第89話 契約締結
SRの〝拘誓紙〟を使ってまで契約しようとするのは間違いなんじゃないかと少しだけ思い始めたが、さすがにここでやっぱり無しでというのは可哀想なので、仕方なくそのまま契約することにした。
ただ、一応契約を締結する前に、何をさせるつもりなのかは説明しておこう。
「茉奈にしてもらいたいことは、他のダンジョンから魔石を調達してもらうことだ。
もしかしたら他にもしてもらうことがあるかもしれんが、主な仕事はそれになる」
「そうなんですね。『身体で払うのはこういうことだ』と言って、襲われるとこまで最悪想定してました」
「そこまで想定して、何故この契約内容に即決できるのか」
“命令には可能な限り従うこと”という文言があるから、不可能じゃない行動であれば従わないといけない以上、茉奈が言ったことは実際に起こり得ることだというのに。
「はぁ。安心しろ。俺はロリコンじゃないから、年端もいかない少女に手は出さん」
「わたし中二ですよ?」
「なおさらアウトだ馬鹿野郎」
何故中学生なら手を出すと思われているのか。
しかし中学生、か。
俺は中学生に他のダンジョンで魔物を狩らせて、魔石を取ってくるよう命令するのだから、手は出さなくても割と鬼畜の所業ではないのだろうか?
「本当に契約を結ぶのか? 魔石を回収するために魔物と戦わされるんだぞ?」
「ダンジョンマスターなのに人間に対して配慮しすぎじゃないですか? こっちがいいと言ってるのに、そんな念入りに確認しなくても」
「さすがに子供相手だと配慮はする」
さっきまでいた大人たちであればわざわざ確認しないが、まだ未成年相手にこんな奴隷にするような主従契約を結ぶのは、俺の中の倫理観的に抵抗感があるんだよ。
「配慮していただけるのはありがたいですけどね。ただ、健康な体にしてもらえるとはいえ、魔物と戦うのは少し不安ですね」
「怖いなら止めるか?」
「いえ、怖くはないです。倒せるかが不安なだけで」
「血を見るのが怖いとかそういう意味で?」
「血が怖かったら毎月悲惨ですよ?」
「俺の言い方が悪かったから、魔物に関することで答えてくれ」
中学生にセクハラかましたみたいになったせいで、精神的ダメージを負ったぞ。
「実はわたし、若年性特発性関節炎のせいでまともに運動をしたことがないんです。なので、ちゃんと魔物相手に戦えるかが不安なんですよね」
「なんだ、そのことか。いきなり他のダンジョンに行ってこいとはもちろん言わん。
俺のダンジョンで魔物と戦う訓練をし、がっつりとレベルを上げ、装備を整えてから行ってもらう」
「手厚いですね」
「貴様を適当に放り出す方が不安だからな。そんな事をしたら、あっさり死にそうだ」
わざわざ〝拘誓紙〟を使ってまで契約するのだから、相応のポイントを稼がせてもらわないと意味が無い。
それに俺にとってはそこまで価値はない〝宝箱用アイテム〟が、ポイントに変換できるのだから手厚くもなるだろ。
「それじゃあ契約を結ぶということでいいな?」
「もちろんです!」
結局契約内容はそのままだが、大して問題はないだろう。
むしろ実例ができたことで、この契約を呑めないやつは拒絶できるのだから悪くないな。
そう思いながら俺は〝拘誓紙〟にサインする。
茉奈も同様に〝拘誓紙〟にサインをすると、〝拘誓紙〟が光の粒子となってお互いの身体の中へと入り込んでいった。
俺の場合はヴェッセルナイトを操作してサインしたのだが、ヴェッセルナイトを通じて本体の俺の元へと届いたので、今更だが離れた場所でも契約はできるんだな。
「これで契約は結ばれ、お前は俺の配下になったわけだ。ほら、お望みの物だ」
〝拘誓紙〟をこの場に出した時と同じ要領で、俺は自分の身体に意識を戻して、ポーション(中)を〝商人の間〟のカウンターに送る。
「い、いいんですか?」
「離さないと言わんばかりに、もう手に取っておいて何言ってんだ?」
いいから出したわけだが、こいつの行動があまりにも早くて呆れてしまった。
「それはポーション(中)だが、それでお前の病気、若年性特発性関節炎だったか? が治るかは分からんぞ」
「それでも、わたしにはこれに賭けるしかないんです」
「ポーション(強)もあるがどうする? 試しにポーション(中)を飲んで、ダメならポーション(強)も飲むことにするか? 返済額が増えることになるが」
「お願いします!」
「相変わらずの即決。ちょっと慣れてきたな」
むしろクセになってきたとすら言える。
「では、中原茉奈、いっきまーす!」
「お酒みたいなノリで飲むなよ」
茉奈は腰に手を当てて、ポーション(中)を一気飲みし始めた。
ゴクゴクゴクとビンの中身が飲み干されていき、あっという間に無くなった。
「ぷはっ! 意外と美味しいですね!」
「味より自分の身体が治ったか確認しろよ」
「はっ!? そうでした!」
茉奈は自分の身体をペタペタと触ったと思ったら、屈伸したり、軽く走りだしたりしだした。
「……痛く、ない。治ってる! 治ってるよ!!」
「そりゃよかったな」
ポーション(強)をわざわざ使わなくて済んだな。
なんて思ってたら、突然ヴェッセルナイトの身体に何かがぶつかった衝撃を感じた。
「あ゛りがどう! わたし、わたし……!!」
勢いよく抱きついてきた茉奈に、俺は思わずよろけてしまう。
「お、おい! 落ち着けって!」
「だって……だって……! 痛くないんですよ!? わたし、走れるんですよ!」
「いや、だからって突撃してくるな! びっくりするだろ!」
「すみません! でも嬉しくて……!」
涙目で笑う茉奈を見て、怒る気なんてすぐに消えた。
はぁ。そんな顔されたら怒れないだろ。まったく。
――ジィー




