第10話 無気力はわたしを守る鎧
約束を守れば信頼を稼げる。だから、一本目の動画でリスナーに宣誓したことを無かったことにする真逆の行為に踏み出すことが怖かった。
「大丈夫だよ」
小さく震えるわたしの背中を委員長が撫でてくれる。
今日は土曜日。今後は週三日更新になることをリスナーに伝えたら、思いっきり遊ぼうということになっている。
休日に委員長と遊ぶ。配信云々関係なく、息抜きを目的として思いっきり遊ぶ。
……早く遊びたい。
どうやらわたしは欲に忠実な人間のようだった。
どうとでもなれとばかりにYouTubeにコメントを投稿する。ひびきチャンネルのXアカウントでも同じ内容の投稿をする。
すぐに反応があった。
【無理の無いペースで更新していきましょう!】
【このクオリティで毎日投稿は鬼すぎる】
【ひびきちゃんとほたるちゃんが結婚するまで見届けます】
「……ありがとみんな」
優しさが胸に沁みてじ~んとする。
すぐわたしと委員長で百合妄想するリスナーだけど。調子に乗ってばかりで生意気なリスナーだけど。
大切だなって思う。
これからもっとみんなが楽しめそうな企画を考えていきたいな。
「私が言った通りでしょ。投稿頻度が減ることに不満を漏らすほどこのチャンネルの視聴者はストイックさを求めてないって」
「……ま、このチャンネルの視聴者はストイックとは無縁のぐうたらさんばかりだろうしね」
「おっ、いつもの調子が戻ってきた」
委員長はすっくと立ち上がり、ビシッとわたしを指差した。
「今日は私が休日をだらだら過ごす方法を伝授しちゃうよ!」
「へぇ意外。委員長は年中無休で忙しくしてそうなのに」
「頑張り過ぎたら疲れて本来の力を発揮できなくなっちゃうからね。大事なのはオンとオフの切り替え」
過去のわたしに効きすぎる諭しだった。
さもワーカホリックで休み方を知らない人間みたいな扱いをされているが、わたしは無気力ぼっちなので、だらだら過ごすとなればかなりの上級者だと自負している。
そう反論せずに委員長の後をとことこつけているのは、彼女がどうだらだら過ごすのか興味があるからだ。
委員長がまず向かったのはスーパーだった。
「あ~、生き返る~」
ぼっちとは引きこもりであり暑さと寒さに弱い生きものである。ゆえに炎天下の中を十分歩くだけで汗だくになる。
汗のにおいが委員長には届いていないといいな。さすがに無理か。
「それじゃサクっと買いもの済ませちゃいますか」
額にほんのり汗の粒を光らせる委員長は淡い色合いのノースリーブワンピースを着ている。その服装からは、半袖パーカーにハーフパンツというわたしの簡素な身なりとは段違いの上品さが醸されていて、なんだか自分の子どもっぽさが無性に恥ずかしくなる。
……いや子どもっぽいならむしろ好機か。
わたしは委員長の手を握った。
「手繋いで歩きたい」
「わ、私は構わないけどほたるちゃんは恥ずかしくないの?」
「親と子どもか、あるいは姉妹って思われるだろうから平気。いい?」
普段のわたしなら人目につく中でこんな大胆な行動は取れなかった。昨日、委員長の胸のなかで涙してしまったのでその情動の名残りがあるのだろう。
委員長は心底うれしそうな顔でうなずいた。
「もちろん! 今日は仲良しデートだね」
「デ……! い、委員長ってばすっかりリスナーに毒されちゃって」
「毒されてなんかいないよ。私はずっと自分の気持ちに正直でいる」
にぎにぎと手を動かしてくる。それが心地良かったから委員長の手もにぎにぎしてあげる。
そんな風にじゃれ合いつつ店内をまわる。今日の夜ごはんは何にしようとか、日用品で無くなりそうなものもついでに補充しようとか。母親と子どもみたいな会話をしてるなと思う。
「響香おかあさんか」
「響香おかあさん?」
「っ! なんでもない忘れて」
想像したら良すぎて声に出てしまった。リスナーの妄想癖をどうこう言ってるけど、わたしも人のこと言えないな。そもそもわたしも歴としたオタクだし。
買いものを済ませると、委員長が常備するマイバッグがふたつともパンパンになった。片方は委員長に任せ、もう片方はわたしが持って家までの道を歩く。
いいなぁこういう時間。
