第94話 やはりその選択肢はない
俺が〝酒場〟で待っていると、目当ての人物が入ってきた。
間宮詩織。
そして桜小路夕莉――の両親。
夕莉は病院から出られないのだから仕方ない。
もっとも、本人が直接この場にいなくても、〝拘誓紙〟で契約できるのは以前試して出来たから問題ない。
「さて、来てもらって早速だが、再度尋ねよう。本当に俺と契約するんだな?」
「は、はい。それで母の病が治るのであれば構いません!」
『もちろん私もですわ』
契約する2人は承諾したわけだが、この場にいる親の方にも一応尋ねるか。
「夕莉の両親も構わないな?」
「はい、構いません。できれば私が契約を結びたかったのですが、娘が自分で契約すると言って応募しましたので」
治したい人間に対し、複数人で応募するパターンがないよう、1人の患者に対し、1人しか応募できないようにしたからな。
そうでなければ、応募の数が膨大になるだろうって言われたんだよ。
「あの……、ところで、やはり娘ではなく私が代わりに契約を結ぶというのは出来ませんか?」
父親がそう尋ねてきたが、俺は首を横に振る。
「それなら別の人間と契約するだけだ。桜小路夕莉本人の人となりを見て決めたが、それは病を治す対象としてではなく、契約するに値する人間だと判断したからだ。
貴様と契約しろというのであれば、この話はなかったことになるが?」
『お父様!』
「す、すまない! 今の話はなかったことにしてほしい」
娘に怒気の混ざる声で呼ばれたのもあり、慌てて父親は頭を下げてきた。
「納得したのであればそれでいいさ。それじゃあ契約だ」
茉奈とほぼ同じ内容の契約書を用意したわけだが、夕莉だけは代理人がサインすることになるので、以下の文言が織り込まれている。
・本契約については、桜小路夕莉が指定した代理人の署名をもって、桜小路夕莉本人が署名したものとみなし、契約が成立するものとする。本契約は、桜小路夕莉以外の者については効力を持たないものとする。
これがないと、代理人である親が自分の名前を書いて契約してくる可能性があるからな。
もっとも、もしそれで契約した場合は、何も支給せずに追い出すだけだが。
契約書の内容は、支給した物資の価値に相当する労働をした後、どちらかの意思表示があった場合により解除できるから、それが可能なのだ。
……待てよ。その場合〝拘誓紙〟が無駄になるし、あえてポーションや無駄に高価なのを支給しまくって、一生魔石を回収させるためにこき使う方が気が晴れるか。
今回は代理人がサインすると分かっていたから、そうならないようにあらかじめ考えていたので、そんな未来はないが。
ふむ。ちょっと、惜しかったか?
40代くらいの中年だが、一生こき使えるならそっちの方が得だった?
いや、茉奈とパーティーを組ませる相手が欲しかったから、やはりその選択肢はないな。
「ほら、これにサインするんだ」
俺は2枚の〝拘誓紙〟にサインすると、それぞれ詩織と代理人である夕莉の父親に手渡した。
2人はそれを受け取ると、すぐさまサインを書く。
すると茉奈の時と同様に〝拘誓紙〟が光の粒子となり、ヴェッセルナイト、詩織、そしてタブレット端末に映る夕莉に向かって光が飛んでいき、お互いの身体の中へと入り込んで契約は完了した。
「契約は完了したな」
「な、なら、早速ポーションを頂けますか!?」
「ああ、もちろんだ」
俺はそう言って詩織にのみ指輪を渡す。
「え、ポーションは?」
詩織が慌てた様子でこちらを見てくるが、まあ落ち着け。
「慌てるな。まずはそれをやろう。〝収納の指輪〟といって、自分の所有物に限り、念じた物を指輪の中に収納できるものだ。最初に装備した人間にしか使えないものだから便利だぞ」
「何故これを?」
「〝ポーション(強)〟なんてもの渡すんだ。盗まれる可能性は大いにあるだろうが」
「っ!?」
それを聞いて、詩織はすぐに〝収納の指輪〟を右手の中指にはめた。
この後政府から派遣されたボディーガードに守られながら病院に行くとしても、仮にアタッシュケースに入れて持って行くのは盗まれないか不安になるだろう。
「あの、娘にはどうするのでしょうか?」
「安心しろ。夕莉には茉奈に持って行かせるから」
「はい、任せてください!」
実は茉奈を部屋の隅に待機させていた。
夕莉本人が来れないと分かっていたから、あらかじめ茉奈を呼んでいたのだ。
もちろん茉奈にはすでに茉奈用の〝収納の指輪〟を渡しており、この後、夕莉の両親と共に夕莉に〝ポーション(強)〟と〝収納の指輪〟を渡してもらう。
夕莉にまで〝収納の指輪〟を渡すのは、仲間外れにならないようにするだけではない。
魔石の返済額を増やす目的なのは当然だが、他のダンジョンに行く際に装備を収納できるアイテムはあった方がいいからだ。
〝収納の指輪〟の収容量は大きめな旅行バッグくらいはあるから、背中に荷物を背負って行動するより身軽に動けるだろう。
それにそういうものがあれば、魔石の回収も捗るだろうし、念のために〝ポーション(中)〟とかも無理やり持たせられるから、俺にとってもいい事尽くめだ。
「ほら、お望みの〝ポーション(強)〟だ」
「あ、ありがとうございます!」
「「ありがとうございます」」
詩織と夕莉の両親は俺に頭を下げると、〝ポーション(強)〟を母親や娘に使うために、すぐに〝酒場〟を後にした。
ふぅ~。これでようやく今回の騒動は終わったか。
また〝拘誓紙〟が手に入ったら、オーディションをやるかもしれんが、しばらくはやりたくないな。
そんな事を思いながら、俺は茉奈達が出ていった〝酒場〟の扉を見つめた。




