたるちゃんと付き合いたいと思ってるの」
「え?」
付き合いたい?
どくんどくんと痛いくらいに心臓が高鳴る。
そもそも友達にすらなれていないと思っていた。だけど委員長は、わたしのことを友達だと思ってくれていて、それ以上の感情をわたしに向けてくれている。
嬉しくてどうにかなっちゃいそうだった。
不安はある。そもそも付き合うってなんだとか、女の子同士ってどうなんだとか。
だけど、込み上げる喜びに比べたらそんなものは些細なもので。
気づけばわたしは委員長に唇をくっつけていた。
「いいよ」
少し遅れてわたしにキスされたことに気づいたのだろう。委員長の顔がか~っと赤く染まった。
「ほ、本当に?」
「うん、ほんとにほんと。……もしかして今の冗談?」
「そんなわけないよ!」
思いっきり否定し、委員長はわたしの唇を奪――おうとして踏みとどまった。
「店の中でするのは良くないよね」
「私は大歓迎ですよ。はぁはぁ」
鼻息を荒くする一ノ瀬さんの目はガン決まっていた。推しの幸せは私の幸せって言ってたもんな。今が幸せの最高潮なのだろう。
「お待たせしました。パエリア定食です」
順に注文した料理が運ばれてくる。
……せっかくのお高い料理なのに緊張で全然味がしない。それは委員長も同じなのか、手があまり動いていないように見えた。
「ご馳走様です!」
爆速で料理を平らげ、一ノ瀬さんは慌ただしく席を立った。なんだろう、なにか急用でもできたのだろうか。
「では、私はこれで失礼します! この後はお二人でごゆっくりどうぞ!」
どうやら気を使ってくれたみたいだ。うずらちゃんとここでお別れになるのは寂しいけど……それよりも委員長とふたりきりで過ごしたいなって思いの方が強く募っていた。
「待ってください!」
颯爽と去ろうとする一ノ瀬さんを委員長が呼び止める。
「その……あ、ありがとうございました。由利さんがいなかったら、きっと私は想いを打ち明けられずムズムズしつづけていたと思います」
「ひびき様……お力になれたようでなによりです! 今後も配信楽しみにしていますね!」
一ノ瀬さんが店を後にし、隣合うわたしと委員長だけが取り残される。気まずさに縮こまりなにも言えないでいると、委員長がスプーンを口に運んできた。
「パエリア美味しいよ。食べる?」
「うん」
ぱくっと食む。やっぱり緊張で味はほとんどしなかった。
わたしがもらうだけというのは気が引けるので、お返しにグラタンをスプーンですくう。
「食べて?」
「もちろん!」
勢いよくぱくつき、委員長は「おいし~!」とほくほく顔をした。どうやら委員長の味覚は正常に機能しているようだ。
向かいの席が空いているにもかかわらず、わたしと委員長は隣合って食事をする。お皿に添えているわたしの手に手のひらを重ね、委員長は熱っぽいまなざしをわたしに向けてきた。
「これからほたるって呼んでいい?」
「うん、呼んでほしい」
みんなわたしを音無さんと呼ぶ。今日までほたるという自分の名前を忘れないでいられたのは、委員長がわたしをほたるちゃんと呼んでくれていたからだ。
「じゃこれからほたるって呼ぶね」
委員長が耳元に口を近づけてくる。
「好きだよほたる」
「っ! そ、そういうのは家の中でふたりきりの時だけにしてほしいな」
「っ! い、家の中でふたりきりの時ならいいんだ……」
またも沈黙が満ちる。けど、二回目となると気まずさよりもおかしさが勝って、わたしはぷっと小さく吹き出してしまう。それに釣られて委員長も笑っていた。
まさか大好きな委員長と友達になるどころか恋人になれちゃうなんてな。
こてんと委員長の肩に体重を預ける。
幸せに波があるのならきっと今が最高潮だろう。
ふわふわで、心地良くて、どうにかなっちゃいそう。
自覚は無かったけど、きっとわたしも委員長に恋愛感情を抱いていたのだろう。
好きな人と結ばれるってこんなにも幸せなんだな。