ここ最近はわたしが編集している時間に委員長がひとりで買いものを済ませていたけど、これからはわたしもついていこう。暑いのは苦手だけど、委員長と隣合える時間が増えるのなら余裕で耐えられる。
購入した食材を冷蔵庫に入れたところで、いよいよだらだらタイムのはじまりだ。
「これからなにするの?」
「ふふ、冷房が効いた部屋でごろごろしながらお菓子を好き放題食べつつゲームするんだよ」
ちょっと悪い笑みを浮かべる委員長である。その子どもっぽい表情がなんだかおかしくてわたしは吹き出してしまった。委員長も釣られて笑っていた。
ふたりでベッドに寝そべってスマホゲームをする。リスナーに勧められたソシャゲは委員長のお気に召したようで、いつの間にかストーリーがそこそこに進行していた。
「私さ、アニメとかゲームなんかしてるよりも勉強をする方が有意義だよって妹にお説教じみたことをしちゃったんだ」
隣から委員長のスマホ画面を覗き込みつつ、こんなストーリーあったなぁと懐かしい気持ちになっていると、委員長がぽつりとつぶやいた。
「そしたらアニメとゲームを馬鹿にしないでって言い返されて、私はなにも言えなくなっちゃってさ。……そりゃ怒りたくもなるよね。だってアニメとゲームを碌に知らない人間にその価値を否定されたんだもん。それが原因で妹と不仲になっちゃった」
寂しげに微笑みつつ、委員長はスマホの画面をタップする。わたしの意識は、すっかりゲームでは無く委員長に吸い込まれていた。
「今なら勉強そっちの気でアニメやゲームに没頭しちゃう気持ちもわかる。私に知らない世界を教えてくれてありがとね、ほたるちゃん」
「……そりゃどうも」
やっぱり褒められるのは慣れなくて、勝る羞恥に胸が高鳴っておかしな返事になってしまう。
委員長はくすくす笑って、わたしの頭を抱き寄せてきた。なんかここ最近、ボディランゲージが多くないか委員長。勘違いしちゃうぞわたし。
「さて、私が過去のしくじり話をしたから次はほたるちゃんの番ね」
「急に語り出すから何事かと思ったらそれが狙いか」
策士である。そう言われてはこちらも話すしかないだろう。
「高校受験に失敗してわたしはひとり暮らしを始めたんだ」
誰かにこの話をするのは初めてだった。
「小中とわたしは親からめちゃくちゃ英才教育受けててさ、毎日勉強漬けで、毎日なにかしらの塾に通ってて、要するにものすごく期待されてたんだよね」
課せられる山のようなノルマを毎日死に物狂いで乗り越えていた。
「けど、高校受験で落ちちゃった。今、通ってる高校には補欠合格でなんとか転がり込めた。模試では調子良かったんだけど、どうやらわたし、本番に弱いみたいでさ」
なんて言い訳でしかないんだけど。
「そんなわたしに呆れたのか、親は別々に暮らそうって提案してきた。で、いよいよ愛想尽かされちゃったかぁって理解して今に至るってわけ」
高校進学と同時に、わたしは頑張ることを辞めた。
頑張らないことは挑戦しないことと同義である。挑戦しなければ失敗しないから傷つくことはない。GW明けにあったテストで人生初の赤点を獲ったときも、対して勉強してなかったからなんとも思わなかった。
無気力はわたしを守るための鎧なのである。
「ま、委員長と巡り合えたからむしろ受験失敗して良かったと思ってるけどね。ガチで」
「やっぱりほたるちゃんは元から頑張り屋さんだったんだ」
委員長が身体を近づけてくる。昨夜、わたしの家でお風呂を済ませているため今日の委員長からはわたしと同じラベンダーの香りがする。なんだかいい気分になった。
「苦しい過去を教えてくれてありがとう」
「委員長も話してくれたからこれでお相子」
「ふふ、おかげでこれまで以上に気持ちが近づいたね」
恋愛マンガみたいな表現をしてくる委員長だった。わたしなんかに近づいて委員長にどんなメリットがあるんだか。
その後も、わたしと委員長はだらだらと休日を満喫した。
四六時中わたしがくっついていても委員長は嫌な顔ひとつしなくて。それどころか嬉しそうにしているように見えて。
「委員長好き」
「私も好きだよ」
ここ最近、頻繁に交わすそのやりとりがお互いの本音だったらいいなと思った。
わたしが委員長を想う気持ちは日に日に大きくなっている。自覚があった。




